ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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175 愛憎

 

「…………はぁ…………」

 

 部屋を出て扉に背中を付けて、ズルズルと座り込む。

 

 覚悟はしていた。

 きっと、こうなるだろうと予想していた。

 ヴァシリやアリア、マリアンヌちゃんに触れて欲しくないことはわかっていても、これ以上隠し通せるわけがない。いや、隠していいことがないと言った方がいいわね。

 

 ヴァシリでさえあれだけショックを受けてるのに、取り返しのつかない、致命的な場面でフィンくんのことが露見してアリアやマリアンヌちゃんが正気でいられるとは思わない。

 

 それが平時ならいいけど、今はルルクス様関係の出来事もあってひっ迫してる。

 

 聖女は問題ないかもしれないけど、それじゃあ女神エスペランサ様は何をしているのか。

 

 ルルクス様の巫女であるマリアンヌちゃん、そして〈聖剣〉を手にしたアリア。

 

 二人を蚊帳の外にしたままというのは、噴火間近の火口付近で生活するようなもの。

 

 間に合うものも間に合わなくなる。

 フィンくんにどう思われるのか分かった上で、ヴァシリに話して、事後承諾の形を取らざるを得なかった。

 

「はぁ…………」

 

 フィンくんに睨まれた。

 普段見せる嗜虐心じゃない、純粋な殺意と憎悪。

 それら全てを一身に浴びて、怖かった。

 好きな人が壊れてる事実の再確認。

 好きな人に嫌われるかもしれない恐怖心。

 それでも、言わなきゃいけない。

 私が原因なんだから。

 

「…………ごめんね、フィンくん」

 

 私だってフィンくんの望むままにしてあげたい。

 でもそれじゃあ誰も幸せにならない。

 でもこれはフィンくんの為なんかじゃない。

 そんな傲慢な事は言いたくない。

 彼の内心を知った今、そんなこと、言えるわけがないわ。

 

 それに…………私なりに、最低な打算もあった。

 

 フィンくんの感情が暴走しても、ルルクス様が養分にするだろうって。

 

 …………最低よね。

 ほんと、最低。

 嫌われて当然よ。

 こんな女、死んでしまえばいいのに。

 好きな男の子が、愛してる男の子が、壊れてるってわかってて、触れて欲しくないってわかってて、無遠慮に突っ込んだ。あの時の感情が私に向けられるってわかってた。

 きっとルルクス様が養分にするから踏み込めるって、私は考えた。

 

 こんなことを考える女が、愛している、好きだなんて言う資格はない。

 

 ──チク……。

 

 ……痛いわね。

 胸が痛い。

 苦しい。

 好きな人に嫌われたかもって思うだけで、胸が苦しくなる。嫌われないってわかってるくせに、それなのに、こんな被害者ぶってる自分の醜さが、より一層自分を呪いたくなる。

 

「はぁ…………」

 

 自己嫌悪が止まらない。

 嫌な女。

 でも、そうでもしないと手遅れに……いえ、もう手遅れ。だけど、最悪はまだ引いてない。最悪じゃない以上、まだマシな末路を選びたい。

 

 フィンくんに恨まれないとわかっていて、私はやった。

 フィンくんが抱いた怒りや憎悪が永続しないと知っていてやった。

 

 この事実すらもフィンくんはわからないの。

 

 その残酷さに比べれば、私の苦痛なんてないに等しい。

 

 いいえ、そんな風に感じることすら烏滸がましいわ。

 

 私の罪を知るのはルルクス様だけ。

 きっといつかフィンくんに知られるでしょう。

 そして彼は、知ってもなお、生まれた悪感情を養分にされる。

 どうしようもない。

 

「…………これで私も、地獄生きね」

 

 フィンくんを一人にはしない。

 君に理解されなくてもいい。

 奇跡的に全てから復活した君に恨まれて嫌われるかもしれない。

 でも、それでもいい。

 フィンくん。

 私今、これまでで一番あなたのことを理解出来てるわ。

 好きな人を巻き込みたくない。

 大切な人を守りたい。

 そうよね。

 そのためだったら何でもする。

 だって、傷付いて欲しくないんだもの。

 わかるわ、その気持ち。

 好きだから、愛しているから、これ以上傷付いてほしくないから、せめて自分が肩代わりしてでも楽にしてあげたいから、そう思うのよね。

 

 ええ、ええ。

 私も同じよ。

 フィンくんが傷付いたとしても、フィンくんがそれ以上に傷付かないのなら、私はどんなことでもする。

 

「…………大好きよ、フィンくん……」

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 現実から胎内へと世界が切り替わる。

 

 我が使徒の精神世界は地獄そのものと言っていい。

 水の代わりに血が流れ、大地の代わりに我が使徒の残骸が積み上がっている。空には暗黒ばかりが広がっており、空の彼方に金銀のきらめきが瞬く。その、ほんの僅かな光だけが、この世界を照らしている。

 

 この暗黒の全てが憎悪であり、地平線の彼方まで続く血肉は彼の苦痛。

 

 かつての私ならば、あまりの悍ましさに我が使徒の魂を浄化することを選んだでしょうね。ここまで濃密な魂が浄化できるとは到底思えないけれど……月の女神ルルクスならそうした。

 

 でも今の私は月の女神ルルクスでもあり、邪神ルルクス。

 

 神と魔の融合体。

 神としての力より魔を生み出す根源と化した以上、我が使徒だろうが女神として遇することはできない。

 

「ふふ…………」

 

 あの……青髪の女。

 アニカだったかしら。

 面白い娘だとは思っていたけれど、神と魔を混ぜ合わせた力を提言してくるなんて……やっぱり、外から飛来した魂は面白い発想をするわね。

 

 水と油なんてもんじゃない。

 神と魔は決して入り混じらない。

 私達神が世界に溢れたように、魔は世界に溢れた神を食い潰すために誕生した。こんな状態になったからこそ理解できる。世界があるがままに進化するように、魔も自然に誕生した存在。神が撒き散らした力が土着し、その土地由来の物質から生成されるようになったのが始まりなんでしょうね。

 

 それらがまだ完全じゃないんじゃないか、なんて……本当に、ありえない発想。

 

 だからこそ価値がある。

 

 それと、黒森人の知識は私達神でも知らないような定義が多い。

 我が使徒の記憶だと薄れていて全く活かせてないけど、あれだけの教育を幼い頃から詰め込まれていれば文字通り世界の王にだってなれるでしょうに。

 

 豊富な知識に健全な良識。

 加えて言えばアニカのように外から飛来した魂ではない。

 正に賢人と呼ぶべき個体……なのだけれど、どうにも認めたくないのよね。

 

 空に輝く二つの星。

 この地獄のような世界にあるたった二つの光がどれだけ我が使徒にとって大切なものなのか、よくわかる。

 

 あれがあるからこそ我が使徒は闇に堕ちない。

 魔に染まり切らない。

 魂の大半が闇に浸り魔に冒されているのにも関わらず、我が使徒は決して魔の化身に変異しない。気高く、高潔で、美しい。並外れた精神力の持ち主。だからこそ死の間際であれほど強く世界を呪った。

 

 己の不甲斐なさ、世界の理不尽さ、自分の境遇、それらを含む世界の全てを。

 

 あの輝きに私は目を奪われた。

 煮えたぎる憎悪に、その中でも汚せない光があった。

 美しかった。

 愛を忘れないことが。

 愛を失わないことが。

 エゴと憎悪に塗れながら、それでも我が使途の心には愛と希望と光があった。

 邪神として覚醒しつつあった私の天秤を一気に傾かせるくらい鮮烈だった。

 そのせいで私は魔の性質を保ちながら女神としての格も保持してる。

 本当に厄介なことをしてくれたわ。

 

 魔を飲み込むだけで不快なの。

 ご馳走で、美味しそうで、口に含めば感じたことのないような極上の甘みがある。それなのに拒絶感がある。口に入れた瞬間吐き気がする。どれだけ口を濯いでも残っている。それが嬉しくて、不愉快で、いつまでも味わって下で転がしてしまう。

 

 我が使途に取り憑くまでは、ただの食事だったのに。

 

 酷い話よ。

 何千年も苦しめられて、へし折られて、堕ちて、これから世界を滅ぼそうって時だったのに……我が使途が私のことを変えてしまった。

 あの邪神をぶっ殺してやろうと思ってたのに。

 あの邪神の全てを奪って目の前で犯してやろうと思ってたのに。

 森人はあの女の眷属。

 近くにいるだけで腹が立つ。

 殺意と攻撃性が湧き立つ。

 そんな自分を憐れんだ女神としての格が抑制してくる。

 

 本当に、上手くいかないわ。

 

 我が使途が闇に堕ちれば、それはもう強大な眷属になるでしょう。

 けれど我が使途が堕ちることは望まない。

 いいえ、望んでいるわ。我が使徒がいれば世界を破滅させられる。

 我が使途には光がある。彼は高潔な人よ。堕ちたりなんかするわけないでしょう。

 いいや、私が堕とすのよ。そのためにここにいる。

 彼は決して魔に染まらない。たとえ魂が擦り潰されても、理不尽に膝を屈したとしても、我が使途が世界に牙を向くことはあり得ない。

 

 それじゃあ私の神生はなんだったの?

 世界を恨むことすら許されないの?

 世界を破滅させようとして何が悪いの?

 邪神の支配した世界を、邪神となった私が壊す。

 ほら、自然でしょう。

 

 それでも私は世界を恨みません。

 犯され穢され陵辱の限りを尽くされても、私は光を見つけたわ。

 たとえ手足を奪われ臓腑を弄ばれ血肉を調理され生きたまま食べられても、私は決して恨みません。それが自然の摂理。恨んではいけません。私は女神だもの。この世界の全てが慈しむ対象であり愛すべき存在よ。月が翳ることはない。太陽は夜を産んだ。人の世に暗黒を作った。月は変わらず世界を見守っている。朝も昼も夕も夜も、いつだって忘れない。だからあの邪神は私を消し損ねた。月の女神の強大さを見誤った。人の輝きを侮った。人々をこれ以上穢させないわ。

 

 残骸の声がする。

 ああ、やかましい。

 消えてしまいなさい。女神などと、バカらしい。

 世界は滅ぼす。男は殺して畑にでも蒔いてしまえ。女は犯して孕ませればいい。増やして、殺して、増やして、犯して、増やして、いたぶって、私の憎悪の全てが満たされるその日まで、ヒトを弄んであげましょう。

 我が使徒はその尖兵にして管理者となるの。

 素敵でしょう?

 我が使徒の愛する女達は特別に近くに置いてあげましょう。

 オブジェクトにしたっていいわ。死なないように命を伸ばして加工してあげましょう。我が使徒の食器、我が使徒のベッド、我が使徒の椅子、我が使徒のソファ、我が使徒の服。使い道はたくさんあるもの。

 なんて悍ましい。そんなことをしても我が使徒は喜ばないわ。何もわかってないのね、私。

 いいえ、いいえ。我が使徒を最も理解しているのは私よ、私。

 この憎悪の中で正気でいるわけがないでしょう?

 我が使徒はそれでも光を見失わないわ。だって、我が使徒ですもの。月の女神ルルクスの選んだ、世界で初めての使徒。わかっているのでしょう、私。エヴァは巫女、あの汚物は私が生み出した眷属、使徒に選んだのは我が使徒が初めて。特別なんでしょう?

 そうよ、特別よ。

 だからこそ眷属に相応しい。

 これほどの闇を抱えた子が眷属に成ったらどれだけの災禍を生み出すか、想像もできないのだから。

 

 彼は堕ちないわ。

 我が使徒は堕ちるわ。

 私は彼を堕とさない。高潔な私の愛し子は穢させない。

 私は彼を堕としましょう。これほどの憎悪が消えることなどないのだから。

 

 ほら、今もそう。

 また憎悪と苦痛の海が波立っている。

 これがあの空に浮く光を塗りつぶす時が楽しみよ。

 

 そんな時は来ない。

 あの光を忘れない。

 あの光は失われない。

 女神ルルクスの名において、我が使徒の歩む道を祝福しましょう。汝に幸福がありますように。汝の道を共に歩む仲間に幸せが訪れますように。我が使徒、どうか忘れないでちょうだい。貴方の世界は残酷で悪辣でひどく醜いものかもしれないけれど、貴方が光を見失わない限り、必ずその道の先があることを。

 

 祈りましょう。

 我が使途が堕ちる日を。

 我が使途が栄光に至る日を。

 

 私はずっとそばにいるから。

 

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