「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
四人の女が顔を突き合わせ黙り込んでいた。
アリアとマリアンヌら幼馴染同盟(笑)と、訪問された立場のヴァシリとアリシアだ。
目を瞑り何を話すか考えるヴァシリ。
師に突撃してフィンのことで隠していることがないか聞き出そうと思ったが、いざその機会を迎えると『本当に何かあったらどうしよう』とか『もしそうだったら私はもうお払い箱!?』とか『そ、そんなぁっ!! 幼馴染だよ!? 私幼馴染なのに!? 最初にえっちだと思い始めたのは私なのに!!?』などと考え始め不安で押し潰されそうになり滝汗を流しながら空になったカップを何度も口に運んでいるアリア。
同じく不安そうな表情になりつつも、今か今かとヴァシリが口を開くのをまっているマリアンヌに、やかましい内心を全部受け止めて疲れた表情になったアリシアが、声をかけた。
「マリアンヌちゃん。その、正直に言うけど……本当にショッキングなことばかりよ。聞かない方が良かったと後悔するかもしれないし、フィンくんに対する印象と感情がガラリと変わってしまうかもしれない。それでも聞くの?」
「えっ……えっ、そんなに……?」
「ええ、そんなに、よ。覚悟しないといけないわ」
アリシアの言葉にマリアンヌは唇を噛み締める。
(……やっぱり、私達の知らないところで進んでいたんだ……)
自分が足踏みしていたことはわかっていた。
【払暁】だけで過ごしていた小さな世界が、たった一年でとても大きく広がった。
国を巻き込み、王女も巻き込み、白金等級パーティーが合流してからは〈深淵の森〉の秘密やフィンが抱えていた重すぎる現実に打ちのめされる日々だった。
自分たちのしてきたことが、全てフィンに降りかかっている。
その現実を目にして、立ち止まりたいとすら思った。
過去に戻りたいと思った。
許されるのならば、全てを犠牲にしてもいいから、【払暁】だけで、ゆっくり過ごして生きていきたかった。
だからマリアンヌは目を逸らした。
フィンの周りの女が急激に増えて焦りを隠せず、それでも踏み込む勇気が出なくて、一番驚異に感じ、なおかつ波長の合うアリアンロッドの足を引っ張る道を選んだ。
かつて、マリアンヌはフィンへのアピールに対しこう説明した。
『加点はありませんが、減点もない』。
マリアンヌの抱いていた畏れ、焦りが彼女をそうさせた。
フィンさんのことが好き。
フィンさんに嫌われたくない。
フィンさんは娼館にも行っていなければ、引っかけた女性と遊ぶこともしない。盾役として、女だらけのパーティーに所属する男性として極めて紳士的であり続けた。
更に言えば、五年振りに再会した幼馴染と師匠との生活よりも【払暁】を選んでくれた。
それなのに、そんな男性の信頼を裏切るようなことをするの?
フィンのことを知っているからこそマリアンヌは踏み込めなかった。
もし自分がフィンにそれとなく性をアピールして、引かれたらどうする?
フィンが淫らな女を嫌っていたらどうする?
────今の関係性が崩れたら、どうする?
マリアンヌが背負っているものは多い。
社会的地位。
孤児院の子供たち。
払暁の運営。
想い人との同居生活。
好きな人を好きな、気の合う女友達。
ライバルは多いし、自分が選ばれないかもしれないと思うことも多々ある。
それでも、幸せな日々だった。
フィンが傷付いてしまうことだけが耐えがたくて、それを何とかするために手を尽くして、それでも力及ばなくて、そんな自分達をフィンは優しく受け入れてくれて……残酷で、あたたかい日々だった。
(……もう、何もかも遅かったんだ…………)
どうしてカルラやアストレアが反対しなかったのか。
なぜヴァシリが賛成に回ったのか。
それら全てが、自分の知らない事情があったんだと理解したことでマリアンヌは悟る。
勇気を振り絞り、少しでも踏み出していれば……
(……無理ですね。私は、臆病だから)
後悔すると同時に、マリアンヌは無理だったと自嘲する。
そんなことが出来るのならば、とっくの昔にフィンへ告白なりなんなりしているのだ。
フィンと出会ったのは今からもう六年ほど前になる。
十九歳だった自分達もニ十歳になり、能力もまだまだ伸び盛りながら完成度も高まり心身ともに充実する頃合だ。
好きになったのがいつだったか?
それこそ、覚えていない。
気が付いたら好きだった。
孤児院で一緒に暮らしていた男子とも違い、修道院に居た紳士の振りをした下種神官でもなく、荒くれもので他人の身体を無遠慮に触り強引に襲おうとしてくるような外道でもない。
一緒に居て楽しくて、幸せで、頼りになって、自分の力不足が辛くなって、頑張らなきゃと奮起して、いつの間にか目で追うようになっていた。
近くにいると楽しい。
一緒にいない時間が退屈。
朝起きて冒険の支度をしている最中に、ふと自分の髪型なんかを気にしたり。これを持っていけばフィンさんは喜んでくれるとか、野営の最中に粗相をしないために多めに布を持って行ったり……戦争孤児で年頃の少女としての生活を送れていなかったマリアンヌにとって、あまりにも楽しくて甘美な日々だった。
失いたくなかった。
明日を願って眠れることが嬉しかった。
だから踏み出せないし、踏み込めなかった。
これを失ったら自分には何も残らないから。
全て、自分の行いが今の状況に導いた原因。
それを受け止めたマリアンヌは、歯を食いしばったまま押し黙ったが、相方は納得していなかった。
「か、覚悟って……フィンに一体なにがあったのさ!?」
アリアが立ち上がり叫ぶ。
「そう、ね。とても一言で言い表せないことばかり彼には起きてるんだけど……」
「…………それは、ルルクス様がフィンさんに憑りついていることよりも、覚悟が必要ですか?」
「あー…………ヴァシリ、どう思う?」
「……全部ひっくるめて、それに匹敵するくらいの衝撃だったよ」
「し、師匠がそんなに言うの……?」
アリアが愕然とする。
彼女とってヴァシリは尊敬できる師であり、いざという時に頼れる偉大な人物だ。
そんな人が、フィンが邪神に憑りつかれて好き放題されているのと同じくらいの衝撃だったと発言したことで彼女の中の警戒心は一気に跳ね上がる。
「……な、なんで? どうしてフィンがエッチしにいくことを許す理由がそんなに重たいの? どういうこと? 意味わかんない……」
「そ、そう言われるとこっちも苦しいわね……でもね、アリア。フィンくんを聖女のところに送り出しているのは、これまでのこと全てが関係してるのよ」
「これまでの、こと……」
思い当たることと言えば邪神のことくらいだ。
大好きな幼馴染を苦しめ、痛めつけ、愉しんでいる悪の根源。
確かに邪神がいなければフィンは死んでいたかもしれない。
それは私の考えが甘かったと受け入れてはいるものの、だからと言って、幼馴染を苦しめてる今を許せるわけがない。
(なのに、どうして……みんなはそうするしかないって、諦めたの?)
フィンを差し出して安寧を得る。
フィンはそれでいいと言うけど私は嫌だ。
そんなことをするくらいなら、フィンの代わりに私が犠牲になったっていい。フィンの苦痛を踏みにじってでも生きなくちゃいけないっていうのなら、私は全力で抗いたい。
(そんなの……そんなの、おかしいよ……!)
「…………じゃあ、話してよ。フィンを犠牲にしなくちゃいけない理由を……!」
(これで、フィンがそう望んだとか、そうしなくちゃ生きていけないとか言って来たら……私一人でだって……!!)
森での戦闘では軽くあしらわれた。
戦ったとすら思われていない。
それでも彼女の意志は折れることはない。
たとえ敗北し聖剣を失い凌辱されても、アリアは死ぬその瞬間までフィンへの愛を抱きながら涙を流すだろう。
(だって私は────特別だから……!!)
アリアの放つ闘気を感じ取りビリビリと肌に痺れるような感覚を抱きつつ、アリシアは躊躇いがちに口を開く。
「どこから説明するべきか迷ったけれど……やっぱり、まずはこれを飲み込んでもらわないといけないから、最初に言っちゃうわね。フィンくんはマゾヒストなの」
「…………え? ん? えっ……」
「…………す、すみません。どうにも耳の調子が悪くて、もう一度お願いします」
「フィンくんはマゾヒストよ。〈深淵の森〉で巨豚人に攻撃されてる時とか、ルルクス様に首絞められてた時とかすんごい興奮してたの。ある時を境にそれを知った私がなんとかフィンくんの性癖がバレないように小細工してたんだけど、もう隠し通せるようなものじゃなくなっちゃって……」
(…………マゾ……ヒスト……? 興奮してた……?)
マリアンヌの脳が、アリシアの言葉を聞いてひとりでに動く。
浮かび上がる記憶。
六年前に出会ったときのフィン。
二人の優秀な女性と比べて落ちこぼれた二人として仲良くしていた日々。
治癒で治せず、全身傷だらけで過ごすフィンに申し訳なくて、必死に修行した。それでも中々うまくならなくて、自分が嫌いになった。
それでもフィンは、笑って許してくれた。
それだけで嬉しいんだって。
俺の未熟さが原因だって。
優しいフィンの記憶が────浮かび上がっては、消えていく。
「…………ぁ、ぃ、ぃやだ、そんな……うそ、ついてるんだ……」
「……嘘だったら、どれだけ良かったでしょうね」
「……う、う、嘘だっ! 嘘だそんなのっ!! 信じないッ!!」
マリアンヌが憤り叫ぶ。
それは最早慟哭に近かった。
だって、それは憧れや恋を過ぎて愛情になるまで熟れた彼女の想い全てを腐すのと同然だ。
受け止め切れていない情報が、彼女の脳を穢していく。
「マリアンヌちゃん……気持ちはわかるわ。でも……」
「う、うるさいですね……! 嘘に決まってるでしょう、そんなのっ! フィンさんが、ま、まぞ、マゾヒストだなんてッ、そんな嘘で私を騙せると思っていたんですか!?」
そんなマリアンヌに対し、アリシアは憐みの目線を向ける。
「っっっ…………!! そ、そんな目をしたって、信じないっ! ありえない! 意味が、分からないっ!!」
隣にいたアリアは理解を拒んだのか、椅子に座り直し項垂れている。
マリアンヌは錯乱したかのように取り乱し、頭を抱えてうずくまった。
「うそだ……私を騙して、ルルクス様と何かしようとしてるんだ……フィンさんは、そんな人じゃ……」
「……これは、いなくて正解だったか」
「ええ。フィンくんが聞いてたら、ショックに感じてたわ。それでも今を逃してチャンスはない。なんとしてでも取り込むわよ」
「…………なあ、アリシア。勘違いだったらすまないけれど……なんか、楽しんでないか?」
「え? 一歩間違えたら何もかもおしまいなのに楽しめるわけがないわよ」
「そ、そうか。そうだよな、うん……」
風を操り誰かへと連絡をしたアリシアは、意気揚々と立ち上がった。
その瞳に喜色を孕んでいるような気がしたヴァシリは、これ以上、二人の脳へ深刻な影響がでないようにしようと心に誓った。