「あぁ? 王国だと?」
燃え盛るような赤髪。
ピンと伸びた背筋に、強調された豊満な胸。
出るところは出て引っ込むところは引っ込む、そんな理想的なプロポーションと裏腹に痛々しさすら感じる深い傷が顔に刻まれた女性は、苛立ちを隠さず言った。
「てめえはバカか。あそこには怪物ババアいるだろが」
「か、怪物ババア……もしや【天聖】のことではあるまいな」
「そいつに決まってんだろ。あの怪物ババアとやり合うなんざごめんだぜ」
チッと舌打ちを叩き、彼女は遠慮せずに備え付けのソファに座り込んだ。
「お前がそのように怯えるとは思わなかったな、フレデリカ」
「黙れクソジジイ。それに私がブチ殺してえのはクソッタレな男共だ。本気で殺したいと思わねえ相手に命懸けで突っ込むバカがどこにいるんだよ」
クソジジイ──そう呼ばれた男性、教皇という椅子に座るエスペランサ教一番の権力者は、そんなフレデリカの態度にため息を吐く。
「はぁ……名ばかり聖女め。少しは【廻天】を見習ったらどうだ」
「私にとっちゃそんなもん、早朝の避妊具より軽いもんだ」
「おお、主よ……このような女を聖女として扱う我らにどうか救いを……」
「いまここで剥奪してくれていいぜ。そしたらまずはお前からぶっ殺してやるから」
「それには及ばん。なにせ、世界は悲劇で満ち溢れているのだ。信心深い思いやりだけでは救いの手は伸ばせないのだよ」
そう言って教皇はニヤリと笑う。
「王国は現在、エクトル枢機卿の勢力圏にある。【廻天の聖女】、【聖撃の聖女】の両名を手中に収めたあやつは増長していてな。王族や冒険者ギルド長とも手を取り今や独自の勢力として台頭しつつある。これ以上奴の好きにはさせておけん」
(つまりいつも通りてめえらの権力争いだろうが)
呆れながらもフレデリカは逆らうことはしない。
彼女にとって大事なのは男を甚振り殺せることだ。
相手が善人だろうが悪人だろうがどうでもいい。
強い男を屈服させて屈辱を味合わせたあとになぶり殺すのもいいし、権力や富のある男を捕まえて手下どもを打ちのめし絶望させたあとに味わってから殺すのもいい。
とにかく、男を苦しめて殺す。
それがフレデリカにとっての人生であり、欲求だ。
「それに加え、今回は【天日の聖女】が動く」
「……誰だよそれ」
「お前は知らなくても無理はないか。聖女序列一位、【天日の聖女】エヴァンジェリン。歴代の教皇だけが接触することが可能で建国からずっと不動の、最強の聖女だ」
「建国から変わらねえだと? じゃあなんだ、そいつもエルフとかか?」
「エルフではない。人だ。主より受けし加護が強力で姿形が変わらぬのだ」
「ふーん……そいつは怪物ババアに勝てるのか?」
「勝てる。間違いなく」
もちろん巻き込む範囲はエクトルだけでは済まない。
フレデリカを向かわせるということはそれ以外にも被害に遭う男が無数に発生するということだ。魔王軍征伐の際も他国の騎士や貴族を強引に捻じ伏せ寝床に連れ込みお楽しみしていたことは教皇も知っている。
王国に派遣すれば王族や貴族相手だろうが手を出すのは明白。
特に王国は戦力的に乏しく冒険者ギルドに手寄っている様な状況だ。
最低でも金等級、白金等級とも渡り合えるフレデリカを相手に守り切れるような戦力はない。
(怪物ババアはもちろん、聖剣の小娘も嫌な相手だ。私一人じゃあのパーティー相手には勝てねえが、ぶっ殺せるような奴がいるなら話は変わる)
彼女からすれば特に食指が伸びる相手でもない。
それどころか女の実力者など最もやる気が出ない存在と言っていい。
男相手に対して異常とも呼べる執着と破壊衝動を抱えているが、人間全てを等しく皆殺しにしたいわけでもないのだ。
(王族か。帝国の貴族はぶちのめして犯して三日三晩遊んでやったが、早々に折れちまったからなぁ……)
文字通り一国の王。
異教を崇め教主を務めるような男を相手したことはあるが、本物の王に手を出したことはない。
(本物の王だ。権力の頂点、私の一番嫌いな存在。あー、やべえな。ヤる気出て来た)
「…………わかった。
「ああ、いつも通りで構わない。好きにやるといい、フレデリカ。君にはその復讐を成し遂げる権利がある」
「ハッ! 言われなくてもヤってやるよ、教皇様」
獰猛な笑みを浮かべ彼女は気炎を吐いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「【破砕の聖女】フレデリカ・ブラッドフォージ。何と言っても彼女の恐るべきところは、その躊躇のなさにこそある」
師匠が黒板にカッカッと音を立てながら文字を書き込んでいく。
「目標を達するためならば周囲の犠牲も厭わない。神の名の下に力を振り翳す代行者にして破壊の権化だ。フィンを異教だと認定すれば王都の中だろうが火蓋を切るだろうね」
「なんでそんな奴が聖女扱いされてるんだ……?」
「教えを説くのも楽じゃないってことだ。魔王軍征伐の際に何度か共闘したが、騎士団や軍を当たり前のように巻き込んでいた。もちろんふざけるなと怒鳴り込む者もいたが、伯爵何かが直接話に行ってから名誉の戦死を遂げたりしてたよ」
「ただの危険人物じゃないの、それ」
「一応、彼女なりの線引きはあるようだけど……女子供に対しては特に暴力性を発揮しないと調査の結果判明しているね」
なるほど……
破砕の聖女フレデリカ・ブラッドフォージ。
悪逆非道な聖女にして闇のマリアンヌの手先に相応しい精神性を持つ、と。やはり俺も邪神の手先になったからにはそう言った性質を持ち合わせるべきなのかもしれないが、そんなことをすれば師匠の顔に泥を塗るのは間違いない。
うん、無いな。
自分が邪神の手先になったとして、邪神と同じ行為をしなければならない道理はない。
『……我が使徒、私に喧嘩売ってますか?』
え?
いや全然そんなつもりはないけど。
『…………そうですか。ではなぜ私にその女が相応しいと?』
そんなの闇のマリアンヌが邪神だからに決まってるじゃん。
『……………………』
いてっいててっあだだっ!
いきなり頭ポカポカ叩かないで貰っていいですか!
なんだよもうっ闇マリが邪神なのはどう考えても明らかなんだし事実を述べただけじゃんか! こんなんでいちいち怒らないでよね。神様なんだしもっとどっしり構えてくれ。俺の女神様なんだから。
『う。……わ、わかったわよ。悪かったわね。でもね我が使徒、邪神邪神言われて気分は良くならないわよ』
いやそれは事実だし受け入れてもらわないと。
ただの邪神じゃなくて、闇マリにも深い事情があることは察してる。
カルラやアストレアに親しみを持つ女神様らしい部分と、人間の苦痛を楽しみ闇へ落ちるように誑かしてくる邪神らしい部分、これはどっちも闇マリの本質だと言っていたよな。
俺にも二面性があることくらい自覚している。
どうしようもないドマゾであり、ドサドであり、だがそれらは決して万人に受け入れられるようなものではなく親しい仲であっても伝えるかどうかは躊躇される様な性癖だ。
特にモンスターに殺されかけて悦んでることは一番知られちゃいけないことだった。
まあアリシアさんに一番知られちゃいけないことを知られてヤケクソになって今に至るのだが、こうして見捨てられなかったのは周りの人たちが俺に優しいからだ。恐らく数年前のカルラやアストレアに知られれば文字通り切り捨てられていただろう。
闇マリが頭の中に現れて、三人で同居を始めて、師匠達が帰って来た。
このタイミングだったからこそ、こうして裏でコッソリと関係を構築出来ている。
何か一つでも欠けていればこうはならなかったんだ。
それを考えれば、闇マリの事情をくみ取ることことなんて当たり前だろ。
『…………我が使徒……』
ていうか何度も言ってるじゃん、邪神かもしれないけど俺にとっては女神様だって。
なんて言っても誰にも満たされない『女性に罵倒されたり嫌われる様な妄想をする』補助をしてくれていたんだ! カルラやアストレアがしてくれなくなってから本気でそういうお店に行こうかと悩んでいた時に情け無用の寝取られ妄想を叩きつけてくれたのは本当に助かった。
更に今はえっちなことまでしてくれる!
もうこんなの女神様以外ありえないだろ……。
『死ね、このエロ使徒』
「……フィンくんと会わせるわけにはいかないわね」
「そうだ。アリシアも彼女の危険性は目にしているだろう?」
「ええ。嫌な予感しかしないわ。絶対に、なんとしてでも、なにがあってもフィンくんと引き合わせることは避けましょう!」
「お、おお。そうだな、うむ。私もそう思うぞ」
「フッ……心強いよ」
アリシアさんがキマった目で俺を見てくる。
あんなに心配してくれるなんて……やっぱりアリシアさんって俺のこと好きなんじゃないか?
俺も好きなんじゃ!
結婚してくれアリシアさん!
子供は五人は欲しい、大丈夫、俺は師匠に育てられたときに愚図るアリアの世話もしてたから子育てはバッチリだ。
「俺もただ守られるだけでいるつもりはないが、王都の事を考えると積極的に出ない方がいいだろうな」
「フィンくん……! わかってくれるのね!」
「渦中どころか問題の張本人なのに逃げるなんて情けない限りだ。だが、俺の恥如きを優先して王都を危険に晒すわけにもいかん。それくらいの分別はあるさ」
俺から皆が離れてる間に寝取られたらどうしよう……。
守られる情けない男より強くて逞しい男ヨネと王都でやってきた騎士とかに寝取られたら、ううっ、うっ、うううっ♡
情けなくて悔しくて鬱○起が止まらんッ!
闇マリッ今すぐ俺をバカにして!!
『そんな価値もないので、早く死んでください』
おッおほおおおぉおおぉぉぉっ!!!?!?
「……………………」
「……アリシア? どうしたんだい、急に俯いて」
「……い、いえ。なんでもないわ。気にしないで……」
そんなアリシアさんに同情するような視線が幾つも集まっていた。
フフッ、やっぱりアリシアさんは最高だな。
俺のサド欲求も飽きずに満たしてくれるしマゾ欲求も満たしてくれる。
魂の結婚相手は闇マリ、身体の結婚相手はアリシアさんとしていたが、身も心もアリシアさんに捧げたい気持ちだ。
『…………いつか本気で嫌われるわよ』
エッ……
そ、そうなったら……ゴクリ……
『私知らないからね。言ったからね? 我が使徒、後悔しても遅いのよ?』
えっえっえっ……ああっ、アッ、オホッ!
こっ壊れるッ全てが壊れる!
俺の頭おかしくなっちゃうよおおぉぉおおぉお!!
「ごめんなさい、ちょっとお手洗いに行って来るわね」
「わ、わかった。気を付けてな……」
ふらりとおぼつかない足取りでアリシアさんが出て行った。
ムッ、大丈夫だろうか。
どれ、ここは俺が付き添おう。
辛いときはお互い様だからな。
『トドメになるからやめなさい』
トドメ!?
いやそんなつもり全くないんだが……
『…………やっぱり我が使徒は、我が使徒に相応しいのよね』
…………?
『わからなくてもいいのよ。あなたはあなたのまま、ありのままでいなさい』
そう言って闇マリは微笑んだ。