ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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158 邪神の使徒④

 

 最初に気が付いたのはアリーシャだった。

 昼の警戒を担当していた彼女は、己の支配領域に異物が入り込んだのを認知したのと同時に、相手に視られたことを悟った。

 ──ブワッッッッ!

 生存本能が、圧倒的格上を前に警笛を鳴らす。

 本能に従い支配を解こうとしてアリーシャだったが、それは既に遅かった。

 

「──見ましたね?」

 

 あ、と声を漏らす。 

 それは風を通した声ではなく、すぐ真横、警戒態勢を敷いている拠点、アリーシャたちが利用している施設の中で発せられた声だった。

 

 入られた。

 伝えなきゃ。

 どうやって。

 逃げられない。

 詰んだ。

 

(……これは無理かなー)

 

 ここに現れた方法はわからなくても理屈はわかる。

 風の支配に干渉し瞬時に辿られた。

 元々物理的な防衛機構を備えてない砦だ。

 エルフの風を突破できる相手には各々で対応するしか無かった。

 

「……あはっ。おねーさん何者?」

 

 風の支配を解き、アリーシャは無抵抗になってから聞いた。

 

 殺すのならもう殺している。

 捕まえるにしては悠長だった。

 何をしても捕まえる自信があるのだろう。

 風を辿り位置を特定し瞬時に移動するなどアストレアでも出来ない。

 その時点で、アリーシャは抗うより力量差を認め大人しくすることを選んだ。

 

「わたくしはエヴァンジェリン。太陽の女神エスペランサ様の使徒にして、神の代行者。森人の末裔よ。この地に邪神がおりますね?」

「……とぼけていい奴?」

「どちらでも構いませんよ、最後には全て滅しますので。ああ、ただ、もし女神様の愛が向けられた場合は、その処罰に限りません」

「ふーん。ちなみに、その愛ってのはなに? 信仰?」

「いいえ。愛は愛ですわ」

 

 そう言いながら、エヴァンジェリンはアリーシャを背中から抱き締める。

 

「んっ、おねーさん、大た──ん……?」

 

 背中にピトリと当たる硬いモノ。

 生娘だったころならば理解すら出来なかったナニカ、本来女性についているべきではないモノを押し付けられていることを悟り暫し思考停止する。

 

「ふふっ……やはり森人の末裔ということでしょう。女神様の愛は刻まれているようですね」

「は、え? こ、れ……なんで? 女の人じゃないの?」

「男か女かなど些細なことですわ。女神様の愛は男女の境目などありませんから」

 

 硬直した隙を突いて、エヴァンジェリンはアリーシャが逃げられないように力を込める。

 

 ビクッ。

 動けない。

 触れる身体は女性のように柔らかく、しかし、抑えつける力強さは紛れもなく男のものだった。生き物としての恐怖と女としての恐怖が芽生える。

 

(────うそ、うそうそ、うそっ……お、犯される……!?)

 

 つい最近、望んで……望んで? 望んで行為に励み始めたアリーシャだが、とてもではないが慣れなどないし、経験人数はたった一人。一種族、唯一の王族の生まれである彼女は本来とても高貴で尊ばれる血族だ。

 暴行を働かれる事などありえない。

 しかし、つい最近良いなと思っていた男性と結ばれる糸の一本を手にしたからこそ、彼女はその恐怖がわかった。

 

 強引に力づくで望んでも居ない行為。

 それは紛れもなく尊厳を殺すことであり、相手を屈服させ穢すことだ。

 そして女神の名の下に邪神に与した相手だからと聖女エヴァンジェリンは正義の叩き棒を振り翳そうとしている。

 

 その悍ましさ。

 その醜さ。

 嫌悪感が爆発し、全身の鳥肌が立ち悲鳴が漏れる。

 

「ひっ……!! や、やだ! やめてよっ!!」

 

 足掻こうとするが既に遅い。

 ガッチリと固められ身動きの取れない状況で、アリーシャは風の支配を試みるが、違和感に気が付く。

 

 風が感じ取れない。

 エルフにとって出来て当たり前の技能が使えない。

 それは、彼女たちにとって手足を失うに等しい喪失。

 抵抗する手段、最も慣れ親しんだ技が欠け強引に犯される恐怖に焦り、アリーシャは混乱する。

 

「やだぁっ!! 放してっ!! やめてっ!!」

「……ふふ。まだ始めてもいないのに、よく鳴くではありませんこと」

「ひぅっ!?」

 

 ジタバタともがくアリーシャ。

 しかし、それは意味のない抵抗だった。

 

 ──ビリィッ!!

 

 エヴァンジェリンがアリーシャの服を破った。

 

「あ、あああああああっ!!? はなせっ!! はなしてよっ!!」

 

 まるで弄ぶように彼女は一枚一枚服を破り捨てられていく。

 

 下着を残し全ての服を強引に破り裂かれたアリーシャは気力も尽きたのか、俯いて身体を震わせるばかりだった。

 

 その姿には普段の彼女らしさなど欠片もない。

 ただ一方的に搾取され辱められる、かよわい姿だった。

 そんなアリーシャのことを見て、エヴァンジェリンは恍惚に頬を染めて告げる。

 

「…………なにも恐れることはありません。これも全て、女神様の愛なのですから」

 

 そっと己の衣服に手をかけた。

 

 

 

「そこまでにしてもらおうか」

 

 

 

 ピク、とエヴァンジェリンが手を止める。

 

 次の瞬間、番兵室に濃密な殺気が満ちた。

 

 まるで魔がそのまま顕現したかのような重苦しさ。

 それらがエヴァンジェリンと、そしてその手を止めさせたフィンの間で渦巻き鍔迫り合った。

 

「【天日の聖女】エヴァンジェリンさん。あなたが暴行を働こうとしている御方は、ハイエルフの王女殿下にございます。エルフ全てを敵に回すつもりですか?」

「それに、俺の大切な仲間の一人だ。勝手な真似は慎んでもらおう」

 

 共に部屋にやってきたマリアンヌが正論で責め、フィンが感情で抑制する。

 

 それに対しエヴァンジェリンは暴れるわけでもなく、己を睨み付ける男を細めた目付きで見つめた。

 

「……ふふ。懐かしいさすら感じる。そこにいるのでしょう? 月の女神ルルクスさま」

「……何のことかサッパリわからんな。闇のマリアンヌならば知ってるが」

「!?」

 

 闇のマリアンヌという呼び方にマリアンヌが信じられぬ物を見たような顔でフィンを見る。

 

 一方のエヴァンジェリンは、そんなフィンを愉快に感じたのか面白そうに口を歪めた。

 

「お戯れを。相変わらず愉快な方ですわね」

「このまま親睦を深める気か? 生憎こちらにそのつもりはない。とっととアリーシャを放せ」

「おっと、これは失礼いたしました」

 

 そう言ってエヴァンジェリンが手を放す。

 アリーシャは酷く怯え消耗しており、自分で立つことも難しい有様だった。

 すぐにフィンが抱きとめて、そのままグリセルダへと預ける。

 

「すまない。アリーシャに何か着るものを……」

「わ、わかった。アリーシャ様、気を確かに……!」

 

 駆け足で部屋を出て行ったグリセルダを見送り、場が静まる。

 

 緊張感、否、重圧が部屋に充満する。

 

 エヴァンジェリンから、フィンから、双方から醸し出される殺意がぶつかり合っている。

 

「…………」

「…………」

 

 そして、マリアンヌはフィンのただならぬ様子に驚きを隠せなかった。

 

(フィンさんが、こんなに怒りを見せるなんて……)

 

 それこそ四年前のあの時だけかもしれない。

 

 マリアンヌも、アリーシャを強引に抑えつけ暴行を働こうとしたエヴァンジェリンのことを許すつもりはない。だが、どうすればいいかの判断に悩んだ。

 相手は邪神、ルルクスを認識している。

 その上で挑発しに来たのだ。

 さらに言えば主力がいないことも悟っているだろう。

 そうでなければ、わざわざこのように敵地の中心まで乗り込んでくるわけがない。

 

 下手に仕掛ければ損害が出る。

 だからといって許すわけにはいかない。

 難しい状況だったが、マリアンヌが答えを出すより先に、第三者が声を響かせた。

 

「……久しいわね、エヴァ」

「お久しぶりですわ、ルルクス様」

 

 フィンの背中に抱き着くように顕れたのは月の女神ルルクス。

 邪神として認識された彼女は、マリアンヌの姿形を借りた形で世に顕現した。

 

「我が使徒。この者は、邪神エスペランサの下僕にして尖兵。あなたの敵よ」

「まぁ、尖兵だなんて。わたくしと友諠を結んだ時もあったというのに……」

「邪神の肉棒に乱れ狂った色狂いのことなんて知らないわ」

 

 不愉快に吐き捨て、〈深淵の森〉を広げ続ける魔を放つルルクスにエヴァンジェリンはにこやかに答える。

 

「それはあなた様も同じではなくて?」

「…………我が使徒。殺しなさい」

「…………」

 

 明らかに殺意が増したルルクス。

 しかし、フィンは何も言わない。

 目を瞑り、何か思考に耽っている様子だった。

 

「わ、我が使徒。そんなことはいいのよ考えなくて。ちょっと?」

「……一つ聞いていいか、エヴァンジェリン」

「はい? なんでございましょう、尖兵さま」

「女神様とはどんな関係だ?」

 

 それを訊ねられ、エヴァンジェリンの口角がつり上がる。

 

 対照的にルルクスは慌てた様子で黙らせようとした。

 

「そんなのはどうでも──」

「──わたくしは大昔、月の女神ルルクス様の使徒でございました。愚かにも太陽の女神エスペランサ様に逆らったため、わたくしも愛を知るに至りましたが……ふふ。それはあなた様も、なのでしょう?」

 

 月の女神ルルクス。

 かつては彼女の寵愛を受けていた使徒は、エスペランサに鞍替えした。

 

 その事実を知り、フィンは動揺する。

 

 それを見てチャンスだと思ったのか、エヴァンジェリンが畳みかけた。

 

「先程の無礼は謝罪いたします。ですが、ルルクス様のお力が顕現する場を整える必要があったのです」

「……どういうことだ。なぜ女神様が姿を見せる必要がある? そんなことをしなくても、そっちは感知しているだろう」

「ええ。だからこそ、ですわ」

 

 そう告げる彼女にフィンは怪訝な顔をした。

 

「手荒な真似で申し訳ありません。ですが、こうでもしなければ、あなたを呼び寄せ、目を欺くことが出来なかった……」

「……どういうことだ?」

「……話をしていただけますか?」

 

 困った顔でフィンはマリアンヌを見た。

 ルルクスは困惑した表情で、しかし何かを考えており口を挟んでこない。

 女神が降臨している時点で即死はない。

 女神すらも消し飛ばす相手ならば、そもそも何をしても意味がない。

 

 話を聞く価値がある。

 そう判断したマリアンヌは頷きで返した。

 

「…………わかった。だがアリーシャには謝罪してもらう。話はそれからだ」

「ええ、わかりました。わたくしもあまり愉快には思いたくはないのですが、もうすっかりおかしくなってしまいまして……」

 

 そう呟くエヴァンジェリンの表情は、酷く疲れている様に見えた。

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