ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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139 邂逅、女神ルルクス

「──【聖撃】ッ!!」

 

 マリアンヌが詠唱を叫ぶ。

 解き放たれた光は瞬く間にフィンへ抱き着く黒髪の女へと向かっていく。

 

(──アリアンロッドさんの〈聖剣〉はフィンさんにも当たる! 【聖撃】は当たらない! まずはフィンさんから引き剥がす……!)

 

 〈深淵の森〉における戦いでは手持ち無沙汰となっていたマリアンヌだが、五年に渡る濃密な戦闘経験によって磨き上げられた能力は決して劣らない。

 

 盾役のフィン、攻撃役のカルラとアストレア、後方から援護と攻撃を行うマリアンヌ。

 

 ポジション的にパーティーを指揮することも多く俯瞰して状況を見極めることに長けている彼女は、この場における最適解を即座に叩き出し躊躇いなく実行した。

 

 魔を打ち払う絶対的な光。

 彼女を聖女たらしめる一撃は、黒髪の女によって片手で防がれる。

 

 ──ボフンっ!

 

 魔法が魔力へと変換され大気へ霧散していくのを見て、マリアンヌは動揺する。

 

「なっ……!?」

 

 以前、当てても当てても倒せないことがあった。

【聖撃】をどれだけ当てても効かない敵に焦りはあったものの、狙いが時間稼ぎだった為に何事もなくその時は終わった。

 

 それに他の魔法を織り交ぜれば有効打を与えられたのだ。

 敵の回避技術は高く一度も当てられなかったものの、聖撃を耐えることだけを目的としていたのは露骨だった。ゆえにそこまで深く動揺もしなかった。

 

 だが──これは、初めてのことだ。

 

「【聖撃】を、消し去った……!?」

 

 魔に対する絶対的な力。

 何をどうしても防ぐことの出来ない理不尽さすらある一撃が【聖撃】である。

 それを消し去る、しかも片手で。

 

「やめておきなさい、我が巫女。その魔法は私には効かない」

「ッ……!!?」

 

(我が巫女? 私のこと? この女は一体何なんですか……?)

 

「貴女もね、〈聖剣〉の担い手。その光は我が使徒を焼き尽くしてしまうだけ」

「……だったら、フィンから離れてよ」

「あら、おかしなことを。神が己が子を愛して、何がいけないの?」

 

 ギリィッ……!!

 

 歯軋りの音が場に響く。

 アリアの握りしめた〈聖剣〉の柄から発せられる、ギシ、ギギ……! という異音。過剰な圧力を与えられたことで、神の造った剣が悲鳴を挙げている。

 憤怒に支配された今のアリアに加減はなかった。

 

「フィンは、お前のものじゃないッッ!!!!」

 

 ────ドッッッッ!!!

 

 瞬間、アリアの姿が掻き消える。

 それと同時に弾き飛ぶ大地。

 〈聖剣〉によって強化された身体能力によって無慈悲に蹴り飛ばされた地面が空へと舞う。まるで土砂崩れのような津波をエネルギーに、アリアは一直線に跳んだ。

 

 音の速度を優に超え、衝撃波を生み出しながら、その衝撃波すら操り加速する。

 人智を超えた身体能力に、ヴァシリより学んだ魔力操作が彼女の実力を底上げする。

 単身、人体のサイズを保ったままの質量兵器と化したアリア──しかしその破壊の矛先が向けられているのは、神を名乗った不届な女一人。

 今の彼女は、その身に秘められた力全てを十全に扱うことが出来た。

 

(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すッッ!! 今ここで殺す! 後腐れなくここで!!)

 

 アリアの直感が警告している。

 今ここで殺さねば未来が危ういと。

 これまで幾度となく彼女の身を救ってきた直感の囁きに従い、〈聖剣〉を、フィンに抱き着く阿婆擦れへと振るった。

 

 ──ギイイィンッ……!!

 

 甲高い音。

 金属と金属がぶつかりあっているような音色が響き、聖剣が受け止められる。

 

「ッ、まだ、まだァッ!!」

 

 衝撃も全て完璧にぶつけた筈。

 だというのに微動だにせず、片手で容易に聖剣を受け止めた女に内心驚愕しながらも攻勢を止めない。

 

 しかし──アリアは連打の中で歯噛みする。

 

(攻め、にくいッ……!)

 

 上、右、斜め。

 彼女が聖剣を振るう方向だ。

 片側をフィンが塞いでいるため攻撃する方向が限定されてしまった。

 攻めあぐねながらも、彼女の思考は新たな情報を得る。 

 

(フィンを傷つけたくないのはこの女も一緒だ! そうじゃないならもっと積極的に盾にしてきてる! マリアンヌちゃんの【聖撃】をわざわざ防いだことからわかってたけど間違いない! でも殺す! ここで殺し切るっ!)

 

「はああぁあぁあっ!!」

 

 ほんのわずかな溜め。

 一流の武人でさえ見抜けないであろうたった一瞬の空白で力を溜めたアリアは、それら全てを一点に集中させた。

 〈聖剣〉の切先。

 天性のセンスに磨き上げられた彼女の脳は即座に突破口を探り当てた。

 面でダメなら点で突く。

 全てを込めた一撃で一点突破を狙った彼女の判断は間違いなく正しい。

 

「っ──」

 

 少し慌てた様子で女が手を開く。

 そこにあったのは、闇にも見た暗黒だった。

 光の対極であり、聖剣の忌み嫌う魔そのもの。

 

(いける! これで間違いない!)

 

 アリアはそして、溜め込んだ一撃を放とうとして──その動きを止めた。

 

 ビクッと身体を跳ねさせ、そして、信じられないと目を見開き、わなわなと口を歪めた。

 

「…………るの……」

 

 アリアの視線の先。

 黒髪の女、神を名乗った不届き者を庇うようにフィンが立ち塞がっていた。

 

「……何、してるの……フィン……?」

「…………」

「ねぇ……。そいつ、敵だよ? 見た目はマリアンヌちゃんに似てるけど……この森で現れた、敵だよ。なんで庇うの? なんで抵抗しないの? なんで……なんで、フィンがそっち側にいるの!!?」

「…………落ち着け、アリア」

「私は落ち着いてるッ! 答えてよっ!!」

 

 聖剣がカタカタと震える。

 アリアの膂力があまりにも強いからだ。

 ただでさえ人智を超えた領域にある彼女の力が激情によって限界以上に引き出されている。その怒りの矛先が向けば、常人など文字通り塵と化すだろう。

 

 そんなアリアの怒りが向けられたフィンは、無表情のまま答えた。

 

「アリア。まず、話を聞いてくれ」

「話……!? まさか、洗脳されて……!?」

「〜〜ッ……! 許せない……! フィンさんを、どこまで辱めれば……!」

 

 マリアンヌの呟きを聞いたフィンがわずかに身動ぐ。

 

 その横で神を名乗った黒髪の女がゲンナリとした表情になった。

 

「あの、余計なこと言って刺激しないでくれるかしら」

「余計なこと!? お前が言わせてるんだろっ!」

「……現界してもこの気持ちを味わうのね……」

 

 はぁ、とため息を吐きながら、視線を横にずらす。

 

 そこにいたのは、変わらず青褪めた顔で状況を見守り続ける魔女のカトリーナだった。

 

「ちょっと、そこの使徒。わかってるんでしょ?」

「は、はいっ!? なななんのことですか、ルルクス様!」

 

 突如として話を振られたカトリーナはひどく怯えながら名を呼んだ。

 

「説明しなさい。どうにも、我が使徒の言葉も届かないみたいだし」

「……で、ですが……」

「こっちだって別に殺し回りたいわけじゃないもの。そっちにどう伝わってるのか知らないけど、少なくとも今の私はそう(・・)よ」

「……待ってください。ルルクスと言いましたか?」

「……マリアンヌちゃん?」

 

 まだ覚悟の定まらないカトリーナとの会話を遮るようにマリアンヌが口を挟む。

 

 アリアもまた信頼する仲間が事情を知ってそうなニュアンスで発言したことでわずかに冷静さを取り戻した。

 

「知ってるの? この女が何か」

「……知っているわけではありませんが、夢で聞いたことがあります」

「……なるほど。巫女の繋がりでそこまで視られたか」

 

 不愉快そうに鼻を鳴らし目を細める。

 

「……マリアンヌさんとの関係性はわかりませんが、このお方は、月の女神ルルクス。かつての大戦においてエスペランサを打ち倒さんと立ち上がった神の一柱にして、封じられてなお世界に叛逆を続ける強力な女神様です」

「……女神……」

「……えっ。じゃあエスペランサ様は?」

「担い手、その不愉快な名前を出さないでちょうだい」

「──ガッ……!?」

 

 瞬間、場に圧が押しかかる。

 それはアリアですら押し潰されるかと錯覚するほどのもの。

 物理的な現象ではない、プレッシャーと呼ばれるようなものが人を押し潰さんと猛威を振い出したのだ。

 

(息が──息が、できないッ……!)

 

 ミューズもカトリーナも、マリアンヌもアリアも苦しげに膝を突き胸を抑える。

 

 ヒュ、ヒュッ、とか細い音だけが口から鳴り、酸欠で表情を歪めていく。

 

「ッ、っ、ひッ……!?」

 

 アリアはルルクスの瞳を見た。

 そこにはなんの感情も見られない──否。

 間違いなく感情があった。

 怒りという名の感情。

 敵意ですらない。

 この場にいる誰かを害そうとすら思っていない。

 ただ純粋なまでの怒り。

 女神と謳われた存在が、ただ感情をむき出しに在るだけでこれだ。

 

 アリアの心に、死の恐怖が久しく刻まれそうになった、その瞬間。

 

「……そこまでにしてくれないか」

 

 フィンの言葉と共に圧がピッタリと止まる。

 

「ハァッ、ハッ、ヒュッ、ふっ──!?」

 

 膝を突き、空気を求め肺を全力で稼働させている四人を尻目に、フィンとルルクスは会話を重ねる。

 

「この場にいる皆、俺にとってはかけがえのない仲間達だ。誰であろうと害することは許さない」

「…………ふん。それくらいわかってます。我が使徒のことは誰よりも私が理解しているのだから」

「なら最初からやらないでくれ。俺はそんなに頼りなく見えるか?」

「……いいえ。この世界の誰よりも頼もしいわ、我が使徒」

 

 そう言って、ルルクスはフィンの頬へ口付けを与えた。

 

「あーーー!!!!」

「なっ……!!」

「ひ、ウッ……!」

 

 アリアは絶叫し、マリアンヌは目を見開き動揺し、カトリーナはナニカを思い出したのか口元を押さえて蹲った。

 

 そんな場を見て愉しそうに表情を歪めたルルクスだったが、その身体が少しずつ透けていく。

 

「……どうやら、今回はここまでのようね。また会いましょ、お嬢さん達」

 

 ──フ……と、ルルクスの身体が溶けていく。

 

 何事もなかったかのように消え失せた場に残ったのは、ひび割れた祠と、疲弊した四人に直立したままのフィン。

 

 誰も何も口を開かない中で、フィンが呟いた。

 

「……とりあえず、帰らないか?」

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