王都にて神殿業務に勤しんでいたセラフィーヌは、枢機卿に呼び出され執務室まで足を運んでいた。
かつては教団の『言うことを聞かねば聖女号を剥奪するぞ』という脅しに『私に必要なのは権威ではなく患者へ向かうための足と時間です』と言い放ち有言実行を果たした彼女だが、枢機卿エクトルとの仲は悪くない。
エクトルは己の権力を支えているのが聖女たちだと理解している。
だからこそ聖女の機嫌を損なうようなことは極力避けるし、そもそも個人として尊敬できる聖女達を意のままに操ろうという魂胆すらない。
清濁併せ呑むエクトルだが、そう言った姿勢を崩さないからこそ二人の聖女は彼の元に居ることを許容している。
そんなエクトルからの珍しい呼び出し。
一体何事かと思ったセラフィーヌが執務室を訪れ、告げられた言葉に──絶句した。
「…………申し訳ありません、エクトル枢機卿。今、なんと仰いましたか?」
「……聖女がやってくる。それも、二人も」
(ああ……聞き間違いではないのですね……)
セラフィーヌにとって最も愚かで忌むべきことが、これから起ころうとしている。
「ハッキリ言う。これは本国からの干渉だろう」
「そんな、まさか……ヴァシリ様と敵対なされると?」
「それも辞さないのだろうな。そうでなければわざわざ武闘派を送り込んではくるまい」
眉を顰めたエクトルがため息交じりに続けた。
「聖女序列四位【破砕の聖女】、フレデリカ・ブラッドフォージ。魔王軍討伐にも駆り出された、聖法国最悪の聖女だ」
最も聖女らしからぬ聖女。
それがフレデリカ・ブラッドフォージの正体だ。
本国ではプロパガンダによって聖女として認識されてはいるが、国を出れば全く違う評価をされている問題児。
気に入った男が居ればその場で襲う。
物理的にも性的にも、どちらの意味でも厭わない。強引に打ち負かし己の好きなようになぶり味わう。
モンスターや異教徒を潰すことはするが、治癒はしない。
神官としての矜持など到底持ち合わせていない女だ。
だがその腕っぷしと強さが評価され、殲滅専門の聖女として認識されている──つまりは荒事に駆り出される本国の切り札として運用されている。
「な、なぜ彼女を? 本国は一体なにを考えているんですか!?」
セラフィーヌは声を荒げた。
無理もない話だ。
彼女を動かすということはつまり、この地に何かしらの目的があるということ。戦争か、侵略か、少なくとも穏やかに終わる訳がない。
魔王軍の脅威がなくなり西国が復興をはじめ、これから人類がもう一度手を取り合っていかなければいけないタイミングでの不意打ち。
あまりの卑怯さに憤るセラフィーヌだが、エクトルもそれに対する答えを持ち合わせてはいなかった。
「正直、わからんというのが本音だ。本国にも【天聖】の恐ろしさはよく伝わっている筈だが……」
【破砕の聖女】フレデリカ・ブラッドフォージの厄介なところは、その目的遂行能力の高さにある。
モンスターの討伐だろうが異教徒の殲滅だろうが、彼女が目標を失敗することはない。それは周囲を巻き込むことも厭わない無慈悲さが要因だ。
村に異教徒が潜んでいるのなら、村一つ叩き潰す。
街に異教徒が入り込んでいるのなら、街一つ叩き潰す。
特務騎士が対応できないような案件に駆り出される彼女は最終的な防波堤でもある。
故に過激な対応になるのは致し方ない部分もあるのだが、そんなフレデリカであっても【天聖】率いる【星天】には遠く及ばない。
「セラフィーヌ。お前はあのパーティーと関わりある程度の戦力分析を行ったな?」
「それは……私の所感でよろしいのでしたら」
「それで構わない。聖法国と本気でぶつかり合えばどちらがどのように勝つ?」
「【星天】が一つの被害も出さずに勝利します」
即答だった。
エクトルは眉一つ動かさず続きを促す。
「白銀等級冒険者という存在の恐ろしさを、我々はまだ理解しきれていません。ヴァシリ様はもちろん、アリアンロッド様にアリシア様……このお三方だけで聖法国は滅びますよ」
「……それほどか」
「大規模な破壊魔法はヴァシリ様に止められ、アリシア様の風を防ぐ手段もなく、アリアンロッド様の聖剣によって城壁が轢き潰され神殿を打ち砕きます。戦争など、考えるまでもありません」
なによりあの三人の最もずるいところは機動力にある。
たった三人で何でもできるのだ。
ヴァシリは魔術に精通しており扱えぬ魔術など無いだろうし、アリシアの支配から逃れることは出来ず、聖剣を携えた勇者にはシンプルに叩き潰される。
そして物資や兵糧には困らない。
ヴァシリには無限の貯蔵庫がある。
「そうか…………万に一つもないな?」
「少なくとも私が把握している教団の戦力ではありえないでしょう」
言い切ったセラフィーヌ。
それに対してエクトルは一度瞑目した。
「今からでも遅くありません。撤回要請を出して足止めすべきです。そして改めてあちらに滞在している皆さま方に声をかけて王都の防備を万全のものにしましょう。そうしなければ、聖法国は、エスペランサ教はおしまいです……!」
エスペランサ教に愛着があるわけではない。
だが現在この世界で最も救われぬ者を救っているのは他ならぬエスペランサ教なのだ。
後ろ暗い部分はある。
手放しでほめられるわけではない。
身寄りのない子供を育てる目的の一つに、高い忠誠心を持つ騎士の育成なども含まれているのだ。決して、全てが慈善であるわけではない。
それでも、エスペランサ教を除いて、弱者を救済し続けている組織はない。
「そうなっては、救えたはずの命を救えなくなります。それでは意味がない! 私の名をどのように扱っても構いません! 出来る限りの手を打って止めなければっ!」
「落ち着け。確かに俺も【火砲】が単身でやってくるならすぐにでも動いていた。言っただろう? 二人の聖女がやってくる、と」
エクトルの言葉に、彼女は先程の言葉を思い出す。
『……聖女がやってくる。それも、二人も』
「……この二人目が厄介だ。それこそ、フレデリカよりもよっぽど」
「聖女で、そのような方が?」
パチクリと目を瞬かせセラフィーヌは困惑する。
(……ダメですね。他に思い当たるような方がおりません)
本国生まれ本国育ちだが教団内で出世したわけでもなく、その並外れた治癒魔法によって聖女号を賜った彼女はそういった事情に疎い。何も知らぬわけではないが、精通しているとは言い難かった。
そんなセラフィーヌの様子に苦笑したエクトルだが、すぐに顔を引き締め真剣な表情で告げる。
「聖女序列一位、【天日の聖女】エヴァンジェリン。記録上、聖法国から一度も出たことのない箱入り娘がやってくる」
「【天日の聖女】……」
「ああ。枢機卿たる俺でも見たことすらない、教皇しか接触することのない、聖法国の守り神。それがわざわざここまで来るそうだ」
「……【破砕の聖女】は、本命ではないと?」
「俺はそう思っている」
エクトルの額をツウ、と冷たい汗が流れた。
「名目は、『管理が遂行されているかどうかの監査』。心当たりは?」
「正直、ありませんが……」
「俺にもない。だが、火のないところに煙は立たん」
疲れた顔で続けた。
「洗い流すぞ。異教の塵一つ残すな。もしも見逃せば……王都が火に沈むと思え」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
聖法国。
エスペランサ教の本部。
神殿の奥深く、人目に付かぬ一室に、その女は居た。
膝を突き、手を合わせ、天に祈りを捧げる姿は美しく芸術的ですらある。白銀の髪に煌びやかなローブ、黄金のブローチ。
身じろぎ一つもしないまま、長い時間をその状態で過ごした彼女はやがて目を開き一言呟いた。
「…………見つけた……」