お前のせいだ。
お前が俺の妻を壊した。
お前がおかしい子供だから俺達は狂った。
お前なんて生まなければよかった。
お前なんて育てなければよかった。
どこへでも消えちまえ、親不孝者。
壊した母親の面倒すら見れないようなクズ、俺の方こそ願い下げだ。
お前なんざ娘でもなんでもねえ。
…………元気でな。
病に気を付けて生きろよ。
◆
おれは、この世界に生まれるべきではなかった。
現代日本で生まれ育った男の記憶があるおれは、男の自己意識を抱えたまま生まれた。
いわゆる転生って奴だ。
昨今ではメジャーになった概念だけど、まさか自分が当事者になるとは夢にも思ってなかった。しかも転生した先がリョナエロゲ世界で、女に生まれちまった。
どう足掻いても絶望ってか?
そういう標語は嫌いじゃねえけど、いざ自分の身に降りかかると笑えなかった。
両親は、いい人達だった。
母も父もおれを目一杯愛してくれた。
わんぱくって言葉で済まない程度にはお茶目だったおれを見て叱りながらも、ちゃんと愛情込めて育ててくれた。食べ物にだって困らなかったし、家の中は寒くなかった。ファンタジー世界の農村なんて隙間風で命が奪われちまうようなモンだと思ってたから、驚いた。
二人のことは両親だって認識があった。
他人じゃなくて親だ。
愛する親だってわかってた。
他人行儀ではなかった……と、思う。
別れ際も、転生者なんて思われてなかったはずだ。
ただまあ、どうしてもおれには男だって認識があった。
そんでもって、ゲームの世界に転生したって認識もあった。
そのせいで徐々に歯車がズレていったんだ。
最初は着る服に始まり、村の中で同年代と集まった時に全然仲良く出来なかったり、女の子と趣味が合わなくて若干距離を置かれたり……母も父も、最初はそこまで気にしてなかった。
ただ、リョナエロゲ世界に生まれちまった以上、自己防衛できない女の末路なんてもんは想像に難くないだろ?
死を座して待つ気はなかった。
ゲームシステム的なメタ要素は全く持ってなかったけど、剣を振ったり運動したり、それくらいはしねえといけないと思った。だから、同年代の子供との交流も捨てて、親と遊ぶ時間も捨てて、おれはひたすらそれに打ち込んだ。
そうしねえと、守りたい物どころか自分のことすら守れねえ。
原作で魔王軍が現れて以降、この世界は地獄と化す。
村は侵略され男は喰われ女は犯され、それが世界各地に広がっていく。
強く気高い女が率いた軍隊は、裏切った男によって破滅を迎える。
美麗なエルフ達は里で必死の抵抗をしたが、飲み込まれて苗床にされる。
物語の主人公である勇者が魔王を倒せれば世界を救って、倒せなければ世界が滅ぶ。たった一人の行く末によって世界すらも変わっちまう。
そのことを、おれだけが知ってる。
だからと言って、おれがどうこう出来る領域の話じゃねえ。
聖剣を手に入れた勇者が世界を救うんだ。
聖剣なんてとてもじゃねえけど探せねえ。
一歩目を踏み出すことすら出来ねえんだ。
おれに何が出来る?
何も出来ない。
死を座して待つのと変わらない。
だけど、おれは男だ。
身体は女でも意識は男だ。
あたし、わたし、アニカ、そんな一人称使えるわけがない。おれと言い続けた。同年代は無論、親世代にもおかしな子だって言われ始めた。おれと名乗って、剣を振って走り回ったり筋トレをする少女。そりゃあ、余所者に厳しい田舎じゃあ、奇異な目で見られて当然だ。
母には何度も止めるように言われた。
女なんだから、女の子なんだから、そんなんじゃ嫁の貰い手がないよ。
無視した。
反抗した。
おれはおれだから嫁になる気なんてねえし、婿も欲しくねえ。中のいい幼馴染なんて存在もない。強いて言えば、隣の家の男子と少し話すくらいだ。
おれがおかしい娘だと認識されていくにつれて、村の中での扱いが変わっていった。
父親は畑を耕すときに、手伝ってくれてた人たちが、手伝ってくれなくなっていった。父が無礼を働いたわけじゃねえ。突然そうなった。今にして思えば、母がおかしくなり始めてることに気が付いてたんだろうな。母が狂えば、父も普通ではいられなくなる。必然的に父も畑を耕して生活していられなくなる。つまり…………。
母の方が深刻だった。
おかしな娘を産んだ女として陰口を言われるようになって、母親のコミュニティから弾かれた。村八分にされたんだ。ストレスと、何を言っても態度を改めないおれを憎んで、狂った。
母親が発狂して父親もおかしくなっていった。
おれはそんな中でも変わらない日常を過ごしていた。
両親に愛情はあったんだ。
でも、おれは、おれの生活を崩せなかった。
だって、だってさ、魔王軍がやってきたら、この村なんてあっという間に滅ぶんだ。大陸全体が飲み込まれたら逃げ場もねえ。勇者が失敗したら、全てが終わるんだ。
それがわかってるのに、何もしないでただ現実に怯えてることなんて、出来るか?
おれは、出来なかった。
女であることも認められなくて、だからと言って、村を飛び出して冒険者になる度胸もねえ。勇者ですらそこら辺の野盗に負けて犯されたり、寝込みを襲われて犯されたり、商人に騙されて奴隷契約させられたりしてるんだ。
力もない小娘一人が飛び出して、どうなる?
結局、おれは男だって言ってる割に、
家は荒れていった。
母が暴れて父が抑える。
畑に行けなくなった父は、畑を隣の家に譲った。
おれは畑を耕すわけでもなく、手伝うわけでもなく、剣を振って体を鍛えた。代わりにはならねえけど、せめてと思って動物を狩ってた。だから、ちょっとだけ弓が扱えるようになった。
父親とも話さなくなっていった。
負い目があった。
おれは悪くねえって思ったこともあったけど、おれが悪かったんだ。
だって、おれが女としてきっちりしてれば、母は狂わなくて、父も畑を手放さなくてよかったんだ。
それでもおれは止められなかった。
止めるわけには行かなかった。
だって、おれがここで立ち止まったら、何が残る?
狂った母と疲れ果てた父親と、村八分にされる原因になった気の狂った娘だけだ。
おれはこの世界がリョナエロゲ世界だってことを知ってる。
だけど、それは誰にも言えないし、説明だって出来ねぇ。
何ができる?
おれはこの世界に生まれて何をしてる?
転生して、この世界の行く末を知ってるのに、おれがやったことは一つの家族を崩壊させたことだけだ。
だからおれは思った。
おれは、生まれてこなければよかったって。
そんな生活をしてたある日、村にやってきた行商人が言ってたんだ。
『魔王軍を名乗る強大なモンスターが出現した』。
プロローグ、いや、序章の終わりだ。
勇者が王都で駆け出し冒険者になって、一連の事件を解決した後に起きる出来事。銀等級冒険者と金等級冒険者の集まりが襲撃されて壊滅。激しい陵辱を受けながら生き延びた冒険者が語ったことで存在が露わになり、ここから物語は激化していく。
なんだが──行商人は、『魔王軍の尖兵を名乗ったモンスターは討伐されて、複数人が生存した』って言った。
おれは耳を疑った。
怒鳴り込んだ。
本当か、嘘をついてないか、勇者はいるのか。
何を聞いたか全て覚えてるわけじゃねえが、とにかく色々聴きまくった。村の連中の目なんかお構いなしだった。だって、もしそうなら、おれの知識は正しく機能しなかったってことだ。
おれは何もしてない。
転生者なのに、何もしなかった。
なのに、世界が違う方向に進んだんなら──そこには何か変化があるに決まってる。
狼狽える行商人は、間違いないと言った。
討伐して帰還した一行を見たといった。
女剣士、エルフ、神官、盾役。
あとは生き残った数人がいるだけだった。
あのCGで死ぬはずだった奴らか?
そこまで鮮明に思い出せなかった。
だけど間違いなく、世界は原作通りに進まない。
いや、むしろ、ここで尖兵と名乗ったやつが死んだのはラッキーだと思った。
ゲーム本編でも苦労したからな。
絶対に倒せない無理ゲーが無くなったことを理解して、おれはおかしくて、嬉しくて、その場で腹を抱えて笑ったよ。
そんで、思った。
村を出て行こうってな。
鍛えたって言っても所詮は村娘だ。
大したことがねーのはわかってる。
それでも、いま動かねえと、おれはどうしようもないやつのまま終わる。おれ以外の転生者が世界を変えたのかもしれないのに、じっとしていられなかった。
このまま家でさ、女の子らしく生きていく道もあった。
でも、おれはそれが出来なかったんだ。
出来れば、やってたよ。
でも、出来なかった。
出来なかったんだ。
──勘当された。
家を、村を出た。
大きくならなくちゃ行けないと思った。
だって、そうじゃなきゃ…………両親を踏み台にした、人でなしのままで、終わっちまうから。最後の最後に、それでも父親が言ってくれた言葉が、ずっとずっと、頭で反芻された。
このままじゃ終われねえ。
おれは、何が何でも生き延びないといけないんだ。
◆
「……結局おれは、どこまでいっても男らしくない、女々しい奴だったんだ」
リョナエロゲ世界だと分かって最初にしたことが保身だ。
死にたくねえ、犯されたくねえって、自分が生き延びるために全部投げ出した。
村の規則とか、先人の教えとか、家の掟とか、親の言いつけに至るまで全部だ。
自分がどれだけ愚かだったか理解してる。
それでも、そんなもんに従ってたらいつか死ぬってことだけはわかってた。
だから鍛えなくちゃいけねえって必死になったんだ。
親のことも無視して、生き延びた。
顔向けなんて出来る訳がねえ。
「おれも……デビュラみてえに、なりたかったなぁ……」
幼馴染のために必死になって、置いていかれても腐らずやって、王都に出てきて、今みたいに仲の良いわけじゃなかったパーティーで女達に嫌われそうになりながら盾役として勤めて。そんで、魔王軍の尖兵相手に持ち堪えて、邪神に囚われちまったのは全く羨ましくねえけど、おれにもそんな強さが欲しかった。
「でも、わかったんだ。おれは男だっただけで、男らしくはなかったんだって」
「アニカ…………」
「それなら、もう…………いっそ、女だって、認めちまった方が……いいんじゃねえか? デビュラみてえにはなれねえんだから、さ……」
こういう発言そのものが女々しいんだ。
わかってる。
でも、おれはさ、デビュラみたいなカッコいい男にはなれないから。家族を見捨てて逃げてきた奴がなれるわけがないんだ。
「そうはいっても、俺がやってこれたのはマゾだったお陰だし……」
困った顔でデビュラが言う。
…………た、確かにそういう側面はあるかもしれねえけど!!
痛いもんは痛いんだろ!?
「痛いけど気持ちいいぞ」
「……デ、デビュラ、あんたちょっと黙っててくれるかい?」
「む、むうっ……」
嬉しそうな顔でデビュラが唸る。
あ、ああくそっ!!
ノイズすぎる!!
なんでこいつ、これで、くそっ、くそっ!! なんでこれでマゾなんだよっ!!
なにもかもがめちゃくちゃじゃねえか!
なんでこんな、こんなカッコいい男が、ドマゾであひあひ言ってんだよ……!!
「あ、ああもうっ! とにかく、デビュラ! おれは、こんな奴なんだ! 親を捨てて、一人だけ生き残ろうとした卑怯者! お前みたいに自分を誇れる奴じゃねぇ……! それでも、それでもお前は、良いって言うのか? こんな卑怯者を肯定するのか?」
「ああ、俺はお前を受け入れる」
「────……なんで?」
「なんでって言われてもな。生き残るためにエヴァのちん○んしゃぶった男の方がどう考えても醜いだろ」
「…………」
「…………」
な、何も言えねえだろそれは……。
いくらおれでも言えることはねえよ!
つーか、元男だったから余計気まずいわ!
「んんっ! そ、それとこれとは、別じゃね……?」
「違わないさ。生き残るために、誰にも言えない秘密を抱えて必死になったアニカ。生き残るために、あと趣味でエヴァとまぐわった俺。一緒にして欲しくない気持ちはわかるが、どちらも自分の意志だ」
そ、そうかなぁ……。
「両親のことに関しては、正直……俺から言えることはない。俺はどっちかと言えば両親に捨てられてるしな」
「えっ……」
「三男坊なんてそんなもんだ。畑もなければ、働き口もない。こうして盾役やってるのが身の丈だよ。だから師匠には感謝してるし、感謝してもしきれない」
そう言って苦笑するデビュラを見ると、胸がギュウッと苦しくなる。
それじゃあ、おれは、なんだ。
親に捨てられて、一人で生きて行かなくちゃいけなかった奴に、親に愛されてたくせに親を捨てた、人でなしの話をしちまったのか。
おれは…………。
「そこまで気になるなら、今度一緒に行くか」
「……え。ど、どこに?」
「アニカの故郷だよ。存命ならなんだってしてやれるだろ?」
「そ、それはそうだけど……」
「結局、アニカは両親に不義理をしたことを後悔してるんだ。ならその後悔を取っ払った方が良いに決まってる」
デビュラが断言する。
それは、そうなんだけどよ。
でも、あんな別れ方して、勘当されて……今更顔出したところで……。
「安心しろ。今のお前に手を出そうとした奴がいたら、俺が守ってやる」
「…………うっ」
「悪い方向にだって進むかもしれない。でも、もしそうなったら、俺達がアニカを奪ってやるから」
「……はへぇ!!!?!?!?」
な、ななっ何言ってんだこいつ!?
「お前が全てに否定されたら、俺が肯定する。恐れずぶつかるべきだ。アニカのためにもならないし、アニカの両親のためにもならない」
「…………い、いいのかよ、そんなに、迷惑かけて……家庭の問題だぞ……」
「仲間だろ。それ以上何か必要か?」
そう告げるデビュラの表情は、至極真剣で。
おれは、その顔を見て……何も言えなかった。
切なくて、苦しくて、申し訳なくて。
それなのに、胸が、ドキドキしてさ。
自分の浅ましさが、嫌になった。