そのハイエルフの王女は静かに語った。
フィンが幼い頃から虐待と遜色のない拷問の如きトレーニングを続け、身体を鍛えてきたこと。
幼馴染の為に進んだ道で精神が変容し苦痛を快楽として受け取るようになってしまったこと。
それと同時にヴァシリより受けた教育でまともな価値観と社会性を習得した結果、己が異常だと自覚しながらそれら全てを隠して自分を偽ることをなんとも思わなくなっていること。無意識で抑圧されていた感情が膨れ上がっていたこと。それを偶然感情が読めるアリシアに悟られたこと、心配したアリシアに見抜かれたと誤解し暴露したこと、放って置けなかったこと、いつの間にか肉体関係ができていたこと、カルラにバレて引けなくなったこと、妹を……。
事ここに至るまでに起きた事故を理路整然と説明しながら、『私は一体何してるんだろう』と思い心を軋ませているアリシアの気持ちを代弁するように、シャルロットは深いため息を吐いた。
「…………なるほど。そういう事情だったのか」
「ああ。俺が至らないばかりに周りに迷惑かけてばかりですまないと思ってる」
(そういう問題だろうか……?)
フィンの殊勝な態度に若干の疑問を抱きつつも、シャルロットは口にも表情にも出さずに神妙な顔で頷いた。王女として教育を受け直した成果が発揮されている。
「もともと、誰にも知られる予定じゃなかったんだ。それを見抜かれたと勘違いして暴露した俺のせいだ。俺がみんなを巻き込んでしまった」
「フィンくん……」
アリシアは目を潤ませた。
「いやまあ、そうなんだが……おそらくその場合だと、アリシア殿の負担が想像を絶するものになっていただろうよ」
「……間違いないわね。私達が知らないところで急に気持ちよくなってるんでしょ? 会議中とかに突然自己嫌悪したかと思えば興奮する、そんなフィンの感情を一人で感じ取った姉さんがどう動くか……どうせ今みたいになってたわよ」
アリシアは目を潤ませた。
「ううむ、そんなにか?」
「そんなにだ、シャルロット。そなた、フィンがそういう性癖だと知った今、どう思う?」
「と、唐突だな。……まあ、驚きはしたが、良いのではないか? 屈強な男性が意外と家庭では女性に弱いなんてのはよく聞く話だ」
──実は、今この場にいる五人の中でもフィンの次に庶民や冒険者、兵士などのことを知っているのはシャルロットである。
彼女に与えられた教育係は他の王族と比べてグレードが低い。
地方の道場主に武力を磨かれ地方の砦を退役した魔術士、更に言えば小さな私塾の主に教えを受けている。通常の王族どころか、男爵の後継者よりも格の低い扱いであるが、だからこそ彼女は冒険者という道に踏み出すことが出来た。
当然、下品な話も耳にしている。
地方の道場主は若い頃散々女遊びをしていたと子供に聞かせる話ではないものから、貴族に取り入るために豪商の子息や娘なんかは頻繁に身体を売っていること、賊を征伐しに出れば拠点に無数の女が囚われていたこと……この世界の悍ましさをたっぷりと教えられている。
その上で、彼女は冒険者となる道を選んだのだ。
一つ間違えれば自分が
「それに、無理矢理手を出したわけではないのだろう?」
「あー……まあ、そうねぇ……」
「……いや、結構強引だったが。なあアストレア」
「そうね。少なくとも姉さんは本気だったわ」
「あんたたち、ちょっと黙ってなさい」
「はは、アリシアにはそういうところがあるんだよ」
「なに彼氏面してんのよアンタは!」
「フガガフゴッ、ほほっ!」
(ああ……なるほど、こういう……)
アストレアに頬をつねられて喜ぶフィンを見て、シャルロットは現実を理解した。
「……とまあ、こういう感じでね。何しても喜ぶし何もしなくても喜んでるの。それをね、私だけが理解出来ちゃってたのよ。普通さぁ、自分が致命傷なのに仲間を庇って喜んでるなんておかしいと思うじゃない! ヴァシリに寵愛を受けててアストレアも憎からず想ってる男の子がぶっ壊れてるかもしれないって考えたらそりゃあなんとかしなきゃってなるでしょ!?」
「で、その結果まんまと絆されて、流されるがままにエッチしたんでしょ。妹の好きな男と」
「なんならノリノリだったな」
「黙らっしゃい! ケツ引っ叩くわよ!」
「アリシア。やるなら俺にやってくれ、二人は悪くないんだ」
「叩かれたいだけでしょうが!!」
「おおっ!?」
ベチンッとかなり本気のビンタがフィンに直撃する。
歓喜の声をあげて倒れ込んだフィン。
追撃で顔を踏みつけた。
「う、うほぉっ!?」
「……どこまで話したかしら。ああ、そうそう、それでまあ結局私の不注意でカルラにはバレたんだけど……」
(!!!?!?!?)
何事もなかったかのような態度で続けるアリシアに絶句する。
よく見れば、隣に座っているアストレアの目は死んでいるし、カルラは目を覆って天井を見上げていた。
(な…………なるほど。なんとなく力関係は理解できた……)
アリシアの感情を読める能力。
これが全ての鍵を握っている。
アストレアは未だ現実を受け入れきれていない様子で、カルラは受け入れているが諦めているようにも見える。つまり、フィンを本当の意味で受け入れ適応しようとしているのはアリシアだけなのだ。
(…………兄上は、これを察知したのか! な、なんたる慧眼……)
なぜレオンがこのような命令を下したのか?
それすなわち、今を逃せば二度とチャンスが巡ってこないと判断したからだとシャルロットは推察した。
アリシアに比重がよっている今ならば実力行使で追い出されずに中に入り込める──自分の知らない何かしらの方法で情報を得たレオンが、今しかないと考えたのだ。そうでなければ、フィンに身体を売ってこいなどと命ずるはずもない。
今ならば、チャンスがある。
今しか、チャンスはない。
乗るか反るかの賭けにでたと、そうシャルロットは解釈した。
なお、レオンはヤケクソになっただけだが彼女がそんなことを知る由もない。
(ならば、私がやるべきことは…………)
シャルロットは瞳を閉じた。
瞼に次々と映り込む、これまでの軌跡。
冒険者となって初めて己の手で生き物を殺したとき。
学園で友人を見つけたとき。
友人を誘って冒険者パーティーを組んだとき。
絶望的な未来から目を背けて青春に興じていたとき。
そして──死から救われたときのこと。
(…………すまない、ヴィオレット。私は──第二王女なんだ……!)
自分がこのハーレムに参入すれば、王家の力は圧倒的に増すだろう。
それがたとえ威を借りるものであったとしても、力は力。
レオンが動きやすくなるのならば、それは間違いなく必要なものだ。
フィン・デビュラは友人の想い人だ。
自分に付き従ってくれて、友人だと言ってくれる貴重な人物の想い人だ。
それなのに、自分は今から立場を利用して命令には逆らえないからと、国益になるのだからと身体を委ねようとしている。
そこに、僅かな自分の感情が含まれていることを自覚する。
己の浅ましさ、醜さというものが思い知らされた。
(……フ。私も、貴族だな)
瞳を見開き、シャルロットは立ち上がって、フィンの顔にヒールを乗せた。
「!?」
「!?」
「!?」
「…………これで良いのか? 平民……」
「う、うほおおおおっ!! おっおおっ王女様!?」
「たわけ、誰に口を聞いている! 余はバーンスタイン国王レオナルドが息女、シャルロット・バーンスタインであるぞ! わきまえよ、愚民が!!」
「は、はひいいいいっ!!」
「……やれやれ。アリシア・ラ・アエラス王女。余は、この愚かな冒険者に王女として罰を与えてやらねばならない。手を貸してくれないか?」
「エッ、え、エッ……ええ……」
困惑しつつ、アリシアはシャルロットの感情を読み取った。
決意、悲しみ、己への拒絶感。
そして──ほんの僅かに滲む、フィンへの好意。
シャルロットは王女であり、その命の使い方は決まっている。全ては王家のため、王国のため──例えそれが屈辱に塗れた道であっても、突き進むと決めたのだ。
フィンに救われたあの日、レオンに王女として認められた日から。
鞭を手に取り──なぜ鞭が用意されているのかは、考えないことにして──ピンと張った。
「鞭とは、家畜の調教や野犬を追い払うためにあるものだ。平民を調教するのにちょうどいいと思わんか?」
「わ、ワフっ! わんわんっ!」
「…………。…………だ、黙れ犬ッ!!」
(あ、無理してる……)
シャルロットの感情を正確に読み取り続けるアリシアは、怯えと恐れと嫌悪感を理解した。
それでもなお、鞭を振るうシャルロット。
決して好意ばかりではないとわかって、アリシアは胸を撫で下ろした。
(ほっ……これで王女殿下が本当に鞭を振るうのが趣味だったら、流石にどうしたものかと思ったけど……これならなんとかなりそうね)
バレてしまった以上は巻き込まざるを得ない。
レオンは引くことも視野に入れていたが、アリシアは首を突っ込んできた以上逃すつもりは全くなかった。
「アリシア殿! カルラ殿! アストレア殿! この平民は痛ぶられることを望んでいるようだ、存分に相手してやろうではないか!」
「ひ、ひいいっ!? よ、四人がかりでっ!?」
「……シャルロット、フィンに限界はないから無理しちゃダメよ」
「ああ、こちらが疲れたタイミングで反撃してくる。くくっ、四人がかりならば流石のフィンと言えども逆らえまい」
「……そういえば、私は今日休日だったのよね。久しぶりの休みだったの。エステにも行って、買い物もしてたのよ。…………ふふふ、ふふっ! フィンくん、今日は空っぽになるまでシてあげるから覚悟しなさいっ!!」
(…………兄上、本当にこれでよかったのか?)
フィンが望みそうな王女像を演じつつも、どこか不安が拭えないシャルロットであった。