ドキドキと胸の鼓動が激しくなる。
それと同時にガンガン頭が揺さぶられたような感覚がして、フラフラする。
今すぐベッドで横になって、寝て、何もなかったんだと気を紛らわせたくなった。
耳を当てた扉の向こう側から聞こえてきた会話は、おれの心と頭をぐちゃぐちゃにするには、十分だった。
(デビュラが……潰れてる? どういうことだ? いや、だって、アイツはあんだけ紳士で、いい奴で……そんな、壊れてるようなことが、あるわけ……)
おれだってこの世界で長く生きてきた。
壊れた人間は見たことがある。アイツらは言葉も通じなければ意思疎通なんて出来やしねえ、ただの動物だ。デビュラはそんなんじゃねえ。だからなにを言ってやがるんだとしか思わなかった。
だけど、その後に続けられた言葉が、おれに理解を拒ませた。
『あのな、カルラ。嫌いな女とエッチするわけないだろ』
『だが、そなたは【天日の聖女】殿ともまぐわっている』
『あれは半分趣味だ』
「え!!!?!?!?」
は!?
え!?
今なんて言った!?
趣味!?
【天日の聖女】ってあの性能爆盛りの聖女だろ!? こないだやってきた例の生えてるふたなり聖女!!? 趣味!? ふたなりだろ!? え!!?
だけどあの日、デビュラはお、お、犯されて帰ってきて……え゛!?
ど、ど、どういうことだってんだよ……!!
『カルラは知ってるだろ? 俺の内臓が弱ってて定期的に血を吐いたり出したりしてることを』
『あ、ああ……それは、知っているが……』
『……えっ。ちょっとまって、私それ知らないんだけど』
『まあ、誰にも言う気はなかったんだ。内臓が弱ってる盾役なんていつダメになってもおかしくない。流石に職を失うと思って、言い出せなかった』
────言葉を失った。
いや、ちょっ、あの、落差……さっきの話題からなんでこんな重い話題が……? や、やべぇ、理解が、理解が追い付かねぇって。わけわからん。ふたなり聖女とのセッ○スが趣味なのと内臓が弱っててヤバい話がどう繋がるんだ? いや、てかお前、そんな状態でずっと生活してたのかよ。腹から定期的に出血してるって? そんなん現代日本だったら速攻で精密検査からの入院とか手術コースだろ……!
そんな傷付いた身体で、盾役なんてやってたのか?
「…………」
……あー、くそっ、なんでだ。
なんでこんな、切ない感じがするんだ?
デビュラが無理をしてたってわかったからか? そんな身体になってまで、盾役って役目を果たそうとしてるからか? 捨てられるわけなんてないのに、自己肯定感がなさすぎてそう考えてしまうことを憐れんだからか?
…………それとも……おれが、まるで、部外者だと思ったから?
いや、いや。
そうに決まってるじゃんか。
おれはどう考えても部外者だ。デビュラの人生には全く関わってねえし、なんならデビュラと聖女が活躍したから村を出る覚悟が出来たんだ。他にも転生者がいるかもしれねえって希望を抱いたんだ。
部外者に決まってる。
デビュラのことをおれが知らないのは当たり前だろ。
なのに、なんでこんな…………こんな……。
考えが纏まらねえ間にも会話は進んでいく。
平気なのかって質問に対して、死ななくなったから問題ないって答えやがった。平気なわけねえだろ、そんなの。
空気が重たくなって、誰も何も言わなくなった。
おれも、どうすればいいのかわからなかった。
そんな時、塚本が言った。
『……ん? うん? 待てフィン。それと、イチモツの生えた聖女殿とまぐわうことの何の関連性がある?』
『治療の一環で尻に杖をねじ込まれてる内に気持ち良くなってしまったんだ』
……………………。
………………。
あ〜〜…………。
うー…………。
む、胸が痛ぇ……なんで……?
あ、あ、頭が、おかしくなりそうだ。
デビュラが、あの顔と、あの身体で、尻穴ほじくられて、喘いで?
……う、うあっ、あっ、だ、だめだ、こんなのだめだ、お、おれっ、おれおかしくなるっ!! なんで胸がドキドキしやがんだよ、くそっ、くそっ!!
『それに常識的に考えてパーティーメンバーで異性で同い年で聖女なんて呼ばれてる女の子に『お腹に古傷があって臓器から出血するのでお尻の穴に杖を入れて治療してください』なんて言えるか?』
い、言えねえよ、そんなの……!
おれが男でも言えねえし女でも言えねえよ!
デビュラの周りの環境が全部ひでえんだ。
だってこんなの、もう、だってよぉ……!
聖女は自分が担当したかったって言うが、そんなの無理だ。好きな相手に尻穴見せつけて治療してもらうなんて無理だ。男でも女でも無理だ。どっちも経験してるから言える。デビュラの判断に間違いはねえ。
おれと同じ考えになったのか、ヴァシリがため息混じりに言った。
『……フィンの事情は理解した。仕方のないことだったね』
『自分を頼ってもらえなかったというマリアンヌくんの気持ちもわからなくはない。だけどやっぱり、デリケートな問題だ。そのまま放置してたと言うなら良くないけれど、神殿で治療を受けていたのならば私はフィンの選択を尊重したい』
そうそうそう、そうだよな!
おれは無理だよそんなの。
どんな羞恥プレイだってんだ。
いやまあ、リョナエロゲ世界的にはいいのかもしれんけどもさ、普通は嫌だよ。
正直、ホッとした。
デビュラが変態になった理由はこれまでの積み重ねだって思ったから。
『それに、治療行為とはいえ、その……下半身丸出しで四つん這いになる必要があった。見られたくはない』
『よ、四つん這い……』
……みょ、妙に生々しいな、オイ。
デビュラが、四つん這い…………。
ぐ、ぐおおおおっ!
うおおおおっ! 考えんなそんなこと!
『いや……そなたのイチモツを見てなお無感情で治療活動が出来るのは、紛れもなく神官の鑑だと思ってな』
はへぇ!!!!?!?!
ナニ言ってんの塚本!!!?!?
『セラフィーヌくんは聖女の中で最も高潔だとも言われている。神殿での治療の他に、個人的な時間を使い治療を受けられないような貧しい者の家を巡る活動もしていたそうだ』
『それほど高潔なれば……さもありなん』
『……いや、普通に神官が治療中に邪なことを考えないのは当たり前じゃないか?』
『それは、そうだが……そなたのは普通ではないからな。一度目にすれば、夜眠れなくなるくらいには衝撃的だ』
『そんなに』
『逆に考えるのだ、フィン。もし乳が胴体と同じくらい大きくて、それが二つもついている
『そ、そういうことか……』
えあああああ!!!?!?
え、え、うえっ、や、やっぱデケーのか!? そんなにデカいのか!? そんなレベルなのか!? デ、デカいとは思ってたけどそんなにか!? 胴体と同じくらいの乳と比べるってやばくねえか!? もう足じゃんそれは!
てかなに当たり前のように受け入れてんだ!?
やっぱ全員もうヤってんのか!?
鬼畜竿役!? いや、挿入らねえだろそんなん! 腹裂けるわ! リョナエロゲ世界だからって言うより、そんなサイズが入るのは対魔○くらいだろ!!!
あ、あああああッちくしょおっ!!
デビュラがっ、おれの中のデビュラのイメージが、ぐ、ぐっ、うぐぐっ……!!
ぐわんぐわんと衝撃で頭が揺れる。
だってのに、扉の向こう側では会話が続いていく。
『んんっ! 話を元に戻そう。ええと、つまりフィンは、私のことはどうしたい?』
『どうって……これまで通りでいいだろ。何か困るか?』
『いや、困らぬが、そなたはそれでいいのか』
『いいに決まってる。カルラ、これまでお前は俺の身体に数え切れない斬撃を与えてきたし、数え切れない位罵倒してきたし、役立たずがと睨まれながら舌打ちをされた回数も何回かある』
──…………も、もう、やめてくれ。
もう、わけわかんねぇんだ。
意味わかんねーよ。
こ、これ、現実か?
夢じゃ、ねぇのか?
こんなの、現実じゃ、ねえよな……?
『っ……そ、の通りだ……!』
『私はそなたの敵だと思われても仕方がない。わかっている。たとえ許しを得てもそなたにしたことは消えぬ。だから委ねたいのだ。身勝手にも愛してしまったからこそ、そなたが思う様に扱って欲しい』
まるで、奴隷の宣言だ。
普通じゃねえよ。
おかしいよ、そんなの。
どうしちまったんだよ。
なんでこんな、こんな……!
塚本のしてきたこと。
デビュラにまでこの世界の理不尽は降りかかってるんだ。
わかってたことが、辛かった。
聞いてるだけのおれですら辛いと思ったのに、デビュラは即答したんだ。
『じゃあ、どこにも行こうとするな』
『あのな、カルラ。ずっと捨てられるかもしれないって思ってたのはこっちの方だ。今はこんな感じになってるが、どうしてわざわざカルラやアストレアみたいな美人を手放さなきゃいけないんだ?』
『さっきも言ったが、そもそも嫌いな奴と一緒にいたりしない。そりゃあ、昔はさ、いくら気持ち良くても辛いときはあったよ。死にたいって思ったりもした』
それは、男の欲望と意地がぐちゃぐちゃに混ざった生々しい言葉だった。
デビュラは苦しんでた。
おれが考えているスケールは小さかった。
もっともっと深い部分で苦しんで苦しんで辛さに耐えかねて、押し潰れちまってたんだ。おれより強くて立派な男ですら耐えきれない現実があったんだ。
それでも、デビュラは言った。
『心のどこかで、そのことを恨んでるのかもしれない。でも俺は、そうありたくないんだ』
デビュラ…………。
どうして、どうしてお前はそんなに、高潔でいられるんだ? おれは、お前のそういうところがすごいと思って、好きになったんだ。なんでなんだ? そんな目に遭っても正気でいられたのは、どうして……。
『俺はアリアの幼馴染で、師匠の弟子で、【払暁】の盾役だ。決して仲間を裏切らない、見捨てない、堅牢な盾。例え魔に浸されようが、俺はこれを忘れるつもりは一切ない。だからカルラ、これからも俺の傍にいてくれ』
その宣言を聞いて、おれは、おれの心は……完全におかしくなっちまった。
だって、だっておかしいんだ。
おれ、デビュラに惚れたとか、そんなわけじゃねえのにさ、塚本が一緒にいてくれって言われたのを聞いただけで、胸がさ、痛くて、なんで、なんでおれはこんな、なんでだよっ!!
『いい。というか、ハーレム壊したがる男はいない』
『み、身も蓋もない!』
……ほんと、身も蓋もねえ。
でも、わかっちまう。
男なら、こんだけ見た目のいい女に囲まれて、手放そうとするわけないよな。でも、デビュラは、お前はそんな、そんな奴じゃないって思ってた。勝手に思ってただけなんだ。わかってる。失望する権利もねえ。でも、なんでそれじゃあ、こんなに胸が苦しいんだよ……!
『……というわけでアリア、すまん。ハーレム出来ちゃった』
『で、出来ちゃったじゃないでしょ!! ノリノリじゃん!』
『ハハハ、もっと早く言ってくれればな』
『う゛っっっ!!!』
『ど、どうしたアリア!? おっぱい揉むか!?』
『も、も、も、揉まなくていい!! う、ううっ、私が勇気を出していれば、うっ、うううっ……!』
『ワハハ、逃した魚は大きかったなぁ、勇者殿』
『む、むきーーっ!!』
ああ、なあ、やめてくれよ。
そんな楽しそうにすんなよ。
辛いんだ。なんでおれは辛いんだ? それもわかんねえよ。どうしておれはこんなに胸が苦しいんだ。わかりたくねえよ。だっておれは、おれは、男だったんだ。女の身体だけど、男だったんだ。
『アリアンロッドさん……! 気持ちはわかります! 私もあの時さっさと告白しておけばッ!』
『マリアンヌちゃん……! うんうん、そうだよね! フィンは変態だけど『オホッ!』…………へ、変態だけど『ううっ♡』……!! 変態っ! 変態っ! すけべっ!』
『むほほほほっ!?』
…………ん?
…………ぉぁ、ん? なんか聞き間違えたか? デビュラが喘いでた気がするんだが。はは、おれ、もうそこまでダメだったのかよ。男の喘ぎ声が聞こえて来るとかさぁ、もう、そんなの……おしまいじゃねえか……。
『う、うわぁっ……ビクンビクンしてる……』
『……どれ。このまま勃ったままというのも、無作法というもの……』
『カッカルラさん!!!??!?!? なに脱いでんの!?』
『なにって、ナニするために決まっておろう』
「は、はああぁぁああぁぁ!!?」
きっ聞き間違えじゃねえのかこれ!?
おっぱじめようとしてんのか!? 脱いでんのか!? ていうかデビュラも痙攣してんのか!? 勃起したまま!? イ、イカれてやがる……! どうなってんだよこいつら!? やっぱり鬼畜竿役じゃねえか!!
『クックック……フィンの傍にいてよいと言われたのだ。我即挿入可準備万端也』
『なに!? なんて言ったの今!?』
『これは東方諸国とこちらの間に存在する国の言葉だ。『私は準備万端ですすぐにでも挿入できます』という意味になる』
『ひ、卑猥すぎる!』
うそうそうそうそ!!
どう聞いても似非中国語だから! 思いっきり日本語だろ! 塚本が暴れてる!!? い、いや、でもリョナエロゲ世界だから正しいのかも──じゃなくてさぁ!!
えっえっ、う、うぁっ、は、始まるのか!?
この扉一枚隔てた向こう側で!?
乱○が!?
デビュラが!? あ、あ、アイツが!?
「う、ぅ、ぇ、う、うああ……っ」
あ、ああ、ああああっ、も、もうやめ、もうやめてくれよ、ホントにさ。
お、おれ、おかしいんだ。もうおかしくなってるんだ。
こ、こんな、こんなのおかしいだろ。
あの話の流れで、どうして○交に繋がるんだよ。
デビュラはなんで勃起してんだよ。
塚本はなんでそんなにやる気満々なんだよ。
大和撫子じゃねえのかよ。
リョナエロゲって女から男にも適応されんのかよ。
ああ、くそっ、くそくそくそっ、もう、わけわかんねぇってのに……!!
なんでおれは、こんな必死になって、扉に耳当ててんだよ……!!
間抜けすぎる。
惨めすぎる。
男だったのに、こんな、女になって、こんな、こんな、イライラするんだ。胸が苦しくて、チクチクして、苦い感じがして、でも、じっとしてられないんだ。
扉一枚隔てた向こう側。
濃密な、牝の喘ぎ声。
男の荒ぶる声、生々しい水の弾けるような音。
苦しい。
切ない。
だけど、なんでかわかんねえけど、聞くのがやめられなかった。
指が、動いた。