ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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161 【天日の聖女】エヴァンジェリン

 

「──それで、本命はなんだ? まさか、ただ挨拶に来たわけじゃないだろ」

 

 両目の土を指と魔法で取り除き治癒魔法で回復した後、エヴァンジェリンに聞いた。

 

 アニカが撒き散らした吐瀉物の酸っぱい匂いがちょっとだけする。

 

 ちょっと衝撃的だったかな……。

 俺も目の前でエヴァンジェリンの両目が爆発した上にその眼窩に土がこんもり埋め込まれてたらドン引きすると思う。

 普通に怖い。

 不死身特有の壊れ方に関しては、俺も気をつけないといけないと自覚したよ。 

 

「ええ。ここならば主の耳目からは確実に逃れられますので」

「……それは、ルルクス様のお力が、エスペランサ様と同等、もしくは超えているということでしょうか」

 

 マリアンヌが疑問を口にする。

 

「それは……わかりません。でも、少なくともわたくしはここで顕現したルルクス様の御力に覚えがありましたわ。もう忘れてしまった記憶の、遠い遠い昔の、ほんのわずかな感覚に過ぎませんが……」

「……いや、十分信じるに値する。俺達は神なんてものと関わった試しがない。唯一身近な存在が女神ルルクス様で、その力を見せるようになったのもつい先日のことだ。神が世界に君臨していた時代から生きているエヴァンジェリンの言うことを信じよう」

 

 女神だろうが邪神だろうが、神なことに変わりはない。

 神が存在した世界なんて知らない俺たちに神同士の力量さなんてものも測りようがなく、唯一身をもって味わった彼女が言うならそうだと思った方がいい。

 

「使徒様……」

「様、なんてやめてくれ。フィンでもデビュラでも構わない」

「……では、フィン様、と。ふふ、わたくしが殿方を名前で呼ぶなんて随分久しいことですのよ?」

 

 股間をさすりながらエヴァンジェリンが言った。

 

 うーん、その手の動きがなければ最高だった。

 

 しかし、俺も男だ。

 男たるもの、女の望みくらい叶えてやれねば……男が廃る!

 やはりここは俺の穴でエヴァンジェリンの穴を埋めてやるしかない。

 穴と穴、どちらの穴が先に埋めるか早い者勝ちだ。

 

「……ちょっと、エヴァ。あなた、私一筋だったんじゃなくて?」

「ルルクス様、それはもう、取り戻せない日々におけるお話ですわ。わたくしは今でもルルクス様を敬っておりますが、歪んだものは二度と元には治りませんの」

 

 そう言ってエヴァンジェリンは俺を見る。

 

 俺が歪んでいるか。

 まあ、自覚はある。

 世間一般的な常識と照らし合わせれば、俺の人生はイカれてるとしか言いようがない。だがそれでもいい人生を歩んでいると胸を張っていける。そこらの農家に生まれた次男や三男坊なんかを見ればわかる話だ。

 俺は幼い頃から師匠の教育を受けてきた。

 だから王都で野垂れ死しなかった。

 もちろん環境は最悪だったが人に恵まれたと言うのもある。

 

 薄汚い死にかけの俺を家に連れ込み風呂で洗い飯を食わせて寝床まで貸してくれた受付嬢がいた。

 

 闇のマリアンヌとすら出会ってない時の話だ。

 俺はセリナがいなかったらあの馬小屋でくたばっていたかもしれない。

 

 それでも今、生きている。

 捻じ曲がった性癖を抱えたまま生きてるんだ。

 だからエヴァンジェリンの言うことには理解できるし同意する。

 

「……そうね。もう、あの頃は戻らない。当然よね」

「ええ。わたくしは敗れて屈服したのです。もう、ルルクス様を主と呼び、愛を向けることはできません。ですから…………」

 

 そう言って、エヴァンジェリンは跪き、祈るように両手を合わせ、俺を──いや、俺の隣に漂う、ルルクスを見つめた。

 

「どうか、わたくしを終わらせてくださいませんか? 月の女神ルルクス様」

 

 

 

 

 

 やっと終われる。

 そう思うと、心と頭を支配する憎悪と憤怒が僅かながらに晴れるような気がした。

 かつて主と仰いでいた敬愛する女神様の手で終われる──それは、まさに夢心地としか言い表せない幸せだ。

 

 ずっと、ずっとずっと、死にたかった。

 女神エスペランサ、邪神エスペランサ。

 何処かから現れたソレは女体に男性器を持つ歪な身体で、男神を誑かし犯し殺し、女神を犯し狂わせ世界を手中に収めた。

 世界を己の手で汚すことに悦びを見出す正真正銘本物の邪神。

 女神ルルクス様が懸命に戦うも、強大な力になすすべなく打ち負かされた。集った同士達が一人一人捕らえられては敵になる。洗脳でもされたかのようにエスペランサを崇めるようになり、女性はその陰部には男性器を生やされ、悍ましい性的嗜好を好むようになり陵辱の限りを尽くした。

 

 煌びやかな月の都までもがその悪意に飲み込まれた。

 

 白銀に染まっていた世界は、瞬く間に塗り替えられた。

 

 わたくしは、敬愛する女神様の全てが犯されていくのを見ることしかできなかった。

 

 長い間囚われていた。

 わたくしの心が折れるまで死ぬことすら許されず、肉体を壊され、時には首一つにされて髪を掴まれ壁に括り付けられ身体を弄ばれる様子を見せつけられた。それでも死なないように、自我が壊れないようにと処置を施された上で尊厳を穢された。

 ゆっくりと丁寧に、それでいて苛烈に。

 今こうして己が保てているのも、狂うことすら許されていないから。

 古い時代のことはほぼ忘却したのに、あの地獄のような記憶ばかりが鮮明に色濃く残っている。四六時中身体を弄られているような感覚がする。髪が汚れている気がする。顔の汚れがこびりついてる。首が繋がっているのかどうかわからない。腕は掴まれて押さえつけられていないか。足はついているのか、好き放題弄られ、根本から捻り切られていないか。乳房は焼かれていないか。ついているか。千切られてないか。眼球が残っているか。眼窩を弄ばれていないか。臓腑が引き抜かれていないか。忌まわしい愚物を弄ばれてないか。空気に触れるだけで切なくなってしまう、憎たらしい汚物をちぎり取ってしまいたい。

 

 ──でも、それら全てを認識して、自分のことだとわかっているのに、狂えない。

 

 意味もなく泣き叫んで吼える。

 でもそれだけで、それ以上にもそれ以下にもならない。

 心は軽くならず、重くなるばかり。堪えきれなくなってもなおずっとそのままだ。壊れてしまいたい。壊れない。狂ってしまいたい。狂えない。おかしくなっていく。自分がおかしくなっていくことがわかる。わかるだけ。何もできない。

 

 ほんの数千年前まで、わたくしはずっと弄ばれ凌辱されていた。

 その頃の記憶が、感覚が、今もずっと身体に纏わりついて離れない。

 

 でも、それももう終わりだ。

 

 女神ルルクス様。

 わたくしと一緒に堕ちてしまった女神様。

 わたくしが守りきれなかった、愛おしく敬うべき女神様。

 月の都で愛し合った記憶は、今ではもう思い出すこともできない。

 

 魔に堕ちエスペランサ様への復讐を誓うルルクス様もまた、壊れてしまっていた。

 

 でも──壊れきっていなかった。

 いや、壊れているのかもしれない。

 それでもあのお方は月の女神ルルクス様だった。堕ちてしまっていても、姿すら違くても、遠い記憶の向こう側で微笑むあの姿と重なった。

 

 安心した。

 わたくしは間に合わなかった。

 でもルルクス様は一人で耐えて、その果てに新たな使徒と巫女を見つけた。魔に堕ち世界に闇を齎すだけの神ではない。元の、人々を慈しみ闇夜に銀光を照らす月の女神ルルクス様としての側面も残していた。

 

 わたくしに出来ることは、ほんの少しでもルルクス様のお気持ちを楽にすること。

 そして、エスペランサ様にとっての不利益をもたらすこと。

 

 わたくしの告げた要求に静まり返った場で、そのまま二の句を続ける。

 

「……わたくしは、エスペランサ様の使徒としてたくさん働きましたわ。陰部に生えた汚物で老若男女問わず陵辱致しました。己がされたことを、他者に強いてきました」

 

 そう言いながら、右腕で左の手首を握る。

 何をするのかと訝しげに見つめるルルクス様に見せつけるように、そのまま右手に力を込めて、手首を握りつぶした。

 

 ──べチュッ!!

 

「なっ……にを!?」

 

 骨が砕け肉が弾け血が噴き出る。

 突然の行動に、あちらの巫女が驚愕の声を挙げた。

 

「もう、痛みも感じませんの。だというのに、記憶に残った陵辱の苦痛だけがずっと残り続ける。どれだけ洗っても体液に塗れている感覚がする。髪を何度引きちぎったかもわかりません。口も熱湯で濯ぎました。身体も、何度傷つけたかわかりません。なのに、なのにわたくしは、自分がされた行為を他人に押し付けることに、ひどく興奮する……」

 

 どくどくと血が流れ出る。

 千切れて地面に落ちた手も誰かに弄ばれているような感覚がした。

 

「生きていては、いけないのです」

 

 わたくしは死んでしまった方がいい。

 そして、わたくしは死にたいと思っている。

 なら、死ぬべきだ。

 

「ですので、ルルクス様。どうかわたくしを滅してくださいませんか?」 

 

 神の力によって不死身になった。

 ならば神の力で滅べるでしょう。

 使徒が滅んだところでエスペランサ様は気が付かない。

 もう千年以上わたくしは声を聞いていないのですから、いなくなってもわからないでしょう。

 この世界にいるのかどうかもわからない。

 神とは次元の違う存在だ。

 飽きて別の星に、なんて可能性も高い。

 むしろ、そうでなければ、魔を撒き散らすルルクス様を放っておくわけがないのだから。

 

 勝手に生えた血まみれの手をもう一度握り合わせ、祈る。

 

 ルルクス様の瞳は、揺れていた。

 

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