ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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198 アリシア・ラ・アエラス

「……というわけで、俺自身の歪みを自覚したのでこれから更に迷惑をかけると思う。すまん」

 

 そう言って頭を下げるフィンくん。

 何と答えればいいかわからなくて、咄嗟に口を開いた。

 

「いいのよ、そんなこと! それよりフィンくん、本当に平気なの……?」

「……まぁ、楽じゃないさ。アリシアさんには隠しても無駄だし正直に言うが、辛いよ」

 

 苦笑しながら言ったフィンくんに胸が締め付けられる。

 

 数日前に理解した、理解してしまった、フィンくんの根底にあるもの。

 

 抑えきれない憎悪。

 フィンくんはもう壊れている。

 人としての形を保てているのは邪神が魔の原料となる負の感情を吸い取って養分にしているからで、フィンくんの心は、もう、擦り切れてしまっていた。

 

 それを理解させられた。

 どうしようもないんだと悟った。

 引き返せないとわかった。

 だから私は、フィンくんの道についていく覚悟を決めた。

 なにがあっても、なにが起きても、私はフィンくんと一緒に歩いていく。

 壊れ果てた英雄の末路なんてわかりきってる。

 しかも邪神に魅入られてる。

 ロクな終わり方はできないでしょうね。

 

 それでもいいと思った。

 

 あなたを愛してしまった。

 たとえあなたの特別な女になれないとしても、それでも良かったの。

 だって、あなたに尽くせることが幸せだから。

 あなたが生きて、あなたが楽しそうで、あなたを喜ばせてあげられればいいと思った。

 だって、それ以外に道がないんですもの。

 道はなかったんですもの。

 自分が壊れてることすら自覚できないのよ?

 どうしようもないわ。

 

 だからせめて、これ以上誰も不幸にならないように、すれ違わないように。

 

 フィンくんが望んでいなかったけれど、それでも全員を巻き込むことにした。

 

 マリアンヌちゃん、アリア、ヴァシリ……。

 フィンくんが触れてほしくないと思っている女たちを巻き込んだ。

 いつか最悪の形で爆発するくらいならここで巻き込んで、私だけが標的にされる方がマシだったもの。仮に私が死んでも邪神がいる。魂を奪われたかもしれないけれど、それはそれでフィンくんの近くに居れるわけだから、悪い賭けじゃなかった。

 

 ──それが、まさか、どうにかなるなんてねぇ……。

 

「アリアの〈聖剣〉。そんな手があるとは……」

「いや、俺も全く想定してなかった。想定してなかったからもう逆にどうとでもなれと思えてな」

 

 そうでしょうね。

 

 私達のうちの誰かがフィンくんの記憶を見たよと言うよりよほど効果がある。

 

 だってそんなのどうしようもないじゃない。

 あまりにもどうしようもなさすぎると「もういいか」って気持ちになるのよね。よくわかるわ。

 

「ていうか、〈聖剣〉とすらエッチしようとしたの?」

「うっ。そ、それは……何というか、アリアの身体だったし……余計興奮するだろ?」

「してもいいけどアリアは泣くわよ……」

「ぐううっ!」

 

 あ、これは興奮……いやでも自己嫌悪も……どっちかしら……。

 

「……まあ、とにかく良かったじゃない。正直、本当に安堵してるわ」

 

 嘘偽りない本音。

 フィンくんの記憶そのものを見て、フィンくんを理解した上で受け入れる。それもアリアが。何よりもフィンくんにとって触れ難い存在だったアリアが、フィンくんの全てを受け入れた。

 フィンくんが絶望しない形で。

 いいえ、絶望しても、彼を強引に救い上げるような形で。

 

 私にはできなかった。

 

 悔しいやら、寂しいやら。

 でもそう思うよりも先に、フィンくんの人生にこれからがあると思うと、少しばかり嬉しくなる。

 

「あーあ、これでフィンくんとはおしまいねぇ……」

 

 アリアと正式に結ばれるとなれば、私みたいな年増がしゃしゃり出るわけにもいかない。

 

 エルフの価値観的にはハーレムでもいいんだけど、アリアはそういうのじゃないもの。

 

 うまくいってる二人の間に入り込んで嫌な流れにしたくもないし、何より、フィンくんの心の乱したくない。アリアがいい顔をしなければ、フィンくんも嫌になるでしょうし、ここらが引き時なのかしら。

 

 そう考えると、胸が痛む。

 

 若くもないくせに生娘みたいな傷つき方しちゃってまあ、我ながらどんだけ入れ込んでるのよ。

 

 それでも、受け入れる覚悟はあるわ。

 

 愛してるからこそ、好きな男には憂いなく生きていて欲しいと思う。

 

 そう思い伝えたのだけど、フィンくんからは戸惑いと悲しみが伝わってきた。

 

「……え。俺、捨てられるのか?」

「私が捨てられるの。アリアと一緒になるのに私達みたいなのが一緒にいたら嫌でしょ?」

「いや全然。というか……実はアリアとはまだなにもしてないんだ」

「うん。でもこれからするでしょ? まともな夫婦としてやってくんなら今が最後のチャンスよ」

 

 ……期待させないでほしい。

 そんな内心を隠して、あくまで平然と、正論だけを口にする。

 

「フィンくんの情けは嬉しいけど、アリアは普通の村娘。私達姉妹やカルラみたいにそこそこの立場で生まれ育ったわけじゃないから男女関係に関してはハッキリしてるの。そこは割り切らないと、アリアが可哀想よ」

「……アリシアさんは、もう嫌か?」

「……い、嫌とかじゃなくてね? 私だって、そりゃあ、その……さ、寂しいし、切ないけど……でもしょうがないでしょ!? アリアがずっとフィンくんのことを好きだって知ってたんだもの! 身を引くのが道理でしょ!?」

 

 何なのかしら。

 もしかしてフィンくんのサディスティックな部分が刺激されてる?

 それにしては興奮がなくて、ただひたすらに悲しさばかりが伝わってくる。

 そんな状態だから私の方も強く突き離せない。

 それを口にしたらまたフィンくんが傷ついてしまうから。

 

「私だって……私だって、フィンくんのこと、愛してるのよ? だからこそ、身を引くの。フィンくんには、幸せでいてほしいから……」

「……?? いや、その、なんでそれが俺の幸せになるんだ。どう考えても不幸だろ」

「だから、それはアリアが……」

「いやいや、待て、待ってくれ。そもそもアリアと結ばれるにしたって、アリア一人で俺は満足しないぞ多分」

「……………………えっと、それは……男の独占欲?」

「いや、性欲」

 

 ああ……。

 それは……そうかもしれないわね……。

 アリア一人でフィンくんの相手が出来るとは思わない。い、いえ。もしかしたらアリアがとんでもない性豪で、フィンくんすらもシナシナにしちゃうくらいとんでもない女かも……。

 

「闇マリに吸われてたおかげで色々変わったのは事実かもしれんが、だからと言って俺がマゾでサドな事実は変わらん。マリアンヌやアリアにやらせるのは、どうにも気乗りしないんだ」

「……ふ、ふーん。あらそう。じゃあなに、フィンくんは私たちのこと、好きなように扱っていい都合のいい女扱いしたいわけ?」

 

 ……あれ。

 あれ、あれっ?

 口から出た言葉が考えていたものと違う。

 どうして?

 何で私はこんなめんどくさい女みたいなこと言ってるわけ?

 

 慌てて取り繕おうと思ったけど、それより早くフィンくんが口を開く。

 

「都合のいい女というより、俺の方がいないと我慢できん」

「っ……へ、へええ。それって、つまり?」

「恥ずかしながら、アリシアさんたちがいないと満足できないんだ」

 

 …………。

 

 口の端が吊り上がったので、手で抑えて誤魔化す。

 

「というか、あんだけ好きなようにしてもらって都合が悪くなったのではい終わりです、なんてことするわけないだろ。俺たち、そんな浅い関係か?」

「で、でもっ、アリアがっ」

「アリアには俺から話す。というより目の前で見てもらう。俺の全てを受け入れると言ったんだ。これも俺の一部だと思ってもらう」

「そ、そんなっ、あの子の目の前でなんて……! いやよ!」

「残念だが諦めてくれ。もう離すつもりはない」

 

 〜〜〜〜っ……!!

 

 し、心臓に悪いことばっかり言って!

 

 何でそれが、嘘じゃないのよ!

 何で全部本気で言ってるのよ!

 こないだまでとなにも変わんないじゃない! いえ、それよりむしろタチが悪くなってる。吹っ切れたとまでは言わないけど、もうどうにもならないからって開き直って……! 微妙に完璧じゃないから、前よりもっと酷い!

 

「俺は見ての通りどうしようもない男だからな。そんな奴に捕まっちまったことを後悔してくれ」

「もっ……もうっ! 悪い男なんだから!」

「そうなったのは、他ならないアリシアさんのせいさ」

 

 フィンくんが笑う。

 その顔を見ると、胸が高鳴る。

 それと同時に締め付けられる。

 

 私では、フィンくんの特別にはなれない。

 

 感情が読める。

 ただそれだけ。

 フィンくんの隠してたことを暴いただけにすぎない。いずれ破綻してたかもしれないけど、今に至るまでに引き摺り出したのは私なの。

 

 アリアやヴァシリのようにはなれない。

 

 フィンくんの特別な存在には、ならない。

 

 そうわかってるのに。

 感情が読めるからこそ、わかるのに。

 だってのに──こんなに喜んでしまうなんて、本っ当に、どうしようもない女ね。

 

 そんな風に喜んでいたら、次のフィンくんの言葉で、私の心は大きく揺さぶられてしまった。

 

「アリシア。これまで苦労をかけた。俺の知らないところでも気を遣ってくれてたんだろう。介護のようなことをさせてすまなかった。ありがとう」

「うぇっ……ちょ、ちょっとま……」

「都合がいいことを言っていることは理解してる。男として最低だってことも。それでも俺には、どちらかを選ぶことはできなかった」

 

 フィンくんが立ち上がって迫ってくる。

 

 思わず椅子から転げ落ちて、尻餅をついて後ずさって、壁にぶつかった。

 

 頭が真っ白でどうすればいいかわからない。

 だって、こんな、感謝と、愛情ばかり向けられて……こ、こんな、こんなのっ!!

 顔が真っ赤になってる自覚があって、恥ずかしくて顔を覆った。

 その手を強引に引き剥がして、フィンくんに顔を直視されて、視界が滲み始めた。

 

「アリシア。これからも、俺と一緒にいてくれないか?」

「フィ、フィンくん……あなた、そんなのっ……!!」

「……俺にとって、アリアもマリアンヌも師匠も特別な人だ。自覚はなかったが、今になって自覚した。だけどそれと同じくらい、アリシアも尊い人だと思ったんだ。どうだろうか。改めて一緒にいてくれるか?」

「そ、そんなっ、そんなのっ……!! 断るわけ、ないでしょ……?」

 

 そう答えたのに、フィンくんはなにも言わない。

 

 じっと私の顔を見て、手を掴んだまま、愛情をずっと向けてくる。

 

「ぅ……わ、わかった、わかったから! なる! なります! フィンくんの愛人でも何でもなるからっ!」

「……そうじゃなくて、俺が言って欲しいのはただ一つだよ」

 

 フィンくんがそっと顔耳元に近づけて、囁く。

 

 愛する男の声で囁かれた言葉を反芻した。

 

「どうだ。俺と一緒にいてくれるか?」

「…………はい」

 

 フィンくんに、ぎゅっと抱きしめられる。

 

 …………はああぁ。

 

 アリアになんて言えばいいのかしら。

 いえ、というよりどんな顔すればいいの?

 ずっと好きだった男に手を出した女なんて殺されても文句は言えない。

 でも、そうやって不安になる気持ちよりも……愛情をたっぷり向けられて、蕩けるような感覚が強すぎて……。

 

 …………。

 

 無言で背中に手を回して、抱きしめ返した。

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