王都貧民街の一室。
窓もない薄汚れた部屋の中で、顔を隠した男たちが机を取り囲んでいた。
その雰囲気は部屋と同じで暗く悲嘆に溢れている。
長い沈黙の果てに、一人の男が口を開いた。
「第二王女と、【払暁】が接触した……」
「……まさか、まさかまさか。夢であってはくれぬものか」
「諦めろ、現実だ。……金等級冒険者パーティーが、第二王女の派閥入りだ」
「はは、……終わりだな。終わりだ、何もかもが」
絶望ばかりが口から出てくる。
それもその筈、彼らにとって第二王女暗殺は絶対に成し遂げなくてはならない目標だったのだ。
彼らは第二王子派に属する貴族家に連なる者達だ。
主家が時勢を読めず『王太子派に付かずこちらについておけば優遇しますよ』という皮算用に釣られノコノコと第二王子派に属したが、大派閥が全て王太子派についたことで勝ち目がないことが発覚。
いや、それ以前からわかりきった話だった。
学院に入学する以前から卒業して以降、王太子の評価は常に高かった。
ではなぜ一部の貴族はその前評判を信じずに第二王子を支持したのか?
それは単純に、王太子の仕掛けた罠である。
彼は自身の政権に憂いを残したくなかった。
多少欲深く卑怯な手段を取って他者を蹴落とすくらいなら良いが、どう考えても負けの第二王子に将来を期待して賭けるような愚か者は必要ない。そう考え、第二王子派が台頭する隙を見せた。
その間、僅か半年。
半年間王太子が外遊に出て構築された派閥こそが第二王子派であり、彼らとしては半年でちゃんと地盤を築いて勝てるようにしたつもりだった。
だが王太子が国へ戻った途端、大派閥が全て王太子派へ。
大派閥を引き入れる勝負だと思っていたら勝負は最初からついていますと盤面を丸ごと破壊され、身動きのとれぬまま更に半年。
たった一年の間に将来が暗く閉ざされてしまった彼らはなりふり構っていられなかった。
故に、無理矢理にでも動かすことにしたのだ。
王太子派を動かす事は難しくても、王国を揺らがせることは出来る。王国の勢力図で勝ち目がないなら王国の勢力図を傾けてしまえばいいというヤケクソの元に考えられた最初の作戦が、この第二王女暗殺事件である。
なんの後ろ盾もない第二王女とは言え王太子派に属している以上、殺せば少しは揺らぐ。相手は王族、露見すれば一発死刑だが後ろ盾のない王女の死に対し深く掘り下げられることはないとの考えであった。
しかし、それは全て一人の冒険者によって遮られてしまった。
「しかもシャルロット第二王女に枢機卿が接触した。囲い込みに違いない」
「まさか……王国への干渉を!?」
「そんなバカな! 教団が今更王国に食い込んでくるなど!」
それはもう悲鳴に近い。
第二王女の暗殺に失敗したばかりか、呼び込んだのは金等級冒険者の中でも最上位に位置する怪物。
しかも王族を教団幹部である枢機卿が囲い込む最悪の事態を招いているのだから、その嘆きは仕方ないものだった。
「くそっ! このままでは共倒れだ! なんとか挽回せねば……」
「しかし、相手は金等級冒険者パーティーと教団だ。到底抵抗などできん」
「一体どうすれば……」
「──案ずるな。策はある」
嘆きの中に持ち込まれた希望。
現実を打破する一声に彼らは反応する。
「お前は……伯爵家の者だな」
「元はと言えばお主が失敗したからではないか! 第二王女の暗殺は必ず成功するとはなんだったのだ!」
「……いや、それ自体は責めるべきではない。まさか金等級冒険者が出張ってくるなど予想できん。それよりも、策とやらが気になるな」
視線が一人に集中する。
フードで隠れた表情は窺えないが、手の色は褐色で刺青が刻まれている。
この国では些か珍しい風貌であることは間違いないが、それ自体は彼らにとっては懸念するべきことではなかった。
「なに、簡単なこと。次は冒険者ごと消せばいい」
「…………出来るのか? そんなことが」
「相手は金等級だ。イーグレット侯爵閥が一夜にして滅んだのは、他人事ではないぞ」
「手を下したことが悟られなければいいんだろう? 問題ない」
刺青の男の言葉に他の者達は顔を見合わせる。
怪しさは、ある。
だが伯爵自らの推薦でこの集まりにやってきているし、何より第二王女暗殺自体もほぼ成功していたに等しい。なぜか現れた金等級冒険者にひっくり返されたが事故のようなものだ。
それに金等級冒険者も依頼の関係で第二王女に遭遇したに過ぎず、他の思惑が絡んでいるとは考えにくい。
ギルドの内情を知らない彼らは、そう納得するしかなかった。
「何か手伝えることは?」
「指定依頼を出し冒険者と王女を呼び寄せる。土地が欲しい」
「それはマギヴェール子爵家が受け持とう。山ばかりで人目はほぼない」
「好都合だ。更に上の冒険者を呼び寄せるリスクはあるが、王女の暗殺自体は成功するだろう」
「おお……! 一体何を行うのだ?」
マギヴェール子爵子飼の者が喜色を隠さず訊ねた。
それに対し、顔を隠した男は笑みを浮かべる。
だが、それは決して志を共にする人間に向けるものではない。
まるで愚か者を見下すような、まるで家畜を見るような──そんな、冷たく残酷な笑みであった。
「なに……手頃なモンスターに心当たりがあるというだけだ」
───
──
───
「みんな、今回は助かった。俺の我儘で振り回して申し訳ない!」
殿下との顔合わせを終えホームに帰還し、俺は三人に頭を下げていた。
関わりたくないから助けてくれと言いながらこの人そんなに悪い人じゃなさそうだし助けてやろうやと面倒なことを言って混乱させたのは俺だ。
ここは、しっかり謝らねばなるまい。
べ、別に最後の方俺を放って殿下と三人が盛り上がってたことにガチの危機感を抱いてるわけじゃないんだからな。
すみません、めちゃくちゃ怖いです。
見捨てられると思うと、よくない興奮でゾクゾクします。
「特にマリアンヌ。何もかもやってもらったのに、土壇場で意見を変えて本当にごめん」
「あ、頭を上げてください! 私がやりたくてやったんです。むしろ私は役に立ちましたか?」
「もちろんだ。お前がいてくれて良かった」
「〜〜っ……は、はい。私の方こそ、フィンさんがいてくれて…-」
手を握って感謝を告げれば、彼女は感極まったように瞳を潤ませた。
流石にこれは嫌だから涙目とかではないよな?
「ちょっと。なにイチャイチャしてんのよ」
「どれ、少し私達も混ぜてもらわねば」
「アッちょっ」
手を握り合ってた俺達になぜか混ざってくる二人。
ヌゥッこの感触はカルラの剣タコ!
すべすべなのはアストレアのハイエルフハンド!
そして聖女だがしっとりとしているマリアンヌの手が交わり、これは……もしかしなくても如何わしいことをしてるんじゃ……
「しかし意外だったな。第二王女、想像よりずっとまともであった」
「少なくとも愚物ではないわ。生まれを活かせないなら別口で力を得ようとするのは間違ってないし、誰かに頼りきって生きていくつもりもない。マリアンヌもそう思ったからあの場で積極的に近付くことにしたんでしょ?」
「はい。……まあ、色々ありますが」
すると、何故か先程まで嬉しそうだったマリアンヌがジト目で見てくる。
「フィンさん。お話があります」
「なんでも言ってくれ。靴だって舐めるぞ、聖女マリアンヌ」
「えっ、な、なんでも……」
「……おい、聖女」
「あっ、も、もう! フィンさん、めっですよ!」
呆れたようなカルラの声に正気を取り戻したマリアンヌが頬を膨らませ叱ってくる。
なんで俺が怒られたの?
あまりにも身に覚えのない怒りに困惑が隠せないが、理不尽な怒りは俺にとって好物なのでまあよしと言ったところ。
知らん人間からの理不尽は「お前何言ってんの?」とシラフで受け止めるが相手はマリアンヌ。
めっですよなんて可愛く言われたらもうたまらん。
「んんっ。いいですか、フィンさん。今回はシャルロット殿下が相手だったから良かったですが、貴族の言葉に気軽に頷いてはいけませんからね。殿下ですら、フィンさんが良かれと思って伝えた友という言葉に勝手に付け足したんですから」
ああ……それは、確かに。
普通に友達になるよって言ったら生涯の友人にされたからな。
「あれは貴族特有の言い回しなのか?」
「いえ、あれは素直に生涯の友になって欲しいだけです」
えぇ……。
そうなんだ……。
あっ、もしかして俺が田舎の農家出身なの分かってたからすごいわかりやすい言い方してくれたのか?
ありえる。
殿下、優しいし。
あんな風に偉い人が対等になりたいって言ってきたらイチコロだよ。
こう言うのもなんだが、俺、嫌われてるんだよね。
冒険者パーティー組んでるけど仲間三人とも見た目が整ってて実力者。仲良くしてるのを外で見せつけてくる、娼館も利用しない盾役。
そりゃあ嫌われるでしょ。
出自もただの平民なのがそれを加速させてる。
ちょっと偉い人には下賤な野人だと罵られ、平民にはなんでお前だけと嫉妬される。結構肩身狭いんだぜ?
叩き上げのギルド員とかずっと担当してる受付嬢、あとは銅等級とか銀等級になるような奴にはまあまあ仲良くしてもらってるけど、下の方からは本当に好かれてない。
ま、それはそれで気持ちいいこともあるからいいけど。
これこそが俺のマゾ充生活の対価だとすら思っている。
美人でおっぱいも大きくて俺に優しい仲間達に囲まれながら気持ちよくドマゾ活動をするか、むさくるしい男どもと下品な会話をしながらいい女に金を払ってシバかれる生活、どっちがいいんだ!?
ど、どっちも捨てがてぇ……!!
と、とにかく。
同業者に嫌われまくりの俺からすれば、なんか丸く収まりそうな現状殿下との友情は非常に喜ばしいものだ。
「わかった。肝に銘じる」
「これからは無礼な言動をした貴族に関しては無視しつつ名前を覚えておいていただけると助かります」
「? ……ああ、その時はそうしよう」
頼りになるぜ、マリアンヌ。
教団の力があれば貴族にだって逆らえる!
マリアンヌさん! この貴族悪いことしてました! やっちまいましょうよ!
──聖女の名はそんなに軽くねぇんだよ……!
力を使おうと思えば幾らでも使えるがそれを救済に使用しているのがマリアンヌだ。だからこその聖女であり、讃えられるべき人。
普段俺の私利私欲で助けてもらってるのはあくまで彼女が力を付けるより前から付き合いがあったからだ。
あまり領分は超えない方がいい。
彼女の救いは救われぬ者に向くべきだし、彼女の怒りは邪悪な魔に向けられるべきだ。
なぜなら、彼女は【聖女】なのだから。
「ふむ。マリアンヌ、一ついいだろうか」
「なんですか?」
「伯爵とやらが第二王女の暗殺に関与していたと言っていたが、どうする?」
「教団が動きます。私達には、私達にしか出来ないことがありますから」
あ、そうなのね。
てっきり俺達が直接やりに行くと思ってたが、当たり前っちゃ当たり前。
今回、俺が当事者で後々面倒事に発展しそうだから動いたが、金等級冒険者は暇じゃない。
殿下を救えたのも俺が金等級冒険者でギルドの犬だからだ。
自分の身を守る戦いを他人にやらせるのはあまりいい気分ではないが、マリアンヌがそうするべきだと判断したのなら俺は従う。
政治は政治が出来る人に。
暴力は、暴力が強い奴に。
俺は冒険者だ。
何の後ろ盾もない、ギルドの操り人形。
その本質は暴力にある。
「ああ……それと、次のクエストなんですが」
今思い出したと言う雰囲気で、マリアンヌはどこからかスクロールを取り出した。
それをわかりやすく机に広げ、その内容に思わず目を見開く。
「次のクエストは、合同となります。共に出発するのは、翠玉級冒険者パーティーの【リリーガーデン】。行き先は──マギヴェール子爵領、〈瓦礫の山脈〉です」