「どうぞ。口に合うといいが」
「す、すみません。いただきます……」
淹れて来たお茶を差し出す。
お茶請けも俺が用意したものではないので申し訳ないが、こういうところのセンスも俺には欠けている。やっぱり貴族の貴公子とかになれば、社会的な振る舞いというのも身に付いているのだが俺にはない。
ううん、改めてマリアンヌに教えてもらうか……?
いやでも、マリアンヌにはそこら辺期待されてない感じするし……教えてくれないとは思わないけど、師匠に頼るのも……。
「……えっと、早とちりして、すみませんでした」
「気にするな。そういう時もある」
本当によくあることだ。
なんなら俺がトラブルの元になることもしばしば。別に変な説明してるつもりはないんだが、どうにも言葉が足りないことが多いんだよなぁ。
反省はしているのだが、ただの会話ですら噛み合ってるようで噛み合ってないことがある。
今回はわかりやすかったからいいけど、勘違いされたままだったら厄介なことになってたかもしれない。
「実は、アニカが……以前からデビュラさんに特別な感情を抱いていたのには気がついてたんです」
「エッ……そ、そうなのか」
「本人は認めたがりませんでしたが、確実に」
ぜ、全然わからなかった。
闇マリはわかってたのか?
『ええ、もちろん。元男を女にする業の深さに誉れ高かったわ』
全然誉れ高くねえだろ。
ていうか元男ってマジでそうなの?
信じてない訳じゃないんだけど、俺は女のアニカしか知らないから実感がないんだよね。仮に元男だったとしても今のアニカはただの美少女でしかないから抱くのに抵抗なんかあるわけないし、そもそもちん○ちんが付いてようがあれだけ可愛ければまったく問題ない。
エヴァンジェリンのビッグフィンフィンと既に戦いを終えている俺にとって、その程度なんの障害もない。
『わかってないわね、我が使徒』
なにっ!?
どういうことだ?
『元男、つまり男の価値観では女を性的対象として捉えるのが当たり前。例えば我が使徒が今すぐ女になったとして、男に惚れて抱かれたいと思うかしら?』
まぁそれはそれで……ぐふふ。
女になっちゃったらそれはもう女として振舞うよ。
自分は男の感覚が残ってるのに身体は女で、男に強引に屈服させられて……ぐふっ、ぐふふふっ、今日はこれでいいや。
『……我が使徒は救いようのない変態だからそうなるかもしれないけど、普通の男はただ単純に悔しさと憎しみしか抱かないわよ』
そ、そうかなぁ。
でもアニカは元男だけど女の子になっちゃってるよ?
『それは……特殊な例です。あんな男ウケする元男、そうそういません』
男ウケする元男ってなんだよ。
それは最初から可愛い女の子じゃダメなのか。
闇マリは神様だからよくわかんないこだわりがあるんだよなぁ。毛深い男はダメだけど細身の男となら交わってもいいですよとか、よくわからん。
どっちも男じゃんね。
『なんだァ……我が使徒……』
「……アニカはすごく男性に対する警戒心が高かったんです」
「ああ、それはなんとなく察してた」
お試しってことで俺が参加した時、アニカ以外のメンバーはそこそこの距離感を保ちつつ、こちらが下心なくおどけて見せれば、意図を汲み取って歩み寄ってくれた。
その時、アニカだけは遠い距離にいた。
「何か事情があるんだろうと思って特に触れてなかったんだが……」
「……信じ難いかもしれませんが、アニカには事情がありまして」
カトリーナに説明された内容は、それほど大きく驚くものではなかった。
アニカにはこの世界に対する知識があること。
自称元男だということ。
前世の記憶(?)と言うものを持っていること。
【超滅】の躍進の大きな要因がこれだということ。
別に、信じてないわけじゃない。
アニカが元男だって言うならそうなんだろうし、謎の知識があることも納得がいく。師匠が合同パーティーに入れたいって言った理由がわかった。強化は優秀だったが、それだけならばわざわざ白金等級と混ぜる必要はない。
たまによくわからない言葉を口にしていたのも、その前世とやらが関係している、と。
「……それほど驚かないんですね」
「まあ、事前に言われてることもある。おれは男なのにとか、あんまり出てくる言葉じゃないだろ」
「それはまあ、そうですね……」
あと、思い出したこともある。
前にトレーニングしてる時、異世界転生したのになんやらかんやらと言っていた。
闇マリ曰く、外の世界(?)から魂を引っ張ったり(?)直接召喚したり(?)出来るらしい。うん、全く意味がわからない。この空の向こうのことでもないそうだし、無学な俺には理解できない話だった。
アニカは、闇マリ以外の神の力で異世界転生とやらをしたってことだろう?
それだけわかればそれでいい。
「と言っても、俺からすればアニカは一人称が独特なだけの可愛い女の子にすぎない。正直、目に毒だと思ったことは何度もある」
「……す、すみません。私たちの方でも嗜めたのですが……」
「いいさ。眼福だったと思うことにする」
なにせ下着姿で汗まみれの美少女だ。
あれを見て興奮しない男はいない。
しかし、今の俺は禁欲生活一日目。
思い出して興奮することなど許されない。
『もう散々興奮してるでしょ……』
知らない知らない。
俺がしてないったらしてないの。
「眼福…………」
「俺も男だからな。最初にあの格好になった時、どうしたものか悩んだぞ。普通に誘われてるのかと思った」
「うちのアニカが本当にすみません……!」
本当にどうすればいいか悩んだもんだ。
自分のことをおれって言うくせにめちゃくちゃスタイルはいいしおっぱい大きいし顔もいい。そんな女の子が下着姿、汗で下着が濡れてよりエッチに見えるのに、本人は性欲が全くない雰囲気でこちらに笑いかけて来る。
俺が童貞だったら危なかったかもしれない。
だが俺は童貞では無かった。
アニカに煽られた性欲は全て他の女性陣に向けることが出来た。
お陰で彼女に手を出さずに済んだ。
「はは、いいよ気にすんな。ただなあ…………」
「ただ……なんですか?」
カトリーナの表情が少し強張る。
「いや、なぜか今、俺をすごい性的対象として見ているっぽくて……」
「…………」
「嘘とかではないんだ。俺も自惚れかと思ったが、流石に性的な目で見てるとしか思えないことをされたし、言われた」
「…………」
カトリーナは目頭を抑えて天を仰いだ。
「……これで拒絶したら、余計拗れないか?」
「……………………」
俺がアニカの立場だったら、病むと思う。
自分以外の女は抱きまくってるのになぜか自分だけ「身体を大事にしろよ」と言いながら抱くのを嫌がるんだろ? そんなの辛すぎるだろ。
「……そう……ですね……」
「……カトリーナの懸念はわかる。俺は自分がおかしい奴だと自覚してるし、性癖も異常だ。どうしようもないマゾだし、どうしようもないサドだ。女神様に散々好き放題虐められてるのも気持ちいし、女性と激しい行為に及ぶのも気持ちいい」
「い゛っ!?」
カトリーナが呻く。
アニカにひどいことをするんじゃないかって心配なんだろ。
ドレイクもそうだった。
まったく、俺のことを何だと思っているのか。
ここ最近はハーレムになったから説得力がないかもしれないが、美人に囲まれてるのに一度も過ちを犯さなかった男だぞ。こんな風になるなんて一度も考えたことが無かった。俺が先に知り合った女性が俺以外の男を好きになっていく妄想はしていたが、俺がその中心になる夢を見たことはない。
「だからと言ってアニカに強要したりしない。そもそもそこまでして抱きたいならアニカもドレイクも前の話し合いで強引に抱いてるだろ」
「それは……そうかもしれません」
「仮にアニカが求めてきた場合、そうなってしまうことはあるかもしれん。だが、俺としては今のままでいいと思ってる」
流石にアニカはえっちすぎるが、カルラと誓ったばかりだ。
昨日誓って一週間足らずで破りますなんて男として恥ずかしすぎる。約束くらい守れないでどうするんだ。
「もっと嫌な言い方をすれば────女に困ってない」
「み、身も蓋もありませんが、信じられます」
「だろ?」
自分がおかしい自覚できた以上、少しでもマシになれるように努力しなくちゃいけない。
このままじゃ師匠の弟子を名乗れねえよ。
アリアはそんな俺でもいいって言ってくれるかもしれないが、俺が嫌なんだ。
「だからカトリーナが考えてるようなことにはならないと思うぞ」
「……わかりました。完全に信じることは難しいですが、誠実に答えてくれましたし、信じたいと思います。これまでの無礼、申し訳ありません」
「謝らないでくれ。客観的に見て疑われる理由は十分あったよ」
それに、今回カトリーナと話したことは俺にとっても有益だった。
どれだけ内部で関係を深めようが、外から見ればハーレム男だし、異常性癖の変態なんだ。
これまでは
なんなら噂話よりもっと罪深いことばかりやっている。
やはり、俺自身が変わらなければいけない時が来た。
簡単ではない。
どれだけの時間がかかる?
失ったものすらわからないのに、俺はどうすれば真人間になれるんだろう。
だけど、挑み続けなければならない。
俺に関わる全ての人のために。
こんな俺を育ててくれた師匠のために、こんな俺を認めて受け入れてくれたアリアのために、こんな俺を生かしてくれたセリナのために、こんな俺と一緒に暮らしてくれる【払暁】のために、こんな俺を好きだと言ってくれるアリシアさんのために……そして、こんな俺とえっちしてくれる、全ての女性のためにも。
「……ところで、誤解も解けたわけだが。そもそも俺とカトリーナはあんまり接点がなかったよな」
「え? ええ、まぁ、そうですね」
「どうだ? ここらで一つ、軽く親睦深めないか。主に神様関係だが」
「あー……確かに、気になることは多いですけど」
「あの日闇マリが顕現してからも、まあ、結構色々あってな。聖剣が意思を持ってることとか、知ってるか?」
「聖剣が、意思を……? 一体どういう……」
「エスペランサが作った聖剣には意志があったんだ。こないだ初めて喋ってな」
「へぇ……そうなんですか?」
アニカも一歩近付いてくれたし、カトリーナとも仲良くなれるいい機会だ。
ここらで【超滅】も本格的に絡ませたほうがいいだろう。
俺達と一緒に行動してたらどの道神々の問題に直面するのは明白だし、カトリーナは当事者の一人だ。放置していい結果になるとは思えない。
「せっかくだ、飯でも持ってくるよ」
「あ、なら私も手伝います。その、お詫びも兼ねて……」
「気にしなくていい──が、手伝ってくれるなら、それで貸し借り無しだ」
無礼だったかもしれないが、当然の行いだった。
だからお互いにこれでなにもなかったことにしよう。
そういう意図で告げた言葉は、正確に届いた。
「わかりました。でしたら、ご相伴にあずかります」