ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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17 ヴィオレット・オリエント①

「──ガオオオオオオォォォッ!!!」

 

 咆哮。

 ビリビリと大気が歪み衝撃により瓦礫を吹き飛ばされ高速で飛来していく。

 それらを大盾で防ぎながら、左目だけ盾の範囲から外しフィンはモンスターを観察する。

 

「フィ、フィンさん……どうすればいいの? どうしたら……」

「じっとしてろ」

 

 ──ゴガッッッ!!!!

 

 音よりも風よりも速く、モンスターの拳がフィン目掛けて振るわれる。

 だがそれを大盾で弾き、バッシュにて押し返す。

 

 ゴアッッ!!

 それだけで風が吹き瓦礫が飛んでいく。

 だが防がれた事を特に気にすることもなく、モンスターは筋肉を膨張させ追撃する。

 

「シャアッッ!!」

 

 それはまるで破壊の権化であった。

 両手足を使い、一挙手一投足で人間の命を容易く奪う破壊が渦巻く。

 当たれば無事では済まない、かすっただけで大怪我は免れない雨のような攻撃に対し、フィンはその場に足を固め踏みとどまり腰を落とし構えるのみ。

 

 ────ゴッガッドガガガガガッ!!!!!

 

 右から飛んできた拳を弾き、左から飛んできた蹴りを弾き、同時に放たれた拳を弾く。

 あまりの速度に視認も困難なほどだが、フィンは全てを防ぎ切った。

 

 瞬き一つの刹那に行われた攻防。

 気が付けば足元から瓦礫は消え失せ、周囲を高い瓦礫の壁に囲まれたフィールドを形成されてしまった。

 

 逃げることの出来ない場へ追い込まれたフィン。

 だが、その顔に焦りはない。

 

 しかし、懐で抱き締められたままのヴィオレットは混乱の最中にあった。

 

 彼女とて冒険者の端くれ、モンスターとの戦闘経験は十分に積んできた。同年代の貴族と比べれば戦闘力は圧倒的に高いだろう。

 

 それでも決して天井ではない。

 先ほどの攻防で敵が強者であることを悟り、逆立ちしても勝てないことも理解した。

 自分に出来ることはこの場における強者であるフィンの邪魔にならないように、どうすればいいか聞き従うことだけ。

 

 ヴィオレットは愚かではない。

 貴族社会の常識はともかく、冒険者としての常識は身に付いている。

 故に、この場で自分が取れる最適解が何かはわかっていた。

 

(──私がここで死ねば、フィンさんの邪魔にはならない……)

 

 金等級冒険者の強さは知っている。

 それでも目の前のモンスターに絶対勝てるとは思えなかった。

 咆哮一つで瓦礫を吹き飛ばし、人類三人分を越す体躯を持ちながら目にも止まらぬ速さで動き攻撃を行ってくるのだ。

 

 ヴィオレットだけだったなら先程の不意打ちで死んでいた。

 死ななかったのはフィンが庇ったからだ。

 

 庇う、という選択肢を金等級冒険者に与えてしまう。

 その時点で命を捨てるのが最適解だと理解できた。

 理解できてしまった。

 

(死ねば──邪魔には、ならない。死ねば……)

 

 ヴィオレットとて一端の冒険者だ。

 それでも、自死を即座に選べるほど極まっていない。

 これが魔王軍との前線で戦っている騎士や冒険者ならば非難されるかもしれないが、彼女はまだ学院に通う子供だ。

 

 他の貴族同様学業に勤しみ伝手を構築して穏やかに大人へ向かっていく段階であって、決して命を投げ捨てることを強要される立場ではない。

 

 冒険者になった以上、死ぬことは覚悟している。

 だがそうだからと言って、すぐに死を受け入れられるかどうかは別だ。

 

 迫る死に対する恐怖がこみ上げ、胃液を吐きだしそうになる。

 

 だが、それを飲み込んで、顔を青褪めさせながら、ヴィオレットは深呼吸をした。

 

 息を一度吸って、吐く。

 

(ダメでしょ、それは。しっかりしろ)

 

 弱気になった自分を振り払う。

 

 ──平民に生まれ、弱肉強食の世界で育ち、貴族に迎え入れられた。

 貴族になればこれまでのような思いをしなくて済むと思ったのに待っていたのは厳しい教育と蔑み。貴族でさえも弱肉強食で、大貴族に媚びへつらい生きていかねばならぬことを知った。

 

 ヴィオレットは、強い男に取り入って生き残ることを選んだ。

 学院に入学し、収入を上回る高額な衣装を購入し容姿を整えた。

 少しでもいい女だと思われるように、少しでも強い男を捕まえるために。

 女に嫌われることも厭わず、とにかく強気に取り入った。

 

 蔑まれ売女や娼婦などとも陰口を言われた。

 呼び出され水をかけられ服を破られたこともある。

 それでも、強い者に取り入って生きるしかないと信じて貫いた。

 

 だと言うのに、縋った男はお先真っ暗だったと知った時、彼女は周囲の目も気にせず泣き叫んだ。

 

 終わったと思った。

 恨みは買ったし敵意も抱かれた。

 それでも男に媚びたのはそうしなければ生きていけない、そうすることで将来強くなれると信じていたからだ。

 

 それが全て破綻し、絶望にうちひしがれた。

 

 もう、勝ち上がる術はない。

 自分はこのまま、死ぬまで弱者として虐げられていく──泣き叫んでいた彼女を止めたのは、シャルロットだった。

 

 お飾りの王女。

 身分はあっても誰も敬っていない王女。

 陰口を叩かれ、蔑まれ、それでも王女としての役割を全うしようとしている強い女性。ヴィオレットはその日初めて、友人というものを得たのだ。

 

(幸せだったなぁ)

 

 元平民相手に「私も自分で狩猟とかしてるから」と何の壁も持っていなかったルシール。

 貴族じゃなくなることを受け入れ己の力で生きていく決意をしていたクロエ。

 そして、ヴィオレットを絶望から掬い上げたシャルロット。

 彼女らとの冒険者活動で得られた充足感は、初めて彼女の人生を輝かせたのだ。

 

(幸せだった。だから──みんなの良い人には、死んでほしくない)

 

 ルシールも、クロエも、シャルロットも。

 全員がこのフィン・デビュラという男性を好意的に見ている。

 元々男性に対する女性の目線に対しては機敏で、第二王子派の令息を相手にしていた時はよく取り巻きのお嬢様と戦ったものだ。

 

 ルシールは伯爵令嬢としての将来がある。

 クロエは独り立ちしても生きていける強かさがあり、シャルロットはこれからもっと力をつけていくだろう。

 

 でも──ヴィオレットに展望はない。

 たかが男爵令嬢、しかも元々平民であった彼女は貴族社会において塵芥と何も変わらないのだ。ヴィオレットに近寄ってくるのは相手が誰でもよくうまい蜜だけ啜ろうとする寄生虫だけ。家柄も何もない彼女には、それ以外で近付いてくる相手が居ないと思っている。

 

 いずれ足を引っ張ることは目に見えていた。

 

 ならば。

 それならば、今ここで有意義に命を使おう。

 

 睨み合いを続け場が硬直している中、ヴィオレットは覚悟を決めた。

 

「────フィンさん。私のことは、見捨ててください」

 

 金等級冒険者ならば正しい判断をしてくれる。

 失敗ばかりしてきた人生の、最後の最期で役に立てるなら──それでいいと思えるから。

 

 フィンは視線をヴィオレットに向けた。

 その瞳には、観察するような色と僅かに驚きが混じっていた。

 

 フィンが口を開く前に彼女は言葉を続ける。

 

「お荷物なのはわかってます。だから、捨ててください。誰も怒りません。私、なんちゃって貴族だし」

「だけど、その代わり……勝ってください」

「姫様が、みんなが、あなたに生きて欲しいと思ってるから。私の代わりに、どうかみんなを……」

 

 うまく笑えているだろうか。

 本当は死にたくないし、怖くて仕方ない。

 それでも、ヴィオレットにとって一番怖いのは、友人が傷付くことだ。

 

 怪我をすることよりも、怖い思いをすることよりも、死ぬことよりも、友人が泣くほうがずっと嫌だ。

 

 懇願するように、青褪めた表情で呟くヴィオレットに対し、フィンは─―一切表情を変えないまま答えた。

 

「断る」

 

 ヴィオレットは一瞬、何と言われたか理解できなかった。

 

「……え、いや、でも私がいたら、攻撃も出来ないんじゃ」

 

 フィンは左手で盾を持っている。

 では右手は何をしているかと言えば、ヴィオレットを抱いているのだ。

 襲い掛かってくる直前に握っていたメイスは彼女を庇うために落とした。

 

 右手が封じられ、なおかつ武器がない。

 

 そんな状態でどう戦うのか。

 ヴィオレットの疑問は当然のものだった。

 確かに防御技術は圧倒的で、たとえこのモンスターが相手でも防いでくれるのではないかと希望を持てるくらいだ。

 

 それでも足手まといを一人庇っているのは弱みに他ならない。

 

 考えれば考えるほど、自分を守る利点がない。

 

「悠長にお喋りとはな!」

 

 会話を隙と捉えたのかモンスターが動く。

 先程までの突撃一辺倒ではなく、瓦礫の壁を利用し縦横無尽に駆け巡る。

 後ろ、前、横、上──風を裂く音よりも早い攻撃に、フィンはヴィオレットを懐に抱えたまま対応する。

 

 当然、多方向からの攻撃となれば完璧には防げない。

 

 フィンが優先したのは重大なダメージとヴィオレットのみ。

 

 盾で受け、流れるように顔目掛けて蹴りが放たれる。

 それを右肩で強引に受ければ鎧が砕け散り骨にまで影響が出る。

 ダメージの残る部位を放っておくような甘さをモンスターは一切見せない。怪我をした右肩を中心に攻め、対応されるようになれば別の箇所を攻める。

 

 右肩。

 左足。

 右わき腹。

 左肩、右足、背中、左手、顔。

 

 少しずつ防げなくなっていく。

 それをヴィオレットはずっと腕の中で見ている。

 本来なら自分よりも強くて頼れる人が、自分を庇ってるせいで傷付いていく。

 

 なのに、庇われている自分にはかすりもしていないのだ。

 

 それは、フィンが徹底的に守っているからである。

 

「ぁ…………だめ……」

 

 右肩が砕ける。

 動かせるわけもないのに、フィンは筋肉を使って強引にヴィオレットを抱えた。

 

 左足が折れる。

 膝を的確に蹴り砕かれながら、痛みを押し殺し地面に足を突き刺して堪えた。

 

 腹部が殴りつけられ鎧が砕け破片が肉を破った。

 左肩の装甲が砕け、右足も膨れ上がり、背中は何度も殴りつけられ無事な部位がなくなって、左腕も二の腕までを何度も殴打され盾を持つ力が失われつつある──筈なのに。

 

 フィンは表情を歪めるだけで、ヴィオレットを放そうとしない。

 

「だめ……だめ、だめだめっ、だめだよフィンさん! 死んじゃう! 死んじゃうよ!」

 

 ──ゴッ!!

 

 こめかみを殴られ首が捻じ曲がる。

 

 それは、曲がってはいけない方向に大きく歪んだ。

 

(ぁ────……死、ん……)

 

「────っ……!!」

 

 しかし、フィンは死んでいない。

 ぐぐぐ、と筋肉が動き、首が元の姿へと戻る。

 人間離れした動きにぞっとするが、それ以上に、フィンの表情に動揺する。

 

 それは、死人のようだった。

 痛みを押し殺したような声が漏れ、痛みを堪えているのがわかる。

 

 左目は潰れ、頬は腫れ、口からは血が流れていた。

 度重なる胴体への攻撃で内臓を痛めたのか、口が切れたのかヴィオレットには判断出来ない。

 

 なんで?

 どうして?

 

(どうして──そんなになってまで、私を守るの?)

 

 わからない。

 ヴィオレットは何もわからなかった。

 自分が居なければ、フィンはもっと有利に戦っていた。ここまで一方的に痛めつけられることはなかった。

 どうして。

 なんで。

 圧倒的強者が、どうして、自分のような足手まといを守るのか。

 

 ヴィオレットには理解できず、湧きあがる衝動のままに叫んだ。

 

「──なんでっ! 私を見捨ててよっ! そのままじゃ死んじゃうのにっ……!」

「……見捨て、ないさ」

 

 ヴィオレットの慟哭に、フィンは小さく答える。

 

 はぁ、ふぅ、ヒュ……。

 か細い呼吸を重ねながら、ヴィオレットの目を見た。

 

「おれは……盾、だからな……君も、守るんだ」

 

 腫れて出血し、眼球が潰れ見るも無残な顔をしている。

 

 なのに、だけど、それなのに──ヴィオレットは、どうしようもないほど、見惚れてしまった。

 

「────その身体では動けまいっ! 死ねッ!!」

 

 モンスターが咆哮と共に踏み込む。

 

 盾を握る左手すらも負傷している中、すでにフィンは十分な戦闘能力を発揮できない。

 

 打つ手なし。

 ヴィオレットは、フィンの顔から拳へと視線を移した。

 先程まで見えていなかった拳が見える。

 でも身体は動かない。

 死の直前、走馬灯のように感じた。

 

(────もっと早く、出会えてれば──)

 

 迫りくる拳がフィンの頭に直撃する──その寸前で、何かが触れる。

 

「ぇ」

 

 ソレは手だった。

 鎧を纏った手。

 盾を握り締めていた手が、モンスターの拳を避け、手首を掴んでいた。

 

「な」

「────やっと、大振りしてきたな」

 

 フィンはそのまま膨れ上がった二の腕を強引に動かして、モンスターを背後へ叩きつける。

 

 ────ドバッッッ!!!!!

 

 衝撃が瓦礫の壁を吹き飛ばす。

 大地が歪み大きな円形の穴が空いた。

 

「ガッッッ……ハッ!!」

 

 己の力を利用した一撃に、モンスターは血を吐く。

 

 たった一撃、されどその威力は計り知れない。

 

 そのインパクトに痙攣しているモンスターを尻目に、フィンは呟く。

 

「確かに俺は、三人と比べれば、弱い盾役だが……」

 

 そして、そっとヴィオレットのことを放す。

 きょとんとした表情でその場に尻もちをついた彼女を守るようにモンスターの前に立った。

 

「耐えることには、定評があるんでね。根競べと行こうじゃないか」

 

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