「先に、俺がどうして今こんな風に過ごしているかの話をしようと思う」
カトリーナとの食事が始まってすぐに俺は話を切り出した。
誘ったのはこちらで、親睦を深めたいと言ったのも俺の方。そしてカトリーナは女性で、俺は男。ならばこちらから先に懐を晒すのが先だ。
「まず俺は、田舎の農家の三男坊だ」
「アニカと一緒ですね?」
「そうだな。アニカは女だから嫁入りか婿取りが将来の選択肢にあったが、俺の方は全くそんな気配はない。長男が家を継ぐし次男がよその家に婿入りすれば、俺は用無しだった」
流石にガキの頃からそんなこと言われるほど愛のない両親ではなかったが、今にして思えば、師匠のところに行きたいと言ってあまり渋られなかったのにはそういう事情があるんだろう。
恨みもなければ憎しみもない。
仕方ないことだ。
「アリアは所謂幼馴染って奴だった。家が近くて一緒に遊んで仲良くしてたんだが、ある日、アリアが遊びに来なくなった。どこかの偉い人が来てアリアを弟子にしたって聞いた。当時の俺は、仲良くしてた友達が消えちまって寂しかったな」
あの頃は男女じゃなくただの友達としか思ってなかったけど、アリアとは仲良くしてたつもりだった。だから急にいなくなって、大人たちは具体的なことは言わないし、アリアはどこにもいないし……結構ショックだった。
「アリアがいなくなってからしばらくして、突然アリアがやってきた。元気そうだった。一緒に遊ぼうって言ったら、嬉しそうに参加してきた。そこで──俺は、アリアに轢かれて死にかけた」
「……すみません。聞き間違えたかもしれないです」
「ん? ああ、アリアに轢かれて死にかけた」
あん時は本当に驚いた。
鬼に選ばれたアリアがそれまでとは違う仕草で構えをとったかと思えば、次の瞬間、俺の視界は高速で回転し宙を舞い大地に何度も叩きつけられた。腕はひしゃげて足もちぎれてプラプラしてるし、全身が痛くて出血も止まらなくて、死がすぐそこまできていた。
「その時、痛くて苦しくて仕方ないのに、気持ちいいって感じた。初めて気持ちいいって感じたんだ。痛いのに、苦しいのに、それが気持ちよくてたまらない。頭がおかしくなっちまったのは、間違いなくその瞬間だろうな」
「…………」
カトリーナが食事の手を止めて目を見開いている。
「だけどその時、俺はガキだったから自分に何が起きたのかわからなかった。自分がマゾなんて思っちゃいなかったよ。ただ、その後すぐにアリアに会いたいと思った」
「な、なんで……?」
「アリアは元気で明るい奴だけど、たまに無謀なことをして怒られては泣いてることがあった。今回もそのパターンだと思ったのさ」
俺に怪我をさせたことで悲しんでないだろうか。
大人に叱られて泣いてないだろうか。
俺は大丈夫だと伝えたかった。
俺は平気だって言いたかった。
アリアは優しい奴だったから。
「だが、アリアにぶつかってああなったってことは、アリアは俺とは比べ物にならない存在になったってことだ。それくらいは理解していた。俺じゃ、アリアと対等じゃない。対等じゃないってことは、また俺を傷つけてアリアが泣くかもしれない。だから考えた。どうすればいいか。そして思いついた。──俺も、アリアみたいになればいいって」
「…………」
俺も同じようになれば、アリアがぶつかってもあんな風にはならない。
アリアが
だから、偉い人に聞けばわかるかもしれない。
そう考えて、俺は師匠の元を訪ねた。
「そうして弟子入りしたものの、アリアと違って凡人だった俺は世界を救う旅なんてものに同行する事はできず王都に一人やってきて、今の【払暁】を作る三人に出会ったんだ」
懐かしいなぁ。
田舎から出てきたガキなの丸出しで詐欺にあったっけ。
いやでも、師匠からもらった金のうち半分くらい使って購入した盾は最終的に尖兵に壊されるまで頑張ってくれたから値段相応の買い物だった。なんなら無償で修理とかしてくれたしね。最初に行った時の態度は横柄だったけど、しばらくして丁寧になったんだよなぁ。
今も世話になってるが、いい爺さんだよ。
「……えっと……これは、聞いていいかわからないんですが……」
「なんだ?」
「その……デビュラさんは、置いて行かれたと思わなかったんですか?」
「めちゃくちゃ思ったし、普通に傷ついた」
結局、俺はただの凡人で、アリアのおまけだったんだ。
それでも師匠は俺に愛情を注いでくれた。
それがわかるから、俺はそれでもいいと思えた。
だって師匠は、俺に死んでほしくないって言ったんだ。弟子を可愛がるあまり、目的を見誤らなかった。それでこそ師匠だ。それが俺の憧れた師匠だ。判断を誤らず、選択を間違えず、先導する者としての役割を果たす。
教え導くと言うのは甘やかすだけじゃない。
時には谷底に突き落とすような厳しさも求められる。
俺は不出来だったから、アリアと違って突き落とされた谷から何度も何度も這い上がらなくちゃいけなかったんだ。
「俺は師匠に愛してもらえたからな。それだけでよかったんだ」
「…………強い人、ですね」
「強くなんてないよ。弱いからこそ受け入れなくちゃ生きていけなかっただけさ」
現実とは、折り合いをつけて受け入れるものだ。
俺はそうやって生きてきた。
そうやって生きるしか道がなかった。
それでも今こうして生きている。
それでいいんだ。
「そして、後は四人で依頼をこなして、修行して、俺が未熟なあまり仲間に攻撃されて気持ちよくなったりしていた。治癒が間に合わず古傷が痛み、夜もうなされて眠れない日々を送った。素晴らしい日々だった……」
「……ん? ん? えっ?」
「ん? どうした?」
「い、いえ……最後がおかしかったような気が……」
「そうか……?」
カルラに斬られた傷とか普通に残ってるしね。
アニカ相手ならばホラここと言って見せつけているが、カトリーナにそんな事はしない。きやすい関係でもないのに肌を見せるのはよくない事だとマリアンヌとカルラから学んでいる。具体的に言えば、えっちなので。
自分がえっちなことを考えないのと同時に、相手にえっちなことを考えさせない。
その努力もしたいと思う。
「そうして過ごしているうちに俺の実力もそこそこ伸びて、銀等級冒険者になった。カルラもなんだかんだ俺を認めてくれたし、アストレアは途中から俺に対して辛辣じゃなくなった。マリアンヌは最初から女神みたいな子だった。人生これからだって思った。──そしたら、魔王軍の先兵に襲撃されたんだ」
強襲で合同パーティーの大半が壊滅。
息をしてるのは数えるほどで、五体満足なのはアストレアとマリアンヌと俺だけ。
反撃に転じたカルラは利き腕を吹き飛ばされ戦意喪失し、俺はかろうじて体は残っていたが、骨が折れた状態だった。
「そこからは……食事中に語るようなことでもない。結果として、俺は闇のマリアンヌの使徒になり、マリアンヌは巫女になった。そして知られてる通り、金等級冒険者になって一緒に暮らしたりしてたよ」
人生ってのは複雑怪奇なものだ。
子供の頃の俺は、今の俺を想像することもできない。
どうしてこんなことになったのか?
俺が一番わかってないよ。
ただ一つわかってることは、俺は全てに恵まれていた。
神にも、女にも、師にも、仲間にも。
凡人だった代わりに、全てに恵まれたんだ。
それでも嫉妬や憎悪を抱いてしまうんだから、俺の弱さは本当にどうしようもない。
俺の身の丈を話した後、しばらく沈黙が続く。
用意した食事に手をつけて、カトリーナも同じように食事を進めた。
「……正直言って、デビュラさんの人生は、私にとって想像を絶するものです」
「はは、まあ、そうだろうな。でも珍しいもんでもないぞ」
「私は……恵まれていたんですね」
カトリーナはそう呟く。
「衣食住に困らず、才能があると言われ、神の使徒に選ばれて……アニカと出会ってからも、それほど苦労した記憶はありません。デビュラさんのように、打ちのめされるようなことも……」
「……俺みたいな奴が他にいても困る」
「……だと言うのに私は、デビュラさんの一側面だけ見て、あんな無礼な態度を……」
彼女は申し訳なさそうな表情で頭を下げた。
「いい、いい。どう取り繕っても俺の異常な部分は否定できないんだ。話し合って理解し合えるならそれでいいじゃないか」
「それは……そうですけど! 私はあまりにも、無礼な思い込みを……!!」
「いや、思い込みじゃなくて事実でもあるんだが……」
俺がそうやって必死こいて生きてきたのと、度し難い変態なのは両立するんだ。
「申し訳ありませんでした……! ルルクス様にも重ねて、申し訳ないとお伝えくだされば」
「むう……そこまで言うなら受け取る。受け取るが! これでおしまいだからな?」
真面目だなぁ。
「闇マリもそんなに気にしてないよ。そもそも闇マリが俺とエロいことしてるのは事実だし」
「我が使徒、黙りなさい」
おっおびびびびっ身体が痺れっ!!
「る、ルルクス様!? こ、この度は申し訳……!」
「……謝罪は結構よ、使徒。その程度のことで目くじらを立てるほど、私の器は小さくないわ」
「え、えっと……デビュラさんが犠牲になってる気がしますが……」
「我が使徒は喜んでるわよ」
おっ♡
カトリーナの前でマゾ面晒しちゃう♡
もう興奮しないって誓ったのに興奮しちゃう♡
カトリーナ!! 俺が頭の中いじられて快感で絶頂するところ見てて!!!
「──全く、闇マリはいつも激しいな」
「あら? もういいの?」
「いつまでも余韻に浸るわけにもいかないだろう。カトリーナと親睦を深めるための食事で、カトリーナに嫌われることをするつもりはない」
「あ、あはは……えっと……仲が、よろしいですね……」
めっちゃ引いてるじゃん。
う、ううっ、普通に引かれてる……!!
こんなのっ、こんなっ、俺悔しいよ!
神に好き放題されてその様子を見られてドン引きされて、俺、俺もうっ♡
「カトリーナの神様はこんなことしないのか?」
「しませんしません!! そもそも邪神ではないので……」
「……ふん。今じゃ使徒に干渉することすら出来ない、生き残ってるだけの存在よ。我が使徒を養分にしてる私と一緒にしてはいけないわ」
「よ、養分…………」
「俺の憎悪を食べすぎてちょっとふっくらしてたもんなぁ」
そう言うと、闇マリは頬を膨らませて怒った。
「……我が使徒が美味しいのが悪いのよ。あるのがいけないわ」
「そんなこと言われても……俺だって記憶ないんだぞ」
「あら、記憶はあるじゃない。単に憎悪を抱いたことを覚えてないだけで」
「それが記憶がないってことなんだけどな」
つん、とそっぽ向いてしまった。
こんだけツンツンしてるが身体を重ねると……ムフッ、むふふ。
ハッ……!!
し、しまった!
身内ネタで盛り上がってしまった!
身内ネタで話題が盛り上がると第三者は置いてけぼりにされてしまう。だからしてはいけない。こういう場での鉄則だ! だってのに俺は……!!
慌ててカトリーナの方を見ると、彼女は俺のことを、ありえない物を見るような目で見ていた。
「…………しょ……正気、ですか? 記憶が、奪われて……神の傀儡同然で……なんで、そんなに…………」
「そりゃ、覚えてないし。神の傀儡って言っても、俺は闇マリがいなかったら生きてないからな。神の人形でもあるぞ」
そう告げると、カトリーナの表情は青褪める。
「あれ、もしかして……カトリーナは俺がおかしいと思ってなかったのか?」
「え、い、いや、えっと、そんな、そうではなくて……」
「俺はおかしいんだ。自分でもわかってる。それでも、どれだけおかしい奴であっても、まともな奴でいることは出来なくても、少しでもマシでありたい。俺はそう思ってるよ」
彼女の表情が、恐怖に歪む。
え、な、なんで?
隣の闇マリを見るが、特に威圧している様子はない。
つまり俺の話を聞いて怯えてしまったというわけで……。
…………俺、また何か変なこと言ったか……?