ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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173 マゾバレダークエルフ師匠

 

「……はい、これ。気休めだけど、胃に何もないよりは良いわよ」

「……すまない……」

 

 湯気の上がるティーカップを手渡してアリシアは椅子に座る。

 

 受け取ったヴァシリは目元を赤く腫らしつつも、既に冷静さを取り戻したのか落ち着いた様子だった。しかし、その声は暗く元気もない。精神的に受けた衝撃が大きく、そう簡単に振り切れるものではないのだから。

 

「…………フィンは……どうしてる?」

「…………今はとりあえず、アストレアとカルラに任せた。マリアンヌちゃんとアリアにトドメを刺されるわけにもいかないし」

「トドメか。言い得て妙だな」

 

 乾いた笑いをこぼしてヴァシリが言う。

 

「フィンは何一つ悪くないんだ。私達が過去に積み上げてきたことの全て、彼に甘えていただけだったに過ぎない。それが巡り巡ってフィンを追い詰め、壊した。私はフィンを救ったのかもしれないが、フィンを壊したのもまた私だ。……この重荷を、アリアには背負わせたくない」

「ヴァシリ……」

「背負わせたくないが……もう、無理なんだろう?」

 

 その問いに、アリシアは力無く頷いた。

 

「ええ、もう無理よ。私達の思う、理想のフィンくんは居ないの」

「そう、か…………」

「…………隠してたけど、私は人の感情が読める力があるわ。初めて会った時から、中身と外側がちぐはぐな子だと思ってた。絶対に深い闇があるとわかってたの」

「なっ……」

 

 目を見開き、瞳を揺らした。

 察しがいいとは思っていたが、まさかその秘密が他人の感情を読み取れる、なんてものだとは思っていなかったのだ。それにアリシアもその力が悟られないように『察しがいい』レベルで抑えていたのもある。

 

 優れた外交官や官僚ならば出来るだろう、程度の取りなしや読み合いだった為にヴァシリも疑問に思わなかった。それこそ、王女として受けた教育がしっかりしていたんだなと考えていた。

 

「…………ごめんなさい、ヴァシリ。あなたにずっと隠してたのは、この力を受け入れてもらえるかわからなかったから。怖かったのよ、人の感情を読み取るような女だってバレるのが」

 

 アリシアの根底にも怯えがあった。

 人の感情を読み取れる王女なんて存在してはいけないに決まっている。

 エルフの里ですら彼女は人気者だ。

 預言関係なく二人の姉妹と比べても人気が高く、次期女王としての地位も盤石。

 勇者との旅路がなければとっくに女王に就任していてもおかしくない。

 ヒトで言えば二十代で一国の王になるようなものだが、アリシアの優れた能力がそれを可能だと思わせていた。

 

「もし、これで嫌がられたら……何もかもが無駄になる。そう思うと、言い出せなかったの」

「……いいんだ。私の方こそ、そんな力があったと全く気が付かなかった。申し訳ない」

「謝らないで。臆病な私のせいだし……それに、フィンくんは私の力を喜んで受け入れてくれた。だから、いいの」

「そうか…………んっ……? そうか…………? ……んん?」

 

(──今、当たり前のようにフィンが受け入れたと言っていなかったか……?)

 

 疲れ目だった為に何かの間違いかと思ったヴァシリはお茶を一口飲んだ。

 

「えっと……その、なんだ。フィンにはもうその力を伝えていたのか?」

「ええ。あの子の感情を読んで、放っておいたら壊れると思ったのよ。だからリスク込みで伝えたわ、私でよければ力になるって。結果的に、彼は必死に自分を抑え込んでたとわかった。それからは暫く私が協力してガス抜きしてたわ」

 

 頭を鈍器でぶん殴られたような感覚がしたヴァシリは、震える手でティーカップをそっとテーブルに置いた。

 

「そっ……そう、だったのか……。フィンは、それほど……」

「ええ……。すごく溜め込んでた。それでも彼は、必死に抑え込んでたわ。その果てに、あんな壊れ方をしてしまった」

「は、はは……っ、そうか……」

 

(…………何が、師だ。弟子がもう限界で、いや、限界も超えていたと言うのに、それすら気が付かず……何がっ、一体何が師だ!?)

 

 ギリリ、と歯軋りの音が鳴る。

 

 自分への怒りが収まらない。

 運命一つ、人間一人救えない自分が不甲斐なくて苛立つ。

 人々の生活を豊かにしたが、それがどうした。

 ヨハンのような死に方をする人間は減らせたがいなくなってはいないだろう。

 フィンは正に彼と同じだ。

 実家からいずれ出ていかねばならない、なんのコネもない少年。

 使い捨てにされることがわかっていた彼を憐れんだのか?

 そうじゃないだろう。

 憐れみではなかったはずだ。

 

 師匠と弟子。

 責任を持って育てると決めたはずだ。

 だと言うのに、自分はどうしてフィンならば大丈夫だと思い込んでいた? その結果がこれだ。弟子は壊れた。もう二度と元には戻らない。壊れる前兆すら知らなかった。アリシアは全く無関係だったのに、自分よりもフィンのことを知っている。

 

 腹立たしい。

 己の不甲斐なさに憤りが隠せない。

 

「……ヴァシリ。今は抑えて」

「……ああ、すまない。そうか、これもわかるのか」

「ええ。不快でしょう? だから言ってこなかったの」

「不快なものか。アリシアがいなければフィンは今もずっと貯め込むまま、あの激情を胸に秘めたままだったかもしれない。それを思えば、アリシアがいてくれて良かったとすら思う」

「そう言ってもらえると助か……? …………ん? ……あっ……」

 

(あっ……し、しまった……マゾ性癖のことまだ伝えてないじゃない……!!」)

 

 なんか妙に理解が早いなと思ったアリシアは、そこで致命的な勘違いに気がつく。

 

 そう、困ったことに、まだヴァシリに告げていない事実がある。

 

 フィンが壊れ切っていて邪神に愛され正気ですらないと悟ったが、それはそれとして、フィンがマゾヒストである事実は変わらない。

 

 そんな壊れた憎悪ですら気持ちよくなってしまうほどに捻じ曲がった性癖であり、それでいてサドな側面も強い。

 

 フィンは壊れている。

 フィンは己の憎悪を自覚することすら出来ない。

 フィンは邪神の愛し子であり使徒であり二度と人には戻らない。

 フィンは正気ではなくそうであるふうに見せかけているだけ。

 フィンが正気なように振る舞っているのはヴァシリの教えを大事にしているから。

 フィンはマゾヒストで罵詈雑言に肉体的な痛みや尊厳破壊に至るまで全てで興奮し快楽を得ているが、それを表に出してはいけないと隠している。

 フィンの本質は少々厄介でサディスティックな側面も強く、身体の関係に至った女は皆ひんひん言わされている。

 

 全てが事実なのが、フィンを説明する際の厄介なところだ。

 

(ど、…………どうする……!?)

 

 ヴァシリはフィンが壊れていることは理解した。

 ただそれはアリシアですらつい先ほど自覚したような壊れ方を理解したまでであり、フィンがとんでもない変態であることは知らない。

 

 なんならその変態になったことすらヴァシリの所為なのでアリシアもそう簡単に言い出せなかった。

 

(お、落ち着きなさいアリシア。ここは冷静に、順序立てるよの……)

 

 まず、ヴァシリにマゾヒストであることを伝えれば必然的に肉体関係に関しても話す必要があるだろう。

 

 男性器の生えた聖女の性欲を抑えるために身を差し出した愛弟子が、実は仲間のハイエルフやその妹達、同じパーティーの女剣士と既に肉体関係を結んでおり、更に言えば王女殿下も巻き込んで盛大なハーレムを作っていました。

 そして、それはそれとして、壊れてる。

 この二つをいかにして納得のいくように説明するか。

 

(えっと……フィンくんは昔アリアに轢かれた時にマゾヒズムに目覚めて……師事したうちの半分くらいはそれが目的で…………い、言えるわけがっ……!!)

 

 子供の頃のフィンを『幼馴染のために人生捧げている高潔な少年』だと思っているヴァシリにこの事実は些か重すぎるのではないか。

 

 他の面々が深い傷を負いながらも渋々受け入れたのとは違う。

 ヴァシリとアリアに関しては、本気でそれぞれの関係性が変わる可能性がある。

 

(豹変するとは思えないけど…………でも、冷静に考えて、幼馴染の男の子がマゾで快楽のために自分の近くに居たってなると……やっぱり、中々言い出しにくいのよね……)

 

 純粋にフィンのことが大好きなアリアのことを想うと心苦しさすらある。

 

 しかしもう待っていられないのだ。

 フィンが正気ではないことがわかってしまった以上、夢を見る時間は終わった。

 フィン・デビュラはもう戻らない。

 尖兵に殺されたのだ。

 今のフィン・デビュラは邪神の使徒であり、邪神の愛し子であり、人ではないのだから。

 

(…………覚悟はもうしたのよ。あとは、言うだけ……!)

 

 すーっ、はーっ……

 

 息を整えて、怪訝な表情をするヴァシリに対しアリシアは告げる。

 

「その……落ち着いて聞いて欲しいんだけど……」

「……まだ何か、フィンの秘密があるのか?」

「さ、察しがいいわね。そうよ、特大の爆だ、いえ、秘密があるの。それはもうとびきりの……本当は伝えるつもりなかったんだけど、いつまでも隠して置けるものじゃないし、いずれ言わなきゃいけないものだった。でもね、本当になんていうか……ね? ほんと、うん、フィンくんは悪くないんだけど…………すごくショッキングだから……うん……私も謝らなきゃいけないし……」

「ん? んん? それはどういう……えっ、フィンがあんな風になってることよりもショックなのか? アリシアも謝る? 何をしたんだ?」

「えっと…………感情が読めるって言ったじゃない?」

「ああ、そうだな。だからこそ、フィンが表面上隠しているだけでああやって激情を抱えていると気が付いたんだろう?」

「そうなんだけど、最初に気が付いたのは違くて……」

「違う…………?」

 

(い、言いにくい……でも言わないと! フィンくんには怒られるかもしれないけど、もう隠し立てするほうが無理なのよっ!)

 

「その……フィンくんは憎しみと同じくらい性欲を溜め込んでてね……?」

「……………………」

 

 ヴァシリは言葉を聞いて、ゆっくりと時間をかけて咀嚼し飲み込んで、顎に手を当てて考え、首を傾げ、逆方向に傾げ、一度アリシアを見て、もう一度考え込むように床を見た。

 

 その後天井を見上げて、ふー……、と、長い溜息を吐き出して俯いた。

 

「……………………すまない、理解を拒んだ。フィンの、性欲が、どうしたって?」

 

 ヴァシリの目が仄かに輝いた。

 魔力が宿り、ヨハンの知識を使って編み出された魔眼が発動する。

 

「え、えっとぉ…………その、溜め込んでたから……ちょっとでも解消してあげようと思って……その、手を、出したというか、出されたというか……」

「……………………つまり、アリシアはあの子を抱いたと?」

「こ、言葉を濁さずに言うなら、そうなんだけど…………それだけじゃなくて……」

「そっ、それだけじゃなくて!? これ以上があると言うのか!? 子供が出来てるとか言うなよッ!!」

「ちっ違う違う!! そんなんじゃないからっ!!」

 

 ふーっ、ふーっと声を荒げるヴァシリを宥めつつ、アリシアは言葉を続ける。

 

「その、フィンくんって、すごい……マゾなの」

「……………………マゾ……?」

「ええ。被虐で気持ち良くなる、というか、自分が被害に遭うことなら大体なんでも悦んじゃうタイプのマゾで……ね? それも、子供の頃から、そうみたいでぇ……」

 

 瞬間、ヴァシリの脳内に溢れ出した、かつての記憶────

 

『っ……へ、いき。これくらい、なんともない……っ』

『……アリアを、かなしませたくないから。あお、おれがそうしたいんだ』

 

 弟子入りを志願してきた子供に現実を教えようと、腕を折り、涙ぐみながらも堪えてアリアのことを想っていたフィン。

 

『ぎゃああああああああっっ!!!』

『あがあああああッ!!? ごええええっ!!』

『うげっ!!? ごえぇっ!!』

 

 ヴァシリの躊躇ない攻撃に痛めつけられ、それを修行として受け入れる少年。

 

 悲痛な叫び声をあげ、血涙を流し、どれだけ辛くてもやらないよりやる方がいいと諦めなかった。泣き言の一つも言わずに、置いていかれる時でさえ仕方ないと納得して、邪魔じゃなかったかと言えてしまう、そんな少年。

 

『──グギャッッッ!!』

『────ア゛リ゛シ゛ア゛ァッ!!』

『う、ご……ごええっ!!』

『し、し゛ょう゛……』

『た゛の゛、む゛』

『う! がああ! ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッッッ!!!』

 

 〈深淵の森〉にて自分を庇い腹部を貫かれながら、盾役としての理想的な仕事をこなしたフィン。成長を感じるのと同時に、今のフィンがどれだけ辛い目にあっているのかを思い知らされた。いつしか弟子は師を越えていく。しかし、それにしたって、形というものがあるだろう。ヴァシリは嘆かずにはいられなかった。

 

『ぐうぅっ!?』

『ぐ……ぐ、る゛、し……ぬ……』

『ぐ、ぐううっ……あ、アリシア、さん……だい、じょうぶだ、このくらい、へっちゃら……あ、あああああぁっ!! うわああああぁぁあっっ!!』

 

 邪神ルルクスに首を絞められ、顔を真っ赤に、いや、その色を通り越して血の気が完全に失せた顔色で苦悶に喘ぐフィン。見ていられなかった。大切な弟子が、自分より圧倒的な上位者に好きなように弄ばれている。腸が煮えくり返った。それでも、怒りよりも衝撃が強すぎて、何も出来なかった。ただ震えて、弟子の境遇を理解させられ、吐き気が止まらず、ただその場を後にした。

 

 それら全ての記憶が、塗り替わっていく。

 

「……………………アリシア……冗談にしては、笑えないな……」

「…………冗談じゃ、ないわ。フィンくんがまがりなりにも耐えてたのは、全て、彼がマゾだったから……。むしろ私達は、彼の性癖に感謝しなければいけないの」

「は、ははっ、フィンが、マゾヒストっ? あんな、倒錯的な貴族の性癖だって? あっあ、ああありえない! そんなわけがあるかっ!」

「ヴァシリ…………」

「だって、だってそんなっ、そんなのっ…………!! 私には、一度もぉっ……!!!」

 

 そうだ。

 フィンは一度たりともヴァシリに見せなかった。

 いや、アリシアにすら見せていない。

 見せていないのに悟られた。

 故にフィンは諦めた。

 アリシアに知られて全てが崩壊する可能性も受け入れた。

 

 両手で顔を覆い、か細い声をあげて俯く。

 

「…………それで……?」

「その…………細かいことはともかく、ね? そういう子だから、うん。その事実がないとこれから語ることも理解できないと思うし……昔から思い入れがある分、ヴァシリには受け入れがたいことかもしれないけど、そこもフィンくんの個性だから……」

「…………アリシア」

「はい」

 

 しどろもどろになりながらもフィンを庇うような発言を繰り返すアリシアの名を呼んで、ヴァシリは顔を挙げた。

 

 光る瞳。

 魔眼は発露している。

 

「少し、頭を冷やしたい。また後で来てくれないか……?」

「はい。わかりました」

「アリアは、知ってるのか?」

「知らないと思います。私は言ってません」

「そうか……………………。わかった。大丈夫、フィンに関することだ。怒ってる訳じゃない。ただ、受け入れ難いんだ。時間が欲しい。わかってくれるな?」

「はい。わかります」

 

 アリシアは立ち上がり、素早く部屋から脱出した。

 

 扉の向こう側の風が支配された事を確認してから、そっと離れた。

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