「────……はぁ~、とりあえず一通り終わったわね……」
ぐいっと腕を伸ばし、肩と背中もついでに解すために後ろへぐぐぐっと引く。
するとアリシアさんの豊満な胸が強調され、非常にイヤらしい。
視線を誤魔化す為に俺もぐぐいっと腕を伸ばすが、ついで股間のフィンフィンもぐぐぐっと伸びてしまった。
なんだかんだ書類整理に半日使ったからな。
その分使っていない部分は元気になっている。
「うむ。一旦相手の処理待ちだ。ご苦労だったな、アリシア殿」
「いつもヴァシリに丸投げしてるし、こういう時くらいはやんないとねぇ。カルラにアリーシャ、フィンくんも……手伝ってくれて助かったわ」
「気にするな。大したことは出来てないんだ」
文字の読み書きくらいは出来るが数字を動かすようになるとちんぷんかんぷん。
当然ながら税金関係のことなんて全くわかっていない。
脳が理解を拒んでしまうのだ。
ほとんどセリナに言われるがままにやってたからな……
まったくもーなんて言いながらあれこれ教えてくれたお陰でなんとか犯罪者にならずに済んだ。時折両親や師匠への文句もセリナは言っていたが、そう悪い人じゃないんだと言うと、毎度なんともいえない悲痛な表情で見られたな。
あれはなんだったんだろうか。
頭悪すぎるガキを何とかまともにしようとした師匠の悲哀がわかったのかね。
「俺もマリアンヌにまかせっきりだからな。少しくらい出来るようにならないと呆れられちまう」
ちなみにカルラはこういう作業をそこまで苦としない。
東方諸国における貴族の娘だからね。
当たり前だが剣を振る以外の教育もしっかり受けているので基本的なスペックが高いのだ。つくづく、【払暁】は俺以外大したメンツを集めたもんだ。
「さて、俺は師匠とマリアンヌの見舞いに行ってくる」
師匠に関しては急に倒れちゃったしさ、心配だ。
最近、みんな精神的に追い詰められてるのか体調を崩しがちだ。俺は師匠のおかげで精神が不調でも問題ないけど、慣れてないとほんとキツい。俺に出来ることはないかもしれないが、少しでも力になれればそれでいい。
「あー……そ、そう。どうしましょ、私も行こうかしら」
「お。一緒に行くか」
「……私も行こっかな〜。おにーさん、トドメ刺しそうだし」
「おいおい、俺が師匠にトドメなんて刺さるわけないだろ」
仮に師匠が死にかけでもぶっ殺される自信がある。
寝込み襲って倒せるような甘い人じゃない。
たとえ調子が悪かったとしても、反応されてそのまま魔術でなすすべなく殺されて終わりだ。
『いいですね、行きましょう。闇森人にトドメを刺しに行きます』
闇マリは師匠のことになると邪神になるよね。
『はい。邪神として見過ごせません。我が使徒の心を善に寄せた悪の首魁ですから』
いいことだろ……
ていうか、なんとなく察してたけどやっぱり俺の本質ってそっちなんだ。
なんかショック。そりゃアリシアさんとかとエッチした時に「なんか俺いつもと違うな」とは思ってたけどさ。
やっぱりそっち系か〜……
『……ま、今更どうでもいいことだけどね。我が使徒、なにしても堕ちないし。仮に我が使徒を完全に落とすとすれば周りの女全部使わないとダメね。徹底的に全てを奪って、我が使徒の無力感を極限まで煽る。そうでもしないとスタートラインにすら立てないわ』
そんなことしたら闇マリと縁切るからな。
絶対にやるなよ。
やられたらやられたで悦ぶから本当にやんなよ。
フリじゃないからな。
やったら絶縁だかんな。
『やんないわよ。それに、業腹だけど感謝もしてる』
感謝?
師匠に?
『ええ。我が使徒と会うまでは間違いなく私は邪神としての性質しか持ってなかった。でも、我が使徒を選んで、宿って、過ごしていくうちに本来の性質が少しずつ戻っていった。我が使徒は力を供給してくれるけど、それでも善性を保とうとし続けたからかしらね』
師匠の顔に泥を塗るわけにゃいかんからな。
俺は、そうでもしないとコロッと落ちてしまいそうだった。
だから必死に思ってたんだ。今もそう思ってる。いや、そう思えるようになったのかな? 長年そうやって自分に言い聞かせ続けて、いまはそれが当たり前になった。嫉妬もしてたけど、いつしかあまり気にならなくなっていった。
成長したんだなぁ……
『いや……それは成長じゃなくて……まぁいいでしょう。私にはなんの損もありませんから』
「──よし、それじゃあ行きましょっか、フィンくん」
「ん。おお、アリシアさんが行くのか。アリーシャは?」
「私は晩御飯の準備するからカルラちゃんと一緒にやるよ」
「カルラちゃ……そういえば年上だったな」
ちゃん付けされて驚くカルラだったが、年齢的にはアリーシャの方が上だ。
「えへっ♡ 嫁入り前に料理覚えていいお嫁さんになってあげるね♡」
「おおっ……グッときた」
嫁入り前に床入りしてんだけどね笑
「うぎぎぎぎぎっ!!」
「!!?」
「!!?」
「!!?」
「……フッ、なんだ。アリーシャはいいお嫁さんになるな」
「……あのさ、フィンくん。闇のマリアンヌちゃんに叱られて悦ぶのやめよ?」
「!? な、なぜわかった……!?」
「闇のマリアンヌちゃんが怒ってフィンくんが悦んでの流れが毎度伝わってくんのよ……!」
『くぅ〜! 流石はアリシア! よくわかってるじゃない! あんたも苦しむのよ』
名前呼び!?
森人呼びですらない!?
カルラとアストレアの四年間に追いついたというのか!?
『そりゃまあ、唯一私の苦労を共有できる相手ですもの。ちゃんと
そうか……アリシアさんも、か……
嬉しいな。
俺のことを最初に見つけてくれた人だ。
死ぬまで、いや、死ぬ時すら来ないのかもしれないが、俺という存在が消えるまでずっと隣にいてもらおう。
「…………な、なにかしら。フィンくんじっとりしてるけど……」
「あー…………いや、アリシアさんは一生俺と一緒にいるんだなって」
「なに!? なにを言ってるの!? なにがあったの!? 闇のマリアンヌちゃん!? その感情はなに!? なんで喜びながら嘲笑ってるの!?」
「あはっ♡ 神様に愛されちゃったね、姉さん♡」
「神は神でも邪神じゃないのっ!」
『誰が邪神ですか!!』
「オゴォッ!?」
「!?」
「!?」
「!?」
「あ……アリシアさん。すまないが、邪神呼びは……」
「あっ……ご、ごめんねフィンくん。闇のマリアンヌちゃんも……」
「いや、俺は気持ちいいからいいんだが、気持ち良すぎて堪えられなくてな。人の目がないところでだったらいつでもウェルカムだ」
「ああ、うん……そうよね……」
ため息を吐くアリシアさんと、ジト目のアリーシャが印象的だった。
◇◆◇◆◇◆
フィンが帰還した時にショックのあまり倒れてしまった。
意識は戻ったし身体も問題なく動くが、一度休めと言われてしまっては強引に動くわけにもいかない。
それに、私はルルクス様に嫌われている。
エヴァンジェリンはルルクス様の昔の使徒だったと聞く。
互いに色々なことがあったが、少なくとも、フィンを苦しませるために使う程度には嫌ってないようだ。私はハッキリ言って、フィンを凌辱したエヴァンジェリンとルルクス様を許せそうもない。
悟られるわけにはいかない。
相手は邪神だ。
私の感情・思考を利用してさらにフィンを痛めつける……そんな可能性もあり得る。
だから今は一度休んで、精神を落ち着かせた方がいい。
そう自分に言い聞かせて、窓から夕暮れの空を見上げている。
「っ…………」
目を瞑ると、さっきの姿がフラッシュバックする。
これまでの人生で尊厳を犯された人の姿はいくつも見てきた。
男女問わず、乱暴を働かれたり、自分の大切なものを奪われたり……生きる気力を失ってしまうような目に遭った人達の姿は、ひどく残酷だった。
私も、アリアも、アリシアも、全員凄惨な目に遭う未来が合った。
それを避けるために私は足掻いた。
足掻いて足掻いて、三千年の時を生きて、勇者に出会って、聖剣を託して、旅をして──置き去りにした弟子が全てを解決した。魔王軍を倒したのは私達だ。
それでも、最も重要な起点を壊したのはフィンとマリアンヌだった。
これからはフィンのことを大切にしよう。
これからはフィンのしたいことを優先しよう。
これからはフィンのことを守っていこう。
もう二度と置き去りにしないために。
そう思っていた矢先、起きた出来事。
信じられない。
信じたくない。
幼い頃から世話をしてきて、師として愛情を注いできた愛弟子が、女神の手先に犯された。自分が被害に遭うのとは全く違う嫌悪感。
耐えられなかった。
邪神に囚われ、邪神に翻弄され、女を守るために性的な意味で身体すら投げ出して……そこにフィンの人生はあるのか?
あるわけがない。
フィンはもう囚われて抜け出せないんだ。
誰のせいで?
そんなもの────
「…………私のせいだ……」
何もかも全て私のせいなんだ。
ヨハンに出会い、ヨハンの知恵を授かり、運命を覆すために世界を旅した。
アリアに出会うまでの焦燥した日々も、アリアが成長するまでの日々も、どれもいつまでも覚えてる。フィンとの日々は短かった。だが、何よりも濃密で、尊い日々だった。
私があの時聖剣を渡していなければ、アリアはフィンを轢かなかった。
村への襲撃は発生していたが私が抑えればなんとかなっただろう。
だが、フィンが王都に行かなければ、カルラやマリアンヌ、アストレアは死んでいた。私も例の使徒に殺されていたかもしれない。
…………。
待てよ……。
もし私がフィンを育てなかったらどうなっていた?
彼は元々アリアを置いていこうという気はなかった筈だ。
そして家を継げるような立場でもない。
畑を継ぐのは長男だ。
家を出て行かなければならない。
つまりフィンは、なんの下地もない状態で冒険者になっていたかもしれない。それこそ、今のメンバーに出会うこともなく、ただの盾役として……。
……生き延びれただろうか。
わからない。
いや、でも、どの道あの瞬間、一度死を迎えているとルルクス様は言っていた。
ならば…………。
フィンは…………なにがあっても、必ず死んでいたとでも言うのか……?
フィンは、絶対に、どう足掻いても、こうなる運命だったとでも言うのか?
ゾッとする。
だが、だからと言って、フィンを巻き込んだ罪は消えない。
私がフィンを地獄に引き摺り込んだ。
私がいなければフィンはこれより先に死んでいたかもしれない。
だからと言って、その死は今の苦しみを上回る絶望だっただろうか。
死ぬこともできず、かといって神の力を得るわけでもない。
ただ人の身に許された力で、ただ死なないだけの傷つく身体で仲間を助け続ける。
死んでも死なない。
腕が吹き飛ぼうが、足が無くなろうが、腹を貫かれようが……身体が溶けても、消えても、残り続けるのだろうか。
そうなったらフィンは、フィンを、どう助ければいいんだ?
助けられるのか?
助けられないと、困る。
だって、フィンが塵になっても生きているとして……私にそれを見つける手段は、ないんだ。
そんなの……人が迎えていい末路じゃない。
私は、あんなに気高い少年を壊してしまった。
もっと大々的に手厚く支援してやるべきだった。
彼のことをもっと認めてやるべきだった。
周りの声なんて気にさせずに、彼に向けられた憎悪も嫉妬も声も力も何もかも、全て遮ってあげるべきだった。そして育てるべきだったんだ。弟子を守れない師匠などゴミクズだ。私はクズだ。弟子の命を吸い取って、今日を生きている。
許されるわけには行かない。
許されてはいけない。
私は……なんとしてでも、なにをしてでも、フィンのことを救わねばならない。
「おおい、ヴァルバロッサ。デビュラとアリシアが見舞いに来たぜ」
そうか。
ならちょうどいい。
謝らねばなるまい。
もしも彼にトラウマが刻まれてしまっていたら……アリアに顔向けできない。
フィンを壊す最初の一歩を刻んだのは私だ。
責任は、取らなければならない。
この身体を使ってでも……。