ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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128 マゾの管理人

 

「ん〜〜……! いやー、やっぱりここ(王都)は楽しむ分には最高だわ」

 

 店員の爽やかな掛け声を背中に退店したアリシアは、ぐっと体を伸ばした。

 

 本日は貴重な完全休日。

 パーティー運営はヴァシリに基本任せているとはいえ、アリシアも王族の長女として高度な教育を受けている。一つの種族を導くための知恵を学んできた彼女にとって、別種族の築いた全く別の文明の中で小さな集団を率いるのは造作もないことだ。

 

 多忙を極めるヴァシリの代わりに【星天】にまつわる業務を肩代わりしている彼女にとって、一日の中で仕事を忘れた個人の時間とは限りなく貴重なものだった。

 

 ショッピングに美容ケアのためのエステの予約。

 一週間以上前から楽しみに待っていた本日、彼女は王都を満喫していた。

 身体を存分にほぐしコリというコリを揉まれ、血行促進により健康体に生まれ変わったアリシアは晴れやかな笑顔で空を見る。

 

「天気はいいし、買い物も出来た。王家御用達の按摩師ってのはバカになんないわねぇ」

 

 ぐるぐる肩を回しながら呟く。

 

 これまでの旅で何度か騙されかけたことのあるアリシアにとって、人間社会の按摩師は信用ならない業種だった。

 

 王女として教育を受けた彼女には按摩は従者のやることだ。

 専門的な技術を身につけた同性のエルフに毎日施術されていたアリシアは、ヴァシリとアリアに連れ出されて数日後の宿で騙され危うく純潔を汚されそうになった。

 

 危機一髪のところでヴァシリに助けられた訳だが、それ以来外の人間に対する距離感というものを考えさせられる一件として忘れられない記憶になった。なお、当たり前だがヴァシリがこの程度のことを事前に見抜けていない訳もなく、手っ取り早く成長させるためにわざとやったのは言うまでもない。

 

 それまでの日々で周りに従者がいるのが当たり前だったアリシアはそこから急速に人間社会への適応を始め、半年もすれば逆にアリアに色々教える立場になっていた。

 

 簡単に無防備になってはいけない。

 不用意に裸を見せてはいけない。

 食事に悪意が混ぜられていないか警戒しなければならない。

 

 もちろん実力行使で跳ね除けるのは容易だ。

 だが、いつでも叩き潰せるからと言って、無遠慮に己の領域に手足を踏み込もうとしてくる相手は不愉快で仕方ない。

 

 大都市であっても治安が荒れ民度が最悪なのは当たり前。

 バカな貴族や教育すら受けてない己が世界で一番強いと思い込んでる荒くれ者などが姿を見せないことなどなかった。

 

 だが、王都に来てからはどうだ。

 城壁の深くへ行けば行くほど治安も民度も高くなっていく。

 街を見回る衛兵も多く、その殆どが王家直属。

 影響力を持つ貴族もいるにはいるが、王都の中では絶対王政が敷かれているのだ。逆らおうとする愚かな貴族は表通りを歩けないし、裏路地になど踏み込むことがないから巻き込まれない。

 地元に暮らす平民も心優しく穏やかだ。

 冒険者のような荒くれ者はいるが、冒険者ギルドから外に出て調子になる者は少ない。

 

 王家の統制が良く行き届いた都市であるが故に、アリシアも楽に羽を伸ばせていた。

 

(気持ちよかったけど、一番腕がいいのは男性らしいのよね……)

 

 今回彼女の施術を務めたのは女性だった。

 王女や王妃を相手に仕事をしているだけあって礼儀作法も万全、喋りも上手くて肝心の腕もいい。まるで蕩けるような三時間を過ごしたのだが、これ以上があると聞けば試してみたいという気持ちが湧いてくる。

 

(うーん、男の人に裸を見せるのは……王太子も利用してるのはその人って言ってたし……これに関しては王太子の懐が広いだけか。どれだけいいのかしら)

 

 レオンに関しては『男だろうがなんだろうがそっちの方がいいならそっちにするべきだ』と言う価値観を持っているために女性ではなく王都一番の腕を誇る男性按摩師を利用しているだけであって、他の王族は『別に平民なんて家畜みたいなもんだから裸を見られようが気にならない』と思っているのだが、わざわざ男に任せたいと思うほど女性按摩師の腕が悪くないために今のような形になっている。

 

 そういう事情を知らず『男に裸を見せるのはダメだから女性を指名してるのね』と思ってしまった彼女は一人考える。

 

(んむむむ……! 美をとるか、理をとるか……)

 

 男性按摩師に身体を委ねるのは、確かに問題がある。

 薬を仕込まれ眠っている間に身体を弄ばれるかもしれない。

 そうなれば流石のアリシアといえども防ぎようがない。

 意識があれば守れるが、意識がなければどうしようもないのだ。

 

 ──アリシアの預かり知らぬことだが、貴族の恐怖を思い知っている王国民で、王侯貴族と直接仕事をしなければいけない立場であれば、顧客に悪戯をする発想など出てこない。

 

 魔が差してそんなことをしてしまう者は王家御用達にはなれない。

 

 そもそも施術している男性は結構な高齢で孫もいる。

 社会的な信用度は高く、一人きりで施術するわけではないのだから、そんなことをされるわけがないのだが……

 

(もし……もし、えっちなことされたら……どうなるかしら)

 

 なんとなくアリシアは思った。

 

(もし、とんでもなく上手だったとして……流されたりしちゃって、そのままなし崩し的に脅されたりして……そうしたらフィンくんはどう思う?)

 

 きっとそんなことになれば、鈍感なくせに鋭いフィンのことだ。

 自分が好きでもない男に脅されて抱かれていることに対する嫌悪感や罪悪感に苛まれストレスを感じていることに気が付き、何かあったのかと勘繰るだろう。

 

 そしてアリシアがどんな目に遭っているのかしれば、憤り、猛り、救ってくれるだろう。

 

 他人に抱かれた女なんて穢らわしいなどフィンが言う筈もない。

 それから慰めるように互いを求めるが、どこか知らない男の手が入ってしまったアリシアに対し複雑な感情を抱き──それはもう、これまでにないほど悦ぶ筈だ。

 

(…………あ、あれ。私、何考えてるのかしら。頭おかしいんじゃない?)

 

 ふと、正気に戻った。

 フィンは確かに寝取られても興奮するだろう。

 だがそうなって欲しいと思っているわけではない……筈だ。

 自分の女は自分のものだという独占欲もあれば、普段のイカれマゾっぷりを見事に反転させたドSな面も度々見られる。というか、アリシアに対しては基本Sっ気が発揮されている。

 

 一人思考が読めるアリシアに対し無遠慮に妄想を繰り広げ反応を楽しんでいるのは明らかだった。

 

 そんなフィンがたまに口にする。寝取られてみたいと言う願望。

 

(はっ、ははっ……わ、私もう、頭がおかしいのね……)

 

 アリシアは泣きたくなった。

 元々自分のそんな性癖はない。

 普通に男性と恋に落ちて、普通に子供でも作って……とまでは言わないが、倒錯的な性癖で悦ぶ変態と番になることは想像もしていなかった。

 

 だが、今はどうだ。

 フィンと出会い、彼の本性を読み取ってしまってからアリシアの思考回路は著しい変化を遂げている。主にダメな方に。

 

 元々世話焼きで面倒見の良い性格だ。

 他人の感情を読み取ってしまうこと、王女として外交なども見据えていたこと。

 一般的なエルフの主張は人間など劣等種だと言う差別意識があったが、外へ出てすっかり文明や社会の強さに圧倒されたアリシアはヴァシリと同様『敵対するようなことがあってはならない』と胸に刻んでいる。

 

 喧嘩になりそうならばやんわりと怒気を納めさせ、交渉の際には相手の隙を付きつつも落とし所を探り、嘘や欺瞞には類まれな異才を発揮し突き止めた。

 

 そうして磨き上げた彼女自身の能力が、フィン・デビュラとの遭遇により狂ってしまった。

 

 なんだか放って置けない。

 このまま一人にして置けない。

 誰にも知られないまま我慢を続けるフィンを見て、そのままに出来るほどアリシアは図太くなかった。パーティーのため、妹のため、世界のため……色々理由はつけたが結局のところ、彼女自身がフィンを放置したくないと思ったから、あの日声をかけるに至った。

 

 その結果──身も心もすっかり堕とされて、好きな男はこれでも喜ぶのかなと無意識に考えるようになってしまった。

 

「ふっ…………」

 

 一度ため息を吐いて、彼女は空を見上げた。

 

(……しょうがないでしょ。好きになっちゃったんだから)

 

 自分一人だけが、いろんな女に好かれている男の本性を知った。

 どうしようもない性癖も、壊れてしまった精神の一部だと理解した。

 自分だけに見せる真逆の姿に頭を抱えながら受け入れてしまった。

 一人仲間を巻き込んだ。

 うまくいった。

 妹も巻き込んだ。

 どちらもうまくいった。

 そう、懸念していた、妹の想い人を奪ってしまったという罪悪感は、合法的に(?)巻き込めたことで薄れてきた。

 

 ゆえにアリシアは諦めた。

 己の心で意地を張り続けることをやめることにした。

 

(…………好きでもなかったら、あんなことしないわよ)

 

 己の行動を見返すが、どこからどう見てもダメな男に尽くす女のソレだった。

 

 初めての男の性癖に合わせるように性技を学び、どうにかこうにか習得するために娼館で働こうと血迷って、他の女達が尻込む領域に容易に踏み込める。なぜなら、自分だけはフィンの本音がわかるから。

 

(はあぁぁああぁ…………どうしてこうなっちゃったの……?)

 

 自分の業の深さに嘆息する。

 どう言い繕っても変な女で最低な女だ。

 妹の想い人に手を出した上に嫌よ嫌よと言いながら受け入れ、挙げ句の果てにハーレムを構築するために駆けずり回った。

 

(こんな筈じゃ……こんな筈じゃなかったのよ……!)

 

 世界はいつだってこんな筈じゃないことばかりだ。

 

 ヴァシリが一時期口癖にしていたソレを心の中で呟いた彼女は、長い長いため息をもう一度吐いてから、頬をぺちっと叩いた。

 

(──ええいっ! 考えても仕方ない! 余計なことをする必要はないんだから。フィンくんは悦ぶでしょうけど、それと同じくらい悲しむに決まってる。あの子は確かにどうしようもないド変態だけど、ド変態なのと好青年なのは両立する。あの子を追い詰めるようなことは、しちゃいけないわ)

 

「事故は起きるものであって、起こすものじゃない。思い上がっちゃいけないわね……」

 

 深く己の胸に刻んだところで、アリシアの耳元に風が集まる。

 エルフの使う通信方法、それも恐ろしく技巧に優れた者の。

 瞬時に妹からのものだと理解したアリシアは、それまでの思考を全て吹き飛ばして緊急時のモノへと変えた。

 妹が、なんの意味もなく連絡してくることなどないのだ。

 

(なに? アストレアが焦って連絡するようなこと!? 一体何が──)

 

『姉さん!! シャルロットがフィンとえっちしにきた! あの子も巻き込んだの!?』

 

「…………? …………。…………??」

 

『なんで言ってくれなかったのよ! ていうか、いくらなんでも家でするのはまずいでしょ! どうすればいい!?』

 

 アリシアは目を閉じた。

 ゆっくりと深呼吸をしてから、もう一度、空を眺める。

 

 雲ひとつない晴れやかな青空だった。

 憎たらしいほどに爽やかな空だった。

 耳元で鳴り響く妹の声は聞きたくなかった。

 休日がなくなったことを悟り絶望し、だが、心のどこかでナニカを期待する自分がいることに、更に深い絶望を抱いた。

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