「……つーわけで、その、えっと……今度デビュラと……するかもしれねぇ……」
照れながらそう告げるアニカを見て、カトリーナは白目を剥いた。
(すっ、すすっ数日で! たった数日でアニカが変態に捕まっちゃった!!?)
カトリーナは神の使徒だ。
ここ数百年で一番の才能をもつが、それでも過去の時代と比べれば蟻と巨像の如き差がある。声を聞くのが精一杯で、姿を見るどころか周囲の様子を常に見せ続けるようなこともできない。宿っているのではなく、遠くから見るための中継地点に使用されているだけなのだ。
だがそれであっても神の力というのは凄まじく、魔女として学んだ能力に関しては通常の何倍もの効果を誇る。その力もあって【超滅】は飛躍した。集めた遺物を身につけ彼女の補助を受けたアニカやドレイクは金等級以上の力を発揮し、幾つもの障害を打ち払ってきた。
女だけでも、決して負けないパーティー。
カトリーナなりに仲間を信じてきたし絆もある。
男の影もない集団でいいのだろうかと思ったこともあったが、女同士のかけがえのない友情というものを楽しんでいたのだ。
それが──崩壊しつつあった。
「え、えっと…………そ、そうですか。それは、おめでとう、ございます……」
かろうじて絞り出したおめでとうの言葉は、まっすぐアニカに届いた。
「お、おう。……あー、恥ずかしいな、くそ……」
顔を真っ赤にしてパタパタと手で仰ぐ。
アニカの可愛らしい動作だが、それも一人の男に抱かれるかもしれないという期待のもとにしていると思うと、カトリーナの心が軋んだ。
彼女は神が見える。
神の使徒に選ばれた彼女には、フィンに取り憑く邪神の姿が見えてしまう。
ゆえに、あの男が、アニカが惚れた男が邪神にどんなことをさせているのかを知っている。誰にも見られてないのをいいことに昼間から奉仕させたり、頭の中に指を突っ込ませてぐちゃぐちゃと脳みそを弄らせたり、そのあと汚い方の穴に指を突っ込ませたり舐めさせたり……信じ難いことに、邪神にそんな行為をさせているのだ。
そんな曰く付きのとんでもないど変態に惚れた挙句『今度抱かれるわ笑』と嬉しそうに告げるアニカに、カトリーナは絶望する。
(あ、あああ……!! あのとき、私が止めてれば……!)
数日前に意気揚々と部屋を出ていった姿を思い出す。
あのときアニカを止めてしっかり話をしておけば、こうはならなかったのではないか。アニカが女として成長すること自体は喜ばしいが、あのど変態に抱かれることは我慢ならない。友人がハーレムの食い物にされることを喜ぶような女はいないのだ。
「……ど、ドレイクも、同行していたと聞きましたが……」
「……言わんでおくれ」
(何をしてたんですか!!)
ともに危機感を共有していた相手はそっと目を逸らした。
「あ、アタシもちゃんと、デビュラに何度も話をしたんだよ? アニカは初心な奴だから口説くようなことはしないでくれってね。だけど、デビュラは何もしなかったけど、どっちかといえばアニカの方が」
「あ、あ゛────っ!! ドレイクゥ! それ言わないでって言っただろ!」
「バカ言うんじゃないよ! 何もしてない相手に発情して縋りついたのはどこの誰だい!?」
「は、は、発情してねーし!! ちょっとドキドキして疼いただけだし!!」
「それを発情したって言うんだよ!! 部屋を訪れた男に驚いて慌てて洒落た服装に着替えたのはどこのどいつだ!?」
「あぁ──!! 言うなよそれ!!」
二人の言い争いの声は廊下にまで響くほどだった。
それを見て、カトリーナは察する。
(…………止めようがなかったんだ……)
──アニカは初めて恋をした。
自分を男だったと言い張り一人称はおれ。
仲間にもっと洒落た格好しろと言われ髪型を整え化粧品も使うようになり服装にも気を配るようになって美少女の仲間入りを果たしたが、男を知らない女のままだった。
と言うより、まともな男すら警戒していたアニカは男を知ろうともしていなかった。
そのくせ『おれは男の気持ちを知ってるんだ』と言い危険のなさそうな相手すら警戒するものだから、後からドレイクやカトリーナがこっそり相手に詫びを入れたこともある。
相手がまともだったために苦笑して謝罪を受け取ってくれたが、アニカの警戒心がすべていい方向に作用したわけではないのだ。
だが、その警戒心……と言うより、彼女の意識や知識が良い結果を齎したことは無数にある。
ゆえに仕方ないことだとカトリーナも受け入れていたが、それが良くなかったのかもしれないと思った。
(もっと、他の男性と関わっていれば……)
当たり前だが、世の中、おかしな男ばかりではない。
おかしな男は行動に移すことを躊躇わないから多く見えるのであって、フィンのように紳士的な振る舞いや価値観を抱いている男はたくさんいる。
だがそれは冒険者のようなあぶれものの巣窟にはいない。
ギルドの職員だったり、地域に根ざした商人だったり、善政を敷いているような領主だったり、またはごく普通の農民だったり。深く関わろうとしなければ相手も深く関わろうとしてくることはなく、そうやって自分の世界を閉ざしているのにあえて深く入り込もうとしてくる相手はまともではないため余計イメージが悪くなっていく。
アニカの男性観はそうやって培われていったのだ。
だからこそ、初めて深く交流した男性のフィンが紳士的に振る舞えたことが、アニカの心に強い衝撃を与えた。
(う、ううっ……! どうしてよりにもよって、あんなど変態にだけはそんなグイグイ行ったのよ……!!)
ドレイクの話から察するに性欲に押し流されたようにしか聞こえない。
それはそれでいいことだが、そんな、初めて恋をした少女のようなことをしないで欲しい。
これで相手がまともだったら断られてたかもしれないが、相手はまともではない。
邪神に取り憑かれていて邪神に奉仕させて、邪神に暴行を加えられても平然としている男だ。一体、アニカがどんな目に遭うか。
(きっと、初めて男性と触れ合うアニカは緊張しっぱなしで、慣れた相手にリードされて自然と変なこともさせられるようになって、それを当たり前だと思うようになって……な、なりかねない……!! きっと、あんなところまで舐めさせられたりするんだ……!!!)
友達が男性と仲良くなるのは別にいいが、カトリーナにとって、相手がフィンであると言うことは許容し難いことだった。
彼女はフィンが邪神にナニをさせているのか知っている。
ハーレムを作ったとんでもないど変態に処女で初心な男勝りな少女を差し出すのは、肉食獣の群れに子羊を放り込むようなものだ。
(友達を、そんな目に遭わせるわけにはいかない……っ!!)
カトリーナは決意する。
決して友人の想いを踏み躙るつもりはないが、好き勝手させるつもりもない。
守るとまでは言えなくても、友達として、ひどい目に遭うことを見過ごすわけには行かなかった。
(私が、アニカを……変態にはさせないからね……!)
『…………何やら物騒なことを考えておるのう』
(はい。アニカは大切な友達ですから。ど変態の好きになんてさせません!)
『……そ、そうか。まあ、おぬしがそう思うのなら好きにするとよいが……妾は知らんからな。混ざらんからな』
(大丈夫です。神の力がなくても、私達には友情がありますから)
『……やめといた方が良いぞ?』
(心配には及びません。私、あの人のこと好きじゃないので)
カトリーナから見て、フィンに惚れると言うのは全く理解できないことだった。
確かに顔立ちは整ってるし身長が高くて筋肉の鎧で覆われており、男らしさに溢れているが、その実態は神に嗜虐されデリケートな部分を刺激させて奉仕させているど変態である。その実態を知らない者が毒牙の餌食になっているのだ。
その本性を知っている自分が、アニカのようになるわけがない。
何なら嗜虐されて大喜びしている姿を見てきたカトリーナからすれば度し難い変態でしかない。好感度は限りなく低い。目の前で変態じみた行為を繰り広げられながらも誰にも言えないストレスを抱えさせられたこともあって、どちらかといえば敵意を持っていた。
(もしも私にひどいことをしようとするようなら、アニカはそれで目を覚ます。ひどいことをせずにアニカを受け入れるって言うならそれで構わない。アニカに酷いことは絶対にさせないから……!)