ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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151 曇らせ⑦

 月明かりが大地を照らす真夜中。

 各々、それぞれ問題を抱えつつもなんとか一通り納めたあとで、ヴァシリは一人机と向き合っていた。

 

 手元を魔導具で照らしながら、彼女は今日起きた問題を纏めていた。

 

(まず、一つ。問題は大きく分けて三つに分けられる)

 

 一つは『女神を名乗る存在』が現れたこと。

 一つは『女神を名乗る存在がフィンに憑りついている』こと。

 一つは『フィンが既に死んでいて、死を覆したのは他ならぬ女神であり、女神に囚われたフィンは日夜苦痛に苛まれている』こと。

 

 最後の一つを書いて、ヴァシリの手は止まった。

 

(……あの女神が嘘を吐く理由がない。強いて言えば、我らを惑わせ混乱に導くことが目的だったりするのだろうが……アリアやマリアンヌを容易に跳ね退けられたのに、そんな回りくどい手を使う訳が無い)

 

 それに、フィンの容態に関してはヴァシリも知っていた。

 

 当時、緊急として送られていた報告書に記されていた内容は明らかに致死と言ってよかった。

 蘇生作業中と表現されていたところから察するに、ほぼ死んでいただろう。

 だが死んでいなかった。

 死んではいたが死んでない(・・・・・・・・・・・・)

 死んでいる状態なのに死んでいないから、蘇生作業中。

 一体なぜこんな表記にしたのか気にはなっていたが、結果として生きていたので忘れていたことだった。

 

(…………はぁ。弟子を犠牲に生き残っていたのに、私は……)

 

 フィンが生き残ったから全て丸く収まったと思ってしまった。

 いや、そう思いたかったのだ。

 フィンが死に掛けて、仲間が活躍して運命が覆された。

 この時点で負い目があったのだ。

 そんなつもりで育てたわけじゃない。

 フィンを育てたのは、フィンが望んだからだ。

 アリアを置いていかないと、自分は追いかけることを諦めないと言ったからだ。

 

 そうだというのに、まるで導かれるようにフィンは運命に辿り着いた。

 

 その代償が──邪神による庇護、つまり、彼は囚われてしまった。

 

『ぐ……ぐ、る゛、し……ぬ……』

『ふ、ふふっ! 見なさい、担い手、闇森人! これが我が使徒よ! 死んでも死なない、死を受け入れながら拒絶する、冥界の使徒! 苦痛に喘ぎ耐えぬき己の犠牲を気にも止めない、哀れな子供!』

 

 顕現した女神が喜び、楽しそうにフィンの首を絞める。

 華奢な細腕からは想像もできないような圧力が生まれているのか、フィンの首がギュウウウと狭く小さく、まるで折れている様に、畳み込まれているかのように圧縮された。

 気道どころか、骨までないかのように……

 死なない肉体。

 死んでも死ねない、しかし自動で蘇るようなことはない。

 浴びた苦痛に囚われ続ける、正しく地獄の責め苦。

 

「…………私は……あの子を…………」

 

 そうしなければ生きていけなかった。

 フィンを救ったのは他ならぬ邪神だ。

 自分の手は届かず、アリアの手も届かず、マリアンヌも、カルラも、アストレアも、誰の力も及ばない敵。

 

 元を辿れば邪神の仕業だ。

 だが、いずれ現れるとわかっていて、王都に送り込んだのは……

 

「…………私の、せいなんだ……」

 

 あの日、あの村でアリアを見つけて〈聖剣〉を渡さなければ。

 あの日、轢かれたフィンが訪ねてきた時に断っておけば。

 あの日、フィンを共に旅に連れて行けば。

 

 フィンは生きている。

 だが、フィンは死んだ。

 ただ死んだわけではない。

 邪神の使徒として力を持っていた、〈原作知識〉の中でも特に凶悪で醜悪な怪物に凌辱され、尊厳というものを全て汚され、仲間の目の前で、屈辱の限りを尽くされ──その下手人に目を付けられここに至るまでずっと魂を犯されている。

 それでも生きている。

 生きて、しまっている。

 

(……フィンはつい先日、祠にて姿を現すまで邪神だとは知らなかった。本当かどうかはわからない。私達の信条を含め、そうだとは思っていない可能性がある)

 

 確かめようもないことだ。

 自己犠牲極まりないフィンがわざわざ『昔死んだけど邪神に救われていたんだ』などと言うわけもない。その言葉は刃になる。誰よりも仲間のことを大切に思っているフィンが、そのように言うわけがない。

 

(…………ああ、嫌だな。考えたくない、考えたくないが……認めるしかない。フィンはもう、壊れている)

 

 昔から常軌を逸した精神力は持っていた。

 幼馴染に追い付くために、肉を打たれ骨を折られ砕かれ血を噴き出してもなお立ち止まらなかった精神力は紛れもなく黄金のモノだ。

 フィンの持つ、この世界の誰にも劣らない武器。

 そうして鍛え上げられた肉体は頑強になり、精神力も合わさり唯一無二の盾役に進化した。

 当初のヴァシリの予想も超え単独で金等級に相応しい能力を身に付けているのだから、類まれな精神力が実力を引き上げたのだ。

 

(──だが、たとえどれだけ精神力が強かったとしても……数年に渡ってあのような悪辣な邪神に干渉され続けて、正気でいられるわけがない)

 

『ぐ、ぐううっ……あ、アリシア、さん……だい、じょうぶだ、このくらい、へっちゃら……あ、あああああぁっ!! うわああああぁぁあっっ!!』

 

 解放されたフィンは、狂気を孕んだ目で絶叫した。

 

 痛みや苦しみに喘ぐのではない。

 心の許容を大きく超えてしまった時の錯乱だった。

 あれを見てフィンがまともであると思えるわけがない。

 ヴァシリはフィンを数年間に渡って育てて来た。

 生みの親ではなくとも愛情を注ぐことは惜しまなかった。

 我が子のようであり、頼れる男の子でもあり、運命を覆した英雄でもあって──それら全て、ここまで胸を満たしていた甘さが全て苦さに変わっていく。

 

「…………すまない」

 

 ヴァシリには謝ることしかできない。

 もし時を巻き戻せるのなら、あの日に戻ってフィンの身代わりになることを選ぶ。

 目の前でフィンが弄ばれる姿を見続けるなど気が狂いそうだ。

 これからずっとそうだ。

 それがヴァシリの罪だ。

 己の運命を変える為に、愛弟子に全てを押し付けたダークエルフ。

 

「私では…………フィンを助けることが、できない」

 

 神の力は強大だった。

 あれで本来の小指にも満たないような力。

 アストレアは平然と耐えていたがヴァシリはかなり気を張って堪えていた。それでいて特別な力が無ければダメージを与えることも出来ない。

 

 詰みだ。

 ヴァシリは地続きの力しか持っていない。

 アリアのように聖剣も持てなければ、マリアンヌのように神にも選ばれていない。

 もしも自分に特別な力があれば尖兵をこの手で葬っていただろう。

 

「フィン……すまない、私が、弱いから……」

 

 もうヴァシリの手は伸び切っている。

 手足を限界まで広げて誰かに助けてもらうことを選んだ彼女の両手はもう埋まっているのだ。  

 そこにフィン・デビュラの姿はない。

 

「すまない…………ごめんなさい……ごめんなさい、フィンっ……!」

 

 フィンの叫び声が脳にこびり付いて離れない。

 

 その昔、自分で散々鳴かせていたそれが、酷く不愉快で、惨めさを湧きあがらせる。

 

 髪をぐしゃりと掴み頭を抱えた。

 

「私のっ、私のせいで……! 全部、全部私のっ!!!」

 

 心が軋んでいく。

 胸が重たく痛んだ。

 頭にはフィンとの思い出と、彼の苦しむ姿が交互に現れては消えていく。

 

「ああ……ああ、ああああああっ……!!」

 

 幸せな日々は崩れ落ちた。

 もう二度と元に戻ることはない。

 目をかけて来たアリアの幼馴染を犠牲に生き延びた自分が醜く見えて仕方がなかった。

 

「なんでっ、なんで、あの子なんだっ!」

 

 あれほど高潔で、あれほど立派で、あれほど気高い子が、どうして邪神に魅入られる!?

 

 なぜ私じゃない!?

 どうして私にならない!?

 運命を変えたいと願った私ではなく、どうしてフィンに憑りついた!!

 

 腸が煮えくり返る。

 それは己に対する怒りであり、現実に対するどうしようもない怒りでもあった。

 

 だが、その怒りは続かない。

 そうなってしまった原因は、他ならぬヴァシリなのだから。

 

「…………どの口が……」

 

 わかっている。

 自分にそんなことを言う権利がないことを。

 自分が生き延びたいと願った終着点がフィン・デビュラでありアリアだった。

 願いは叶った。

 弟子を犠牲に生き延びた。

 過去は変わらず、現実も曲がらない。

 

 受け入れるしかない。

 

「……………………おえっ」

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