ドMだからついでに仲間庇ってたら全員病んでた   作:恒例行事

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201 ヤンデレ

 ヴァシリは焦っていた。

 

 幼い頃から面倒を見てきたアリアとフィン。

 片や勇者で世界を救う聖剣の担い手であり、片や凡人でいずれ幼馴染に対し牙を向ける少年。比べることが可哀想なくらいに差のある運命に翻弄されるはずだった二人の男女は、ヴァシリに見つかったことでその行く末を大きく変えた。

 

 アリアは世界を救う勇者になった。

 フィンは誰にも知られることなく他人の運命を変え、更には邪神に魅入られ囚われてしまった。それがいいことだったのか悪いことだったのかは彼女にはわからないが、一つ言えることは、どうしようもなく深まった溝ができてしまったこと。

 

 その原因は他ならぬ自分にある。

 自分が死にたくないと思って足掻いた結果、フィンは邪神に魅入られた。

 仮に自分が何もしなければフィンはアリアを手にかける未来が待っていたかもしれないが、現実はこれだけだ。

 

 ──愛弟子の命を吸って生き延びた醜いダークエルフ。

 

 そう自分を責めるようになるのも無理のない話だった。

 

 だから、フィンが救われるために命を使いたい。

 せめてこれから先二人の弟子の人生に救いがありますようにと願った。そのためならどんなことだってする。恨みを晴らすために殺されてもいい。フィンが望むならそれでもいい。命を救われた以上、命の権利は君にある。

 

 そう公言したヴァシリは、事故の流れでフィンと身体を重ねた。

 

 とうとうやってしまったと思いながら、どこか満足感があった。

 

 子供の頃から世話をしてきた男の子が一人前の男になってその情欲を自分に向けている。しかも見た目もいいし性格もいい誇れる愛弟子だ。ヴァシリなりに気を遣いそういう目で見ないようにしてきたが、一線を超えてしまった以上、女として見てしまうことは避けられない。

 正直に言って、悪くなかった。

 いい気持ちでもあった。

 自分がこれほどまでに求められて悪い気はしない。

 三千年も生きてるくせにそう思ってしまう己の未熟さに自己嫌悪しつつも、彼女の女としての部分が刺激され、充足感を得ていた。

 

 ──それが今、ひっくり返った。

 

 〈聖剣〉に宿った人格が邪神の生み出した魔を交わり、フィンの記憶を見たことで全てが繋がった。

 

 アリアはフィンの記憶を見た。

 そして全てを受け入れた。

 フィンもまた、邪神に悪感情を吸い取られることなく前を向いていくことになった。正に青天の霹靂という他なく、ヴァシリにとっては嬉しいことだった。

 

 嬉しいことなのだが…………問題は、ヴァシリがフィンと寝たことにある。

 

(い、いくらアリアでも目の前でしたことに関して怒らないとは思えないっ!)

 

 師としてそれなりに尊敬されている自覚はあるものの、いくら何でもそれは許されない行為だと自覚がある。

 

 いや、言い訳はできる。

 そもそもヴァシリ一人で盛り上がるつもりではなかったのだ。

 最初の方はそれこそ『ちょっとやってアリアに譲ればいいだろう』なんて考えていたのだが、互いの身体に触れる度に興奮が増していき、いつしか二人は燃え上がるような情欲に身を任せ……わかりやすく言えば、気がついたら終わってた上にアリアは気絶していた。

 

 この間およそ三十分──とてもではないが擁護できないと自分でも思った。

 

(し、しかもその後マリアンヌくんを誘ってるしっ! ああもうっ、どうしてあの時あんなことをしてしまったんだ!? ……そ、その場の流れに流されただけなのは分かってる。ああ、くそっ!)

 

 全速力で廊下を駆け抜けたヴァシリは、アリアの部屋の前に到着する。

 

「すーっ、はーっ……よ、よし。落ち着け私。アリアに謝りつつ、今後そう言ったことはしないと宣言すればいい。大丈夫、きっとフィンも協力してくれるはずだ。いくらフィンでもアリアと正式に結ばれたのならば、今のような関係性を保つわけにもいかんだろう」

 

 ブツブツと自分に言い聞かせるように呟き続けるヴァシリ。

 

 何かが高速で廊下を駆け抜けた音で何事だと警戒したカルラが扉を開き、その後ろ姿を見て、そっと扉を閉めた。

 

 その物音にすら気が付かないヴァシリは、やがて顔を上げて妙に覚悟の決まった表情で言う。

 

「そうなれば私とフィンの関係は元通りだ。あの時はああして、場の空気に流されてやってしまったが……烏滸がましいが、親のようなものである私がフィンに対しああいう目を向けるのは非常に良くない。うむ。なに、健全な関係に戻るだけだ。フィンに背中を流してもらえたのは、いい夢を見れたと言うことにして忘れよう。それがいい」

 

 そして、そのままドアをノック。

 

「誰だ?」

「フィン。私だ、ヴァシリだ。少しいいかな?」

「師匠か。今開ける」

 

 そう言ってフィンが扉を開けたが、部屋の匂いは普通だったことに安堵する。

 

「ほっ……ふむ、フィン。大事な話があるんだが、いいだろうか?」

「大事な話……? 今、部屋の中にアリアが……あー……いるんだが」

「構わないよ。というか、それに関する話さ」

 

 ピク、とフィンの眉が動く。

 それを見て、アリシアの言っていたように憎悪で満たされていないか不安になりつつも、ヴァシリは続けた。

 

「その……アリアとフィンが、とうとうお互いに向き合ったとアリシアに聞いてね。それは是非とも祝わねばと思ったんだ」

「……なんつーか、師匠に言われると恥ずかしいな」

 

 フィンの顔が綻ぶ。

 やや恥ずかしそうにした表情に少しだけ胸で動きがあったことを自覚しつつそれを強引に抑え込んだ。

 

「はは、かわいい弟子たちのことだ。師である私が祝わずにどうする」

「……ありがとう、師匠。正直、俺もまだ夢か何かだと思ってるよ。とりあえず入ってくれ」

 

 言われるがまま中に入ると、そこにいたのはアリアだけ。

 

 しかしヴァシリは、そのアリアを見て違和感に気が付く。

 

「……うん? 目の色が違うな」

「おっ……いやはや、流石は黒森人。慧眼と言わざるを得ないね」

「師匠が気が付かないわけないだろ。あー、師匠。こいつはなんていうか、アリアであってアリアではないと言うか……」

「ああ……なるほど、君が〈聖剣〉か」

 

 赤い瞳のアリアを見てすぐに理解した。

 

 フィンに関してはやや盲目だったヴァシリだが、アリアに対してはそうでもない。本人は無自覚だがやはり男の子は可愛いもので、使命とはまるで関係ないところで可愛がっている節がある。それに関してフィンもヴァシリも気が付いていないため、この事実は正に神のみぞ知るところだ。

 

 特徴的な瞳を細め、〈聖剣〉が笑いながら言う。

 

「その通り。初めまして、ヴァシリ。あの日ボクを迎えに来てくれてありがとう」

「それはこちらのセリフだね。あの時、あの場所に居てくれてありがとう」

 

 二人は握手を交わした。

 

 お互い、万感の思いがあったが、多くは語らなかった。

 

「それで、アリアは今どうしてるんだ?」

「アリア? アリアは今、えーっと……そもそもヴァシリはどこまで聞いてるのかな」

「フィンの記憶を見たアリアが全て理解して、二人が想いを伝えあった……ってくらいだね。それに関して他にも相談があったんだが……」

「あー……ちょっと今、アリアの手が離せないんだ。フィンの記憶をもう一度見に行ってるから」

「なっ……だ、大丈夫なのか!?」

 

 ヴァシリから考えてもフィンの記憶は想像を絶するものだ。

 

 幼い頃の修行から、王都に出てきての苦悶の日々。

 いくら苦痛を心地よいものだと感じることが出来ても、苦痛そのものを感じているのだ。平気であるはずがない。フィンが楽になったのは邪神に魅入られてからだとヴァシリもわかっているからこそ、アリアを心配する。

 

 そんなヴァシリに対し、〈聖剣〉は微笑んだ。

 

「平気さ。覚悟の決まったアリアは強い、キミも知ってるだろ?」

「それは…………わかってる。だが、フィンの受けて来た苦痛は、我々には想像することも出来ないものだ」

「だろうね。ボクも衝撃的だったし、それでもアリアは受けきったし乗り越えた。愛する幼馴染のために本気になったんだ。そこは、師として褒めてあげてほしい」

「……わかった、そうさせてもらう」

 

 真剣な説得に頷く。

 

「話を戻そう。相談ってのはなにかな?」

「……フィンとの今後に関することで幾つか。フィンの記憶を見たのなら知ってると思うけれど、私もフィンとは、その……」

「ああ、子作りしてるね」

「に、濁さずに言えばそうなる」

 

 思わず赤面するヴァシリ。

 そんなヴァシリを見て、フィンが眉を動かした。

 

「だがフィンとアリアが互いに向き合い結ばれた今、私のような年増の出る幕はない。この先私はフィンと交わることはないと伝えに来たんだ」

 

 彼女からすれば当然のことだった。

 

 愛弟子の男女が互いに好き合っているのに師である自分が混ざるなど言語道断。

 

 一人の男が複数の女と関係を持つこと自体はエルフ特有の価値観として問題視していないが、アリアが純情な村娘であることを知っているヴァシリは二人のためにキッパリ断るつもりだった。

 

「アリアもフィンも、私のせいで辛い人生を歩ませてしまった。だからせめてこれからは、幸せになって欲しいんだ」

 

 順風満帆とはいかないかもしれない。

 フィンのフィンフィンのサイズを考えればいくらアリアでも楽ではないだろう。それでも彼女は勇者であり〈聖剣〉の担い手である。なんなら記憶として見てるのだから初見のインパクトは小さい筈だ。少なくとも、自分よりかは動揺しない筈。

 

 少しずつお互いの距離を探りながら、手を取り合ってくれればいい──ヴァシリはそう、親心のようなものから発言したのだが、場の空気が変わったことに気が付いたのはそれから少ししてからだった。

 

「……師匠は……俺とするのは、嫌か?」

「えっ……い、嫌とかじゃなくてね。アリアが納得しないじゃないか」

「師匠は、嫌か?」

「うっ……」

 

 哀し気なフィンの瞳に、ヴァシリは呻く。

 

 そしてその隙を狙ってフィンが手を握った。

 

「俺は……嫌だぞ、師匠を手放すなんて」

「ひゅっ」

 

 その目を直視して、更に息が漏れた。

 フィンの目は黒く濁っている。

 抑えきれない欲望を抱え、その全てがヴァシリに向けられている。

 怒りや憎悪なんてものではない、もっとドロドロとした執着と呼ぶべきもの。そんな目で弟子に見られ手を握られたことに彼女は酷く動揺した。

 

「今更逃げようなんて、ダメだ」

「な、え、い、いや、でも…………」

「…………ああ、そうか。わからないんだったら、ここでわからせるしかないよな」

 

 フィンが手を引く。

 なぜか抗う気にならなかったヴァシリは、されるがままフィンに抱き寄せられた。

 

「なあ、師匠。俺はもう誰一人手放すつもりはないんだ」

 

(…………ああ、そうか。忘れていた……)

 

 ヴァシリは、肝心なことを忘れていたことを悟った。

 

 たとえフィンが前を向くことが出来たとしても、彼の心が酷く傷つき変形し歪み切っている事実は変わらないということを。

 

「どうして、俺から逃げようとするんだ? そんなに俺が嫌なのか? 嫌だろうな。わかってる。それでも俺はもう誰も離さない。ずっとずっと、欲しかった。みんな欲しかった。諦めてたんだ。俺が手の届く相手じゃないって。わかってたんだ。俺は凡人だって。それでも今はこうなった。なあ。手放すわけないだろ?」

 

 ギュッと抱き締める力が強くなる。

 

「離さない。二度と、もう二度とだ。誰にも渡さない。みんな、みんな……」

 

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