「はい、フィン。あ~~ん」
「あーん……んまい」
「そうでしょそうでしょ。懐かしの師匠の味、私もちょっとは覚えたんだよ?」
そう言ってアリアはにへらとはにかむ。
はあぁ……。
たまんねぇ幸せの味がする……。
やっぱりさァ、俺はこういう普通の幸せを求めてたんだよ。確かに毎日美人に罵られたり馬鹿にされたりボコボコにされたりするマゾ充ライフは最高だったけど、美少女巨乳幼馴染の手料理をあ〜んで食べて美味しいでしょ〜? なんてはにかんでもらえる生活とは比べものにならないんだ。
別にね? 不服とかじゃないですよ。
マゾ充ライフの中で妄想で「こんなことがあればなぁ……」と考えていたことが現実になったのが嬉しいんだよ。アリアにご飯食べさせてもらってイチャラブ! これほど最高なことが他にあるか? まあまああるが、今はこれだけが頂点なんだ。
「……いや、私の料理の味って言うけど肉に調味料かけただけじゃないか」
「ぎくっ!! ……い、いや、でも、師匠の味じゃん。フィンもそう思うよね?」
「…………ま、まぁそうじゃないか?」
「フィン……!」
「フィン……」
アリアは目をキラキラと瞬かせ、師匠は呆れた顔で俺を見た。
ち、違うんですよ。
俺だってわかってるんですよ。
それは師匠の味とは言わないんじゃないかって一瞬思ったんだけど、アリアが嫁入りの練習なんてしてきてないのは一目瞭然。
「私には剣しか要らぬ」みたいな雰囲気出してるくせに良家のお姫様で大体のことが出来るカルラとは違うのだ。地元の料理なんて作れるわけがない。ていうか、地元の料理はあんまり美味しくなかった。師匠のご飯が美味しすぎて。
そんなアリアが俺を喜ばせようと作ってくれた、ただの焼肉。
師匠が作った特製調味料をかけて、微妙にちょっと焼きすぎなくらいになってる塩梅のこれは、確かに手の凝った料理とは言えないかもしれない。
それでも、俺にとっては、これは幼馴染が作ってくれた、大切な……大切な…………野営食だからな。
「ちょっと肉は焼きすぎで硬くて旨みが飛んでるし粉振り過ぎて味が濃すぎるし師匠の手料理とは乖離しているが、アリアが手作りで振舞ってくれた一品だ。俺は、これでいいんだ」
「…………」
「…………」
「…………我が使徒……余計なことは言わなくていいのよ……」
頭を抱えた闇マリがフワンッと空中に出現した。
アリアは目を見開きワナワナ震えているし、師匠はあちゃーと言いたげな顔で顔に手を当てている。
「ま、まあ待てアリア。野営中に食べるものとしては上等だ」
「う、うぎぎぎっ! そこまで言わなくていいじゃん!!」
「でもなぁ……師匠の料理と比べたら荒すぎるし……カルラの料理と比べたら雑過ぎる」
「うぎゃああああっ!! 幼馴染の胃袋がっ!?」
「ははは、まあ、何度も胃袋はなくなってるからな。味にはうるさいぞ」
「フィン、笑えないよ」
……フッ。
あ~、たまんねぇな、アリアがこんな風にぐにゃぐにゃになって涙目になってるの。最高に滾る。よくないんだ。よくないってわかってる。けど、けどさ、仕方ないんだよこれは。ガキの頃からお前にずっとボコられてきた。アリアに格付けを徹底的にされてきた。そんな相手がさ、俺のことを好きで、他の女が作った飯と比べられて傷付いてるのなんて、本当に最高で最悪だ。
……醜いなぁ。
でも、もう、今更変われない。
諦めてくれ、アリア。
俺はお前のことが好きだ。
だから許してくれ。
好きなんだ。
好きだ。
こんな俺でも、好きだと、言いたいんだ。
だけど、お前はずっと、俺みたいな男とは違った。
太陽みたいな女だった。
俺は、お前に照らされてるだけの地を這う虫だった。
そんな奴が、お前みたいな女をこんな揺さぶっているって事実だけで興奮してしまう。自分の醜さ、悍ましさってもんが真正面からやってきて、苦しい。
「……あ。また変な事考えてる?」
「……お見通しか。ちょっとな」
「ふふん。胃袋は奪われたけど、フィンのことが一番わかるのは私だもんね。料理はこれから学べばいいから実質的に私の勝ち!」
ぎゅうっとアリアが抱き締めて来る。
う、うううっ、だ、堕落しちゃいそうだ!
闇マリっこのままじゃ俺幸せになっちゃう!
ここらで一つデザートを!
「担い手、我が使徒が罵って欲しいそうよ」
「お゛っ……」
「え。……の、罵る? なんで?」
「幸せになっちゃいそうで不安なんですと」
「…………へぇ~~……」
アリアが至近距離で俺を見つめている。
「……なんだよ」
「へぇ~、いやいや? 幸せに? なっちゃいそうなんだ? ふふーん、そうなんだ、ふんふん。ほほ~、へぇ~~~……」
「うざい。乳もぐぞ」
「ひ、ひいっ! 私の魅力が半分なくなっちゃうじゃん!!」
そこまで乳の比重が多くはないだろ。
しかし、アリアと言えば金髪巨乳幼馴染である。
アイデンティティの一つに巨乳が入っているのだから、確かに乳のなくなったアリアは身長のない俺、もしくは筋肉の無い俺のようなものか。いやだが、昨今は貴族の男性のように細身で色白な方がウケてるそうだし……う、ううっ、やっぱり寝取られるのか!? そのうち綺麗な男に寝取られるのかぁ!?
いやだそんなのっ!
もしそんなことになったら男もまとめて犯してやる! エヴァンジェリンとの戦いを経て俺はフィンフィンへの戦い方も学んだんだ。負けてたまるか。男だからこそ出来ることがある。口先一つで打ちのめしてくれるわ。
「我が使徒。毛むくじゃらな男同士はいけません」
「おっ男同士!!!?!?!?」
「アッ、ち、違う。これは、そう……もし寝取られたら、寝取った男ごとヤっちまおうと……」
「…………今、本気でフィンを連れて行かなかったことを後悔してるよ」
し、師匠の目が本気だ。
こないだみんなでしたときのとろん♡とした目ではない。
思わず昔を思い出してしまうような目だ。
間違った道に進もうとしている弟子を厳しく叱責するときの師匠だ。
滅多に手が出ない師匠だけど、俺がバカすぎて咄嗟に手が出たことは何度かある。もちろん骨折するようなヤバいものではないが、普通にビンタされて気持ち良かった。
「……ルルクス様。ルルクス様も反対なのですね?」
「当然でしょう。線の細い男児ならば許します」
「いけません。互いに愛情があるならともかく、好いた女性を奪われたから全部一緒にというのは……不潔です」
「むぅ……黒森人は芸術がわからないのね。我が使徒はどう思う?」
「エッ、ま、まあ、女みたいな男ならたぶん……?」
エヴァと致したことで許容範囲が広がったと言うか、ちん○んが付いている美人なら全く問題ないので、恐らくちんち○がついているだけの線の細い女みたいな男ならイケると思う。元に戻れなくなりそうなので絶対にヤらないが。
そこまで言わなかったが、師匠とアリアは目と目で通じ合い、頷いた。
「……アリア。わかるね?」
「……うん、師匠。いくらなんでも、いくら私でも、許せないよ」
二人の目がこちらを見る。
「こないだは散々やられちゃったけど、今日という今日は負けないから。女みたいな男ってなにさ! こんだけ美人に囲まれて全員に手出してる癖に女みたいな男も抱くって!? そんなの許さない!」
「お、落ち着けアリア。あくまで許容範囲の話であって、本気で俺がヤるわけでは……」
「そうやって私が知らない間にエッチなことするんでしょ!」
いややらねえよ!
なんで俺がわざわざ男に手を出す必要があるんだよ。
「あ、あのなあアリア。お前の言う通り、周りの女性みんな俺とエロいことしてくれるのに、わざわざ女みたいな男に手を出すわけがないだろ。闇マリは邪神なんだし適当言って俺達を揺さぶろうとしてるだけだよ」
「で、でも……アリーシャにまで手を出してるし……」
「それは…………アリシアさんの所為だから、俺の所為じゃないから……」
「ぐ、ぐぬぬ……アリシアもさぁ、好き勝手やるよね! 確かにフィンはスゴいから一人じゃ無理だってのはわかるけど……!」
すまん、アリシアさん。
今度するとき優しくするから犠牲になってくれ。
師匠には俺が押し付けたことを見抜かれているため、ジト目で見られている。
おほぉっ♡
こんな会話を、堂々と皆がくつろぐ広間でしていたからだろうか。
カランッ……!
食器か何かが落ちた甲高い音。
発生源に目を向けると、そこには、目を見開いて俺達を見るアニカがいた。
足元には食器が落ちてる。
幸い割れていなかったが、中身が散乱していた。
「アニカ? どうした?」
「…………ぇ、あ、う、いや、なんでもねぇ」
「いや、なんでもなくないだろ。落としてるぞ」
そう指摘すると、本人は気が付いていなかったのか、はっとした。
「あ、あれ。落としちまったか……」
「……おいおい、平気か?」
流石に何かがおかしいので、体調不良じゃないかと思いアニカの近くまで歩み寄ると、彼女は俺が近付いた事に気が付く様子もなく、床を見ていた。
「アニカ? おおい、大丈夫か」
ぶんぶんと目の前で手を振っても反応がない。
ぶつぶつ何かを呟いているので耳を研ぎ澄ませたが、「……だよな……」「…………こが……も……」ってな感じで、よくわからん。
……仕方ない。
あんまりやりたくないが、錯乱してる相手にはこれが一番ちょうどいい。
肩を掴んで、アニカのことを揺さぶりながら呼びかける。
「アニカ? アニカ! おい! 大丈夫か!?」
「──う、うぇっ、はへぇっ!?」
「……元に戻ったっぽいな。何か体調が悪いなら師匠に言えば診てくれるぞ」
妙に顔も赤いし視点も定まってない。
体温は……熱いが、これは顔が火照ってるからか? わからん。
「ぁ、ぇ、ぅ、ぉっ、お、おおっ、で、ででっでびゅっデビュラ!? ち、近いって! 見られてるし!」
「……? おい、どうしたんだよ本当に」
明らかにただごとではない様子。
察しが悪いだの鈍いだの言われている俺でもわかるくらいには狼狽えているのでどうしたものかと考えていると、アニカは俺の手を振り払おうと、ぐっと身体に力を入れた。
「は、ははっ離せっ! う、わ、ち、力強っ……!!」
「あ、ああ。悪い……」
手を離すと、アニカは速攻で散らばった料理を皿に戻して、そそくさと退出した。多分キッチンに行ったんだろうが……。
「…………なんだったんだ?」
「…………ねえ、フィン。アニカに何かした?」
「悪いが、本当に心当たりがない」
俺が困り顔で伝えると、アリアは頬を膨らませた。
「んもうっ! そう言ってなんかしてるのがフィンだよ! また女の子に優しい言葉をかけてエッチな誘いしたんじゃないの!?」
「心外な。アニカに関しては男に警戒しろってむしろ脅したくらいで……」
「…………やってるじゃん!!!!!!」
アリアの絶叫が広間に響く。
師匠も呆れた顔で俺を見ていた。
「い、いや! 本当に誓って何も来てない! 危ないから俺のことも警戒しろって言っただけだ!」
「どうせフィンのことだもん! 可愛いとか魅力的とか言ってないよね!?」
「それは言った」
「言ってるじゃん!!!!」
「言える相手には結構言ってるぞ」
──空気が凍った。
アリアも師匠も絶句し、口を一文字に閉じてしまった。
闇マリはもうプカプカ漂うばかりで何の役にも立ちそうにない。
「…………フィン」
「は、はい」
師匠の厳しい声。
「いいかい? 誰彼構わず口説くのは、よろしくない」
「い、いや、口説いてるわけじゃないんだ。あくまで事実の指摘で……」
「いいかい? 誰彼構わず口説くのは、よろしくない」
「あっ、はい。その通りです」
その場で腰を下ろして、正座をした。
結局この後、夕方まで師匠の説教を受けることになった。
その間アリアに痺れた足をちくちくされたり、余計な一言を言ったせいで師匠が落ち込んだりしてしまったが、最終的に一門で
◆
ふらついたまま、部屋の扉を開けて、ベッドに倒れ込む。
おれ、どうかしてるんだ。
デビュラは別に、変な事は言ってねえだろ。
ただ、そう、モーナとヴァルバロッサは自分を抱いた男に変な事をして欲しくないから言っただけだ。
女みたいな男はダメだって。
こんなに女が周りにいるのにそんなもんを相手にするなって、言っただけだ。
だからなにも、おかしなことはねえだろ。
……なのに…………。
どうしておれは、こんなに…………胸が、痛むんだ……?