トレジャーハンターとして長年単独で活動してきたドレイクは、この一団の中で最も危険に敏感だった。
理由は単純。
周りと比べて卓越した強さを持たない女性だから。
素早く、そして静かに歩き、天井を渡り、川を泳ぎ、草の根をかき分けてお宝を探し当てる。戦うことは重要視しておらず、それよりどのようにして逃げて生き延びるかの嗅覚が求められた。
一度も失敗しなかったわけではない。
何度も痛い目を見ては、その度に学んだ。
罠に引っかかり三日三晩僅かな露だけ口に含み、偶然やってきた一団に救助されたこと。
モンスターに追われ手にした宝や装備の全てを捨ててなりふり構わず逃げ落ちて一文無しになったこと。
時には身を売って再起を計った。
流れに呑まれながら、酸いも甘いも清濁併せ呑んでこれまで生きてきた。過酷な世界を一人で生き抜かなければいけなかったドレイクは他者に期待をせず、されど絶望をするほどでもなく、ほどほどに割り切れるようになった。
良くも悪くも、まあ、こんなものだろうねと苦難を乗り切ってきたのだ。
そんな彼女の人生が変わったのは、アニカに出会いパーティーに誘われてからのこと。
『あんた、トレジャーハンターしてるって本当か?』
酒場で一人晩酌を楽しんでいたドレイクに声がかかった。
男と見間違うような短い髪にボディラインが一切分からない鎧姿。
喉仏がなく、よほど鈍感でない限り即座に女だと見抜ける顔立ちで、必死に低い声を出して問いかけてきた。警戒するのもバカらしいと思えるくらい間抜けだと思った。こんなやつ、すぐに食い物にされちまうだろう、と。
田舎から飛び出してきた駆け出しの村娘。
冒険者にとってはカモでしかない。
だからドレイクは、親切心からこう告げた。
『そうだけど、
『そりゃちょうどいい。いくら必要なんだ?』
即座に切り返した少女に思わず面食らう。
現実を知らない甘ったれたお嬢ちゃんだと思っていたが、強かに言い返す程度には現実を知っているらしい。
と、そこで止まっていればあくまで世間を知っている少女、くらいの評価で止まったのだが──アニカはそこで止まらなかった。
『おれの出せる現時点での予算はほとんどねえけど、あんたが協力してくれればすぐにでも用意できる。ここから程近い遺跡にちょうどいいところがあるから、そこで手に入れたお宝でどうだ?』
『へぇ? 随分と自信があるようだけど、坊やは何ができるってんだい?』
『おれが出来ることは少ねえよ。ただ、
断言するアニカ。
ふざけたことを言うガキだと思った。
苛立ちは隠せず、目つきも剣呑なものになっていた自覚がある。だがアニカはそこで怯まず、むしろ自信に満ち溢れた表情のまま続けた。
『へへ、まあ疑うのも無理はねえよ。だけどおれの読みは外れねえよ。一発、騙されたと思ってどうだ?』
下種な言葉を精一杯捻り出して、ドレイクを見つめる。
正直言って、付き合ってられないと思った。
なんの根拠もなければ、なんの正当性もない。
ドレイクがこれまで培ってきた経験から考えてもこの少女の話を聞く道理は一切なかった。思い上がった田舎の村娘が調子に乗っているだけ。
それ以上でもそれ以下でもない。
危うきに近寄らず。
それが生き残るのに最も大事なことだった。
だが──ドレイクは、そこで捨てる選択をしなかった。
興が乗ったわけではなく、彼女を信じたわけでもない。
純粋に、いざとなれば切り捨てればいいと冷酷な判断をしただけだった。
仮に自分を嵌めようとしている奴らが背後にいたとしても逃げ切れる。
『……そこまで言うなら乗ってやろうじゃないか。ただし、条件がある』
『おう。なんだ?』
『もしも、坊やの言う通りにならなかったら、田舎に帰りな』
苛立ちからか?
それとも親切心からか。
自分の積み上げてきた人生を、軽いもんだと言わんばかりの態度に腹を立てたのか。
とにかくこの時、ドレイクはこう条件を告げて、アニカはそれに対し満面の笑みで頷いた。
『わかった! もしそうだったら諦めるよ』
『……なんだい、潔いねぇ。田舎が嫌で出てきたんだろう?』
『あー……まあ、それもあるんだけどさ。それだけじゃないんだ』
そして、少しだけ真面目な表情で、つぶやく。
『世界が変わったからな。おれも生きて死ぬ以外にやれることがあると思ったんだ』
話したくないと滲ませたアニカにドレイクは追求しなかった。
そしてこれから数日後、二人は正式にパーティーを組むことになる。
すでに掘り尽くされたと思われていた遺跡の隠し部屋から、運びきれないほどの金銀が出土したのだ。まさに一山当てた二人はその資金を使い生活環境を整えた。世間知らずな一面を見せるアニカに対しドレイクがため息混じりに教えて、アニカはそれに感謝する。
【超滅】は、そうして始まったのだ。
◆
──思えば、随分立派な立場になったもんだ。
ただのトレジャーハンターだったアタシが金等級冒険者になって、王都の一等地で生活して、今じゃあ白金等級冒険者や聖女サマと合同で暮らしてる。
十年前のアタシに言っても到底信じられないだろうね。
泥水啜って木の根を食べて餓えを凌ぐようなことすらしてたアタシが、今じゃあ毎日ベッドでぐっすり寝れちまうんだ。脅されて武器を奪われた挙句無理やり
少なくともアタシにとっちゃあそれこそが人生ってもんだった。
それが、アニカに出会ってからは全てが変わっちまった。
世間を知らないバカな娘が哀れだから、ちょっと付き合って終わるはずだったんだがねぇ。
まるで全て知ってるかのように次々とお宝を当てられちゃあ、トレジャーハンターの立場ってもんがない。だってのに、あの娘はアタシがいなくちゃうまくいかなかったって当たり前のように言うんだ。
全く、勘弁しておくれよ。
アタシはただのトレジャーハンターさ。
うだつの上がらない、ちょっとした宝を掘り当てては売り捌いてるみみっちい盗賊もどき。こんなやつが居ようがいなかろうが、アニカがそのうち成り上がってたのは想像に難くない。
だけど、なんでか知らないけど、あの娘はアタシのことを仲間だって言うんだ。
笑えてくるよ。
あの娘は、アタシのことを一人で生きてきた強い女だと思ってるんだ。
そりゃあ、確かにそうとも言えるけどね?
そんな簡単な話じゃない。
時には身体を売って生き延びたし、時には汚泥に塗れたこともある。
屈辱だと思ったことは何度も経験したさ。
嫌だと情けなく泣き叫んだことだってある。
流石に二十歳を超えてからはないけど、未熟だった頃はそんなありふれた女だった。
そうじゃなくなったのは、アニカに出会ったからだ。
あの純朴で、だけどアタシらの知らないような知識を持っていて、世間知らずで、なのに男への警戒心は無駄に高くて、女相手には警戒心のかけらも無いような娘だ。
自分をおれなんて言うし、ファッションのかけらも無かったからアタシらで教え込んだんだ。素材がいいのにあんな角刈りみたいな髪型じゃあ勿体なすぎる。服装だってそうだ。街に行けばそれ相応のブランド品があるのに、あの娘はいつまでもボロっちい駆け出し装備だったからね。
手塩にかけた娘みたいなもんさ。
パーティーの展望を語るばかりで、いつになったらこの娘に男が出来るんだろうかと心配したこともある。本人は男なんていらねぇなんて言ってたけど、そりゃあまともな男とすら関わってこなかったからだ。
コロッと落ちちまって、全く。
フィン・デビュラはイイ男さ。
アタシが若い頃に出会ってたら危なかったかもね。
関わるようになってから王都で調査したけど、悪い噂こそあれど実際に酷い目に遭わされたって娘は皆無。むしろ助けられたり街中での荒事から庇われたりと現場レベルではいい話ばっかりだった。
男共のアレは、妬みさね。
醜い男の嫉妬ってやつだ。
ただまあ、いい噂はあるし、モテモテなんだが、所属してるパーティーがねぇ。
【払暁】だけでも勝ち目なんてないのに【星天】まで合わさっちまったらアニカに望みなんて一切ないじゃないか。
本当に哀れで仕方がないよ。
初めて恋をした相手が悪い。
アニカが恋破れて、女として自覚を深めて一歩踏み出せる──それくらいなら、アタシも過度に干渉するつもりなんてないんだが……どうにもここ最近、デビュラが女共と遊んでる感じがするからね。
こればっかりは勘としか言いようがない。
関係を持った男女ってのは周りが思ってるより変わるもんだ。
デビュラはあんまり変わらないけど、聖女サマやら勇者やら、それに【天聖】すらも変化がある。これで遊んでないと思うのは、ちと無理がある。
もしもデビュラがアニカの心を弄んで、身体でも遊んでやろうとするんなら──アタシは容赦しないよ。
もちろん、正面からやりあえば勝てるわけなんてない。
やり返す事もできないだろうね。
邪神に取り憑かれてて、不死身なんだって?
そんな奴相手に暴力で勝てるわけがないだろう。
だけど男女のやり取りで言うならアタシだって負けるつもりはない。
娼婦に成り下がったつもりはないけど、この一団の中じゃあ一番経験があるんだ。大の男を手玉に取るくらい、造作もないことさ。
その笑顔の裏で、どれだけ女を泣かしてきたんだい?
紳士的な振る舞いは計算?
それとも素でやってるのかい?
どちらにせよタチの悪いことだ。
アニカが泣くだけならいい。
でも、あの娘を利用して楽しもうってんなら、アタシは許さないよ。
ハーレムでもなんでも作りゃあいいさ。
だけどね。
アニカは、あの娘は、いい子なんだ。
だからどうか、あの娘にだけは、何もしないでやってくれ。
アタシの人生を変えてくれた恩人なんだ。
何も返せてないんだ。
弄ぶようなことは、しないでおくれよ。
もし、あの娘で火遊びするってんなら──その時は…………。