「…………フッ。なるほど、これが、悟りですか……」
マリアンヌは目を開いた。
瞳の下にはうっすらと隈が刻まれているが、彼女の瞳に翳りはない。
それどころかキラキラと輝き瞳孔も開いており、しかし落ち着いた雰囲気。
「祈りを捧げるとは、このようにして行うものなのですね……」
晴れやかな笑顔で彼女は呟く。
前日の夜から継続して十五時間にも及ぶ瞑想を行なったマリアンヌ。
瞑想を始めた理由は好きな男が高潔で潔白な人だと思っていたら全然そんなことはなくハーレムを作っていたことや、それでもなお好きで辛かったことや、仲間から生々しい話をされて淫らになっていく自分の変化が悍ましくて気絶してしまった結果眠れなくなったからなのだが、そういった過程を気にしなければ彼女は正に聖女としてあるべき姿を示していた。
「私は、なんと器量の狭い小娘だったのでしょうか」
フィン・デビュラに恋をしていた。
愛していたと言っても過言ではない。
全てを受け入れてあげたいと思っていたこともある。あなたのために生きたいと。でも、それは現実を知らない小娘の理想論に過ぎなかったと自覚させられた。
フィンのことは好き。
けれど、複数の女性に手を出してハーレムを作るような男は嫌い。
誰彼構わず手を出そうとする欲望に塗れた人は不快だし、権力や武力で強引に他者を捻じ伏せるような相手はもっと嫌いだ。
フィンさんはそんな人じゃない。
フィンさんは高潔で、紳士で、だけど女性に現を抜かすようなことは決してしなくて、そんな理想的な男性。
そう思っていた。
「ありえるわけがないでしょう、そんなこと。フィンさんは人です。男性なんです」
そんな簡単なことがわかっていなかった。
仕方ないとは思っている。
自分で言うのも何だが、冷静に考えて、孤児院で育ち修道院で苛められ役に立たないから出ていけと言われて追い出された先には教養などかけらもない荒くれものが集まる冒険者ギルドだった。
そこで出会った同い年の少年。
同じく世間知らずだけど漢気に溢れていて、子供ながらに紳士的で……何度も助けてくれた。時には強引に迫られているマリアンヌから守ろうと傷付いたこともある。
そんなことを他に男を知らない娘にやったらどうなるか?
男性観が歪んで当然だった。
それに加えて宗教にどっぷり漬かった娘なのだからどうなるかは明らか。
憧れと恋慕が入り混じった複雑な感情を向けていたマリアンヌは、徹底的に脳を破壊され価値観までもが崩壊して己と対話したことで答えを得た。
「────認めましょう……。フィンさんも、えっちなんだと……」
フィン・デビュラは男性だ。
確かに極めて高潔で世界最高の盾役で頼りがいがあり紳士的でユーモアもあって程よい距離感で互いに想いを伝えあっているわけでもないのにイチャイチャしてくれる人だったが、そんなフィンにだって、性欲はあるんだ。
寧ろそれを無いものだと考えていた自分の浅はかさたるや、なんたる醜さか。
極端に考えもしたが、ヴァシリの説得でその理解も違うと認識した。
それまでの自分はなんだったんだと正当化するために思い込もうとしたことを恥じた。
眠れぬ夜に祈りを捧げ、朝を過ぎ、昼に至り──マリアンヌは今、辿り着いた。
「えっちなフィンさんも、えっちじゃないフィンさんも、どちらもフィンさんなのですね……」
人には色んな側面がある。
自分が思い込んでいただけなのに勝手にショックを受けるなんて無礼極まりない。
フィン・デビュラという男性を一番雑に扱っていたのは他でもない私だ。
そう考えたマリアンヌは、素直に認めた。
フィンさんはえっちである。
だけどそれと同時にこれまで積み上げてきた思い出もある。
確かにフィンさんはマゾヒストなのかもしれないけど、それはそれとして、紳士で、高潔で、女性に手あたり次第手を出すような人では無かった。
そう、認めた。
「…………そう考えるとますますムカつきますね……」
初めて手を出された女への敵意が募る。
なぜアリシアなのか。
なぜ最初に手を出したのがアリシアなのか。
もっと他に周りに居たでしょう。
カルラさんとか、アストレアさん……はちょっと厳しいかもしれないけど、一緒にお風呂まで入ってて手を出してないってなんなんですか? 一緒にお風呂ですよ? えっちすぎます! そんなんだから私みたいな生娘が勘違いするのに!
数年一緒にいた私達はスルー。
いや、我慢してくれてたのはわかります。
でもこっちは別に我慢されなかったらされなかったで良かったんです。確かに、えっと、問題は起きたかもしれません。でもなんだかんだ言って三人で仲良くしてたんですよ。誰が選ばれても恨みっこなしだって。
わ、わ、私だって、私達三人で一緒に詰め寄るとかなら……まだ真っ直ぐに受け入れられたかも……………………いえ、無理ですね。
だからといって、そんな、ポッとでのアリシアさんなのは……。
「……いけません。傲慢ですよ、マリアンヌ……」
思い上がってはいけません。
私はフィンさんに選ばれなかった。
フィンさんが私のことをどれだけ大切だと思ってくれていても、選ばれなかった事実は変わらない。それでフィンさんに思うことはありませんが、寂しくて、切ないのも事実。
でも現実は、もっと積極的に想いを伝えていればよかっただけ。
そうすればフィンさんは受け取ってくれたかもしれない。
踏み出す勇気がなかった。
カルラさんのようにお風呂に入って、その流れで想いを伝えていれば……。
マリアンヌはそこまで考えて、ふっ、と自嘲する。
「止しましょう。そうはならなかった。そうはならなかったんです……」
微笑んで彼女は立ち上がる。
その時、足に力が入らなかったのか、マリアンヌは一度尻もちをついた。
それもそのはず。
祈りを捧げるだけで十五時間だ。
その前も三十分程度気絶していただけで休息はロクに取れていない。体力的にも精神的にも疲弊している。
「これでは、いけませんね」
思えば服も昨日と同じ服だ。
汗もたくさんかいた。
嫌な予感がしてスンスンと鼻を動かして、顔を顰める。
「…………さ、流石にこれは、どう考えても取り繕えない……!」
野営の経験もあって自分が臭うことには慣れているがそれはあくまで致し方ない時だけ。
日々を過ごす中で自分が臭いとか、不潔だとか、そんな状態であることは避けたかった。
なにせ、同じ環境で好きな人と生活しているのだ。
少しでも良く見られたいと思うのは当然だった。
そして正気を取り戻しつつあるからか、急激に瞼が重たくなっていく。
(あっ、ね、眠気が……でも寝る前にお風呂に入って、服も着替えなきゃ……)
立ち上がり、足が少しカクッとしたが、マリアンヌは鋼の意志で足を動かす。
いくら価値観が変わったとはいえ、乙女心は消えていない。
好きな人に嫌われたくないという思いは不変なのだ。
着替えを用意したマリアンヌは、フラフラとおぼつかない足取りで部屋を出て行った。
◇◆
「こうしてフィンの背中を流す日がまた来るなんてなぁ……」
しみじみと師匠が呟く。
泡立てたボディソープと身体を洗う布でワッシワッシと背中を擦られ、なんとも言えない心地よさだ。
「まさか、大人になって師匠と一緒に入浴するなんて考えたこともない」
「私だってそうさ。いくら弟子でも一人前の男だからね。可愛いって言ったって限度がある」
「そんな可愛い弟子とついに致してしまったわけだが……」
「……そういうことを言う口はこうしてやる」
「もががもがっ」
ほほっおほほっ♡
ひっ久しぶりの師匠の頬つまみ!
くううっ、幼い頃の思い出と現実が合わさって、むほっ♡
「ふが。師匠、もういいか?」
「うん、洗い終わったから流すよ」
「ああいや、そうじゃなくて。俺が洗ってやるよ」
「おっ、それはすまないね」
後ろに振り向けば、よっこいしょ、なんて言いながら美しい背中を晒す師匠が。
思わずねっとり見てしまう。
なんだかんだ言って女体自体は見慣れてるからね、俺。
主にカルラのせいなんだけど。
おっぱいが大きくてスタイルも良くて身長も高い、そんな女性が当たり前のように風呂に入って来たらそりゃあ見る。互いに見まくった。
おかげで極上の女体というものに関しては見識がある。
童貞だった癖に。
冒険者である以前に剣士であるカルラの肉体はそれはもう言い表せないほどの美麗さだ。
師匠の身体はそれに負けていない。
肌の色なんかは全然違うんだが、均等な感じって言うのか? バランス? とにかくめちゃくちゃ綺麗だった。
ガキの頃性欲なんてもんが大してない時に見てたのと、今見るのでは全く違う。
首。
肩。
背中。
脇腹、腰、臀部、そしてなにより、座っていることからちょっぴりと見えている後ろの谷間。
ス……スケベすぎるッッッッ!!
「フィン?」
「すまん、見惚れていた」
「……ここじゃしないからね」
「わかってるよ。そう何度も叱られたくはない」
「叱られたくないからしないんじゃなくて、迷惑のかかるところだからしないんだ」
「はい、はい。ごめんなさい」
「はいは一回だ」
「はい」
背中を洗っていく。
「痒いところはないか?」
「ふふ、大丈夫だよ」
楽しそうな声色で師匠は言う。
師匠が嬉しそうで俺も嬉しい。
順番に洗っていって、最後に不思議な谷間にズポッと指を突っ込んだ。
「……あのね、フィン。なにしてるんだ?」
「……いや、これは……穴があったので、つい……」
だ、だってそこに穴が空いてたら挿入れたくなるのが男ですし……。
振り向いた師匠がジトっとした目で見てきた。
う、ううっ、そんな目で俺を見ないでくれっ!
「…………フィ~ン~? これはナニかな?」
「うっ! こ、これはそのっ、ちがっ違くてっ……」
「しないぞ。絶対にしないからね。何があってもヤらない。いいね?」
「は、はいっ」
ほ、ほひぃっ♡
師匠の目付きがたまらんッッ!!
侮蔑されてるみたいでゾクゾクするッ!!
ハァハァッ!! や、闇のマリアンヌ、お、俺なんだかおかしくなっちゃいそうだよ!!
『うっぷ……え、な、なに? こっちは大変なんだけど』
エッッッッッ!!!!?!?!?
や、闇のマリアンヌがご懐妊!?
ぽよんぽよん!?
一体なにがあったんだ!?
────ガラガラッ。
ガタッ……!
音がした。
扉が開く音。
目を向ければ、そこに居たのは、マリアンヌだった。
目を見開き、床には桶と彼女の愛用してるシャンプーなどが散らばっていた。
「ぇ…………あ…………」
マリアンヌは目を見開き、俺と師匠を見て絶句していた。