木漏れ日の中、そよ風が草を薙ぎ、木々の枝を揺らす。
自然が奏でる心地の良いハーモニーに身をゆだねてじっと目を閉じて、ただひたすら瞑想に耽る。こうしていると、まるで自分が自然の一つになったような感じがする。心が落ち着いていく。あ、でもなんかチクチクする。なんとなく嫌な感じがしたのでまたぐっと頭を真っ白にすれば、それも次第に落ち着いていく。
そうして自分の心を無にし続けることおよそ十分。
隣で同じように瞑想をしていたカルラが、終わりを告げた。
「──止め」
凛とした声に命じられるかの如く、思考が切り替わる。
──……ふう。
やはり東方式瞑想はいい。
一緒に暮らすようになってからたまに付き合わせてもらっているが、この自分を完全に無にして精神を安定させるってのが効果覿面でなぁ。
前までは闇マリが俺の感情を食べてた(自覚はない)が、今は出来るだけ食べないようにお願いしている。戦闘時とかは食べてもらわないとヤバそうだからそれは改めてお願いするとして、日常生活で心の平穏を保つ手段はたくさんあった方がいいに決まっている。
アリアが俺のことを肯定してくれる……とはいえ、醜いままの俺であることを、俺は許容したくない。アリアが俺の全てを受け入れてくれるのは嬉しいが、甘えっぱなしでいるつもりはないのだ。
特に、俺はあまりにも性欲に実直すぎる。
ここ最近は特にそうだ。
以前は趣味であり優先するつもりはないと心に誓っていたマゾ欲求にすら負けてしまっている。これは由々しき事態だ。早急に改善せねばならない。アニカが重たい話をしてくれたことでよりそう思った。
「どうだ? 少しは気が晴れたか?」
「気が晴れたというより、改善したいんだが……」
「気持ちはわかるが、焦ってはならぬ。精神統一は継続に意味があるのだ。心を武から、己から、現実から切り離して無となる。これは容易いことではない。焦ればまたも翳りが生まれてしまうぞ」
「むう…………」
ぐうの音も出ない正論だ。
「しかしなぁ……闇マリにも言われたが、俺はとっくにおかしい奴になっている。取り戻すことは不可能で、多少まともになることだって容易ではない。それこそ、神の一手でもなければ、俺は普通に戻ることすらできないんだ。焦りもするよ」
ことあるごとに精神を病んでめんどくさい男になる部分はもうどうしようもないので、せめて下半身に実直すぎる部分だけはどうにかしたい。
これはさァ、なんていうか、もうほんと普通に頭の中でずっとエロいこと考えてた弊害って言うか…………いやでも、これは仕方ないところもあるんですよ。
俺が性に目覚めたのは王都にやってきてからだが、体付きがエロくて美人なねーちゃんが性格の悪い冒険者に乳揉まれてるのに嬉しそうにしてる姿とかさぁ、そういうの見せられてエロいこと考えない方が無理な話だ。
カルラはエロい格好してるのに自覚ねーしさ、戦闘中に香る女の匂いで俺がどれだけ悶々としてきたか……! 極めつけには同居を始めてからの、カルラ入浴事件! これが俺を壊した! 間違いなくカルラの身体を見放題になってから俺の性癖はまた一つおかしな方向に進化したんだ!
そんな俺の内心を汲み取ってか、カルラは申し訳なさそうに翳った表情で呟く。
「…………すまぬ。そなたの心を壊したのは、私にも責任があると言うのに……」
「……確かにカルラの責任は大きいかもな」
「……すまん…………」
王都基準であまりにも露出が多すぎる衣装で過ごすのが当たり前だったカルラ。
そんな彼女を近くでずっと見て、時には斬られ、時には殴られ、時には蹴られ、時には罵られ……ぐふふ、やはり素晴らしい日常だった。
確かに苦しく感じたし、絶望も大きかった。
だけどね、それを乗り越えて今に至るからこそより一層気持ちいい。
俺は今、そんなカルラを好き放題抱ける立場にあるのだ。
これで興奮しないと言うのが無理。
興奮するに決まってる。
「だけど、俺はそんな感情に囚われていたくないんだ。乗り越えなくちゃいけないんだ。そうしないと、俺はまともな人間にすらなれない」
「フィン…………」
「今となっちゃ随分いい思いをさせてもらってるけど、俺はみんなに相応しい男でありたいんだ」
特に今の状態だと、その、なんと言いますか……甲斐性というべきか……。
単刀直入にいえば、収入面で全員の面倒を見ることなんてとても出来なくて……なんなら【払暁】で暮らしてる時ですら他の三人に多めにお金出してもらって生活費支払ってたのに、この拠点での生活に関しては何も出せていないのだ。
このままでは名実ともにヒモ野郎の称号が……!
い、いやだそんなのっ!
俺は男らしくありたいんだ!
手を出した女性の責任くらい取れなくてどうするんだよ!
女性に養われて「オラ、小遣いだせよ」なんて言うようなカスにはなりたくない! 立派な男になりたいんだ!
『複数の女性に手を出してる時点で立派な男ではありませんよ』
闇マリ。
正論は時に人を傷つけるだけの暴力になるんだ。
今、君が告げたことは真実かもしれない。
だけどそれを言われた俺がどう思うか、考えたことはあるか?
俺は悲しいよ、闇マリ。
努力すら無駄だって否定されたみたいだ。
俺は、俺みたいなやつは、努力することも許されねえってのか……!? そんなのは違う。人は、それぞれに努力をする資格があり、義務がある。俺は今からでも立派な男になれるって自分を信じてるんだ。闇のマリアンヌ、いいや、女神ルルクス様。どうか俺を見守っていてほしい。俺は必ず立派な男になってみせる。
『複数の女性に手を出してる時点で立派な男ではありませんよ』
生きててごめんなさい。
東方諸国に伝わるハラキリで、今生を終えようと思います。
なんか死ぬ前に歌うんだっけ?
法則性がどうたら……や、やばい、忘れた。
俺の知ってる歌、畑作業の歌とか王都に出てきてから知ったものしかない。
「カルラ。ハラキリの時は畑作業の歌とかでいいのか?」
「……え!!?!?!?」
「いや、前にハラキリの時は礼儀がどうとか……」
「え、いや、えっ、あ、あるにはあるが……なんでそうなった!?」
「え? いや、このままだとハラキリすることになりそうだから」
「ど、どうしてそうなったんだ!!?」
「……あ、すまん、口にしてなかった」
完全に勘違いしてた。
ここ最近闇マリは表に出てるのが当たり前だったから、てっきり普通に口に出してるかと思ってた。そりゃいきなり聞かれたらカルラも混乱するよな。
「その、今の俺はなんというか、ハーレムみたいな状態だろ」
「う、うむ。そうだな。否定はせぬ」
「だけど俺は関係を持った女性陣を養うどころか養われている側だ」
「…………」
カルラはそっと目を逸らした。
「た……確かに、そうかもしれぬ。だがなフィン、そなたの場合は事情があるではないか。私はそなたに一生貢いでも贖い切れぬ責任があるし、アストレアやマリアンヌをその身体で守り続けた代償として臓腑まで痛めてしまった。それは金では解決できぬ。そうであるにも関わらず、そなたは変わらず我らを守り共に歩んでいくと言ってくれた。ならば、金くらいは我らが出さねばならない。そうではないか?」
「カルラ……愛する男が、金を出させている上に他の女を抱きまくってるのは、嫌じゃないか?」
「…………」
カルラはそっと目を逸らした。
う、ううっ……!
わかってはいたんだ……!
だけど闇の俺が抑えられなくて、ここ最近はずっとそれを何とも思ってなかったんだ。アリアに受け入れてもらえたことで自分のおかしさを再認識できた。
そりゃ闇マリの言う通り、複数の女性を抱いてる時点で立派な男とは言えない。
でも今更手放すなんてバカな真似はしない。
これだけのいい女を抱きまくってて飽きるなんてバカなことも言わない。
全員俺のものだ。
逃すわけがない。
他の男に触らせない。
寝取られ妄想はするけど寝取らせはしない。
けどそれをするにあたって、俺はあまりにも不誠実で不甲斐ない男だ。
それじゃあ、いけないだろう。
俺は身の丈に合わない幸せを味わっているが、他人にその対価を支払わせ続けることはいずれ破滅に繋がると思っている。今はほら、カルラの言った通りこれまでの俺の行動が実を結んだのと幸運だっただけだから。
手放さない、手放したくない。
言うのは簡単だが、実際にそうし続けるための行動をしなければ意味がないんだ。師匠の薫陶はこんな形でも発揮されている。願いを叶えるために努力を重ねるのは当然のことだ。
「愛想を尽かされないためにも、俺は今よりもっと立派な男にならなければならない。せめて関係を持った女性皆を幸せに過ごせるように社会的な力とかも手に入れないと……このままじゃ俺はヒモだ……!!」
「……ううむ。そなたのそういうところは本当に好ましいのだが……」
「言わなくてもわかる。もうヒモだって言いたいんだろう」
カルラはそっと目を逸らした。
わかってるんだ、そんなことは。
それでも俺は、脱却せねばならん。
そうじゃないと金も名誉も力もある男が現れた時、寝取られるかもしれねえだろ! そんなの嫌だっ! 自分に不手際があったせいで寝取られるとか、死んでも死にきれないっ!
「くっ……!! 誓うぞ、カルラ。俺はこれからみんなに相応しい男になるまで、調子に乗って他の女性に手を出したりしない。絶対だ。みんな養えるくらい立派な男になってやる……!!」
「……そ、そうか。まあ、なんだ。どんな形であれ、私はそなたから離れぬぞ」
「カルラ…………」
ドキッ……
ムクッ……ムクムクッ……。
お、抑えろ……!
収まれ性欲!!
禁欲するんだ!
俺は性に溺れない!
これから真人間になるんだ!
カルラがエッチすぎるからって、絶対にエロいことをしない!
俺は────絶対に性欲になんて屈しない!!