ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

200 / 200
200 ヴァシリの焦燥

「……とまあ、そんなわけで。フィンとアリアはようやくお互いに向き合ったわよ」

「…………ほ」

「……ほ?」

「ほ、ほ、ほ?」

 

(うわっ、壊れた……)

 

 目を見開いて呆然とするヴァシリから伝わる混乱にアリシアは嘆息しつつ、気持ちはわかると内心で同意した。

 

 なにせ、可愛がっていた弟子同士がようやく想いを通じ合ったのだ。

 

 動揺してまともに思考できなくなっても仕方がない。

 

(特にヴァシリはアリアのこと推してたものね。フィンと結ばれてほしいって考えてたのはお見通し。だからこそ余計気まずかったんだけど……)

 

 幸いなことにアリシアとフィンの関係にはヴァシリもそれほど勘気を見せることはなく、フィンが選んだのならそれでいいと肯定的だった。

 

 むしろ自分達がそういった気遣いをできなかったこと、そして隠し通してきたフィンの本当の姿に驚きすぎてそれどころではなかったことを後悔するほどだった。

 

(フィンくんの闇が深すぎて、どうしようもないと考えてたところにこれ。そりゃあ、ヴァシリにとっては青天の霹靂でしょうね)

 

 それからしばらく呆然としていたヴァシリは、やがてゆっくりと瞬きをしてから、アリシアに問いかけた。

 

「ほ…………本当か?」

「嘘付く理由がないわよ」

「ほ、本当にあの、アリアが? フィンのこととなったらいつもの何倍もめんどくさくなる可愛らしいアリアが、フィンの記憶を見て、受け入れた……?」

「ひ、酷い言われようね……」

 

 事実だし仕方ないけどと思いつつも、アリシアはアリアを擁護する。

 

「信じられないのも無理はないけれど、本当のこと。私だってまさかと思ったわ。あのアリアが、フィンくんの記憶を見て正気でいられるなんて……」

 

 あまりにも性的なことに耐性がなさすぎるアリア。

 いくら幼馴染でフィンのお気に入り枠にいるとはいえ、このままなにもしなければ本当に他の女達と違いフィンと結ばれることなく歳を重ねいずれ関係ない男と結ばれ、誰も得をしない最悪の未来が待ち受ける──なんて懸念すらあったアリアが、まさか……そう思う気持ちはよくわかる。

 

 それでも、そんなアリアが、自分の弱い部分を乗り越えてフィンを受け入れた。

 

 それはもう、喜ばしいことこの上ない。

 

「でも、本当のことなの。アリアはフィンくんを受け入れた。フィンくんも、ルルクス様に感情を吸い取られることもなく、自分と向き合う覚悟が出来た。何もかもがうまくいったの」

 

 感情の読める自分にも出来なかった。

 聖剣という反則技があったとはいえ、それだって偶然の産物。

 全ては積み重ねたものが今になって開花したにすぎず、ルルクスやエヴァンジェリンが善性を保ち続け、ヴァシリが探し求め発見し、アリアの手に握られたからこそ今に至ることは忘れてはならない。

 

 アリアが成し遂げたのは偉業だ。

 壊れた青年の心を救った。

 こればかりは、他の誰にもできることではない。

 アリアだからこそ出来たことだ。

 

「やっと、肩の荷が降りたって感じねぇ……」

 

 しみじみとアリシアは呟く。

 

 アリアとフィンが結ばれたからといって別に全てが終わるわけでもなく、何なら身を引こうとしていた自分を強引に引き止めてハーレム継続となってしまったのだが、それはそれとして世界崩壊の引き金に手をかけなくていいとなり、彼女は心底安堵していた。

 

 いくら自分で箱を開いてしまったとはいえ、まさかこんなことになるとは考えるわけがない。

 

 最初は好奇心だった。

 次に疑問だった。

 最後に心配が残った。

 

 ヴァシリや自分の運命を変えた英雄の男の子。

 アリアの想い人で幼馴染だからあんまり大した関係にはなれないだろうけど、英雄に興味があるのはハイエルフとしては当たり前のこと。だからちょっとだけ気をつけていたら、おかしな事実に気がついてしまった。

 

 フィン・デビュラという青年が、何もかもを抱え込んで我慢しているのではないかと思って──その懸念は当たってしまう。

 

 〈深淵の森〉にて仲間を庇い致命傷を負いながらも喜びを隠さないフィンを見て、この子は壊れてしまっていると気がついた。

 

(全部、あそこから始まったのよね……)

 

 英雄の真実。

 誰にも話せない残酷な事実。

 そして秘密を共有するちょっとした優越感に、女として満たされる感覚。もちろん、気苦労は絶えなかった。毎日辛かった。会えなくて寂しいとかはほとんど思わなかった。それどころじゃなさすぎて。

 

 前までは無意識に、そしてたまに意識して、女としても楽しんでいた部分があった。

 

 でもそれはとてもじゃないけれど他人に言えるようなものでもなければ、胸を張れるものでもない。薄暗い欲望の消化をしていた自覚がある。それが積もり積もって失敗してしまった。大事に至らなかったのは、フィンの悪感情を全て邪神の養分にされているからだ。

 

 まるで邪神の操り人形。

 当人達がそう思っていなかったとしても、傍目からはそう解釈できる。

 いや、そうとしか思えない。

 五日終わりを迎える日までずっとそのまま囚われて、フィンは自分の感情を自覚できず、記憶すらも失って生き続ける。ずっとずっと、邪神に愛されて、ずっと。

 

 どうしようもない絶望の未来に光が差し込んだ。

 

 だからこそアリシアは安堵した。

 

 だが、まるで『全てこれで丸く収まる』と言いたげな雰囲気を出しているアリシアに、ヴァシリは動揺する。

 

「……私が言うのもおかしなことだが……アリシアは、それでいいのか?」

「いいに決まってるじゃない。フィンくんが幸せになる。それ以外に何が必要なの?」

 

 その極まった答えに背筋が凍り付く。

 

 アリシアの様子におかしな点はまったくない。

 それこそが当たり前だと言いたげな様子に、唾を飲み込んだ。

 

(そんな……それでは……アリシア、お前は……)

 

 ──まるで、捨てられたみたいじゃないか。

 

 口にしてはいけない言葉が喉のあたりまでせり上がって来た。

 

 フィンが不義理をしたわけでもなければ、アリシアが不義理をしたわけでもない。

 

 ただ、収まるべきところに収まった。

 それだけなのだが、それだけでしかないからこそ余計にその事実が引っ掛かる。アリシアの献身は? それで終わりなのか? フィンはアリアと想いを通じ合って、それで? 他の女性たちは納得しているのか? 

 

(──い、いや待て。そもそも複数の女性と関係を持っているのがおかしいんだ。アリアとフィン、二人が結ばれれば貞淑な夫婦に…………あっ……)

 

 そこまで考えて、ヴァシリは思い出す。

 

 そう、自分もつい先日愛弟子と身体を重ねた上に、アリア本人の目の前で行為に及んだことに。

 

 その記憶も見られた?

 アリアにフィンとしているところを?

 あんなよがって情けない声を出している姿を? 

 

 ──サァッ

 血の気が引く。

 

(…………えっ……そ、それ……やばくないか……?)

 

「……ヴァシリ? どうしたの?」

「なっ、なななんでもない! うん! なんでもないね!」

「どう考えても何かあるときの奴よね、それ」

 

 大焦りしている感情が伝わってきているため何かあったことは察しつつ、隠そうとするならと追及することはしない。

 

「う、ううんっ! と、とにかく、聖剣に意志があって、フィンの記憶をアリアに見せて、二人は結ばれた。そうだな!?」

「え、ええそうよ。そういう報告を受けてるわ」

「そうか……なら、今後のことも考えなければならないね。今二人は何をしている?」

「えっと……何もしてないわね。部屋にいるけど、盛り上がってないわ」

 

(ヨシッ好都合! じゃなくて間に合う!)

 

(なんで喜んでるのかしら……あっ、急いでお祝いしにいくとか? まあ、ヴァシリはそれが許される立場だし、なんなら私より先に報告に行くべきよね。……あっ、よくないよくない。この優越感はよくないわよ、私)

 

 自戒するアリシアは、ヴァシリの様子を見ておかしいとは思わなかった。

 

 ヴァシリ自身フィンと流れで致しているが、それ以前に弟子であり師匠である。幼い頃からお互いのことを知っていた彼女からすれば、この繋がりは感涙ものだろうとアリシアは察した。

 

(さ、流石に、アリアに申し訳ないからね。一言謝って、祝って、これからはそんなことしないよって言っておかないと……)

 

 汗を流しながらヴァシリは考える。

 

 アリアの目の前でしてしまったが、あの時アリアは完全に意識を失っていて二人が淫らな行為に及んでいたことには気が付いていなかった。だが全ての記憶を見たとなれば話は変わる。自分の目の前で師匠と幼馴染が性行為に及んでいたなど、軋轢を生み出しかねない。

 

「他の皆には私から伝えておくから、ヴァシリはいってちょうだい」

「い、いいのか?」

「ええ。それくらいはやる責任があるもの」

 

 巻き込んだ人間として──そう言って、アリシアはヴァシリのことを送り出す。

 

 アリシアの気遣いを受け取ったヴァシリは、そそくさと退出していった。

 

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