ふー……。
いや、仕事終わりの風呂は最高だな。
身体がじんわりと温まっていくのと同時に古傷にお湯がしみ込んで痛いのだ。これがたまらん。傷口に塩ならぬ古傷にお湯。これがやめられなくて毎日お風呂に入っていると言っても過言ではない。
『…………』
あのさ闇マリ、最近そういう沈黙よくしてるけど全部見えてるからね。
服のまま風呂入らないの。
ちゃんと服脱ぎな……ッッッッ!!!?!?!?
ま、待てよ。
闇のマリアンヌこと闇マリのモデルは言わずもがな、光のマリアンヌこと聖女マリアンヌだ。黒髪にしただけの闇のマリアンヌの容姿は聖女マリアンヌと瓜二つ、そう、俺が見たことないマリアンヌと同じ身体をしている筈。
それはつまり──闇のマリアンヌを脱がせることは、マリアンヌの裸を見るのと一緒ではないか……!?
本人の許しもなく裸を見るなんて許される訳がねえだろ!
闇のマリアンヌ、裸になっちゃダメだぞ。
あれ?
でも俺、既に何度か闇マリの身体で色々……
…………。
『へぇ……フィンさんはそんなに私の裸が見たいんですか?』
ぬ、ヌゥッ……!
見たくないと言えば、嘘になる……。
だが待って欲しい。
俺は確かに最近童貞を捨てたが魂が童貞だと言われ続けているのだが、その原因はこういった浅ましい性欲が原因ではないだろうか。
ならば俺はこの性欲を抑えよう。
十九年間、一度も表に出してこなかったんだ。
これから数十年抑え込むことくらい簡単さ。
『果たして、本当にそうでしょうか』
ムッ、闇のマリアンヌに見識アリ。
闇のマリアンヌは湯舟から立ち上がり前進を濡らした神秘的な姿で俺の前に立ちふさがった。
もちろん服は着ている。
透けている。
見ている。
『一度でも快楽を味わってしまった人間は堕落します。フィンさんは女を知りました。女を知った男は狂ったように求めるようになります。今の我が使徒の様に』
否定は出来ない。
アリシアさんと関係を持つ前と、それ以降。
明らかに俺の性欲は増しているし、抑え込んでいた本性が時たま漏れるようになっている。良くないと思っているし締め直すつもりでいるのだが、中々うまく行かない。
理由はわかっている。
想像していたより受け入れられてしまったのが原因だ。
いや決して他人のせいにするとかではなく、俺の予想だと知られた時点でおしまいだと思ってたんだ。
普通にドマゾの盾役って気持ち悪いじゃん。
俺がドマゾ盾役美少女だったら違ったかもしれない。
だがその真逆、ドマゾの盾役ムキムキ成人男性だ。
気持ち悪いことこの上ない。
己が異常だと自覚していたからこそ俺は秘匿する道を選んだのだ。
師匠の弟子として育てられた以上、たとえ劣る人間だったとしても胸を張って生きて行きたかったから。
だが──アリシアさん、非難するどころか普通に受け入れちゃってぇ……。
いや、そりゃ理由があってのことだとはわかってるよ?
受け入れなきゃいけない仕方のない理由があったからこそだとはわかってる。でもそれにしてはノリノリだしねあの人。
受け入れられたらこっちもこう、調子に乗っちゃうって言うか……
本音で、なんの気兼ねもなく話せる人って人生で初めて出会ったからその、マジで楽しくてぇ……。心のどこかに湧いた嗜虐心がうずいて会話してたらなんか身体の関係持っちゃってェ……
ま、まだ好きとかじゃないから。
ちょっと好きになってるのは認める。
でもこれはそう、まだ恋愛とかそういうのじゃない。俺は別に恋したことないわけじゃないからよくわかる。これはまだ恋ではない。性欲だ。
『もっと最悪です』
アアッ顔にお湯かけないで!
ドロッとしたお湯がッ!
なんでお湯にとろみついてんの?
闇マリなんか変なことしてない?
『森人の気持ちになってもらおうと思いまして……』
エッ……
ま、まさか……
闇のマリアンヌ、このトロリとしてちょっと苦いこれは……!
『小麦粉でとろみをつけてみました』
アツッアツッアツアツッウアアッアツイ!
ひでぇ拷問にかけられてる!
ひっ酷いよ闇のマリアンヌ! こんなことしないって信じてたのに! 顔がアツアツだよ、ドロッとした液体かけられてっ、ううっ、屈辱だ♡ こんなの許せない♡
闇のマリアンヌの冷徹な視線とアツアツのぶっかけを顔面に浴びていたところで、憩いの空間に新たな乱入者が現れる。
「おうフィン、入るぞ」
えっカルラ?
普通に入ってきてるんだけど何をされてるの?
あのあの、一応ここ師匠が感知してると思うんですけど……
『黒森人の目でしたら、浴場どころか脱衣所にすらありませんよ』
エッそうなの!?
じゃあなに、俺が脱衣所で師匠に見られてると思っていつもよりエロい表情と仕草で服を脱いでたのも見られてないのか……!?
『代わりに森人の目はありますね』
アッ。
じゃ、じゃあなんだ……。
アリーシャが見てたってことはそれはつまり自動的に姉妹に共有されるって事で……
『くすくす、お兄さんってば一人でくねくねしながら服脱いで気持ち悪~い♡ ほんとにきもいよ』
『フィン、あんたね、いくらなんでもそれはきもいから。幻滅したわ。あんたなんて知らない、どこへでも行きなさいよ』
『フィンくん……いくら私でもそれはちょっと……ごめんなさい、ここまでにしましょ。私達、きっとよくないのよ。あなたのことを受け入れてくれる女性は見つかるわ。サヨナラ……』
あ、あああ、あああああああッ!!
脳がッ! 脳が壊れるッ!
い、嫌だあぁああぁ!
ぐえええええっ!! 壊れた脳が快楽に漬かり切って死ぬ! おぼぼぼぼっ!!
『…………』
うほほほっその顔たまらん!
ちょうだいちょうだいそういうのもっとちょうだい闇マリ!
「では失礼する」
「ムッ」
カルラが当たり前のように湯船の隣に入って来た。
な、なんたる勢いッ!
湯舟のお湯がさざなみと共に零れ落ちていくッ!
豊満な胸が浮かぶくらいまで身体を湯に浸したところで、カルラはふうぅと息を吐く。
「ほぉー…………いや、そなたの師は凄まじいな。野営陣地を砦にしてしまい、生活環境すら問題なく整えてしまう。こんなこと、一人の人間が出来ていいことではない。よもや、これほど立派な湯船に入れるとは思わなんだ」
「それは同意する。いくらなんでもここまで何でもありとは思ってなかったぞ」
別に驚きはしないけどさ。
どこから持ってきたのかもわからん美味い食材を存分に使ったうまい料理を食べて風呂に入り身体を揉まれフワッフワの寝具で寝る。師匠と一緒にいると、王都に来てからあの生活は極楽だったんだと思い知らされる程度には生活水準崩壊するからな。
二人でのんびり湯船に入っていると、黙ったタイミングでカルラが口を開く。
「……悪いな、フィン」
「ん? なにがだ」
「そなたらが命懸けであの森に挑んでいるというのに、我らは役に立たないが故に後方待機。待つ事しか出来ん、この弱さを申し訳なく思う」
そう呟く彼女の表情は、やや紅潮していたが、バツの悪いものだった。
「いや、別に気にしなくていいぞ。俺が働いてる間他の皆が左団扇で暮らしてると思うと興奮するし、馬車馬の如く働かされてる俺を無視して幸せに暮らしてる姿なんて見せられたら絶頂する」
「…………。そういえばそなた、そうだったな……」
「とはいえ、その気持ちはわかる。俺だってずっとそう思ってたからな」
弱くてごめん。
この気持ちは本当に切なくて辛いんだ。
どうにかしなくちゃいけない気持ちはどうにもならない現実を覆したりはしない。そういう意味で俺が本当に奇跡だと思ったのは、マリアンヌが初めて【聖撃】を放ったあの瞬間だったのかもしれない。
それとアリアに轢かれた時。
「自分の力が足りない。足りない事実を覆せない。そうだと理解した時の腸が煮えくり返るような感覚は、何時まで経っても新鮮なままだ……」
「……おう。慣れないと言え」
「おっ、カルラも中々わかってきたな」
「わかりたかったような、わかりたくなかったような……不思議な気持ちだ」
カルラは遠い目をして淡い笑顔を浮かべた。
「……うむ、うむ。どの道この道の先にはアリシア殿が居るのだ。今更道から外れたところでそなたから距離が離れるばかり、ならば突き進んでやるしかない。そうだな?」
「フッ……俺はカルラのこと好きだぞ」
「お゛っ……そなた、本当に悪い男になったな!」
「本音で言えることは言うべき、違うか?」
あだっ、あだだ!
カルラが無言で抓ってきて気持ちいい!
「ふんっ! これだって悦んでいるのだろう!?」
「ああっ最高だ! 怒りながら抓るとか素敵すぎる!」
「…………。やはりエルフのようには出来ん。奴らと私、何が違うのだ……?」
『……やはり森人、駆逐しておくべきだったかも……』
うおっ急に闇マリの闇。
確かに、エルフの適応能力には目を見張るものがある。
アリシアさんは最初からフルスロットル、アリーシャは淫乱すぎる性根が完全に適合していた。アストレアはイチャラブ派だが鞭を手にすることも出来るので、現状俺と関係を持った中で鞭をぶんぶん振り回したり俺を傷つけたりすることが出来ないのはカルラだけになる。
別に全然構わないというか、こんな美人とえっちできる時点でどうでもいいんだが……
「くっ……! なぜ私は、フィンの求めることをしてやれんのだ……!」
「カルラ……」
「……今、私は役に立たん。役に立たないのなら、役に立たないなりに、そなたに報いてやりたいのだ。だというのにこの手は、この身体は、この心は、そなたを傷付けることを拒絶する。……どうすれば、なにをすれば、そなたの役に立てるのだ……?」
「……普通に過ごしてくれればそれでいい。カルラ、一つ忘れてることがあるぞ」
「忘れている……?」
「俺のマゾはあくまで趣味であって、別にこれを中心に人生を過ごしているわけじゃないんだ」
「…………? ……??」
えっなにその顔。
はーまったく、信用無くて困っちゃうねどうも。
俺は常々言っているではないか。あくまでドマゾなのは趣味と性癖であって、俺自身は社会的な地位を保ったまま真っ当に生きていたいんだって。
マゾバレしてから若干緩くなっている自覚はあるが、それはそれとして、だ。
「だから別に俺を叩けないからって卑屈になることなんてない。俺はありのままのカルラが好きなんだしさ」
「…………言われてみれば、そうだったな。そなたはそもそも、全て隠して来たのだった。ここ最近の記憶があまりにも強すぎて忘れていた」
カルラは苦笑する。
最近なんか忘れられがちだけどね、俺はマゾ趣味なんて巨豚人相手でも満たせてたんだからそれでいいんだよ。無理してまでベチベチして欲しいとは思わない。俺が苦しむのはいいが、俺を相手にした女性が苦しむなんてのは止めて欲しい。
アリーシャ?
アストレア?
あれは……そ、そうしなきゃ王都が滅ぶってみんな言うから……
「…………ふー。やはり、溜め込むものではないな」
そう言いながらカルラが立ち上がる。
ザバァと波が生じてポタポタ水飛沫が顔にかかって何とも言えない気持ちになった。
そしてそのまま、カルラは俺の上に座り込んで来た。
──!!!!!!!??!?!?
「カッカルラ……これは一体……!?」
「……ふ。なに、満たしてやれんのなら、私なりの方法で癒してやろうと思ってな。元より、そういうつもりで来たのだ」
エッ、エエッ!?
こんな、こんな場所で!?
露見したら終わる場所で!?
しちゃうの!?
ヤっちゃうの!?
『クックック……我慢するのやめてしまえよ……』
闇のカルラ!?
なぜここに!?
闇のマリアンヌはどこへ!?
混乱する俺に対し、カルラは妖艶な微笑みを浮かべて言った。
「どうだ、フィン。満足いくまでとはいかぬが、ほんの少し愉しむ程度ならお相手出来るぞ?」