ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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167 信じて送り出した弟子が聖女との聖戦にドハマリするなんて……

 

「…………そんな……」

 

 〈深淵の森〉より戻ったマリアンヌとカトリーナの報告に、ヴァシリは立ち竦む。

 

 悲痛な表情で、涙混じりに語られた現状。

 聖女エヴァンジェリンは敵ではないが、彼女自身ですら抑えられない獣欲を持っており、落ち着かせる為にフィンが単身祠へ残った。

 マリアンヌとカトリーナが身を投じることは許されなかった。

 フィンは盾役として、男としてのプライドをかけて戦っている。

 

 愛弟子が身体を張って、これまでの盾役としての領分ではない悍ましさすら感じるような身の差し出し方をしていることを知って、彼女は立ち眩みを覚えた。

 

「ひっ、わた、わたしっ、なにもっ、なにも出来なくてっ……! もう、もう、死んでしまいたいっ……!」

「マリアンヌ……」

 

 泣き崩れるマリアンヌをカルラが抱き締める。

 カルラの視線は一人のハイエルフへと向けられていたが、向けられた張本人は目を閉じ首を横に振った。

 

「マリアンヌちゃん……休みましょう。無理してはいけないわ」

「でもっ、わたしが一緒に、居たのにっ、また守られてばかりでっ! もう、いやだぁ……!」

 

 慟哭するマリアンヌをカルラが宥めながら別室へと向かう。

 

 この場に残るのはそう多くはない。

 マリアンヌと共に戻って来たカトリーナと、この一団を率いる立場のヴァシリ。

 後はアリシアとアストレアだ。

 気絶した、もしくは身動きの取れなくなった者達に関しては【超滅】のメンバーが近くで待機している。

 

「…………今度は、弟子に身体を売らせて生き延びてしまったか。ははっ、なにが師だ。笑わせる……」

「ヴァシリ……あまり思い詰めちゃダメ。こんなの、どうしようもなかったんだから」

「……どうしようもない、か。それを避けたくて、足掻いたんだよ」

 

 ヴァシリはヨハンに出会い、己の末路を知ったことで世界に抗うことを決めた。

 

 いずれ来る死を避ける。

 ただ死ぬのならばまだ納得できた。

 寿命で死ぬと言われればそうだろうとしか言うほかなく、犯され、苦痛に喘ぎ、自我を喪失するような責め苦の中で死ぬ。そんな風に言われれば逃げたくもなる。

 ヨハンに受けた教えを再現し、発展させ、世に普及させた。

 すべては己の死を避けるため──アリアとフィンに出会うまでは、ずっとそうだった。

 

 二人に出会ってからは、それも運命かもしれないと受け入れつつあった。

 

 例え自分がそうなるとしても、早い段階で〈聖剣〉を手に入れて教育を受けたアリアは著しい成長を見せていた。

 故に、自分が死んでもきっと世界は大丈夫だ。

 そんな風に思えるようになった。

 だが、救われてしまった。

 置いて行った弟子に命を代償に救われていた。

 

「…………なあ、アリシア。どうすれば、フィンは幸せになれるんだ……?」

「そ、それは…………」

 

 答えられず、アリシアは目を逸らす。

 

「…………いや、すまない。泣き言を……後悔は幾らでも出来るが、今はフィンと、聖女のことを考えなければ。なにか案はあるかい?」

「……とりあえず、女神様がどこまで力を貸してくれるか次第だけど、祠の周囲に住居を作るしかないんじゃないかしら。神の領域に住んだ場合の影響がわからないけど……」

「エヴァンジェリンには問題ないだろう。我々が暮らすとなると、些か魔が濃すぎる。私は種族的に問題ないが────……」

 

(…………エルフより魔に近い。それが私達ダークエルフだと言われてきた。住んでいた地は今となっては〈深淵の森〉と呼ばれているが、あそこは月の女神ルルクス様の都があったと言っていたな。それに比べてエルフ達は違う。魔に適応した結果なのか? それとも……)

 

 エルフという種族は何か。

 昔、なぜエルフとダークエルフ、またドワーフなどの亜人と呼ばれる種族がおり、ヒトはヒトなのかとヨハンに聞いたことがある。

 

 ヨハンは知らないと前置きしつつ、己の考えを述べた。

 

『メタ的に考えりゃあリョナエロゲだからだろうが……ファンタジーってのはそういうもんなんだよ。この、土台になった物語に登場した。その物語に登場した奴も元を辿ればどこかの神話の何かしらの怪物だったりするしな。案外、神が創ったなんてこともあるかもな。リョナエロゲファンタジー世界だし』

 

「……な、なにかしら。急にじっと見て」

「いや……ハイエルフを魔に浸したらダークハイエルフになるのかと思ってな」

「それは貴女でしょ……」

「まあ、そうだが……そもそもエルフ、ダークエルフとは何なんだ? 数千年前からいるのに神々の情報が一つも残っていないなんてことあり得るか? 口伝で何百年も連綿と語り継がれる掟なんかもあるというのに、なぜ我々は何も知らないんだ?」

 

 ヴァシリが生まれた時からエスペランサ教が主流だったが、そもそも女神エスペランサの姿を見たことのある者は里に一人もいなかった。それどころか存在したのかどうかもあやふやで、ただ信じる概念だった。

 

(ルルクス様は私を闇森人と呼んだ。つまり存在自体はしていたのか? いや、後世に学んだ可能性もある。一概にそうだとは言えん。……直接聞いた方がいいな)

 

「まだまだ世界は謎に包まれている、ということか……」

「……そ、そうね。それじゃあヴァシリ、話を元に戻すけど……」

「ん、わかってる。ルルクス様に伺っておくよ」

「それなんだけど、私の方から通しましょうか? なんだかヴァシリと相性良くなさそうだし」

「承知の上さ。疎まれているかもしれないが、だからと言って役目を他人に投げ渡す程無責任じゃない。相手は確かに強大で私のことを殺すかもしれないが、それに怯えて弟子や仲間に任せるなんてのは……もう、たくさんだ」

「え、ええ……そう。立派ね、うん……」

 

 アリシアはなんとも言えない顔でヴァシリの決意を読み取る。

 

 そんな時だった。

 二人の会話を聞いていたアストレアが、耳をピクリと動かした。

 

「────姉さん。フィンが戻って来た」

「!」

「!! ……そうか。様子はどうなっている? 時間で言えば、およそ三時間は経つが……」

「……わからない。ただ、一人ね。聖女はいない。足取りも……ちょっとぎこちないけど、普通かな」

 

(足取りがぎこちない……? …………あっ……)

 

 アリシアは何となく何が起きたかを悟った。

 

 以前、嫌よやめてそれだけはしたくないとアリシアが拒否したのに押されて流された時の記憶が蘇った。

 

「…………えっと、多分、大丈夫じゃないかしら」

「……ふむ。どれほどで到着する?」

「そんなに時間はかかんないわ。大体十分くらいでしょうね」

「なら迎えに行こう。それくらいはしてもいいだろう? ……なんて声をかけてやればいいか、私にはわからないが……目を逸らすことはしたくない」

「そ、そうね……」

 

 ヴァシリの真摯な言葉にアリシアは呻きたくなった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「フィンっ!」

 

 外で待つ事およそ十分、予測通り拠点まで戻って来たフィンの姿にヴァシリは思わず駆け寄った。

 

 周りにはルルクスの姿もない。

 今もまだ共にいるのだろうが、少なくとも、最悪には至ってないと安堵する。

 

 ──しかし、その安心は、即座に打ち砕かれる。

 

「…………あ、ああ、師匠か。ただいま」

 

 汗で張り付いた髪。

 紅潮した肌、口元に付着した毛。

 鎧姿だがどこか呆けた表情で、その瞳には艶めかしさすらあった。

 

「…………ぁ……」

 

 それを見て、ヴァシリはマリアンヌの慟哭の意味を、正確に理解する。

 

 彼女は身体を差し出すことの重さを知っていた。

 聖女としての活動を肩代わりするようになってから、乱暴をされる男女の治療も務めている。故にわかるのだ。強者に蹂躙された弱者の姿を知っている。

 

 ズキリ、と胸が痛む。

 盾役だとか、弟子だとか、そんなのはどうでもよかった。

 自分が子供の頃から知っていて、育てて来た子が、自ら身体を差し出して凌辱された。その事実を見せつけられたヴァシリの瞳孔が開く。

 

「…………ぁぁ…………」

 

 臓腑が煮えくり返る。

 己への怒り、神への怒り、世界への怒り。

 弟子に助けられなければ何も出来なかった自分の愚かさが憎い。フィンが身体を差し出して凌辱されたのに、何も出来ない自分が憎い。

 死んでしまえとすら思う。

 死んでしまいたいとすら思う。

 だが、自分が簡単に死ぬことは許されない。

 己の命はフィンが命懸けで繋いだものなのだから。

 

「…………師匠、大丈夫だ。心配しなくていい」

 

 フィンは、そんなヴァシリの精神状態を察したアリシアの目配せで察して話し始める。

 

「俺は平気だから。これくらい、へっちゃらだ」

 

 そう言って、フィンは微笑む。

 

 ヴァシリは膝から崩れ落ちた。

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