ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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186 扉一枚隔てた廊下、共同生活、風を支配するエルフ

「…………ど、どうだ?」

 

 恐る恐るカルラが訊ねる。

 問われたアリシアは、眉間に皺を寄せ難しい表情になった。

 

「…………多分、なんとかなった……?」

「おおっ! まことか!?」

「音と感情からはそう考えられるわ」

 

 その瞳にはまだ安堵はない。

 不安が宿った目の色にカルラも予断を許さない状況だと口を結んだ。

 

「そうか……なんとか収まって欲しいが……」

「そう、ね……。ただ、フィンくんはいつも以上に昂ってるしヴァシリも嫌がってはいないけど、アリアが不穏よ。感情の揺らぎが激しすぎて、一言も発してないけど時折うめき声が聞こえて来るわ」

「……一体なにをしてるんだ?」

「さぁ、そこまでは……ただ、いくらアリアでも同じ部屋にいるのに全く無関係なんてことはないでしょ」

 

 千載一遇のチャンス。

 アリシアがフィンの心を読み取って以降続いている波に乗れていない者達を心配するような口調で、しかし心のどこかではほんの少しばかり早く結ばれたことに対する優越感があったりするカルラの呆れた発言が廊下に響いた。

 

「…………いや、あのさ、姉さん。やってることヤバいよ?」

 

 そんな二人に対し、アリーシャが引き攣った表情で指摘する。

 

 現在地は廊下。

 目の前には扉が一つ。

 他にも幾つか扉が並んでおり、ここは居住区として用意された区画だ。

 当然この部屋の先にいるのはこの部屋で生活している者で、その扉の前でコソコソなにをしているのかと不審に思ったアリーシャがやってきたところで目撃したのは、当たり前のように扉の向こう側の状況を盗み見る(聞く)アリシアとカルラの姿だった。

 

「…………アリーシャ。一歩間違えれば私達全員が終わるっていうのに、手段を躊躇うなんてバカらしいと思わない?」

「えぇ~~~~……そんなに?」

「そんなによ。詳細は省くけど、フィンくんの触れちゃいけないところに触れちゃってね。殺されそうになったわ」

「…………それ、本当?」

 

 姉が嘘を吐く訳が無い。

 そうわかっているアリーシャだが、あまりの発言に思わず聞き返してしまった。

 

「信じられないのはわかるけど、事実なの。フィンくんはどうしてもヴァシリ、アリア、マリアンヌちゃんの三人に触れて欲しくなかったみたいで……」

「……あぁ~…………」

「それに、フィンくんの核心部分には憎悪がある。ルルクス様が悪感情を養分にして記憶も丸ごと食べてるからあれ以上おかしくなってないだけなのよ」

「…………え? …………」

 

 アリシアがサラッと口にした言葉に、アリーシャは閉口する。

 

 横を見れば、カルラも呆然とした表情でアリシアを見ていた。

 

「…………お、おい、アリシア殿。それは、まことか……?」

「ええ。あの時ルルクス様が言っていたことに嘘は何一つないわ」

 

『この子はね、あの時死んだの。死ぬような思いをしながら、苦痛に喘ぎながら、敵と自分に怨嗟の声をひたすら浴びせていた』。

 

「…………ま、まて。待ってくれ。フィンは、そ、それでも愉しんでたのでは、ないのか……?」

「……そこがちょっと難しいっていうか……いえ、愉しんでるのは間違いないんだけど、それはそれとして苦しんでると言えばいいのかしら……」

「……それってもう正気じゃないんじゃない?」

「そうよ。正気じゃないわ」

 

(……姉さん…………)

 

 姉の態度を不審に思ったアリーシャは、その表情を見て背筋をゾッと震わせる。

 

 昏い瞳にほんの少しも感情が浮かんでいない。

 それは、妹でも見たことがない表情だ。

 

 アリーシャが生まれてから百五十年と少し経つが、アリシアはいつも余裕を持っているように見えた。

 

 ハイエルフの長女として将来的には女王の座に着くことが確定している彼女には、他の姉妹と比べても厳しい教育が施されている。

 

 例えば次女のアストレアは〈預言〉にて好きに生きるといいと投げやりに告げられており、アリーシャは里から出ること叶わずと宣告されていた。

 

 それと比べてアリシアは、「やがて訪れる災厄に立ち向かう勇者の一行になる」と言われていた。

 

 立場が違った。

 礼儀作法や政務能力に外交能力を叩き込まれている。

 アリシアの本質はその感情を読み取れる能力を活かした政治家だ。

 旅の途中で情緒を育み世界を知ったことで今の彼女になったが、あのまま里にずっと閉じこもっていればどうなったかはわからない。

 

(…………姉さんは覚悟を決めたんだね)

 

 フィン・デビュラは壊れている。

 フィン・デビュラが今ああしていられるのは全て邪神の仕業だ。

 邪神が養分にしているから生き永らえている。

 これまでも、これからもずっとそのまま変わることはない。

 それこそ、エルフ達が寿命で亡くなったとしても、ずっと生き続けるだろう。

 そうだとわかったから、アリシアは覚悟を決めた。

 一生を捧げる覚悟を。

 

「……フィンくんの感情をルルクス様が吸い取らなくなったら、私は恨まれるでしょうね。それこそ、本当に殺されちゃうかもしれない。でもそれで構わない。フィンくんの願いはかなえてあげたいけど、三人を蚊帳の外にし続けることの方が深刻な問題……」

 

 アリシアはその矛盾を知って、即座に乗り越えることを選んだ。

 

「これは私だけが背負っていく。皆は知らなくていいことよ」

 

 もしもフィンが正気を失い暴れるようになった場合、その恨みが全員に行き渡るのは望ましくない。

 

 犠牲になるのは自分だけでいい。

 フィンくんに殺されるなら仕方ない。

 好きになってしまった、愛してしまった以上は、例え嫌われようが憎まれようが、フィンくんのために動く。

 

 その結果死んでしまうならそれまで。

 

「それに、私はルルクス様に目を付けられてるしね。死んだ後もどうなることやら……」

「あ、あのさ、姉さん。私が言うのもおかしいかもしれないけど、もう少し周りに相談してよ。頼りなくても、妹なんだから」

「……ありがとね、アリーシャ。でもいいの。というか私がアリーシャにそんなこと出来るわけないし……」

「……あはっ♡ たしかにそうかも♡」

 

 先程までの表情とは打って変わり、目を逸らして呟くアリシア。

 

 何を隠そう、アリーシャを巻き込んだ張本人である。

 

 巻き込まなくても何とかなりそうだったのを「ひとりぼっちは寂しいじゃない」と強引にねじ込んだ長女なので、当然、アリーシャには負い目があった。

 

「はああぁぁぁ…………もう、フィンにどうしてやればいいのか、わからんな……」

「私も同じよ。だけど、そうなってはならない未来はわかる。それを避けるために必死になるのはこれまでと一緒じゃないかしら」

「…………避けられたか……?」

「…………カ、カルラがお風呂に入ってなければ露見しなかったわ」

「私の所為か!? ノリノリで接吻刻んでるそなたにも原因はあるだろう!」

「しょ、しょうがないでしょそれは! 誰だって好きな男の子にあんな情熱的に求められたらぎゅってしたくなるじゃないの!! ていうか当たり前のように混浴してる方が変よ!」

「あぁっ! 言ったな! 言ってしまったな! それを言ったらおしまいだぞ!」

 

「……なにしてんの、この二人」

「うーん……責任の押し付け合いかな?」

 

 二人が言い争い始める前、アリシアがフィンの事情を口走ったあたりから周囲の風を操作して音を遮断していたアリーシャだったが、流石に上位互換であるアストレアからすれば風の操作を感じ取り何か異変が起きていると悟ることは容易。

 

 部屋を出て様子を見に来たアストレアは、音の遮断された風の中で言い争う二人の女を見てげんなりとした。

 

「ていうかここ、ヴァシリの部屋でしょ。何かあった?」

「えっと、お兄さんも一緒にいるから……」

「……………………ああ……。ふーん……………そう…………」

 

(あっ、目が死んだ)

 

 ナニが起きているのか。

 そんなナニを前にして二人が何をしていたのかを察したアストレアの目は昏くなった。

 

「……まあいいけど。私より出会ったのは前で五年間みっちり過ごして来たんでしょ。なら仕方ないんじゃない。私みたいに嫌われるようなことしたわけでもない。アリーシャ、知ってる? こないだフィンにね、どんな怪我を負っても死なないからこれからやっと役に立てるって言われたの。私とカルラはフィンにひどいことをずっとしてきたし言ってきた。いつか報いを受けると思ってた。でも、複雑な形とは言え、結ばれて幸せだったのよ。あんなことをしてきた私達でも受け入れてもらえるんだって。でも、これからどんどん増えて行って…………いつか、私とカルラは復讐されるんじゃないかって……」

「あ~~~~…………あっあっ、うーん……」

 

 姉の告白にアリーシャは頬を引き攣らせた。

 

「きっとフィンに恨まれてる。でもフィンはそんな素振りすら見せないのが、怖くて、怖くて、仕方なくて…………どうすればいいの? どうすればフィンに許してもらえるの?」

「…………あはっ♡ 後で三人で一緒にしよっか♡ うん」

「ア、アリーシャ……」

 

 縋るような目で見て来るアストレア。

 

 キリキリと胃が締め付けられる感覚を味わいつつも、アリーシャの胸がトクンと高鳴った。

 

(……あの(・・)アストレア姉さんが、私に、縋ってる? あの? 最強の姉さんが? 傲岸不遜で他者を歯牙にもかけない、あの、姉さんが? ……ふふっ、うふっ、あははっ♡ はぁ、これ、だめなやつかも♡)

 

 アストレアは気が付かない。

 縋る妹の頬は赤らみ、口角がつり上がり、瞳孔が開いていることに。

 

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