「久しいな、シャルロット」
「うむ。フィン殿も息災で何よりだ」
淹れたてのティーが注がれたカップを手の中で小さく揺らしながらシャルロットは答える。
正面の椅子に腰掛けるフィンと同じく笑顔を浮かべており、そこには旧知の友と顔を合わせたことによる嬉しさが滲んでいる──ように見えた。
しかし、彼女の心臓はギュッと締め付けられ、また、思考をぼんやりと塞ぐような気怠さを抱いていた。それらを封じ込めて何の問題もないように振る舞えているのは、王女としての教育に加え冒険者として叩き上げて鍛え上げた己が精神性に他ならない。
(……はぁ…………やはり、警戒されていたな)
彼女が【払暁】ホームに到着した時出迎えたのはアストレアだった。
突如として命じられたことだったが、当然アポなんて取ってない。
レオンの思い付きなのだから仕方ないことだが、本来の身分を考慮すれば何の問題もない行為だ。相手はただの冒険者パーティーに過ぎず、政治的に表立って動いているのは【聖撃の聖女】くらいのもの。
他の三人に関してはほぼそういった活動をしていないし繋がりも維持していないため、事前に予約をしておくことはこれまでもなかった。マリアンヌに用事があるのならばともかく、ただ足を運ぶだけなら、王宮から馬車を出すだけでいい。
現在、金等級冒険者パーティー【超滅】が合同研究に参加したことで再度足並みを揃えるために充電期間へと突入していることはレオンも知っていた。事前に『足を運ぶ』という事は通達しても、『〇〇日の〇〇時に……』と予約する必要はないと判断したのだった。
なにせ、彼らは王家であるがゆえ。
実力からすれば到底王家程度で縛り付けられない【払暁】だが、皮肉なことにフィンだけは王侯貴族を目上として扱っている。
そこに付け込んでいる形となるが、当然、その意図を理解できないアストレアやカルラではない。
『……あら、シャルロットじゃない。どうしたの? マリアンヌならいつも通り
『今日は、特に用があるわけではないんだ。フィン殿に会いたくてな』
『……フィンに?』
『ああ。その…………色々、な。だから、来た』
そう告げると、アストレアは目を細め睨むように見つめて……「……あっ」と小さく声を漏らして目を見開いた。
『そ、そう……それは私が一緒にいてもいいわけ?』
『いや、出来れば私とフィン殿だけにしてほしい。あまり、他人に見られたいことでもない。どうか、友として、許してもらえないだろうか……?』
『っ……そ、う。そうなんだ。アンタも、なのね……?』
『……ああ。私もだ』
『……わかった。私たち、同志だもんね』
かつての誓いを思い出し、シャルロットは力強く頷く。
フィンに出会えたことが運命であり、力を貸すと言ってくれた払暁の三人。
敵意などあるはずもなく、感謝しかない。
だからこそ、今こうして、複数の女性に思われているフィンに対しまた自分のような女が粉をかけようとしている──申し訳なさで一杯だった。
(すまん、アストレア殿。私は……それでも私は……)
その後、死んだ瞳で案内してくれたアストレアの姿を思うと、とてもではないが手放しで喜べない。
好きな男に、身分を傘にした女が近寄ってきていい気などするわけがないのだ。
実力行使という選択を取らない程度には心を通わせた友の良心を利用し、男に近付いている己の浅ましさを自嘲しながら、シャルロットはティーを飲んだ。
「前にアリアのことで世話になって以来か? あの時は本当に助かった」
「かの【勇者】殿の役に立てたとなれば光栄なことだ。むしろ、あの程度でよかったか?」
「大助かりだったよ。俺は長年王都にいるけど、いまだにそういう伝手はないんだ。所詮は農家の子供だから」
「ハハ。フィン殿も冗談がうまい、貴方ほど伝手が充実している人はこの世に二人といないだろうに」
自分(王女)含めてどれほどの伝手があるのか、想像も付かない。
「いやいや、本当さ。友達はいてもコネはないさ」
「それでも、フィン殿には手を差し伸べてくれる人がいる。そうではないか?」
「周りに恵まれたんだ」
(……貴方は、私のことをまだ友と呼んでくれるんだなぁ)
ちくりと胸が痛む。
この痛みとは訣別した筈だった。
「それで、今日は何の用だ? もてなしの準備も何もしてなくて、とても王女殿下を迎えるに相応しくない挨拶になってしまったが」
「もてなしに関しては気にしないでほしい。私とフィン殿の仲だろう」
「親しい仲だからこそ、手をかけてもてなしたいんだ。今度来るときは数日前に連絡してくれると、俺が嬉しい」
「……わかった」
(……また来ても良いと言ってくれている。でも、それを受け取って良いものか……)
シャルロットは心の内で思い悩む。
友だと言ってくれるし、暗にまた来いよと言ってくれている。
だが、フィンや【払暁】の者達は自分からシャルロットの元へ足を運んだことがないのだ。
王女である上に住居が王宮なのだから気軽に来れるわけがないのはわかっている。
だから自分から訪れているのだ。
貴族と冒険者、互いに不可侵の常識があるのも知っている。
王女が王家としての力を振り翳し傲慢に暗黙の了解を破るのは良くても、金等級冒険者が思い上がり王宮へ足を踏み入れることが良くないと思われるのもわかっている。
それでも、シャルロットの心には、疑問が翳る。
(私達は本当に、友なのだろうか……)
「……シャルロット? どうした?」
「ん! なんでもない。少し、疲れが出てしまっただけだ」
「そうか。俺には王女の苦しみなんて理解できないけど、理解の及ばないくらい大変な日々を過ごしていることはわかる。……最近、マリアンヌも全然一緒に居ないんだ」
「そうなのか? 【払暁】はいつも共にいるとばかり……」
「夕食には全員集まるんだが、ほら、俺とシャルロットが出会った時からマリアンヌは【聖女】として動くことが増えたんだ。それに、【払暁】内で唯一王都に権力地盤を持ってることもあって、出ずっぱりだ。俺じゃあ、肩代わりしてやれないんだよ」
「ああ……。各所と伝手が出来ただけの私ですら話したこともない貴族から友情の証を贈られてくる。マリアンヌ殿ならば、私の比ではないか」
「……そんなにか?」
「私は所詮、伝手を期待されているに過ぎない。マリアンヌ殿は期待される本人だ。信仰を向けられていると言ってもいい。私なんぞより、よほど厄介な立ち回りを要求されている」
結局のところ、シャルロットの強さは変わらない。
立場がどれだけ変わったとしても彼女にモンスターを一撃で消し去る魔法はないし、指先一つで台風を霧散させる力もなければ剣の一振りで名を馳せる業もない。
力を持つ人物と友誼を結んだに過ぎず、どこまで行っても『自分を紹介してくれ』以上の意味を持たないのだ。
「そういう意味では、誠に申し訳ないと思っている。あの日フィン殿に救われていなければ、マリアンヌ殿は今も変わらない日常を過ごしていただろう」
フィンがシャルロットを救ったことで、全てが変わった。
自分は力なき形だけの王女ではなく、国内有数の繋がりを持つ王家の一人になった。
マリアンヌは己の手の届く範囲だけを守るスタイルをやめて、両腕を伸ばして守るための力を振るわざるを得なくなった。
(……フッ。好かれるはずもないか)
日常を壊した王女。
こんな存在が好かれるわけもない。
シャルロットはそう内心で吐き捨てながら、覚悟を決めた。
「フィン殿。先ほど用はないと言ったが、あれは嘘だ」
「……そうか。俺でいいのか?」
「ああ。貴方でなければいけない」
「わかった。俺に出来ることならなんでもする」
「…………そ、その、だな。私を…………抱いてもらえないか?」
「……えっ」
────バァン!!
勢いよく扉が開かれた。
シャルロットは目を見開き肩を大きく跳ねさせ、フィンは扉を開いた人物に視線を向けた。
「ハァッ、ハァッ、フッ、ふぅー……! ま、間に合ったかしら!? まだ何もしてないわよね!?」
「ま……ま、【魔弓の射手】……!?」
そこに居たのは、【星天】に所属する白金等級冒険者のアリシア・ラ・アエラスだった。
「あ、ああ。抱いてくれないかと言われたが……」
「フィン殿!?」
「ああ、聞いてたから大丈夫よ。それより、王女殿下……」
「ひっ……」
息を整えつつあるアリシアがゆっくりと視線をシャルロットに向ける。
ドアの向こう側から死んだ目で見つめるアストレアと、苦笑するカルラがいた。
「そのお話、私たちも混ぜてもらえる?」
そう告げるアリシアの表情は、どこか達観した様子だった。