19 【星天】①
「【払暁】対策を練ったモンスターによる組織的な襲撃……本当か?」
「金等級冒険者を疑うんですか?」
「疑ってるわけじゃねえ。信じたくないだけだ」
「なら信じてくださいね。お仕事なんですから」
「手厳しい聖女サマだこと……」
ギルド本部長のマーカスはため息を吐きながら前髪をガリガリと掻き毟った。
「ギルド本部でも一部しか知らねえ王女様所属パーティーへの襲撃から、金等級冒険者パーティーへの対策済みの襲撃……しかも当たり前のように魔王軍幹部レベルだぁ? ハァ〜〜、なんでこう厄介事ってのは重なるんだ?」
濃い隈の刻まれた瞳からは絶望の色が滲んでいる。
おそらく家にも帰れぬ激務が続いているんだろう。
かわいそうだが残念ながら代わってやることはできない。
俺が書類業務出来るような教養があったらギルド本部長を目指すのも良かったんだが、残念ながら素人同然である。
ハハっ、パーティー運営してるのは俺じゃないからな!
修道院で学んだマリアンヌと武家の出身であるカルラが担ってくれているので幸いなことに俺がボンクラを晒すことはないが、おつかい頼まれて全然知らんもの買って困った顔で微笑まれたことは数えきれないほどにある。
『おつかいも出来ないなんて、本当に使えないですね』
ごめんっ、ごめんなさいマリアンヌ!
どうか俺を捨てないでくれ!
反省する!
もうミルクの代わりにヨーグルト買ってこないからッ!
だって美味しそうだったんだもんヨーグルト! おしゃれな朝食って感じで食べてみたかったんだもん!!
ちなみにそのヨーグルトは腐っていたようで食べた後腹を壊した。
酸っぱかったけどそういうものかなと思って全部食べちゃった。
ヨーグルトなんて見たことない田舎者に良し悪しはわからない。
それ以降、マリアンヌにおつかいを頼まれることは一度もなかった。
あれ? これ本当に見捨てられてるんじゃ……
「王女殿下襲撃の犯人はわかっています。それはこちらで対処しますよ」
「どうせ貴族だろ? 深く関わる気はねーな。それよりも──」
「──モンスター、ですね……」
殿下曰く、今回の件はかなり面倒になるらしい。
第二王女であるシャルロット殿下が狙われた時点で事件だが、金等級冒険者が出張ってきてもなお正面から叩き潰そうとしてきたのが異常だ。普通は金等級冒険者が出て来るような事態になれば貴族は手を引くらしい。
なので、シャルロット殿下を狙うまでは貴族で間違いない。
ただその後に出てきた強力なモンスターと計画的な襲撃に関しては貴族ではなくモンスター側のものではないのかと推測されている。
「今回、殿下暗殺未遂に関わっていた貴族家の関係者がかなりの数失踪しています。枢機卿が王太子に確認を取ったところ無関係ということで、恐らく初めから仕組まれていたのでは……」
「モンスターが、国に干渉か。悪夢だな」
現在、魔王軍を名乗るモンスターとの戦争は長引いている。
大陸の西端から蜂起した奴らは周囲の国をあっという間に飲み込み勢力圏を作成、魔王を名乗る首魁とそれを支える強力なモンスター数百体を筆頭に大地を埋め尽くすほどの軍勢をもって人類へと侵略を始めた。
初めは協力もクソもなかった人類だが、国が十個飲み込まれた時点で大国が手を組み巨大な同盟を形成。
冒険者ギルド・エスペランサ教も協力し世界中から戦力を掻き集め現在はこの大陸の半分を破る形で戦況が維持されている。
総合的に考えれば有利なのは魔王軍。
人間と違って一体一体の強さが尋常じゃない。
そこらの兵士が三人一組で討伐するようなモンスターを無尽蔵に従えているのだからそりゃあ強いに決まってる。
戦況が維持できているのは、人類側の規格外が戦っているからだ。
もしそれが人類国家の内側から崩してくるならば?
協力体制が崩れ、国がバラバラに戦うようになれば──大陸が飲み込まれるのは時間の問題だ。
「……洗い流す必要がある。聖撃の、枢機卿と王太子にアポ取れるか?」
「いつ頃がよろしいですか?」
「出来るだけ早い方がいい。明日、明後日だ」
「承りました。そのようにお伝えします」
どうやら話は片付いたらしい。
マリアンヌの付き添いで一緒にきたはいいものの、役に立ってるとは思えない。でもなぁ、一人に任せっきりにするのはなんか違うじゃん?
カルラは鍛錬、アストレアは森林浴。
逆にマリアンヌと俺にだけは固定する習慣がない。
彼女は一週間に一度でもいいから孤児院に通っているし、俺も鍛錬と休息をこまめに取っている。
だからズラしても自分の性能にバラつきが出ることがないんだよね。
師匠にボコられまくったが故に根付いたものだが、かなり役に立っている。
師匠、俺、あんたのおかげで生きていけるよ……
「取り逃した個体についても冒険者ギルドを通じて各国に通知しておく。お前の名誉が傷付かん形にはするから安心しろ」
「取り逃したのは事実ですから、構いません」
「徹底的に対策取られてんのに魔王軍幹部級の四体中三体葬ってるパーティーを侮る奴がいたら、そいつは大バカだ」
トントン、と机で資料を整え丁寧に引き出しにしまったマーカスは、一度咳払いをしてから口を開いた。
「それよりも聖撃の。金等級冒険者パーティー【払暁】に、…………いや。正確には、そこの盾役に指名依頼が来てる」
「俺に?」
そりゃまた珍しい。
基本的に俺に対する指名依頼など来ないと言っていい。
理由は単純、俺が他の金等級冒険者と比べて強みがないからである。
完全近接戦特化の割に破壊力・殲滅力が欠けていて金等級冒険者として問題ない戦闘能力はあっても特別指名してでも確保したいと思われないんだ。
カルラには〈剣聖〉というネームバリューに相応しい強さがある。
斬撃飛ばすのは魔術の領域だと思うんだが、彼女曰く剣術の一つだそうだ。世の中の理不尽ってのは天才によって生まれてるんだなぁ。当たり前だが討伐系の依頼で引っ張りだこで、鍛錬代わりに向かうことが多い。
アストレアは言うまでもなくシンプルに強い。
ぶっちゃけ白金等級になっててもおかしくないと思う。白金等級ってああいう理不尽さを持ってないとなれないからな。どんなクエストでもござれの圧倒的破壊力と索敵能力があるので、めちゃくちゃ人気。
全然受けないけど。
多分、受けないから昇格渋られてるな……
そんでもってマリアンヌは対魔特化。
今回はたまたま効かない敵だったけど、聖撃の対策をしてもそれ以外の手段で戦えるんだよね。持久戦は彼女が一番強い。
回復できるのがズルい。
身体強化が出来るのもズルい。
そしてそもそも【聖女】なので、教団側の都合で忙しいのだ。
その点、俺に指名依頼など来ない。
俺以上の火力を誇る銀等級冒険者は普通にいるので、無駄に高い金等級冒険者をわざわざ雇う必要などないのだ。
普段俺に回ってくるクエスト?
あれは、ギルドにとって放置しがたいが難易度が高すぎずしかし銀等級以下では死人が出かねない割に報酬が安いクソみたいなクエストさ。
それでも誰かがやらないといけないことだ。
教養がなく学もない、そんな俺でも世の中の役に立てるんなら喜んで受ける。強みのない俺がギルドに冷遇されないようにするためには、少しでも使える場所があるってアピールしないといけないんでね。
そういう訳で、まあ物好きもいたもんだなと思うだけなんだが、マリアンヌには何かが引っ掛かったらしく怪訝な表情をしている。
「フィンさんへの指名となると……護衛ですか? なら【払暁】で受けた方がいいですよね」
「そう思って提案したんだけどよ。どうしてもこいつ一人がいいんだと」
「……俺一人で守れる範囲なんてたかが知れてるが。依頼主は?」
これ、俺を狙った罠な気がしてきた。
大商人なら金を惜しまず護衛指名してくる。
貴族でも同じでよほどアホな依頼だった場合はギルドが弾くだろう。ギルド長が直接指名が入ったと伝えてきて、尚且つギルド長の提案を弾けるような人物……
「依頼主は言えねえ。秘匿されてる」
「では、こちらも受ける必要はないな。あまりいい
「だよな。俺もそう思う」
じゃあなんて言って来たんだよと視線で聞けば、そうせざるを得なかったんだよという大人の悲哀が伝わってくる。
「だが残念、この指名は強制クエストだ。ギルド長、ギルド本部長、王国内支部長全員が承認している」
「あー……そういうことですか……」
マーカスがそう言った瞬間、マリアンヌが諦めの声を漏らした。
クソッ、せめてマーカスが巨乳俺様系美人だったらよかったのに!
そうすれば強制クエストの強制という部分だって興奮出来た!
『アンタみたいな平民出身で何の後ろ盾もない金等級冒険者なんて雑に扱われて当然なンだよ』。
彼女はそう言いながら俺の頬を札束で叩く。
ギルド内において立場の低い俺を好きなだけ利用し私腹を肥やす悪徳ギルド長だが、彼女にはカリスマと恵まれた顔と鍛え上げられた肉体美があった。反抗的な視線を向けた俺を嘲笑い、逆らえないのをいいことにギルド本部地下室にある拷問台で夜な夜なその心を挫かんと甚振る日々。
金等級冒険者が情けないねぇ! アタシの手で無様にイッちまいな!
やめてくれと懇願しても決して止まらない責めにやがて俺は意識を失い、次に目が覚めた時には心折れて女王様へ完全屈服を宣言してしまうのだった……
うーん、ちょっと微妙か。
そもそも本当の王女様が友達だからな。
殿下が俺に女王様プレイしてくれたらもう喜んで奴隷になるんだが、殿下はまともなのでそんなことしないと思う。
天秤に賭けろッ!
尊厳を失うか、己の正義を貫くか!
ぐ……グググ……!!
ダメだ俺には出来ない!!
だってドマゾは趣味だから!!
趣味の為に人生投げ出すなんてこと、俺には出来ないッ!
普通に被虐以外のこともやっていきたいから、ボツで。
現実のマーカスはガハハと口を開いて笑いながら言った。
「だからまあ、罠じゃあねえんだ。そこは安心してくれ」
「そっち側で把握してるなら構わないが……それで? 一体俺は何をすればいいんだ?」
「────簡単な護衛任務だよ、フィン」
懐かしい声に思わず振り向く。
後ろ、執務室のドアを開いて飛び込んで来たのは、見覚えのある美少女だった。
黄金に煌めく髪。
パッチリ開いた目に自信に満ち溢れた表情。
何が面白いのか口角と頬が緩んでいて喜色が滲んでいた。
「クエストの内容は、私達が王都滞在期間中の護衛」
「期間は未定。短いかもしれないし長いかもしれない。それに見合うだけの報酬は用意してるから、よろしくね?」
「……【勇者】、アリアンロッド……」
マリアンヌの呆然とした呟きが響く。
アリアンロッド・モーナ。
白金等級冒険者であり、【勇者】の二つ名を持つ人類最強の一人。
白金等級冒険者パーティー【星天】の一人で、師に【天聖】を持つ選ばれた人。
つまるところ、伝承に残るような英雄。
そして──俺の幼少期にドマゾ性癖を開花させてくれた、大事な幼馴染だった。
ズンズン部屋の中を歩き、呆けるマリアンヌを無視して俺の手を握った。
アッ!
手が柔らかいしいい匂いする!
童貞には刺激が強い!!
「アリア……俺のこと、覚えてたのか?」
「忘れるわけないよ。フィンのこと大好きだもん」
「だ!!!!!? い????」
うおっビックリした!!
マリアンヌが急に大きな声を出したのでビクッと身体を震わせると、愉快そうにアリアは笑う。
「さ、行こ! 王都の美味しいお店とか教えてよ!」
「あ、おい! すまんマリアンヌ、詳しくはまたあとで!」
アリアに手を引かれ執務室から出る。
すると廊下に見覚えのある──ていうか姿が全く変わっておらず記憶そのままのダークエルフが居た。
「師匠! 聖女ちゃんに説明よろしく!」
「はぁ…………わかった。楽しんでおいで」
「うんっ!!」
ちょっと待って俺も師匠に挨拶したいんだけど!
一瞬視線を交わすと、彼女はなんとも嬉しそうに目尻を緩めた。
────まあ、この感じならいつでも会えるか。
アリアがどうして俺のことを指名してきたのかは謎だが、それもわかることだ。
とりあえず今は──【勇者】と呼ばれるほどの人気者で巨乳美少女に変身した幼馴染の匂いと手の感触を楽しむとするか……!!