選ばれたメンバーが王都へ戻って行った。
残ったのは【払暁】から俺とマリアンヌ、【星天】からアリーシャとグリセルダ、後は【超滅】の四人だ。
アリシアさんとアストレアに関しては闇マリの威圧にすら耐えたことと、闇マリ曰く『邪神の走狗』らしいので積極的に攻撃されることはないだろうと言う判断。後単純に謀略防諜暗殺と何でもござれの風支配能力が凶悪すぎるために駆り出された。
アリアは言わずもがな世界最強の一指であり、被害を気にせず戦えば手加減した闇マリ相手でもそれなりに打ち合えるのだから連れていかない理由がない。我が幼馴染ながら末恐ろしい。でもそんなアリアも俺以外の男を知ってるんだよな……マゾッ。
そんなアリアを相手に白兵戦で10回に7回は勝ちを拾えるようになったカルラも当然戦力として扱われている。聖剣を剣の技量のみで受け流すとか正直意味のわからないことをしているが、カルラの父親はその更に上を行くとか何とか。
俺は身体で剣を受け止めるくらいしか思い浮かばないと言うのに……
アリーシャとグリセルダは拠点防衛の要として残され、【超滅】は戦力的に待機。
俺とマリアンヌは邪神の使徒と巫女で、カトリーナも同様の理由で残留が決定。
俺を守るために仲間たちが戦場へ赴いた事実には心を蝕まれるが、そんな劣等感ですら興奮してしまう己がひどく情けなく、その情けなさにすらも興奮してしまい、更に言えば王都でみんなが邪神の手によって陵辱されてしまうのではないかと考えると心の軋みが止まらず愚息が硬直することも避けられず……ウウッ、ウッ、お、俺は、俺は自分が憎い!!!
『クックック……寝取られてしまえよ……味わってしまえよ……』
やッッッ闇のカルラッッッ!!?
『寝取られとは、良いものぞ……』
カルラはそんなこと言わないだろうがッ!
そもそもカルラは寝取られたことなんてないだろう。
カルラが好きな男を寝取られたことがありそこで性癖に目覚めてしまった、なんて話も聞かない。よって貴様は偽物だ。闇のカルラめ、去れッッ!!
『いや、一応言っておくけどカルラはちゃんと寝取られを味わってるからね?』
エ!!!!!!!!?!?!?
や、闇のマリアンヌ、それは一体どういうことなんだ。
まさか俺の知らないところでカルラの恋愛が起きていて、俺の知らないところで好きな男ができて、その好きな男を奪われて……!?
『カルラは我が使徒を森人に奪われてるでしょう?』
え?
それは寝取られじゃなくないか?
そういうのは寝てから言ってくれないと。
カルラは俺のことを好きだと言って抱かせてもくれるし過度なSMプレイを除いて恥じらいながらやってくれるが、そもそも別に寝てなかったんだから寝取られもクソもないだろ。
俺の妄想と同じだぞ、それ。
『…………カルラが泣くわよ、そんなの』
カルラの泣き顔か……
…………ンフッ。
闇マリと会話してちょっとしたサド欲を満たしていると、マリアンヌがポツリと呟いた。
「…………この先、どうなってしまうのでしょうか」
現在広間には俺とマリアンヌの姿しかない。
アリーシャは昼間の警戒を務め、グリセルダは夜勤のために睡眠中。
アニカは思うところがあったのかドレイクと共に剣を交えて鍛錬しており、ミューズとカトリーナは風呂に入っている。
聖女としての装いではない、冒険者としての衣装。
いつでも戦えるように備えつつ、彼女は不安げに俯く。
「邪教認定されてしまったら、私達の居場所はなくなります。それこそ、ここに住んで暮らすしかなくなる。そうなったら……」
「……不安か?」
「……はい。恐ろしいです」
みれば、マリアンヌの手が小さく震えている。
手をそっと握ると、ビクリと跳ねた後、握り返してきた。
「私には【聖撃の聖女】として築いてきたものしかありません。教団から邪教認定されてしまえば全てを失うことになる。冒険者ギルドも積極的に討伐はしなくとも庇い立てはしないでしょう。エクトル枢機卿も逆らえません。私一人がいなくなったとしてもセラフィーヌさんがいるから、私一人のために全てを捨てたりはしない……」
「…………」
「……私の庇護下にあったものも邪教認定されてしまう。孤児院への支援も打ち切られるかもしれない。財も、影響力も、何もかも…………」
それは相談や愚痴というより、思考の整理に近い。
青白い顔で更に続けた。
「きっと本国は本気です。ヴァシリさんやアリアンロッドさんがいるにも関わらず、このタイミングで異教調査と言ってきたのは逃すつもりがないから。勝つつもりなんだ。序列一位の聖女を引っ張り出してきてまで、ここで……」
「……そこがわからない。師匠やアリアと敵対してでもやるつもりなのか?」
「そうとしか思えません。枢機卿から聞いた話では、本国でもヴァシリさんは恐れられているそうです。そんな相手が根拠地と定めた王国で大々的に宣戦布告をしにきたということは、あの人のことを恐れてもいないということ。冒険者ギルド最強のパーティーと【払暁】と事を構えた上で、利を得る。そうでなければたとえ邪神の気配が察知出来ようが動くわけがないんです」
なるほど。
つまり、聖法国がここまで動いたからには勝算あるってことか。
アリアや師匠、アストレアやカルラ……アリシアさんも含めた複数人を相手に勝てる。そういう見込みがなければそもそもこの動きはあり得ないと。
「だが、本気で俺達だけを目標にしている可能性はないか? 俺とマリアンヌの排除だけを目論んでいるならあり得ない話ではないと思うが」
「…………本国がヴァシリさんを読み違えていると?」
「師匠は俺のことを可愛がってくれてはいるが、所詮盾役に過ぎん。なんならマリアンヌのことは全く知らず、女神様が宿ってる俺のことだけが狙いかもしれないぞ」
正直、それだと助かるんだよな。
闇マリは確かに世界に顕現しているので察知された可能性もないんじゃないかと思うが、マリアンヌに関しては今更だし。
闇マリ顕現のずっと前から聖撃使ってるのに異教認定どころか聖女になってんだぜ。
これを今更『やっぱり異教徒でした』ってのは考えにくい。
そこんとこ闇マリ的にはどう思う?
『…………半々ってところかしら。序列一位とやら、多分あの邪神の寵愛受けてる使徒でしょうし』
強いか?
『深さによるけれど、少なくとも我が巫女とは比べものにならないわね】
マリアンヌの聖撃はモンスターにしか通用しないが、彼女の強さは膨大な魔力量に支えられている。
初歩的な魔法であってもマリアンヌが本気で放てば軍勢を潰せるのだ。
そんなマリアンヌと比べ物にならないってのは、どうにも想像しにくい。
一撃で国でも壊せるのかね。
『山くらいは消し飛ばせるわ。神の寵愛、つまりは神の化身でもあるのだから』
ふーん……
対抗できないのか。
『神の力には下等生物では抗えない。神とは理から超越した存在。以前、姿を見せた際に【
ああ、あの威圧してる時の話だよな。
なんのために威圧してるのかと思ったが、そういうのを把握するためだったんだな? てっきり闇マリがなんとなくで嫌がらせしてるのかと思った。
『……え、ええそうよ。神たる私が、そのような無駄な行為をするわけがないでしょう。全て計画通りよ』
流石だ闇のマリアンヌ……!
ところで、俺がその寵愛とやらを授かって序列一位に対抗するのはナシなのか?
『無理ね。我が使徒の器はもういっぱい、歪み切ってなんとか形を保ててるの。これ以上注いだら壊れ切っちゃうわ』
歪み切ってて悪かったな。
どうせ俺は仲間を寝取られる妄想で興奮するどうしようもないドマゾだよ。
い、いかん!!
寝取られという言葉でもう興奮してくる!
「もしそうなったら、マリアンヌは俺のことを見捨ててくれ」
「は?」
「エッ……えっと、俺はどうやら死なないっぽいし、女神様が浄化でもされない限りはなんとでもなるんだ。それに、邪神の庇護で生き延びてる事実は変えられん。それなら一度滅されて、そこから女神様の力で蘇るとか……死なないが故の手段がいくつかあると思うんだ」
「…………は?」
ひ、ヒィッ!
マリアンヌの闇の部分が出てきてる!
「フィンさん」
「は、はい」
「フィンさんがそんな目にあったら、私も死にます」
「エッ……い、いや、それは困る。俺は盾役でみんなを守るのが役目なのに、盾役が厄介ごとを招いてちゃ世話ないし……」
「知りません。もっと私達を頼ってください。…………頼りないのは、わかってます。フィンさんがそうやって身を削ってきたから今があるんだと……」
マリアンヌはぎゅっと両手で手を握る。
「今更、都合がいいことを言っていることはわかってます。でも…………どうか、お願いします」
そう言って、彼女は頭を下げた。
「どうか、どうか少しでも構わないので、私たちにフィンさんを守らせてください。お願いします……!」
「ま、マリアンヌ……そんな、やめてくれ」
「やめません。頷いてくれるまで、フィンさんが死ぬくらいなら、ずっと下げ続けます。あなたを生かすためならなんでもします。聖女としての箔を売って身体も使います。あなたを生かしてくれるならどんな相手にだって縋ります。お願いします。お願いします。お願いします!」
マリアンヌのことを強引に抱きしめてやめさせる。
「!!!!!!?!?!?」
「マリアンヌ……そんなことはしないでほしい。俺は…………」
俺にそんな価値はない。
わかってる。
マリアンヌがこう言ってくれたのも、彼女は飛び抜けて心優しいからだと。
俺なんかに価値はなく、彼女の心の優しさから手を差し伸べてくれているに過ぎない。
だってそうじゃなきゃ、おかしいだろう。
『…………ええ、そうね。おかしいわ、我が使徒』
ああ。
おかしいんだ。
もしも俺にそんな価値があるなら、どうして俺は…………
頭の中に浮かんだ全てを飲み込んだ。
燃え盛るような憎悪と併せて丸ごと全部。
臓腑で煮え繰り返る言い表せない激情。
頭の中で邪神が唆す度に噴き出してくる思いに蓋をした。
「…………俺は、そう言ってもらえるだけで、嬉しいよ」
「フィっ、フィンさん……っ!」
マリアンヌが抱き返してくる。
ウホホッ、柔らけ〜!
美女に狙われた挙句マリアンヌを合法的に抱きしめられるとは、役得としか言いようがないよな。
なんか妙にマリアンヌの手付きがいやらしい気もするが、おそらく感極まっているのだろう。
『…………フフ。すごい顔してるわよ、我が使徒』
そうか?
いつも通りだろ。
なんてったって、俺は師匠の弟子だからな。
感情の抑制くらい出来なきゃ失格だ。
『それでこそ我が使徒に相応しい。憤怒と憎悪、世界全てを呪い殺すような激情を抱えながら他者を想い他者を愛する。なんて美しい、なんて醜い、なんて愛しい子なのかしら……』
そう言いながら闇のマリアンヌは俺の頬に口付けをする。
『我が巫女に傷なんて付かないわ。あなたが守るもの』
……そうだな。
俺が守る。
だから傷つかない。
そのためだけに俺は在るんだ。
当然だ。
『ええ、そうよ。だから安心なさい』
「え、えへへ……フィンさん……ちょっと、苦しいです……」
「…………すまん、マリアンヌ」
ほんの少し緩めれば、彼女はぎゅううっと抱きしめ返してきた。
なんとも言えない多幸感を噛み締めながら、マリアンヌの温もりを感じ続けた。