「…………どうして、こうなっちゃったんだろう……」
呆然とした表情で呟く金髪の美少女。
瞳に光はなく口も半ば開いている。
暴行を働かれた後、無気力になってしまったかのような姿にアリシアは胸を痛める。
「ねぇ…………なんで、こうなっちゃったのかな……?」
大粒の涙をこぼしてアリアは呟く。
なぜ、どうして、こんなはずじゃなかったのに。
アリアの思い描いていた理想の未来はもう訪れない。
どうしようもなく胸が痛んで、切なくて、涙が止まらなかった。
ずっとそのために頑張ってきた。
子供の頃から親元から離れて必死にやってきた。
聖剣を手にして勇者と呼ばれるようになって世界中を旅した。
広い世界に飛び出しても、心にあったのはずっと同じだった。
いつかまた君に会いたい。
世界が平和になった後で、大好きな幼馴染に会いたい。
会って、たくさん話をしたい。
ただそれだけだったのに。
「私じゃ……ダメだったのかな……」
旅路の中で最大限女の魅力を磨いてきた。
髪のケアもしたし肌も気をつけた。
師匠に無理を言って野営中も無理をしなかった。
出来物が顔に出た時は、必死に消そうとした。
それは全部、好きな男の子と再会した時に可愛くなったと思って欲しかったから。
「あはっ、あはっ、あははっ! わた、私っ、なんで、なんでこんなことにっ!」
「アリア……」
壊れたように笑うアリアにアリシアは顔を歪める。
素朴で、けれども汚れを知らないわけでもなく、天真爛漫で臆病な側面を持つ一人の少女の精神が限界に達した姿は悲惨の一言。
「うっ、ううっ、うっ、と、盗られたぁっ、フィンを奪られたぁっ! もう、もういやぁっ!! 死にたいっっっ!!」
びえええぇえぇっ!
大声で泣き叫ぶ二十歳女性の姿から目を逸らしながら、アリシアは言う。
「言っておくけど、アリアが死んだらフィンくんは絶望してモンスターになるわよ」
「も、モンスターってなにさぁ!! 今だってけだものだよ!!」
「そ、それは否定しないけど……フィンくんにとってあんたは特別な一人なの! 認めてやんなさい!」
「う、う、ううううぅぅうぅっっ!! あっあ、ああああっ頭がっおかしくなるのっ! フィンがいっぱいえっちしてるとか!! あああああああっ!!」
度重なる脳破壊は、アリアの脳へ着実にダメージを蓄積させていた。
王都に凱旋し堂々と幼馴染をデートに誘い、いい雰囲気になったところで同棲の誘いをするも『同じパーティーの美女たちに囲まれて生活してるから無理だわ笑』と断られ、諦めず生活していると妙にフィンの周りに女が多い上にその女達が大体好意を向けているのに本人は全く気が付いていないような状況でやきもきし、最大のライバルだと思っていた聖女と手を組んだが一歩どころかスタートラインにすら立てていなかったと突きつけられてしまい、アリアの脳内にはアリアンロッドを名乗る謎の人格が生まれてしまった。
『んも~、悠長だなぁ私は。嘆いてる暇があったら裸でセックスしよって言えばいいのに』
「い、いいいいいっ!!? いぎいいいいっ!?」
「…………なんか見覚えあるわね……」
頭の中で自分を追い詰める言葉に発狂した。
(そ、そそそんなはしたないこと出来るわけないでしょっ!!)
『フゥン。これだから私は……いい? フィンはもうより取り見取りなんだよ。女の子に困ってないの。目の前に森人を見てごらんよ』
アリアは死んだ目をアリシアに向ける。
『背は高いしフィンと並んで肩より下くらいに頭が来るよね。もう少し身長があった方がいいけど、私とフィンが並んだらどう見える?』
(そ、それはっ……ち、ちっちゃく見えるけど……)
『だよねぇ。身長が高くて、おっぱいも大きくて、腰はくびれてる。足の長さのバランスもいいよねぇ。あれ、私は? ずんぐりむっくりでおっぱいだけ大きいからちびでぶだ』
「ちっちびでぶ!!!!!!?!?!?」
叫び声にアリシアがビクッと反応した。
『師匠、カルラ、アリシア……あらら、あんなに理想的な身体した女の人がたくさんいる。私じゃ勝ち目がないよ』
「お、お゛っ、あ゛あ゛っ……!!」
白目をむいて痙攣を始めたアリア。
そんなアリアを見てため息を吐きながら、アリシアはお茶の準備をし始めた。
(…………幼馴染って言うか、似た者同士よねぇ……)
ここに居るのが彼女以外ならばアリアを心配していただろう。
だがアリシアにとってこの反応は見慣れたものだ。
感情が読めてしまう以上、突飛な行動に対する理由をある程度察することが出来る。アリアが痙攣し始めたと同時に絶望と興奮が押し寄せて来たため、彼女は確信に至った。
(アリア…………あんた、もう手遅れよ……)
『でも安心して、私。ここからが勝負だよ』
「しょ、しょしょっ勝負……」
『そう。逆に考えれば、フィンはえっちしてくれるかもしれないんだよ。周りがみんなしてるのに私だけ置いてけぼり、なんてことフィンがすると思う?』
それは────そんなひどいことは、しないと思う。
こっちから求めれば答えてくれると信じたい。
けれど、アリアには自信がなかった。
自分なりに見た目には気を遣って来たが、やはり王都にやってくるとオシャレな女性が多い。
ギルドの受付嬢ですら地方とはまるで違った。
冒険者ですらそうだ。
ヴァシリのコーデによって見劣りしないが、アリア本人はただの村娘。
躾けられたわけではなく、気品あふれる動作などは出来なかった。
自分のような田舎臭い女より、王都のしゃれた女性の方がイイんじゃないの?
『それじゃあ、諦める?』
(…………ううん。それはヤダ。わたし、フィンのことが好きだもん)
『だよね。それでいいんだよ、私』
好き。
それだけでいい。
脳内の謎人格の言葉に、アリアの心が少し軽くなる。
『好きなんでしょ、フィンのことが』
(…………うん)
『ちゅっちゅしたいんでしょ?』
(…………う、うん……)
『デートして、抱き締めあって、ちゅっちゅしてイチャイチャしてそれとなくお互いの身体を触り始めてゆっくり盛り上がってえっちなことし始めたいんでしょ? スケベだなぁ、アリアは』
「そっそこまでは考えてないから!!」
一方、当たり前のように一人で騒いでいるアリアを見ながらアリシアはズゾゾとお茶を啜った。
(照れと興奮……うーん、アリアの中にもナニかいるのかしら。そうだとすると、厄介よね。でもまだアリアがただの寝取らせ性癖持ってるだけの可能性もある。決めつけはよくない。それで痛い目に遭ったでしょ?)
自分に言い聞かせる。
(……いえ、現実逃避は止しましょう。そうやって『ありえない』と断じた結果が今よ。フィンくんを見なさい。仲間を庇って気持ち良くなってるのかと思ったらただマゾだっただけだし……いえ、マゾでもあった、というのが正しいか。アリアはどう? ソフトマゾくらいで……許してくれないかしら……)
『ふっふーん。でもヤりたいんだ』
「ヤ、ヤりたいとか言わないでよっ生々しい!」
『目の前の森人はヤってるよ?』
「うわああああああああっっっ!!!!」
「!?」
ピクピクッビクッッ!!
叫び声と共に蹲った。
アリアの脳内いっぱいに広がる裸のフィン。
そんなフィンが、周りの女達を抱いて……いや、数を考えれば抱かれている、マワされていると言った方が正しい。そんな状況にあって更に男性器の生えた聖女の相手もしている。
悲惨としか言いようがない状態。
大事な、大好きな幼馴染がそんな状況にあると改めて認識したアリアの心臓に強い負荷がかかった。
「はーっ、はーっ、ふっ、ふっ、ヒュ、コヒューッ……」
『あーあ。幼馴染が女に好き放題されてるって言うのに、勇者ともあろう者がこの体たらく。あの子がかわいそうだよ!』
「う、う、う、ううううぅっ!!」
『本当はずっとアリアに見て欲しかったのかもしれないのにね。アリアってばヘタレだもん。主として情けないよ、ホント』
「うぎゃああああっ! もぎゃっ!! ぎゃっ!!」
「うわぁ…………」
錯乱するアリア。
頭の中に響く声に追い詰められ、彼女の心は軋む一方だった。
『それで、だ。アリア、ここは一つ、私の言うことに従ってみない?』
「う、う、う……?」
『これまでアリアの思い描いていた理想はとてもじゃないけど実現しなかった。なら、他人の手も借りるべき……そうは思わない?』
「そ、そうかも……」
これまでアリアなりにやってきたことは裏目に出てばっかりだった。
ヴァシリに連れ出されたり、フィンと別れたり、どうしようもない部分での失点が多くて取り戻すことは出来ず、なまじ関係が深かったせいで踏み込むことも出来なかった。
『大丈夫、悪いようにはしないよ。あの子のことは私も好きだからね』
「…………わ、わかった。そうする」
『うんうん。それがいい。いや、ホントに。いい加減にしろよと思ってたもん。ビビりやがってヘタレがって何回思ったことか』
「い、言いすぎでしょ私のくせに!」
『あはは、でもしょうがないじゃん。ずっと見てきたんだよ、こっちは』
そう言ってアリアの視界がぼんやりと薄れていく。
おかしいと思う暇もなく、彼女の身体から力が抜けていく。
「へ、あ、れ…………?」
『同意いただき。大丈夫、悪いことにはならないよ』
「……ま、っ…………」
アリアの意識は瞬く間に落ちる。
だが、彼女の身体は崩れ落ちることもなくその場に佇んでいた。
目の前にいるアリシアが疑問に思うことすらない一瞬の最中に起きた出来事。
「────んんっ。あー、うん。やっぱり、現実は認めなくちゃいけないよね……」
「……そう? 無理してない?」
「平気だよ。受け入れられると思うな」
「ほっ……! そ、そう。アリアがわかってくれて嬉しいわ」
「こっちこそ我儘ばっかりでごめんね。フィンにこそ謝らないといけないや」
「フィンくんなら許してくれるわよ、きっと」
何事もなかったかのように会話を続けるアリア。
彼女の瞳の色が変わっていることに、アリシアは終ぞ気が付かなかった。