ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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126 【第二王女】シャルロット・バーンスタイン②

「ああもう、なぜこうなるのだ……」

 

 王侯貴族の頂点、バーンスタイン直系にして最も尊い血を受け継いだシャルロット第二王女は馬車の中で頭を抱えていた。

 

 以前から立場の低い貴族令嬢とは距離が近かったシャルロット。

 王太子派が次期国王派へと覇権を握ったこと、更に金等級冒険者や聖女に白金等級冒険者にして王族にも関わりのあるヴァシリとも交友を結んだことで、彼女の需要は一気に爆発した。

 

 公爵閥や侯爵閥が幅をきかせ、それ以下の令嬢は長い物に巻かれよと言わんばかりに吸収されていく。貴族らしくない令嬢は結束のために標的にされ、いじめや陰口によって徹底的に叩きのめされる。そんな環境の中で、突如出現した王国内でも随一の影響力を持つ王女。

 

 人気がでない筈もない。

 サロンとは名ばかりの仲良しお茶会は格式高いサロンへと変貌し、いつの間にやらメイドや護衛が周囲を取り巻くようになった。なんなら男爵令嬢や子爵令嬢は軒並みこちらへ媚びを売るようになり、派閥を抱えていた侯爵令嬢なども頭を下げる事態に発展。

 

 そのあまりにも見事で急な手のひら返しっぷりに狼狽しつつ、第二王女として最低限叩き込まれていた常識と国王なりの気遣いとして送られた教育係の薫陶により実家が細い貴族令嬢達を抱え込み、なんとか他派閥との均衡を保ちながら日々を過ごしていた。

 

 ……そう、過ごしていた(・・)

 

 これから先はそうじゃなくなるかもしれない。

 

 長兄こと王太子レオンに呼び出されたシャルロット。

 

『冒険者パーティー【払暁】にアポを取ってフィン・デビュラを篭絡しろ。王族としての面子は捨てても構わない、やり方はお前に任せる。拒絶されたら退け。拒絶されなければ、突き進んで逝け』

 

 ──恥も外聞も投げ捨てた指令に呆然とし、やがてその内容を理解してジワジワと憤慨し、最後には【払暁】や【星天】の女傑たちを思い浮かべて顔を蒼白にした。

 

 なお、その後にフッと微笑んだ兄が『死ぬときは一緒だ』などと言ったため顔を青くするどころか臓腑が痙攣して嘔吐することになったのだが、それらを乗り越えて今に至る。

 

「……しかも、他言無用とは……兄様も本気だな……」

 

 ブツブツ呟く馬車の中にはシャルロット以外に誰もいない。

 

 男爵令嬢としては破格の地位を得たヴィオレット男爵令嬢が側近としていつもは行動を共にしているが、今日に限って一人で行くことを命じられている。

 

(今更ただの(・・・)下級貴族令嬢など送り込んでも釣り合わない──そう考えたのだろうが……)

 

 実際、釣り合わない。

 金等級冒険者にして世界で暗躍し続けるダークエルフの弟子であり魔王を打ち破った勇者の幼馴染にして聖女の加護を受けハイエルフの王女達の寵愛を賜る男が対象だ。なんなら、なんの力もない流通拠点として扱われている王国の王女ですら格が足りない。

 

 レオンもシャルロットも今更『貴族』なんて地位にフィンが固執するわけないと考えている。

 

 むしろ足枷と言っていい。

 そもそも、個人の能力だけで国を滅ぼし大陸全土を席巻できる人物が集まり形成されている勢力だ。これがただの暴力装置としてならば、ありとあらゆる手段で囲い込み籠絡することもできたかもしれない。

 

 しかしなんと言っても政治力もある。

 

 建国以前から大陸にコネクションを持つヴァシリが本気で王位簒奪を目論めば、抵抗することも出来ずあっという間に飲み込まれるだろう。

 

 だからこそレオンは『王族としての面子は捨てていい』と告げた。

 

(降嫁も許す──それほど緊迫した状態なのか?)

 

 王侯貴族の頂点、王家としては最低最悪の一手だ。

 

 現国王の娘、次期国王の妹を冒険者へと譲り渡す。

 それがどれだけ貴族の権威というものを貶めることになるのか、考えるまでもない。

 公爵は『こんな連中に王位を渡したままでいるものか』と憤り、侯爵や伯爵もそれに対して動きを見せるだろう。

 

 王太子レオンを選んだのはそれが王国にとって、貴族にとって最も良い選択だと判断したからだ。

 

 そうじゃないのならば支えることはしない──そう判断されて当然。

 

 それがわからないレオンではない。

 兄の優秀さを知っているシャルロットだからこそ、その先の思考まで読めてしまう。

 

(それでも乗り込まないといけない……そう、兄が決断せざるを得ない何かが起きた……)

 

 幸いなのは、シャルロットが元々【払暁】やヴァシリと顔を合わせる機会が多かったこと。

 

 こうやって王家専用馬車に乗ってそれぞれのホームへ足を運ぶことも度々あり、それら全てが色恋沙汰が全くない会談だった。どれだけ探られようと痛くない事実を重ね腹を膨らませてきたことが今になって生きているのだから、繋ぎを取るように指示した兄の慧眼には感服せざるを得ないと彼女は思う。

 

「だからと言ってなぁ……まさか……」

 

 フィンを籠絡しろ、なんて指示を受けるとは全く考えていなかったシャルロットは整えた髪を崩さないよう器用にこめかみを揉む。

 

(あんな女傑に囲まれてる男性を籠絡しろ? 無茶言うな! 私如きが勝てるわけないだろっ!)

 

 かつて、シャルロットはフィンに対し恋慕していた。

 

 別に熱が冷めたわけでもなんでもなく、単に周りの女や自分の立場を考えた時『最初から勝ち目なんてない』と諦めただけだが、彼女なりに割り切って初恋を終わらせたつもりだった。

 

 そうでなければ王女は務まらない。

【リリーガーデン】のリーダーであったシャルロットは、今や姿を見せることはない。シャルロット・バーンスタイン第二王女として地に足つけるために、王家としての仮面を被り直したのだ。

 

 いつか、顔も知らない貴族や他国の王家に嫁ぐのだから。

 

 そう、決意していたのだ。

 

(今更っ……! 今更遅いんだよぉっ……!!)

 

 グネグネと身体をくねらせて声にならない叫びを心のうちで唱える。

 

(出会った頃なら! 出会った頃ならまだ可能性はあったのに! マリアンヌ殿、カルラ殿、アストレア殿……! みな協力してくれただろう。何なら、王女として関係を持つことも可能だったかもしれん! だが【星天】が合流して隙がなくなってしまった! あの前に、強引にでも迫っておけばぁっ……!!)

 

 シャルロットの恋が完全に終わったと感じたのは、フィンから呼び出されたかと思えば勇者を紹介された時だった。

 

 王都に家を買いたい幼馴染に手を貸して欲しい──そう告げられ、心に大きな穴が空いた気がした。

 

 自分はもうお呼びじゃないのだな、と悟らされた。

 

(だから捨てたのだ。いや、終わらせた。誰にも助けてもらえなかったか弱いシャルロットは救われて、自分の足で立てるようになった。それだけでいいんだと納得して……)

 

 目の前まで迫り来るフォレストベアの迫力は今でも夢に見る。

 それを目前で救い出してくれた、唯一無二の冒険者の後ろ姿も。

 冒険者として死線を潜り抜けてきた経験は間違いなく生きている。少なくとも、騎士の護衛付きで実戦経験を積んだ坊ちゃんに負けるつもりはない。

 

 だが、やはり本職となれば格が違う。

 金等級冒険者に単身で成り上がる実力は正に傑物。

 特別な出自もなく、特別な力もない。フィン・デビュラはアリアンロッド・モーナのように世界を救う〈聖剣〉にも愛されていない。

 ただただ鍛え上げた。

 誰のために?

 ──他でもない幼馴染のためだと、ヴァシリは言っていた。

 

『あの子は昔から泣き言の一つも言わずに、ただひたすら努力を積み重ね続けてきた。特別な幼馴染を、特別じゃない自分が諦める理由にはならない……そう言い続けて、子供どころか大人ですら裸足で逃げ出すような日々を乗り越えた。君達王家が努力していない、なんてことは言わないさ。けれど、彼を渡すには……勿体無いと思うんだ』

 

 褐色のダークエルフはそう言った。

 喜色の全く浮かんでいない瞳で。

 

(う、うう……あんなことを言われたのに、また言い寄らねばならないとは……)

 

 キリキリと胃が痛む。

 残念なことにエスペランサ教が作った胃腸用ポーションは持参していない。

 食事は摂らなかった。

 吐き出すものがなければまだマシだと思ったから。

 

(それに……ヴィオレットにどんな顔して会えばいいんだ……)

 

 諦めたシャルロットと違い、ヴィオレットはいまだにフィンに対して恋心を抱いている。

 

 目の前で人智を超えた力を振るう怪物相手に守られ単身殴り飛ばす姿を見せつけられてはそうもなろう。それ自体は仕方ないことだし、実らぬ恋を抱き続ける友に同情しつつも無理やりやめさせることもしなかった。

 シャルロットが何となく諦めているのを察していたヴィオレットもまた、それを公言することはない。だが、密かに冒険者ギルドや街へ足を運びフィンとの遭遇を目論んでいたりする。

 

 可愛らしい恋心を抱いた友を応援することはあれど、横槍を入れる気などなかったのだ。

 

(こ、これで私がフィン殿と何かしらの関係を持ったら……)

 

 最側近との関係が崩壊、すぐに他の令嬢が売り込みに来るだろう。

 シャルロットからしてみれば、王女として覚醒してから手に入った人脈より、お茶会サロンを楽しんでいた三人の方がよほど大切なのだ。ルシールは直接振られたので未練なし、クロエもすでに実家を離れ官僚への道を歩み出しているので忙しい。

 

 ヴィオレットにはルシールのように実家の太さがないし、クロエのように能力もない。

 だからシャルロットの側近としてやっていけるように再教育を施されている最中なのだ。たとえ上下関係ができたとしても、自分達はあの日々を忘れない。

 

 それこそが、彼女らシャルロット第二王女派の原点である。

 

 ──ここで、シャルロットに電流奔る。

 

(…………い、いや! 待て。そもそもフィン殿が私を受け入れるのはどういう状況だ?)

 

 確かに、勝算は限りなく低いだろう。

 断られる前提の動きだろうし、受け入れられるのならば王女としてではなくただのシャルロットであっても構わないという心構えがレオンにはある。

 だが、そうにしたって、何の勝算もなくあの王太子が送り出すだろうか?

 

(……何かがある。詳細は教えられないが、急いで私を送り込む何かが……)

 

 ショックで動転していたが、友のことを思い出し冷静になったのか、ゆっくり思考を回転させていく。

 

(要するに、私がフィン殿に抱かれなければいけないような事案だ。それでいて断られればそのままでいいと。…………いや、わからんが……)

 

 王女の身体を差し出しておいて無理なら無理でいいよ、なんていう中途半端な指令を出す問題がシャルロットには理解出来なかった。

 

 睨まれたくないなら初めからやらなければいいだけだし、睨まれるリスクを飲み込んででもワンチャンスを狙いたくなる。そんな出来事が今のフィンを取り巻く周辺には起きている。

 

(……まぁ、それだけわかっていれば十分だ)

 

 シャルロットは深呼吸を行った。

 

 気は落ち着いた。

 鼓動は早いがパニックではない。

 程よい緊張感が彼女の思考を統制している。

 

 脳裏に浮かぶのは女傑達。

 フィン・デビュラへの想いを抱く、王女よりも格上の女達だ。

 指の一振り、剣の一振り、魔法を口ずさむだけで己を殺せる相手に睨まれないようにフィンに取り入る。失敗してもいいから、機嫌を損なわないようにする。

 

 無理難題だ──そう思いつつ、彼女は、ほんのわずかに胸の内に取り残された熱が鼓動に混ざり込んだのを意識した。

 

(……フッ。これからどんな道を歩むにしても、今日を超える日はないな)

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