──ヴァシリにとってフィンは、可愛い弟子だ。
幼い頃から面倒を見てきた弟子。
自分の腹を痛めて産んだわけではないが愛情は注いできたし、自分の運命と天秤にかけて置いていきはしたが、決してフィンとアリアへの愛に差をつけたつもりはない。
もちろん、フィンへの対応がお粗末だったのは事実だ。
自分と共に旅だったアリアが危険水域に陥らないように安全が確保された状態で現実を学んでいたのに対し、王都で差別を受けて辛辣な仲間に時折わざと攻撃をもらい傷の治療すらままならない馬小屋での生活を送っていた。
いくら本人が望まなかったとはいえ、ヴァシリがどうにか手を回すべきだった。
それを怠った時点で憎まれてもおかしくなかった。
すべてフィンがヴァシリを心の底から尊敬しているから今の関係は成り立っている。そういった弟子からの尊敬というものを向けられて、彼女もまた、フィンへの愛情をしっかりと向け返しているのだ。
そして今やフィンは一人前の男になった。
ヴァシリの命すら救った。
すでに彼は師の手元を巣立っている。
一人の、男だ。
そんなフィンのズボンに手をかけた状態で、ヴァシリはその不自然に隆起した膨らみから目を離せなかった。
(────…………こ、れは……どう、見ても、…………)
ヴァシリに男性経験はないが生娘というわけでもない。
純真無垢とは言い難く、獣性を滾らせ女を貪る男のことを見たことがあるし、自分を罠に嵌め手中に収めようと画策する者も居た。
モンスターすらヒトを犯そうとする世界だ。
三千年も生きていれば、欲望を浴びる程ぶつけられていて当然だった。
そんなヴァシリから見て、フィンの股間の大きさは、常軌を逸していた。
(う、う、う、嘘だっ、フィ、フィンはだって、あんな、あんなに小っちゃくて……!)
──思い出すのは、かつての記憶。
鍛錬を終えて三人で風呂に入っている時、血と汗にまみれているフィンの身体を治癒してから、少年の髪を洗っていた。
ヨハンの手記に残されていた〈洗顔〉や〈シャンプー〉に〈リンス〉といったものも開発し一大利権を築き上げている彼女にとって、たとえどんな未到の地であったとしても十分な生活環境を整えることは容易なこと。
何度かシャンプーをつけて汚れを落とし、ようやく泡立つようになってきたタイミングを見計らってヴァシリは声をかける。
『痒いところはないかい?』
『かおがかゆい』
『それは我慢してくれ。私が触ったらもっと泡だらけになってしまうよ』
『がまんするけど、かゆい』
目を瞑ってされるがままのフィン。
そんな可愛い弟子の反応に微笑みながら、ヴァシリは泡を流していく。
魔道具を利用したシャワー。
石材を加工して作ったシャワーヘッドからは十分に温められたお湯が勢いよく飛び出し、しかし人肌を傷つけることのない心地よさであっという間に泡と汚れを流し切ってしまう。
〆にリンスを髪全体に塗布して、次は身体を洗おうとした。
『……師匠』
『うん? どうしたんだい?』
『あのさ、身体は自分で洗うから、いいよ』
目を開いたフィンにそう言われ、ヴァシリは一瞬固まった。
なんで?
嫌われた?
いや違う、そもそもどうしてフィンは自分で洗おうとしている?
年齢か。
そういう年頃か。
それにしたってアリアと一緒に風呂に入っても無反応だけど。
つまりこれは、母親から自立しようとしているんだな?
『──そうかい? なら、背中くらいは流してあげよう』
『……おねがいします』
一瞬で考えたヴァシリは、自分では洗いにくい背中を洗うことを伝えた。
(…………フィンも、成長しているんだなぁ……)
身長も伸びて身体も引き締まっている。
とはいえ、幼いうちから筋肉をつけすぎると身長が伸びにくくなる。
むちっとしているくらいがちょうどいいんだ。
ゆえに、つまめるくらいの肉が残っているフィンの身体は理想的な状態だった。
(まだまだお子様だけど、すぐに君も、大人になってしまうんだろうな……)
ヴァシリは三千年を生きるエルフ。
フィンとアリアは百年も生きることができない人間。
幸いなのは、このままいけば自分は二人の死に目に遭わなくて済むことだろうか。
(君たちが大人になって、子供を遺して、老人になって、死んでいく。……何度経験しても、なれないもんだよ)
積極的に人社会と関わり続けてきたヴァシリだからこそ、その喪失感に耐え難い重みを感じる。
十年共に過ごして手助けしていた青年が、次に会ったときには老人になって腰が曲がっていた……なんてこともあった。
気がつかない間に鬼籍に入って墓の中にいる。
友人などできやしない。
皆ヴァシリを超常の存在として見ている。
対等になろうとした者は、誰しもが折れて妥協した。
命懸けでヴァシリに追いつこうとしたヒトはいなくなった。
慣れない。
いつまで経っても、慣れなかった。
もうそんな思いはしたくない。
特別な思い入れのあるこの二人だけは、絶対に……。
そんなことを考えていたからか、ふと、ヴァシリは鏡に視線を向けた。
ゴシゴシと慣れない手つきで自分の身体を泡だらけにしていくフィン。
決して、決して誓うが、ヴァシリにその時他意は全くなかった。
ただ鏡に映った。
幼いフィンの男児たる象徴。
愛らしく可愛らしい、子供の体なんだとよくわかる一本の棒がぶら下がっていた。
(……うん。まだまだ子供だね)
それを見て、ヴァシリは微笑ましさを覚えた。
そんな、懐かしい記憶────……。
(────い、いや、いやいやっ、そ、そんな成長したとかそんな段階じゃなくないか、これはっ!?)
打ち震えていた。
人体の神秘に心の底から震えていた。
子供の頃に比べてフィンは確かに成長した。
身長はヴァシリよりも二つと少し高く、厚みも幅も圧倒的。この世界の女性は見た目が麗しいまま強さを保持するが、男はその肉体に積み上げてきたものが反映される。
フィンの肉体は正にがむしゃらに、それでいて精巧に鍛え上げられた鋼。
身長に比例して各部位が大きくなるのは当たり前、なのだが……
(で、で、デッッッ……!! デッカく、なりすぎじゃないか……!?)
はち切れんばかりのサイズが、太ももあたりまで形を作っている。
まるで三本目の足が生えたかの様。
女に限らず男であっても思わず二度見をしてしまう異形に、息を呑む。
(こっ、これとヤったのか!? アリシア!? 君、大丈夫か!? ねじ込まれてるんじゃないか、こんなのっ!!)
「し、師匠…………」
あまりの衝撃に性行為を行ったと報告していたパーティーメンバーに戦慄していたが、愛弟子の呼ぶ声にハッと正気を取り戻す。
「す、すまん。これは、その……違うんだ。師匠、そんなつもりじゃ、なくて……」
しどろもどろになって言い訳をするフィン。
だがその目は泳いでいる。
ピクピクと動いた。
その動きがあまりにも力強く、ヴァシリはビクッと手を離した。
「…………あ、あ、ああ、うん、わかってる、わかってるよ、フィン。男だもんな。生理的な反応だもんな、仕方ない。わかってる、私はわかってるから心配しなくていいよ」
「し、師匠……」
「大丈夫。どれだけ大きくなっても、フィンは私の可愛い弟子…………だ……」
ムクッ……
グググっ……
パツンパツンっ……
(な、なぜ大きくなるんだっ!? と、と言うより、まだ大きくなるのか!? こんなの見たことないぞ!?)
ヴァシリは思わず、フィンの特定の部位を見つめてしまう。
それは、肉棒と言うにはあまりにも大きすぎた。
大きく ぶ厚く 重く そして何よりも……とにかく大きかった。
「し、師匠っ、み、見ないで、見ないでくれっ♡」
「フィ、フィン…………」
じっと見ていたヴァシリにフィンが懇願する。
聞いたこともないような声に、ヴァシリの心のどこかが揺れ動いた。
ドキンと胸が鳴る。
数千年の時を生きた彼女が抱くはずもない欲求だった。
「こんなっ、こんな姿っ、師匠にだけは知られたくなかったのにっ……!! お、俺は、俺はっ、くそぉ……♡」
「……っっっっっ!!」
ハイエルフの王女が居たら顔に手を当ててどうしようか激しく悩む場面だが、ヴァシリはフィンの言葉に喜色が混ざっていることを悟れなかった。
むしろ、彼女からすれば、快楽に堕ちてしまった弟子がそれでも自分にだけは気丈に振る舞って見せていたのを改めて見せつけられたようで、ひどく動揺した。
「フィ、フィンっ、大丈夫だ! 私はそんなことで君を変な目で見たりしない! 一人前の男なんだ、その、性器が大きくなるのも、仕方ない! うん!」
「し、師匠ぉ……♡」
「くっ……く、苦しいのかい? どうすればいい?」
平時のヴァシリならばアリアを連れてこの場を離れるくらいの判断は出来た。
だが、今のヴァシリは冷静ではない。
大きすぎる弟子の陰部。
記憶と違う一人前の”男”だと理解したこと。
さらに言えば、そんな男の甘い声を聞いて感じたことのない胸の高鳴りを抱いてしまった。切ない声を恥ずかしがって強く後悔している声だと勘違いしているのも作用した。
──まるで、子供が助けを求めるかのようで……
だけど、この膨れ上がったオスの象徴は、紛れもなく男のもので……
混乱の最中にあった。
「や、やめてくれ師匠っ! 俺は、師匠には、師匠にだけはそんなっ、したくないんだっ……♡」
「……フィン…………」
それでもなお気丈に振舞い必死に抗うフィンに、ヴァシリの頭にあった何かが落ちる。
(…………そうか。そうやってフィンは、ずっと……)
「いいんだ、フィン。我慢なんて、しないでくれ」
「し、しょう…………」
「アリシアに聞いてるよ。女を知ったんだろう? まったく、いつの間にか本当に立派な男になってしまって……嬉しいのやら、寂しいのやら」
「あっ、ああっ! そ、そこはっ!」
ヴァシリの手がそっと伸びた。
「こんなになるまで我慢して……さぞ、辛かっただろう。もう、これからは我慢なんてしなくていいんだ」
「う、ううっ! それでも俺はっ、師匠の弟子なんだっ♡ こんなっ、こんなぁっ!!」
「……フィン。君には伝えていなかったけれど……君は、私の命の恩人なんだ」
「えっ、い、命の恩人……?」
急にベクトルが変わった話にフィンが正気を取り戻したが、ヴァシリは気が付いていなかった。
「ああ。預言でわかっていたことだ。本当は、君を嬲った魔王軍の尖兵……あのモンスターに敗北し、犯され、苗床にされ、肉盾にされて死ぬ。それが私の末路だったんだ」
「……っっっっ!!?」
「それを覆す為に数千年抗った。でも、どうしようもなかった。アリアに聖剣を託して、私が死んだ後の世を任せようと思っていた。……フィン達が尖兵を打ち破ったという報告を聞く、その日まで」
(ああ……やっぱり、フィンは……)
自分が具体的にどうなるかの話をしただけで、手を当てていた部分がグググッと力強く動いた。
ヴァシリはその瞬間、これまで頑なに理解を拒んでいた事柄に納得した。
元はアリアに牙を剥いた男だということ。
その身に憎悪を宿らせていること。
そうした本性と呼べる部分全てを、フィン自身が徹底的に捻じ伏せ隠していること。隠している理由の一つに、自分という存在がいること。
そして、その果てに壊れてしまったことを。
それでもフィンは決してその牙を表に出すことはない。
それどころか自分で牙をへし折ってでも抗っていた。
それだけで、ヴァシリは胸がいっぱいになった。
心優しい少年だった。
人の好い青年になった。
どこへ出しても恥ずかしくない一人前の男だ。
師として誇らしい。
(────でも、もう、いいんだ……)
無理をずっとさせてきた。
アリアの為にと厳しい修行をつけた。
だと言うのに報われなかった。
それでもいいとフィンは受け入れた。
王都に出てきて彼は苦しんだ。
苦しんで、耐えて、苦しんで、耐えて……尊厳を失うような暴力によって、死を迎えた。
邪神に魅入られた。
今もなお苦痛を味わい続けているのに、師匠、師匠と慕い続けてくれる。
(もう、十分だ。これ以上フィンに苦しんで欲しくない……)
「…………フィン。私は君に、やりたいことをやってほしい。私を抱きたいというのなら、抱いて欲しい。憎ければ殺してくれ。君に命を救われたんだ。私の全てを君にあげたっていい」
そう語るヴァシリに、フィンは瞳を揺らした。
「だから、どうか……私にも、フィンの重荷を背負わせてくれないかい?」