ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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153 【天聖】ヴァシリ・ヴァルバロッサ⑪

「……聖女がやってくる?」

「は。枢機卿より内密の話があるとのことで足を運んだところ、『王国に異教が入り込んでいないか調査する』との名目で二人の聖女が来ることが判明しました。現在エクトル様が王太子殿下、ギルド本部長と連携し関係性の洗い出しを行なっています」

 

(────心当たりは、あるなぁ……)

 

 単身帰還したフェンナの言葉に、ヴァシリは苦い顔をする。

 

 突如として来訪が決まった二人の聖女。

 一人は聖法国から出ることがない教皇とみが顔を知る序列一位。

 もう一人は魔王軍討伐の際にも顔を合わせた風紀という言葉から最も遠い序列四位。

 

(どう考えても渦中にいる……)

 

「……我々にどうしろと?」

 

 半ばヤケクソじみた言葉を投げかけるも、フェンナは冷静に答えた。

 

「エクトル様は万が一に備えて戦闘を行える用意をして欲しいと」

「つまり彼は本国と決別することも辞さないわけか」

「セラフィーヌ様は名より実を優先致しますので」

 

 フェンナの言葉にヴァシリは納得する。

 

 セラフィーヌが聖女の名に相応しいことは以前から知っていたが、ここ最近の連携でその印象はより一層深まった。

 

 彼女にとって貴族も商人も武人も農民も等しく慈しむ相手。

 もしも王都に異教の影アリと判断されれば悪評名高い【破砕の聖女】が暴れ回るだろう。序列一位の【天日の聖女】に関してはヴァシリも知らない未知数な相手だが、少なくともマリアンヌすら抑えて一位にある。

 

 信仰心の欠片もなくても暴力装置として認められるのがエスペランサ教における聖女号だ。

 

(──……さて。どう考えても悪いのはあの邪神だろうが……)

 

 愛弟子を甚振り楽しむ、黒髪のマリアンヌを思い出し無意識に拳を握りしめる。

 

(気になることも言っていた。エスペランサを邪神呼ばわりし、かの唯一神を葬り去ることを目的としていると。神々の世界を取り戻す、人の世界ではない、神の世界を。…………どう考えても邪神なのは月の女神とやらだが──あいつは、全てを話していない)

 

 寝不足とストレスで疲弊しているヴァシリだが、その思考能力に翳りはない。

 

 今より十年ほど前に彼女は一度経験している。

 眼前に迫る命の刻限。

 為さなければならないことが為らず、ただひたすら時間を消費していく日々。

 三千年の時を過ごしてなお覆せぬ現実に絶望し、己が陵辱の限りを尽くされて壊される未来を迎える日々に怯え、震え、諦めた。

 

 あの日々があったからこそ、今のヴァシリは極限状態であっても物事の判別ができる。

 

(DLCにおける最後の敵があの邪神だとアニカは考えていた。あの聖女達も実際に仲間として共闘したのだろう。現在との違いがあるとすれば、邪神はフィンに取り憑き祠から自由に出てきた上で我々に牙を剥くつもりがないこと。そして、聖女が一人増えていること)

 

 アニカ曰く、『ユニットとして使えるのは全部の攻撃が神属性のチート聖女だけ』──そんなことも言っていた。

 

(そしてそれはおそらく、序列一位の聖女である可能性が高い。他の聖女達はそう思えなかったしね)

 

 〈原作知識〉に従うのならば聖女は仲間であり強力な助っ人だ。

 邪神の存在を密告し協力を願い出て共に邪神を打ち倒すべきだ。

 こちらには聖剣を手にした勇者がいて、世界の五指に入るであろうアストレアや自分がいる。知識通りの力を持つのなら、またとないチャンスだった。

 

 だが、ヴァシリはすぐにその判断を下せなかった。

 

(…………邪神はフィンに取り憑いている。フィンは過去、実質的に死亡した。あの子が死ななかったのは邪神が取り憑き愉悦のためだけに生かしたからに他ならない。では──もしも邪神がいなくなれば、フィンはどうなる……?)

 

 これ以上フィンに苦しんでほしくない。

 彼は高潔な精神を持ち合わせているが、すでに壊れてしまっている。

 四六時中邪神に陵辱され魂を汚されて耐え切れるわけもない。

 かつて幼馴染を救うために立ち上がった少年は、仲間を救うために邪神に魅入られてしまった。いや、邪神が魅入ったというべきか。

 

 とにかく、一体どんな影響が出るのかヴァシリには想像もできなかった。

 

(それでフィンが救われるのならばそれでいい。だが、もしもそれでフィンが死んだら。いや、フィンを殺さなければいけなくなったら…………私に、出来るのか?)

 

 あの子を殺す。

 邪神から解放する、救うとの名目で命を絶つ。 

 あの、愛おしい少年を、この手で葬る。

 子供であり、英雄であり、愛弟子の幼馴染にして想い人で、実直で、素直で、それでいて賢く、気高い子を。

 

(いやだ、いやだ、無理だ。そんなこと、私には出来ない……)

 

 考えるまでもない。

 フィンをこの手で殺すことなんてできるわけがない。

 

 あの子を殺すなら私が死ぬ。 

 死にたくないと願ったのは運命に転がされたくなかったからだ。

 

 己の意思で生きて、己の意思で死にたかった。

 

 ヨハンに出会い、抗った者の意思を受け取った。

 彼の無念を晴らすために世界を巡った。

 追い詰められながら足掻いた。

 

 その結果運命は覆された。

 運命を覆してくれたフィンのために死ねるなら、そちらの方がよっぽど本望だった。

 

「…………そうか。わかった。私からみんなに話しておこう」

「助かります。私もすぐに戻り少しでもセラフィーヌ様のお力にならねばなりませんので」

「ああ、速やかにこちらも備える旨を伝えてくれ」

 

 ヴァシリはその場で手紙を書きフェンナに手渡した。

 

 彼女がその場を辞去した後、長いため息を吐いて空を仰ぐ。

 

「…………世界か、フィンか……」

 

 何がフィンのためになるのだろう。

 あの子は、どうすれば幸せになるんだろう。

 幼馴染のために人生を費やしたのにも関わらず実力不足と判断され置いていかれ、単身やってきた王都では生活環境すら整えられず馬小屋で生活した。

 組んだパーティーは劣悪、カルラとアストレアの両名から見下され同業者からは寄生している、身体を売り込んだなどの聞くに耐えない悪口を言われながら研鑽に励んだ。

 ようやく己の力が追いつき始めたタイミングで、魔王軍の尖兵に遭遇。

 文字通り、死んでも仲間を守り抜くために邪神に魂を囚われ、苦痛に苛まれながらやってきた。

 

 そのことをまるで知らない、幼い頃に自分を置き去りにした師と幼馴染も暖かく出迎え関係をもう一度やり直してくれた。

 

 出来た子だ。

 出来すぎた子だ。

 ヴァシリの手を離れてもなおその高潔さは失われなかった。

 

 だが、だからこそ思うのだ。

 

 女ばかりのパーティーだということで女遊びも控え、私生活も鍛錬や仲間との交流に費やしギルドの依頼を率先して受け入れ休む暇もなく働き詰め。

 

 盾役としての仕事を絶対視し、己が傷付くことに何の躊躇いもなく、命を惜しまず戦っている。

 

 鎧や武器もただではない。

 消耗する毎に新たに作り費用がかかる。

 フィンの手元に残る金は僅かなもので、とても働きに見合った報酬を得ているとは言い難い。だが、フィンは文句の一つも言わない。

 

(あの子は……何を求めているんだろうか)

 

 ヴァシリはフィンのことを信じている。

 アリアのためにと捧げた修行の日々を思えば、フィンを疑うことなどできるはずもない。あの生活を耐え切れた子が、耐え切ってしまった愛弟子を疑うなんて無礼すぎる。

 

(フィン。私には……君が何を求めているのか、わからない)

 

 死んでもいいと思っているのか。

 死んででも成し遂げたいことがあるのか。

 何をしたいのか、何を手に入れたいのか。

 それがわかればヴァシリも全身全霊を尽くす。

 もしもフィンが自分を求めるのなら、この身を捧げたって構わない。復讐したいと言われれば喜んで身体を差し出し好きなように遊ばせるし、愛されたいと言われれば己の持ちうる全てを注いでフィンを愛そう。

 

 だが、フィンは求めない。

 

 みんなを守れればそれでいい。

 誰かの力になれればそれでいい。

 自分が苦しむことで仲間を助けられるなら本望だ。

 歪んだ自己犠牲、自己評価が底にあるからこその言動。

 フィンは、己のことを信じていないし愛してもいない。

 誰にも寄りかからない強さは、己に対する失望の裏返しだ。

 

(…………私には、わからないんだ……)

 

 天を仰ぎ、顔を両手で覆う。

 

「フィンは…………どうすれば、幸せになれるんだ……?」

 

 邪神に弄ばれ、苦痛に叫びのたうち回るほど壊れ切った青年。

 

 どうすれば幸せになるのか、ヴァシリにはわからなかった。

 

 それは、何よりも彼女の心を蝕む事実だった。

 

『はじめまして、フィン・デビュラです』

『おれも、アリアみたいにすごくなりたい。むり?』

『っ……へ、いき。これくらい、なんともない……っ』

『……アリアを、かなしませたくないから。あお、おれがそうしたいんだ』

 

 少年の記憶。

 

『……俺じゃ、役立たずか?』

『……ああ。君では、ついてこれない。死ぬだけだ』

『そうか。なら、仕方ない』

 

 置いていくことを決めた時の記憶。

 

 走馬灯のように駆け巡る、フィンとの思い出。

 

 それら一つ一つがヴァシリの心を癒し、深く抉り刺す。

 

(…………誰でも……)

(……誰でもいいんだ)

(誰でもいい。誰でも。何でもいい。神だろうが、悪魔だろうが、何だっていい。フィンを、助けてくれ。フィンを救ってくれ。フィンを、幸せにしてくれ……)

 

 ヴァシリの手は、フィンには届かない。

 彼女の運命を覆すために犠牲になったのだ。

 そのことも知らずに彼女は生きてきた。

 邪神のことも、フィンの苦痛も、全て、何もかも知らないまま。

 

 今更フィンを救うなど、口が裂けても言えなかった。

 

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