「……なるほど。それでアタシらを訪ねてきたのかい」
「ああ。もし無礼をしたのなら謝って、どうにか今後の活動に支障がないようにしたい」
【超滅】は今後もともに活動していく予定だと師匠に聞いている。
特にアニカが師匠にとっても手放し難い人材だとかなんとか。この森においてはカトリーナとミューズの方が力を発揮できたが、俺の関与しない部分でドレイクもアニカも力を見せるかもしれない。
そんな師匠の立てた計画を俺がぶち壊す、なんて最悪な事態は避けたいんだ。
俺の言葉を聞いて、ドレイク一度ため息を吐いた。
「はぁ……あの娘にも困ったもんだねぇ」
「アニカは悪くないんだ。俺が彼女のことを思いやれてなかったのが悪い」
気遣いの欠けた言動をしてしまった。
アニカが面白い反応をするからと揶揄いすぎたのが原因なのでアニカが責められるような謂れは一つもないのだが、そんな俺の言葉に対して、ドレイクは苦笑する。
「いやいや、あの娘にだって原因はあるんだ。アニカの事情、聞いてないんだろう?」
「アニカの事情……おそらく耳にしてないと思うが」
「ならそれは仕方のないことさね。細かい事情をアタシから話せないけど、話さないとそっちも納得はしないんじゃないかい?」
「いや、そちらが話すべきではない、アニカと直接話すべきだと言うのならその判断に従う。最悪、師匠の手を借りてどうにかするよ」
本当に最悪の手段だけどな。
師匠の手を煩わせて、俺の失敗の尻拭いをさせるなんて死にたくなる。
考えただけで嫌だ。
だが意地を張って大きな失敗をするくらいなら、意地を張らずに頭を下げる。
元々、俺にプライドなんてもんは無いに等しい。
それくらい躊躇なくできないと生きていけなかったんだ。
「そうかい? まあ、アンタほどの男がそう言うなら任せるけど」
「そう褒められて悪い気はしないが、俺が原因で問題が起きてる。あまり信頼しない方がいい」
「それに関しちゃこっちにも都合ってもんがある。正直、聞いたら耳を疑うだろうね」
「……そんなに?」
「そんなにさ」
ドレイクのような姉御がそう言うならそうなんだろう。
しかし、アレだな。
ドレイクと話してると、昔ちょっとだけ憧れた女冒険者を思い出す。
男勝りで自分の美しさをわかってるタイプの人で、男に媚びないスタイルだったんだが、ある日突然金等級冒険者と一緒にパーティーを組むようになってから言動が女らしくなって良さがなくなっていって……う、ううっ、お、俺が先に憧れたのに!
ムネが良くないドキドキをする心地よさに身を委ねつつ、アニカの都合というものを考える。
俺の不手際が帳消しになるような都合ってなんだ?
俺がやらかした行為自体は、ドレイクは是非を問わなかった。
というか、俺の話を聞いて「あの娘にも困ったものだねぇ」と言ったあたりアニカ側にも問題があると彼女は判断している。
……わからん。
「そんなに都合が悪いなら、その、俺の方から触れるのはやめた方がいいか?」
「…………う〜ん……ちょっと待っておくれ」
ドレイクが長考し始めた。
そこまで悩むような事情ってなんなんだ?
めちゃくちゃ気になってきた。
だがそういった事情に踏み込んでいいのはよっぽど身近な人間が、逆にフラットな関係性を持つ人間であった方がいい。
俺も当事者だったからな。
アリシアさんにマゾバレし、カルラにバレて、なし崩し的にどんどん広がっていき……奇跡的に今の形に着地出来たが、それは事情を知った人が俺のことを大切に考えていてくれたからだ。
もちろん、俺だってアニカの事情をより良い方向へ導くことへの努力を惜しむつもりはない。
だが、俺如きが動いた所でたかが知れてる。
周りの助力を求めることになるだろう。
果たしてそれが正しいことなのか。
アリシアさんと同じようなことが出来るか?
そうは思えなかった。
俺はあの人のように事態を好転させることが出来るのか?
無理だ。
俺はアニカが何を考えているのか、何を想っているのかもわからないから。
「……まあ、いい頃合いだろうね。現実を知って、折り合いをつけるにはちょうどいいってもんだ」
「……詳しい事情はわからんが、アニカを第一に考えてくれよ」
「それはもちろん。いつまでも叶わない幻想を抱いてるのは、哀れとは思わないかい?」
「哀れかもしれないが、満足するまで魅せてやるのも大切だろう」
「……それを言うのがアンタじゃなければねぇ……」
そう言って、ドレイクはため息を吐く。
お、俺が言うんじゃなければ?
そ、そんなに俺じゃダメだって言うのかよ……!!
ドレイクの姉御! 俺だって頑張ったんだ! なのに、なのにっ、そんな扱いされちゃったらもうさァッ、興奮しちゃうだろ! マゾを悦ばせるな! 最後まで責任を持て! 俺は理性のあるマゾだから一人で完結することができるが普通のマゾは一人で完結できないのだ。
ドレイク……なんて恐ろしい女だ。
俺の性癖をおそらく知らない状態で、俺に不愉快な感情を抱かせることなく悦ばせるなんて……!
『あら珍しい。今回は効いてないのね』
きっきき効いてねえし!
普通に傷つく理由がねえよ。
ここまでドレイクがアニカにも事情があると匂わせて、俺の言葉に対し「それをお前が言うのはなぁ」と言った。つまり、アニカから俺に対して抱えているんだろう。
ただ単にお前はダメだとダメだしされたのではなく、明らかに事情があってのことだ。
マリアンヌが俺にお使いをさせないのと同じで問題がハッキリしているから必要以上に傷つく理由がない。だから不要だと言われた事実で興奮しているだけなんだ。
『……我が巫女が我が使徒に買い物行かせないのはロクに買い物も満足に出来なかったからだけど』
バウバウバウバウッ!!!
ワンワンキャンキャンッ!!!
「とにかく、考えすぎなくていいよ。あの娘はこれまでまともな男に接する機会がなかったから、アンタに出会って……ちょっと、ね? わかるだろ?」
「…………? 男性観がおかしいってことか」
「…………あ〜……こっちもかい……」
「えっ……ち、違ったか?」
ドレイクは呆れた顔で額に手を当てた。
俺に出会ったから、なんだ?
そりゃまあ紳士的に振舞うことを心がけてはいるさ。
だからと言ってまともな男と接する機会がなかったってのは、ちょっと想像しがたい。リリーガーデンの貴族令嬢たちですらまともな男の存在は知ってるんだぞ。箱入り娘より箱入りじゃねえか。
そのことを伝えると、溜息交じりに言う。
「警戒心が高いくせに、まともな相手は知らないのさ。いや、警戒心が高いから知る余地も無かったと言うべきか……」
「……でも俺は冒険者だぞ。まともな男ってんならもっと他にいるだろ」
ギルドの職員とか。
セリナの存在があるので、俺にとってギルドの職員はとんでもなくいい人揃いのイメージがある。何回かセリナの同僚の美人なお姉さんと話したこともあるが、みんないい人だったぞ。
「そうだろう? でも、あの娘はそういうのを知らずに来たんだ」
「よくもまあ、そんな純朴でいられたな……」
「必要以上に警戒してたからね」
ううむ、そうか。
つまりアニカは今初めてなんとなく安心できる男という存在に遭遇して、家族みたいな判定を下していたら『性的な目で見ている』と俺に宣言されて戸惑っている、と。
なんとなく想像できたぞ。
「わかっただろう? あの娘は今、ようやく女として独り立ちするところなんだ」
「……なるほどな。そういう事情なら、俺も協力しよう」
「えっ……きょ、協力するのかい?」
「そりゃするさ。アニカの好意を無駄にするわけにはいかんだろ」
そんな驚く事か?
俺をそんなに信じてくれたのはいいが、あくまで他人の男だ。
どれだけ信じられるような男であっても女を前にした時情欲を催すということを知るのに絶好の機会である。
それに、ドレイクたちが協力してくれるなら悪い方向にも転がらんだろうしな。
「そ、そうかい。アタシとしちゃあ、アンタはあんな娘のこと眼中にないと思ってたけど」
「おいおい、酷い言い草だな。アニカは魅力的な女だよ」
「あんだけいい女に囲まれといて、いつか刺されちまうよ?」
「そりゃあ、俺からすれば愛そのものだな」
刺されるとか最高だろ。
お腹にブスッと刺されて痛みにのたうち回るんだ。死なないから治療されるまで苦しむだけなので、俺に損は全くない。
素晴らしすぎる。
明日にでも刺して欲しい。
「……ほんっと、とんでもない男に引っ掛けられたもんだ」
呆れつつ、乾いた笑いをドレイクは浮かべた。