「お」
「あ゛」
朝一番、筋トレ(師匠の造語)をしにきたらアニカとバッタリ遭遇した。
「おはよう、精が出るな」
「おっおお、おはよう。せ、精!?」
「……? 俺、使い方間違えてるか?」
「……あっ。い、いやいや! なんでもないんだ、うん」
そういってアニカは俺に背を向けて、トレーニングの続きをしている。
……うん。
先日指摘した通り、アニカの服装は些か無防備がすぎた。
下着で堂々と男の前にいるなんて襲われても文句は言えない。無論、襲う方が悪いのだが、誘うような服装でウロウロして襲われてしまいましたなんて訴えてもバカを申すなと蹴り返されて終わる。
いやね、俺はそんなことしないよ。
でもアニカってなんか脇が甘いし自分の魅力をわかってない節があるからさ。
俺が……護らなきゃ……!
──しかし、下着じゃなくなっただけで、相変わらずお腹と腕と足が丸見えなのはどうなんだ?
おっぱいが普通に強調されており全然魅力が減ってないどころか余計いやらしくなってる気がする。しかしこれは流石に口にはできない。『お前おれのこと好きすぎだろ笑』と揶揄われそのまま流れでマゾバレしフィンフィンを蹂躙される未来しか見えない。
『そんなもん見えねえよ』
おおっ♡
闇のマリアンヌの闇の部分まで出てしまった。
これもアニカのファッションが魅力的だからだ。
カルラで生肌を見慣れている俺ですらここまで誘惑されてしまうのだから、アニカには外で私服を着せてはいけないかもしれない。これまでどうやって生きてきたんだ?
そんな風に思って観察していると、一セットを終えたアニカが、ふ〜……と息を吐きながら弛緩する。
「ふいぃぃ……あちー……」
パタパタと手で顔を仰ぎながら、胸元だけを隠している服の中に空気を送り込むべくそちらもパタパタしている。
おい……エロすぎるだろ……!
残念ながら、【払暁】では一度も見たことない仕草だ。
なぜなら暑さに関してはエルフのアストレアが全て解決してしまうから。アストレアの風によって熱気は瞬く間に遠くへ放り込まれ、新鮮で冷たい霊峰の空気と入れ替わるのだ。
アツアツ~とか言った数秒後にはキンキンに冷やされてその後ぬるい空気になるので、こんな風に趣深い仕草を見るのはあまりない。
エッチだなぁ、アニカは……。
「……っ、お、おいデビュラ。あんまし、みんなよ」
「それはできない相談だ」
「っっ……!! こ、このっ、へ、ヘンタイがよぉ……!」
ふひひ、そのように顔を赤らめては俺の興奮を催すばかり。
女の子が「おれ」と名乗るのは正直驚きだったが、慣れてしまえばどうということもない。今となってはかわいらしい声と顔から男勝りな口調が飛び出してくるので脳が誤認させられて、お、俺もうっ!!
「だ、大体お前はおれみたいな女以外に相手がたくさんいるだろ! おれみたいな女をそんな目で見るとか、いくら女好きでも限度があるんじゃねえのか!?」
「……? いい女をいい女だと思うことに限度なんてないぞ」
「あ、が、ぐっ……!!」
「いや、アニカがそう思われたくないってんなら仕方ないが……前にも言ったけどな、お前は可愛いんだ。おっぱいも大きくて可愛くてガードの緩い女の子。性的に見てしまうのは仕方ないだろ」
そう告げると、アニカは顔を真っ赤にして俯く。
う~~む、たまらん。
初心で揶揄い甲斐がある。
俺のサド心が満たされていく感じだ。もちろん罵られることでマゾ心も満たされていくので一石二鳥とは正にこのこと。
とはいえ、いつまでもアニカを言葉攻めしているわけにもいかん。
嘘は何一つ言っていない。
揶揄っているというか面白がっているのは事実だが、アニカのことを可愛いと思うからこそ言えるのだ。機嫌を損なわれても互いに良いことがないし、ここらで謝罪しておかないと。
「いや、すまん。気遣いに欠けたな」
「…………」
「……あ~……アニカ? その、悪かった。いや! 決して冗談とか、嘘ではないんだ。俺はお前を魅力的で素敵な女だと思ってるからこそ言ったというか、どうにも警戒心が無いって言うか……忠告! そう、これは忠告だ。俺は手を出したりしないが、街をそんな恰好でうろつくのは非常によろしくない。俺に慣れて他の男の前でも似たような姿になるのは避けて欲しいから言ってるんだ。いや俺の前でも止めた方がいいんだが、もしアニカがそういう服装で居たいならそれを止める権利は俺にはないし……わかってくれるか?」
「う、うるさいっ! 黙りやがれっ!」
ぶんっ!
パチンッ。
んほおおおぉぉおぉぉぉっイグウウウゥウゥゥ!!?!??
『うるさいわねぇ……』
んほおおおぉぉおぉぉぉっイグウウウゥウゥゥ!!?!??
「あっ……わ、わりぃ、デビュラ……」
「気にするな。こんなのご褒美みたいなもんだ」
「いや、それは気持ち悪ぃよ流石に……」
おおっアニカのドン引きたまらん!
闇マリからの追撃で絶頂二連撃してしまったが、どうやらそれはバレてないらしい。鍛え上げた俺の表情筋が変わらぬ括約をしていて何よりだ。
──だが、アニカは、意味深な呟きをした。
「…………デビュラは、今のでもいいのかよ……」
「……それは、どういう意味だ?」
「……い、今みてえな、ビンタでも……気持ち良くなるのか?」
────脳内闇人格、集合。
これは恐らくバレている気がする。
俺がドマゾなことが筒抜けな気がする。
闇マリが見えてるカトリーナを除き【超滅】に俺の痴態はバレていなかった筈だが、これはどうにもバレているのではないだろうか。
『バレてていいんじゃない? そのまま死になさいよ』
相変わらずアストレアが言わなそうなことを言うよね、闇のアストレア。浅すぎる理解度が素晴らしい。今度真似してもらおう。
『クックック……露見してもいいではないか』
闇のカルラは最近それが流行りなのか?
確かにカルラはたまにフッフッフとかクックックとか言うから間違いではないんだが、闇のマリアンヌ以外俺が生み出してしまった闇人格だから進化がまるで見られないのが残念だ。今度闇マリに進化させてもらおうかな。
『何が楽しくてそんなことしなくちゃいけないのよ……』
疲れた声で闇マリが言った。
すまん、何一つ解決してない。
闇マリ的にはどう思う?
『増えるだけでしょ? なにかいけないの?』
闇マリに聞いた俺が間違ってた。
邪神だもんな笑
「うぐうっ!!」
「!?」
胸がギュンッと痛くなったので抑えてうずくまった。
お、オゴォッ!! 心臓が砕けちゃううううっ!!
「お、おい……どうした? 大丈夫か?」
「す、すまん。女神様が、ちょっとな」
「ああ……アレ、今も普通にあるのか」
「そうだな。俺が至らないばかりに、されてばかりだ」
『余計なこと言わなければいいんですよ』
「…………な、なあ、デビュラ。その……」
「なんだ?」
「……な、なんでもねえよ! 冗談だ、冗談!」
アニカはそう言って笑い飛ばした。
ふむ。
どうやらマゾバレからの鬼畜陵辱は今回はないらしい。
非常に残念だ。
『あるわけありませんよね、そんなの』
でもアリシアさんはやってくれたし……。
……ん……?
冷静に思い返したらアリシアさんとアリーシャ以外、いきなりマゾ責めされた記憶がない。
なるほど。
流石はアストレアの姉妹だ。
いつか女王様にあったら感謝しておこう。
あわよくば激しい責めをしてもらおう。
娘たちでアレほどの強さなのだ。
──ア!
これでは寝取りじゃないか。
いかんいかん、寝取りと浮気は良くないからね。
俺は決して寝取りと浮気は許さないと決めている。
なぜかって?
されたら死にたくなるから。
「まあ、アニカがそれでいいならいいんだが……」
「お、おう! 変なこと言ってごめんな! おれたち、あくまでトレーニング仲間だもんな!」
「そうだなぁ」
そう同意すると、アニカは悲しそうな顔をした。
「はは、あ、ああ。わかってる。うん。だからさ、忘れてくれよ、デビュラ…………」
そして、悲しそうに呟く。
……いくら俺でも、そんな露骨な態度を取られたら、ある程度察するわけで。
特にここ最近はマリアンヌに性欲を向けられアリアに全て見られた上で受け入れられ、大分心に余裕がある。そりゃ、胸はチクチクするしどんよりするし頭は重たいが、それはいつものことだから大したことはない。
思考が働かなくなり始めたら厳しいけど今はそうじゃないからな。
とにかく、今の俺には余裕がある。
余裕があるので、こういうことも言えてしまう。
「俺はマゾだぞ」
「…………」
「さっき叩かれたことで絶頂していた」
「ほへぇ!!!!!?!?!?」
「その後闇マリにうるさいって怒られて、絶頂した」
「は!!!!!!!?!?!?! い、いやてか、推定ラスボスを闇マリって、お、おま……」
あの問いかけをした時点でバレてたのはわかってた。
引こうとした理由はわからんが、俺が聞いて欲しくないとでも思ったのだろうか。
甘い、実に甘いな、アニカ。
その身体から香る特有の匂いの如き甘さだ。
『きも』
「さて……どこで知ったんだ?」
「ど、どこでって……そんなの、一緒に暮らしてんだ。わかるようになるだろ!」
「なんと。俺は数年間一緒に暮らしていた全員に露見していなかったんだが、アニカは随分と察しがいいんだな」
「うっ」
いや、マジで察しがいいだろ。
アニカが一緒にいたら俺はもっと早い段階でマゾバレしていたかもしれない。
もしそうだったら、みんな俺に対して好感を抱いてない段階でマゾバレして、『お前みたいな気持ちの悪い男はいらぬ』とか言ってカルラに磔にされたりアストレアにぶっ殺されそうになったりマリアンヌに椅子一つ分の距離を取られたり……っ!?
あ、あ、脳が壊れるっ!!
しかし、何を勘違いしたのか、アニカは俺の問いかけに対し口を何度か開閉して、顔を真っ赤にして、涙まで目に溜めてから、言った。
「う、うるさいうるさいっ! しらねぇっ! おれはなんも知らねえって!!」
「うん? いやだが、俺がマゾだと確信してなければあんな質問は……」
「何も見てねえ! 何もしらねぇんだって!! 放っといてくれよ、おれみたいな、女みたいなやつはさぁっ!!」
そう叫んで、彼女は部屋から出て行ってしまった。
…………いや、お前女じゃん。
しかもめちゃくちゃ可愛い女の子じゃん。
ファッションもボーイッシュ寄りでオシャレじゃん。
何度も言ってきてるのに、それが嫌だったのだろうか。
だとしたら気を遣えてないのは俺の方だ。
後で謝るか、何らかの形で仲直りしないとな。
諸々の問題に一緒に立ち向かっていくのに気まずいままなのは嫌だし、連携に不備も出る。死の危険性がある以上そこはどうにかしないといけない。
カトリーナにも相談してみるか。
ああ、あと師匠とマリアンヌにも相談しておかないと。
俺が調子に乗って、結局アニカの気を悪くさせちまったことには変わりない。やっぱり、ダメだな、俺は。
◆
心臓が痛ぇ。
なんでおれはあんなこと言っちまったんだ?
関わらなきゃ、よかっただろ。
なんであんなこと口走ったんだ?
デビュラが、マ、マゾっ気があることは、わかってたじゃねえか。
それに、ベッドヤクザなのもわかってる。
あんなに紳士なのに、普段はちょっとエロいかなくらいなのにさ、あんな、あんな捻じ伏せるような言動して……見てるだけなのに、ありえねえくらい、興奮して……。
──さて……どこで知ったんだ?
心臓が跳ねる。
ばくばくばくばく、とんでもない速度で鼓動が鳴る。
あんな目、あんな目で、おれを見るな。
そんな目で見るな。見ないでくれ、おれを、女にしないでくれ。
ああ、くそ、くそっ、疼く、ムカムカする。
女になっちまったのか。
もうおれは女になっちまってんのか。
目の前で、仲の良かった男が他の女抱いて、乱交してるところを覗いて、必死に自分を慰めて……そんで、おれのことなんて眼中にないと思ってた男に、匂わせるようなこと言ってよぉ……!
惨めだ。
惨めで哀れすぎる。
ほんっと、男でもなけりゃ、女にもなりきれねぇ。
おれは、なんでこんなに、どうしようもねえんだよ……。