〈深淵の森〉近辺に到着した一行。
このまま突撃というわけにもいかず、まずは簡易的な拠点を構築し攻略組と拠点残留組で仕分けることにした。
「〈深淵の森〉の危険度は他〈不浄領域〉のそれを優に上回る。全員で突撃なんてことをすれば無闇に死体を増やすだけだ。ここは、厳選したメンバーで行くべきだ」
「おれも賛成だ。正直ここまで駒が揃ってるならおれとドレイクじゃ役に立たねーしな。デビュラ、カトリーナ、ミューズ……あとは勇者と聖撃。この五人でいいと思う」
アニカの言葉に皆が頷く。
〈転生者〉として原作をプレイしたことのあるアニカにとって、主人公である勇者は外せない。そして攻略の鍵となるカトリーナとミューズ、二人の補助を受けて盾役として性能が向上するフィン、一撃で敵を消し飛ばせる無法聖女のマリアンヌ。
(何でもゲーム通りとはいかねーのはわかってるんだが、流石にハイレンディーヌの魔法はずるいんじゃねえかな……)
尖兵を一撃で消し飛ばした辺り無法っぷりでは〈聖剣〉に比類してるとすら思った。
神属性魔法なのは間違いない。
だがそこまで強力な魔法はなかった。
あったとしても消費魔力が多く旅パとしては使えないとか、そういう問題もあった。
(この世界の上位層、明らかに消費魔力と保有魔力が釣り合ってないんだよなぁ。多分ゲームと違って使い方が上手くなっていくとかそういうことなんだろうけど)
だからと言って〈魔〉を一撃で消滅させる魔法を撃ち放題なのはどうなのかと思わなくもない。だが、それに救われているのも事実。マリアンヌが尖兵を討ったことで世界の流れは大きく変化したのだ。手放しで喜んでいいはずだ。
(なんかありそうだよなぁ……)
そんな〈転生者〉特有のメタ読みを行おうとしているアニカを尻目に、ヴァシリは話を続けていく。
「攻略に関しては【払暁】にノウハウがある。マリアンヌ、君が指揮を取ってくれ」
「わかりました」
「カトリーナとミューズには常に強化をかけ続けてもらう必要がある。消耗は激しいだろうが……」
「半日程度でしたら問題ありません」
「…………私も平気」
「よし。ならフィンは強化状態で身体を慣らしてくれ」
「承知した」
「アリアは……」
「うん。私はある程度自由に動いていいんだよね」
「そうなる。〈聖剣〉の力はこの森でも問題なく振るえるからね」
選ばれた五人は早速集まって話し合いを始める。
「残留組はこのまま拠点の構築に当たってもらう。長居するつもりはないが、それほど短い期間で終わるとも思えない。攻略をする期間だけでも滞在する様に構えておく方が効率的だろう?」
「それは構わないが……」
ヴァシリの言葉にカルラが理解を示しつつも首を傾げる。
彼女も野営の重要性は理解している。
〈不浄領域〉によっては一週間以上の期間を費やして探索することもあり、排尿や排便でモンスターを呼び寄せてしまったり、食事でモンスターを呼び寄せてしまったり、酷い体臭になっているのにそれを全く解消出来ないまま過ごすこともあるのだ。
〈深淵の森〉の本格的な攻略をするとなれば日帰りで王都に戻ることなど不可能に近い。
三パーティーに聖女まで加わっているのだから相応の陣地を構築する──理解は出来るし賛同もする。
「どうやって作るのだ?」
そのような荷物を一切持ち込んでいないからこそカルラは疑問を口にする。
それに対しアニカが不思議そうな表情でカルラに訊ねた。
「おれらはいつも通りの荷物持ってきたが……逆に【払暁】は身軽すぎだろ」
「近頃、我々は日帰りばかりでな。【星天】と提携してからは長期クエストは受けないようにしているのだ」
「はー、一日で戻ってくれるクエストでよくもまあ活動費維持できんな……」
「遺跡巡りがメインのそなたらと、〈不浄領域〉関連がメインの我ら。差は出るだろうよ」
あと単純にマリアンヌが聖女だから拠点の維持費が激安という事情もあるが、それはあえて口にしなかった。
「なるほどねぇ……んん、でもクエストはなぁ……」
「気持ちはわかる。あまり良いものばかりでもない」
「安全第一ならやらなくて正解でしょ。私達はちょっかい出してきた連中潰しても問題ないけど、そっちはそれを利用されかねないんじゃない?」
クエストという名目で下品な計画を目論む輩はいる。
それを跳ね除けられないならやるべきではないという言葉にアニカは苦笑しながら頷いた。
話が落ち着いたのを見計らい、ヴァシリが口を開く。
「資材に関しては心配しなくていい。腐るほどある」
「あ? 腐るほど……?」
ヴァシリがそう言いながら、腕を肩と平行に保ったまま、手のひらを地面に向けた。
────ドサドサドサッ!
手のひらからまるで生み出されたかのように落下していく丸太。
更には石や砂利、砂に至るまでが積み上がっていくのを見て、【星天】を除いた面々は言葉を失った。
「……は? ヴァルバロッサ、これは一体……」
「アニカくんにわかりやすく言うならば、あいてむぼっくすとやらだね」
「…………」
アニカはこいつマジか、という顔でヴァシリを見る。
「再現するのには苦労した。できればすてーたすとやらも作りたかったんだが、どうにも能力を数値化するのが難しくてね」
「い……いやいや……、……え、うわ、マジで言ってる? 本当に? アイデアだけで再現したの?」
「時間だけはたっぷりあったのさ」
(そんなのゲームにおけるご都合機能に決まってんだろ! 長命種に転生者のアイデアって、マジでなんでもありになるんだな……)
ドン引きするアニカだが、ドン引きしているのは彼女だけではない。
そのあまりの無法っぷりを改めて見せつけられたアリシアは「そういえばそうよね……」と慣れてしまった己の価値観にため息を吐き、カルラやアストレアも「あれこそ本当のズルだな」と呆れ、ドレイクは言葉を完全に失っていた。
「と言うわけで、資材に関しては問題ない。家屋も持ち込んでるから数時間もすればそれなりの陣地が出来てるはずだ。ま、手早く作っていこう」
◆◇
「〈深淵の森〉で俺達が相手にするのは巨豚人と呼んでるモンスターだ。呼んで字の如く大きな武器を使うオークだと思ってくれればいい」
「アニカから話は聞いています。残虐性も持ち合わせているとか」
だろうな。
あの尖兵と似てるしそういうことだろうとは思ってた。
幸いなことにこれまで一度もその本性を見たことはないが、一手間違えればそうなるんだ。盾役として俺が踏ん張らないとみんながそうなる。魔の餌食になる。
そうだ。
俺が踏ん張らなきゃ…………
…………。
ぐ、ぐううっ……!
い、一回だけ……先っちょだけだから!
これはいけない感情だ!
心頭滅却!
煩悩退散!
俺は俺の女をモンスターに抱かせる趣味なんてないんだッ!!
『本当にそうですか?』
ぬ、ヌウゥッ!?
闇のマリアンヌッ!
……なんかいつもより色濃くない?
もうハッキリと受肉してるよねそれ。
ていうか重み感じるんだけど。
思いっきり俺の頭の上に乗ってるけど、両手がブラブラしてて邪魔だよ。
『女に重いとか、魂童貞はこれだから……』
重みを感じるって言っただけで重いとは言ってないじゃん!
まあ確かに闇のマリアンヌの立派な双丘が頭の上で潰れていて非常にいやらしいが……
『そういうところですよ』
はい、すみません。
でもさでもさ、俺ってば学のないただの冒険者だよ?
寧ろこれまでヤラしい下品なコミュニケーションで仲間達との絆を深めて来たんだからよくやってた方じゃない?
俺だってそこら辺の冒険者みたいにカルラの尻揉んで「殺すぞ」って睨まれて腕圧し折られたりとかしたかったんだ! だけど師匠の弟子である以上、そんな恥知らずな行為は出来ない……ッ!
『では、あの森人が敗北してあなたの前で散るとしたら?』
ホゲッッッッッ出るっっっっ全てが真っ白に染まるほど出るッッッッ!!
俺はそんなの許せない。
誰一人傷付けさせはしない。
それこそが盾役の矜持なんだ、邪魔しないでくれ闇マリ。
「フィンは……大丈夫、なんだよね?」
アリアが不安そうに聞いて来た。
「ああ。カトリーナとミューズの力を借りれば、以前のような醜態を晒すことはないさ。安心してくれ」
「……死なないよね」
「これまでよりいい条件になるんだし死ぬわけないだろ」
ま、あんな姿晒してる盾役を不安に思う気持ちはわかる。
仮に俺が守られる側の立場だったとして、しっかり余裕を持って助けてくれる盾役と、守ってはくれるがその都度死に掛けるし敵を倒すのに他人の手を借りてばかりの盾役なら前者の方が安心できる。
やっぱ盾役ばっかりやってるとさ、後ろで守られてる人がどう見てるのか割とわかるようになってくるんだよ。
思い知らされる。
所詮盾役なんてのは持たざる者の居場所なんだって。
そりゃ、他の皆みたいに完全無欠に敵を倒してくれる方が安心するよな。
『力が欲しいですか?』
力ねぇ……。
欲しいなぁ。
欲しいよなぁ。
力があればなんだって出来る。
そう思って生きて来たからね。
でもそれは過去の話だ。
今を生きる俺は闇雲に力を求めたりはしないよ。
闇マリは俺が断るのわかってて言ってるだろ。
悪ぶってもいいことないぞ。
何年一緒に居ると思ってるんだ?
『……ふふ。やはり、フィンさんは素敵です』
エッ、そ、そうかな?
闇マリから見てもそう思う?
ンハァッ、これってモテ期って奴じゃねーのか?
アリシアさんを始めにカルラ、アストレア、アリーシャ……俺が自分でフィンフィンを慰めている姿を見て来た闇マリも加えて五人衆! さあ全員で交わろう! 大丈夫、フィンフィンは一つしかないがフィンガーは十本ある。
フィンのフィンガーとフィンフィン合わせて十一本ってな笑
『死ね。くたばれ、消えろ魂童貞』
「フィン!? なんで急に震え出したの!?」
「む、武者震いという奴だ」
「武者震い……あっ、東方諸国でブシさんが言ってた奴だね」
「俺は並外れた力を持つわけじゃないからな。いつだって戦いの前は震えてるよ」
フーッ、フーッ、く、ククッ、闇マリ、俺を侮ったな?
そう何度も同じ手を喰らうかよ。
盾役は一度手痛い目に遭ったらその攻撃を二度と受けないように修正するもんだぜ。闇マリのズボズボは正直キくが、俺が本気で締めれば堪えることくらいわけないのさ。
『……………………』
ほおおおぉぉおおぉぉっ!!!?!?!?
むっ無言でソレはらめええええっ!!
でるでるっ出ちゃう大切にしてる何かが失われちゃうッ!?
「そ、そう……なんだ……。ごめんね、そんなになってまで……」
「気にするな。男のつまらん意地って奴さ」
これまでも、これからも変わらん意地だ。
そう言いながら頬を撫でれば、アリアはくすぐったそうに身をよじりつつも笑顔になった。
「にへへ、そっか」
「ああ。……とにかく、全て二人にかかってる。信じてるからな」
ふと、静かだったカトリーナとミューズに視線を向けた。
するとそこには、地面に膝をついて項垂れる三角帽子の魔女が居た。
「う…………うそだ、ありえない……神が人の、お、お、お…………な、な、口で……ありえない……こんなの…………テイア様……こ、こんなの……」
「…………どうしたんだ?」
「ひ、ひいいっ!? な、なんでもありませんっ!」
えっ……
そんなに俺嫌われることした?
何にもしてないんだけどな、闇マリ心当たりある?
『…………い、いえ。……少し力加減を間違えたかしら……』
心当たりありそうだなこれ。
現実に干渉できるんだからあんまり好き放題しちゃダメだよ?
『……フィンさんに言われるのだけは納得できません』
「……フィンさん、何かやりました?」
「どうやって何をするんだよ……」
ジト目のマリアンヌに咎められてしまったが、俺は決して何もしていない。
それだけはハッキリ伝えたかった。