ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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176 説得

 脳を破壊されながらも高潔な愛弟子がドマゾだったことを受け入れたヴァシリは、部屋にやってきたアリシアの説明を聞いて更に頭を悩ませていた。

 

「…………そうか……やはりフィンは、世界を呪っているか……」

 

 邪神ルルクスの言葉通り。

 フィンの憎悪こそが邪神の源。

 魔を生み出す根源にしてこの世をやがて支配する力の源泉だと改めて確信したヴァシリは、はぁぁぁぁ……と、長いため息を吐いた。

 

「私は…………師匠失格だな。あの子のことを何もわかっていなかった」

「ま、まあ……仕方ない部分はあるんじゃない? 普通理解できる方がおかしいし……」

 

 フィンはそもそも隠すのが上手いし幼い頃から表に出すべきではないと察してコッソリ楽しんでいたムッツリドスケベであるため、ヴァシリが察せなかったのはしょうがないとアリシアは思っている。

 

「…………なんだか酷い言い方のように感じるが……」

「あー……なんて言えばいいのかしら。確かにフィンくんは世界を呪ってるし壊れてるけど、それはそれとして度し難い変態って言うか……」

「…………わからん……それも含めて私の余罪じゃないかい?」

「うーーーん…………そこは違うような気がするのよね……」

「しかし……アリアが轢いたのが、その、性の目覚めなんだろ?」

「た、たぶん……?」

「ならやはり、フィンの性癖を捻じ曲げた原因は私じゃないか」

 

 そう言われればそんな気もする。

 アリシアは確かに、と一瞬頷きかけたが、そこで首を横に振った。

 

「いいえ。恐らくアリアがフィンくんを轢いてなければ彼は鬱屈したサディストになってたと思うわ」

「…………マゾヒストなのかサディストなのかハッキリしろ!」

「どちらもありうる……それだけよ」

 

 死んだ瞳で言い捨てたアリシアにヴァシリはうっと呻いてから、力なく項垂れた。

 

「……わ、わかった。フィンはサディストで、マゾヒストで、それと同時に己の性癖を良くないものだと子供の頃から自覚していて、だけど決して傷付かない訳ではなくて、傷付きながらもそれを自分の力不足が原因だと受け止めて、世界を呪って死んだ…………生きているのは、フィン自身の憎悪が邪神に見初められるほど濃かったから。そういう、ことだな?」

「……私の読み取った限りでは、そう考えられるわ」

「くっ……もう、どう受け止めていいのかわからん……!」

 

 悲痛で悲惨で凄惨な人生を歩んだ少年は、本来であれば今から四年前に死んでいる筈だった。

 

 理不尽に圧し潰され、全てを呪いながら殺された。

 だが少年は死ななかった。

 邪神に見初められたその生をさらに弄ばれ、生き永らえた。

 それを誰にも伝えることなく、限界を超えて摩耗した精神状態を悟らせずに振舞い続けた。想像を絶する苦痛に苛まれながら弟子がそうしてきた事実と、それはそれとして度し難い変態である事実にヴァシリの脳と身体は打ち震える。

 

「もうなるようにしかならないわよ。これからどう受け止めていくか、どうやっていくか……それを考えましょ」

「…………そうだな。もう起きたことは変えられない。だが、どうする? 邪神の祓い方などわからないし、そもそも祓うことが正しいとも思えん。邪神に見つかっていなければフィンはそもそも死んでいたんだ」

「そうね。私はこのままルルクス様と共存する道しかないと思ってるわ」

 

 その言葉に顔を顰めつつ、ヴァシリは仕方ないと頷く。

 

「フィンを苦しませている存在だが、フィンにとっては必要不可欠。私よりも、よほど親しまれているだろうな……」

「…………それなんだけどね、ヴァシリ」

「うん?」

「フィンくんにとって触れて欲しくない存在って、ヴァシリとアリアとマリアンヌちゃんなのよね」

 

 ピタッ。

 ヴァシリは固まった。

 何を言ってるんだと言いたげな表情でアリシアを見つめたまま硬直したダークエルフに対し、アリシアは続ける。

 

「さっき、フィンくんにヴァシリを巻き込んだことを伝えたわ。そうしたら、とんでもない憎悪……というより、殺意、向けられちゃってね。そうなることはわかってたけど、私は躊躇わなかった。もうこれ以上隠し立てしても誰も幸せにならないし、なにより、限界だとわかったの。フィンくんは決して傷付いてない訳じゃない。傷付いて、憎しみを抱いて、そういった悪感情を養分にされてるだけだってね」

「…………し、しかし……私が……?」

「フィンくんはヴァシリの教えを受けたからあれだけ立派なんでしょ。もちろん本人の性根が清いものだからだって前提はあるけど、それだけじゃああはならない。フィンくんを巻き込んだのはヴァシリかもしれないけど、フィンくんを立派に育てたのもあなたよ」

 

(……確かに、元々フィンは〈原作知識〉によればアリアを脅かす男になっていたかもしれないとあった。だが、あの頃から既にアリアのことを大事にしていた。片鱗すらなかった。だが……)

 

 本来の道筋ではアリアの村はモンスターの襲撃に遭い家族を失い、彼女は単身王都で冒険者となる。

 

 フィンは家族が蹂躙される姿を見てひとり耐え忍び、命からがら逃げ落ちた。

 

 そして王都にやってきた彼は生きるために冒険者になり、盾役として使い捨ての日々を過ごし摩耗し続け、やがては……。

 

 細かいところまで知っているわけではなくとも、何が起きるのかを考えれば自ずと未来は見えてくる。考えに考え、仮に自分が村に訪れていなかった結末を思考したヴァシリは、溜息を吐いた。

 

(…………なるほど。納得できないが、理解せざるを得ない、か……)

 

 フィンへの過剰な信頼を寄せていたが、フィンの人間らしい部分を生々しすぎる言い方で説明されたヴァシリは脳破壊されながらもそれを打ち砕き、改めて一人の青年としての理解を深めた。

 

(マゾヒストでもありサディストでもある。まあ、倒錯的な趣味を持つ者にありがちな性質だ。理解はできる。フィンがなぜアリアを脅かすことになるのか。ありえないと思っていたが、アリシアの言葉が真実ならば、辻褄が合う…………)

 

「…………こんな、弟子の事を何もわかっていない愚かな師を、フィンはそこまで……」

 

 歯をぐっと噛み締める。

 盲目どころか、なにもわかっていなかった。

 フィンはずっと傷付いていた。

 助けも求めていたかもしれない。

 だが、彼はヴァシリの教えを受けて成長した。

 僻むこともあれば妬むこともあるし憎むことも恨むこともある。それでもフィンは決して表に見せることを良しとしなかった。

 

 ひたすらに自分の力量不足を補うことに励んだ。

 

 それは全て、ヴァシリの顔に泥を塗らないためだった。

 

「どうして……もっと早く、助けてくれと言ってくれたら……!!」

 

 嘆かずにはいられない。

 言えなかった原因が自分だとわかっていても、言って欲しかった。

 強引に連れて行けばよかった。

 守り通せばよかったんだ。

 それを出来ないと判断してしまったのが間違いだった。

 置いていかなければよかった。

 連れて行けばよかったんだ。

 決断しなかった自分が全ての原因だ。

 もっとフィンに気をかけて根掘り葉掘り聞きだして、彼のことを知っておけばよかったのに……!!

 

「……アリシア。私は、これからどうすればいい?」

「……一番の目標は、アリアとマリアンヌちゃんを巻き込んじゃうこと。これに関してはフィンくんのためって言うより、あの二人のためなのよね」

「そうだな。アリシアがフィンと肉体関係があるというのなら、置いてけぼりというのは流石に……」

「そうなのよ。カルラとアストレア、あとアリーシャもフィンくんとエッチする仲だから、いい加減放置も厳しくてね」

「そうか。もうそんなに……………………待て、アリシア」

 

 ヴァシリは何度目かになるのかもわからないため息を吐いた。

 

「いまなんて言った?」

「え? ……あ゛っ、い、言ってなかったかしら。お、おほほ。ごめんなさいね」

「…………お、お前、そろそろ怒るぞ」

「ごめんなさい。正直私も結構いっぱいいっぱいで……」

 

 しおらしく謝るアリシアに、更にもう一度ため息を吐く。

 

「……フィンのことを任せっきりにしていた私に責任がある。本気で怒ってはいないよ。それで? どうしてそんな人数で、そんなふしだらな行為に及んだんだ?」

「ふ、不可抗力なの。その、カルラがフィンくんのお風呂に突撃した時に、身体の跡でバレちゃって……」

「…………」

 

 トン、トン、トン、トン……

 ヴァシリが指で机を叩き始めた。

 

「そしたら、私とのエッチで童貞捨てたフィンくんがカルラに迫っちゃって……えっと、その、二人は悪くないのよ。いい歳して盛り上がった私が悪いの。ね?」

「…………あのねぇ。それをアリアに説明するのかい? どうやって?」

「じ、事実だから!」

「フィンが触れて欲しくないと思ってる幼馴染にこんなひどい現実教えられるかっ! 取り返しのつかないことになるぞ!」

「もうとっくになってるのよぉ!!」

「ぐ、ぐううっ……! と、とりあえず、これはもう伝えるしかないんだな? ならば時間をかけて説明するしかないんだ。カルラとアストレア、アリーシャもか? 三人にも協力させて…………はぁ、どうしてこんな……あの子がそんな…………せめて一人に……そんなところで男らしさ見せなくていいんだよ……」

 

 怒気を見せるどころかしょぼくれるヴァシリ。

 

 そんなヴァシリを見てやや狼狽えながら、アリシアは畳みかけた。

 

「だ、大丈夫。フィンくんってば本当に物凄いから。私達も毎回苦労してるくらいだし、あと十や二十増えたって問題ないわ!! うん! 英雄ってそういうもんでしょ! ヴァシリは身内だから軽く思ってるのかもしれないけど、あの子ってすごい英雄だからね!?」

「…………それは、まあ、否定しないけど……」

「そんな英雄なんだからたくさん女の子抱くのは当たり前でしょ!?」

「…………わからなくは、ないけどなぁ……」

「それにたくさんの女の子に鬱憤晴らすようなエッチすればフィンくんの気持ちも楽になる! イイコト尽くめじゃない!?」

 

 そのあまりにも必死すぎる説明に気圧されたのか、それとも気落ちしているところにちょうど縋れる理論が突っ込まれたからなのかは定かではないが、確かになとヴァシリは思った。

 

「う、ううむ……そうかもしれないけれどねぇ……」

「あと単純に、フィンくんのハーレムえっちを否定してると最終的に取り残されかねないのよ。それは不憫すぎるし、フィンくんも望まないし、なんなら当人たちが一番かわいそうでしょ」

 

 アリシアが踏み切った理由もここにある。

 フィンのことは既にどうしようもないのだから、全員巻き込んで少しでも良くしようという思いが根底にあった。

 

 だがこのまま聖域扱いされている三人を放置した場合、最終的に傷付くのは放置された三人だ。

 

 フィンは確かに望まないかもしれない。

 けれど、放置して、フィンは傷付かないが、三人が傷付いて、結果的に誰しもが不幸になるくらいならば──受け入れてもらえる時に受け入れさせた方がいいに決まってる。

 そう考えた。

 

「ていうかヴァシリ、他人事みたいだけどあなたも混ざるからね」

「……………………い、いや、流石にやめておくよ。私はあの子をそういう目では見れないし……」

「ヴァシリはそうかもしれないわね。フィンくんはどうかしら?」

「あ、あの子が私をそんな目で見てるわけがないだろっ!」

「見てるに決まってんでしょうがっ! 耳への執着なんてどう考えてもヴァシリの影響でしょっ!」

「は、はぁっ!? 耳ぃっ!?」

 

 顔を赤面させたヴァシリにアリシアが詰め寄った。

 

「いい? もう逃げられないからね。私はもうフィンくんと一緒に地獄に落ちるけど、そこまで皆を道連れにするつもりはないの。きっとヴァシリがフィンくんのことを身体でも愛したら、あの子喜ぶと思うなぁ……」

「ひ、卑怯だろそんな言い方!」

 

 ガッと肩を掴む。

 

「……そうよ、私は卑怯者なの。もう、戻れないのよ……」

「あ、アリシア……」

「だから…………お願い。フィンくんのことを、どうか……私じゃ、ヴァシリの代わりにはなれないから……」

 

 懇願する。

 どこまで言っても自分では三人の代わりにならないと彼女は理解しているのだ。

 その慟哭を読み取ったヴァシリは、長い葛藤の末に、疲れた声で返事をした。

 

「…………フィンが望まなかったら、やらないからね」

 

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