「──それで、どういうことなのかしら。説明してくれるわよね、シャルロット王女殿下」
「は、はひ……」
血走った瞳に浮かんだ青筋。
苛立ちと不快感を全力にしたアリシアは、腕を組みながら笑顔で訊ねた。
冷や汗ダラダラ両手プルプル、いつぞやの会談を思い出す圧力に晒されながらシャルロットは青褪めた顔色で口を開く。
「そ、その……兄上より、フィン殿を篭絡し肉体関係を結べという命令が下り……」
「──……えっ……お、王女よね、貴女……」
「なにせ、立場の弱い王家なもので……」
(……ちょ、ちょっと待って。次期国王の娘よね。それも、面倒な貴族の紐が全く繋がってない貴重な……なんでそんな娘に人質に差し出すようなことさせてるわけ!? 王女でしょ!?)
同じ男を共有してる淫ら三姉妹こと自分達を棚に上げてアリシアは動揺した。
(フィンくんの保護者がヴァシリなのは恐らく伝わってる筈。ヴァシリは単騎で世界とやり合えるコネがあるから特別枠だとして、【払暁】の勢力図的には……あっ、そっか。これ、王国だけ繋がりが弱いのね)
レオンがなぜそのような暴挙に至ったのかはともかく、元々繋がりがあったシャルロットを利用してより強く結びつけるためならば悪くはないと理解できる。
(冒険者ギルドはそもそも大本営。エスペランサ教は本部との繋がりは薄いけど、枢機卿の影響力が強い。ヴァシリとアリアは二人だけで一勢力判定してもいいくらいだし、私達エルフも主要メンバーと仲は悪くない。最近は特に……まぁ、それは関係ないけど。ううん、王国側としては不安に考えても仕方ないかしら)
とはいえ、シャルロットに肉体関係を結んで来いと命令する程切羽詰まっているのかと言われれば、ノーだ。
魔王軍出現以降大陸西側が荒れ果て復興に時をかけねばならず、依然として王都の価値は高まり続けている。
流通拠点にしてそれなりの穀倉地帯でもある王都近郊の平野は非常に得難いものだ。
ここを侵略するとなれば冒険者ギルド本部・エスペランサ教の保有する聖女・一人勝ちさせたくない周辺諸国らを相手しなければならない。そうなれば火の海、交通の要所にて起きた戦火は瞬く間に大陸全土に拡散する。
王国側にとってのリスクは冒険者ギルドに梯子を外されることだ。
エスペランサ教は最悪聖法国が存在するため協力してくれないかもしれないが、聖女マリアンヌは聖女である前に冒険者であるため何とかなるだろう。さらに言えば、セラフィーヌ・ユドラグセルはそのような状況に陥った国を絶対に見捨てない。
例え聖法国が指令を下したところで従う訳がない。
よって、言い方は悪いが、エスペランサ教が撤退しても最も頼りたい戦力は残ってくれるのだ。以前ならばともかく、今となってはそこまで重要でもない。
だが、冒険者ギルドだけはダメだ。
元より王国は彼らを受け入れることで巨大な武力を保有せずとも国土を維持していられるのだ。権威なんてものはハリボテなのだが、そこにはとあるダークエルフと彼女の手元にある手記に記された〈知識〉が関係しているので、彼らにどうにかすることは出来なかった。
そういった裏事情を知らないアリシアとしては、『果たして外部勢力頼りの王侯貴族に権威はあるのか』と思わなくはないが、この世界において民主政治という概念は存在しないのでそもそも疑う選択肢が出てこない。
ゆえに、貴族が民を支配さえしていればどうとでもなるのだった。
(でも、だからって王女を投入する? リスクあるでしょ。冒険者ギルドの機嫌を損ねたら一発アウトなのにそんな賭けに至った理由は────……そうしなければいけない、何かがあった)
王太子レオンが無能ではないことは知っている。
ゆえに、こんな短絡的な手段に出たことが信じられなかったが、思考を纏めればおのずと答えに導かれていく。
(急速に距離を縮めなければいけない何かが起きた? 貴族の反乱? 他国の侵略? いえ、無いわね。もしあればヴァシリが動いてる。ならなぜ? わざわざ【払暁】と距離を、どうしても近寄りたかった理由は……)
近頃冒険者ギルドで大きな事故が起きた形跡はない。
さらに言えば派閥争いも起きてない。
いや、実際には存在するのだが、そういうの全部ひっくるめて強引に破壊できるヴァシリが常に本部近くに滞在しているため迂闊な行動がとれない。
ヴァシリからすれば『元々〈知識〉に則って世界をいい方向にしたかっただけだし、それが悪い方向に作用するならいらないよね』というスタンスである。
なんなら魔王軍が壊滅して世界が平和になったので猶更だ。
自分が影響力を持ち続ける勢力は貴重だが、どの道あと数千年で死ぬのだから、死後世界に介入出来ないのだから執着はしていない。
現本部長のマーカスはそんな創始者の思考を理解しており、部下には『絶対に調子に乗るな、もし俺が調子に乗りそうだったら戒めろ、止まりそうになかったら殺してでも止めろ』と言い聞かせているほどだ。
(冒険者ギルド……エスペランサ教? ヴァシリが【廻天の聖女】を引き入れたから? いえ、それだけじゃ弱いわ。フィンくんを相手に────ん? フィンくん?)
そもそもなぜフィンが相手なのだろうか。
【払暁】との関係強化、フィンはヴァシリによって育てられた戦士だが、彼自身が篭絡される様な隙を見せたことは一度もない。
なんなら初めてをアリシアに捧げるまでは童貞だ。
童貞の癖に女性に対して耐性があり極限まで自制出来る歪な環境で育て上げられた結果、鈍感だが察しが良く、それでいて女性に対して紳士的だが童貞臭い対応をしたりしない。魅力的なのに誰からの誘いも受けない鉄壁っぷりに、『パーティー内でハーレム作ってる』と噂されてるくらいだったのだ。
そんなフィンに対して慌てたようにシャルロットを送り込んだ理由……
(…………。…………あれっ……これ……もしかして……)
頭の中のパズルが繋がっていく。
点と点が結びついていくのだ。
それと同時に先程まで脳裏に渦巻いていた、『休日を台無しにされた上に知らない問題が発生してそれを解決せねばならない』ストレスが引き、代わりに焦燥が浮かび上がってくる。
(あー……ああー……もしかしてだけど、これ、察知された……?)
わざわざフィンを標的にした理由。
確かにどの勢力からも浮いてはいるが、だからと言って繋がりを保持しているシャルロットでハニトラはリスクがありすぎる。そうしなければいけないと判断したのは、ついにフィンが女との肉体関係を手に入れたからではないのだろうか。
(いや、で、でも、バレない筈……あれはだって、ギルドでしか……!?)
冒険者ギルドの保有する、貴族やエスペランサ教であっても把握できない秘密の遊び場。
つまり、完全無欠の場所ではない。
もしヴァシリが知ればそれはもう面倒な事になるだろう。
ゆえに、冒険者ギルド側が漏らすとは思えない。
思えないが────これはもう、漏れたと思わないといけない。
(も、もし、もし知ったら……理解できる。だって、フィンくんに取り入る隙が出来た上にハーレムなんだもの! そりゃ突っ込むわよね!!)
「その……こういっては何だが、もし不快に思われた場合は即座に取り下げるようにとも言われている。決して、そちらに不都合なことをしたい訳ではないのだ」
(あっ……これしかも王女自身にはなにも伝えてないパターンだ……)
つまり、
・王子が何かしらの手段でフィンを取り巻く情勢を理解する
・ハイエルフ、剣聖共に肉体関係があることを察知
・ヴァシリの思惑が絡んでない今の間ならば首突っ込めると判断
(────あっ、あああああっ……! わ、私のせいだこれ……!)
「フィン殿も、そちらの都合も考えずに押しかけて申し訳ない。私一人の首で良ければ幾らでも差し出す。どうか、兄上だけは……あの人はこの国に必要なんだ……!」
「……そ、そこまで重大じゃないから、大丈夫よ。ねえフィンくん」
「ああ。シャルロットは王女なんだぞ。俺みたいな男に釣り合う訳がない」
(えっ、一応私達も王女なんだけど……)
アリシアは堪えた。
「王女などと言われても、私は依然ハリボテのままだ。あなたに救われていなければ、今の様に、首をかけても意味がない程度の存在に過ぎない。フィン殿が釣り合わないんじゃない。私が釣り合わないんだ」
「そんなわけないが……」
「相変わらず、フィン殿は自己評価が低いのだなぁ」
(…………どうしましょ。ぶっちゃけ、王女殿下一人混ざった程度なら何の影響もないのよね)
警戒すべきはアリアやマリアンヌにヴァシリである。
この三人に露見する確率が上がるかもしれないが、放置しておくつもりもない。
いずれ、まあ、バランスよく、大事に至らないように細心の注意を払って引きずり込んでいく予定だ。
フィンの性欲と性癖を管理することなど到底出来ないのだから、ある程度イレギュラーはあるべきだとアリシアも考えている。
(…………逆に、これ利用して脅すしかないわね)
シャルロットの頭越しに王太子へと繋ぎを持つ。
送り込まれた時点で露見しているのだから、ならば、逆手に取るしかない。
防御力の低さをゴリ押しでどうにかしているのが現状だ。
そしてその防御力は補われることがない。
バレたら終わりなので。
(攻撃は最大の防御! いいわ、かかってきなさい王太子レオン! 引きずり込んで逃げられ無くしてやるんだから!)
「……なあ、フィン殿。アリシア殿はどうしたのだ? 先程から表情がコロコロ変わっているが……」
「面白くてかわいい人だろ? 大方、どうやってシャルロットと巻き込むか考えてるに違いない。どうにも俺の性欲が強すぎるみたいでな。初めてを捧げた女性が寛容なのは嬉しいんだが、ほんのり寂しい気持ちもある」
「そうか…………。いや? え? 今なんて言った?」
「え? なにって、俺の性欲が強すぎるってことだが」
「ん!? そ、そうではなく……初めて? かんよう? いや、私を巻き込む……何を言ってるんだ…………?」
「えっ……あっ、はは、フッ……」
「(うわっ!? 急に悦んでる!? あっ落ち込んだ……また悦んだ! 忙しい奴ねほんと!)お、オホホホ。王女殿下、ちょっとこちらに……」