すっかりカトリーナが怯えるようになってしまった。
正直、想定外だった。
彼女は俺とそこまで密接な関係にあったわけではないが、神の使徒という共通点がある。互いに神に振り回されている者同士、分かり合えると思ったんだが。
「振り回されているのはこちらの方なのだけれど」
「ははは、おかしなことを言うな。邪神に使徒が勝てるわけないだろう」
「…………そ、そうね……」
闇マリが頬を赤く染め、悔しそうな表情で目を逸らした。
いつも闇マリに虐めれられたり養分にされている俺だが、そんな俺にも彼女に勝てる分野がある。それは──エッチだ。つまりフィンフィンで懲らしめることができる。なんてことだ……俺は、こんな男になりたいわけじゃなかったのに……。
「し、仕方ないでしょ。魔に染まりきった結果、そちらが強化されてしまったのよ」
「どうして陰部が魔で強化されるんだ……?」
「それは……し、知らない……」
あ、これは知ってる時の反応だな。
しかし闇マリは俺の目線に耐えかねたのか、そのまま飯をちょちょいっと摘んでから消えていった。
自由気ままな邪神だ。
そんなところも可愛いのだが、目の前で顔を青白くさせたカトリーナは、そうは思わなかったようだ。
「……すまんな。下品な話をして」
「い、いえっ! 下品というか、闇深いというか……知ってはいけないことを知ってしまったような気がします」
カトリーナは「まさか、魔はもうすでに……」とか「影響が出て、人やモンスターは……」なんてブツブツ呟いている。
確かに、俺も魔というものについて最初から知っていれば恐怖を抱いたかもしれない。
師匠の教育でも魔については触れられなかったし、〈不浄領域〉を生成しモンスターを生み出す根源としか知らなかった。今となっては全身が浸かってるどころか魔で肉体が作られているようなものなので怯えることもない。
なんなら魔を生み出してる原因が宿っているのだから恐れる必要もない。
「カトリーナは気になるか?」
「……気にならないと言えば、嘘になります。テイアさまは邪神ではなく女神さまで、魔と対極の存在ですから」
「……そう聞くと、聖女みたいな立ち位置だな」
この世界の唯一神だと思われていたエスペランサは鬼畜なちん◯ん付き女神だし、聖女達の力は〈不浄領域〉に対して無抵抗だ。どちらかといえば本当の神の使徒であるカトリーナの方が聖女と呼ぶのは正しいのかもしれない。
とはいえ、いくらエスペランサが邪神のような存在であったとしても、ウチのマリアンヌとセラさんは神的に良い人だから。セラさんに尻穴拡張開発を行なわれ今ではエヴァンジェリンとも蜜月を過ごすことができるようになった。マリアンヌは泣いていた。俺は鳴いていた。
「せっ、聖女なんて、そんな、私如きが烏滸がましいです!」
「そうか? 今こそエスペランサが崇められてるが、もしこのままこの世界で何も起きなければ数千年後には闇マリが主神で闇に染まった世界になっている。そうなったら元いた神々も、以前のように自由に暮らしていけるようになるかもしれないぞ」
そう告げると、カトリーナは口をパクパクと開閉させ、声にもならぬ声を漏らした。
「……ああ、当然、闇マリはモンスターの制御ができるから問題ないぞ?」
魔が世界に溢れるってことは〈不浄領域〉が世界中に拡散するってことだ。
魔王軍との戦いには一切関与してなかった俺達【払暁】だが、師匠達の話からその凄惨な様子は耳にしている。西方では赤子の一人も残らず苗床か食料にされており、滅んだ国は元通りにならないそうだ。
闇マリに魔王軍のことを聞いてみたが、『あんな小僧、どうなろうがどうでもいいわ』と言っていた。
つまりは、まあ、闇マリの闇の部分が働いてたんだろうな。
しかし、彼女の使徒は魔王軍として活躍する前に死んだ。
俺が使徒になりマリアンヌが巫女になった。
魔王軍の目論見は最初から破綻してたんじゃないだろうか。
どっちにしろ師匠やアリアが奮闘してたし何事もなく終わってただろうが、俺が気持ち良くなった甲斐もあるってもんだ。
「なんなら今より安定してモンスターが狩れるようになるかもな。そうなったら……冒険者は廃業か。困ったな。俺の働き口がなくなっちまう」
「あ、ああ、そ、そうですね……」
んんっ、俺の冗談が下手すぎて通じていない。
だがこれはこれで気持ちいいな。
カトリーナみたいな美人に怯えられて、冗談すらまともに受け取ってもらえない。この後俺から目を逸らしたらホッと安堵とかされるんだ。気持ちよくなってきた。興奮してはいけませんよ、俺。
「う、うぅ…………」
「どうした? 気持ち悪いか?」
「い、いえ、そうではなく……少し、お腹が痛くて……」
「……俺が普段使ってるポーションがある。これを使ってくれ」
差し出したポーション、それは──胃腸用ポーションだ。
フェンナと交流してから、彼女の名義で定期的にポーションをもらっている。
ちょっと前にエヴァとのハッスルで臓物ぶちまけた際に使用したくらいで、それからはしばらく使っていなかった。
「こ、これは一体……?」
「教会直営のポーション屋で販売してる胃腸用ポーションだ」
「胃腸用…………??」
「腹が痛い時に飲むと効くぞ。俺も内臓が弱ってて定期的に出血するんだが、重宝している」
「…………頂きます」
説明すると、カトリーナは目から光を失って受け取り、そのまま瓶を割って一気に飲み込んだ。
「っ……ぷはぁ! おっ、おおっ、あ、こ、これは、確かに……効く……!」
「そうだろう? 前までは中級ポーションで適当に済ませてたんだが、これを手にしてからは病み付きでな」
ちなみにこれをフェンナに言ったら大真面目な顔で『中毒……!?』と心配されてしまった。もうフェンナの中での俺は常に何かしらの問題を抱えている重篤な患者扱いされているようだ。いくら俺でもポーション中毒には……頻度を考えればなってるのかもしれない……。
「不老不死になっても、治らないんですね……」
「そうなんだよなぁ。マゾ趣味のある俺にとっては喜ばしいが、身体が欠損したら治さない限りそのままだし、肉体が消失したらそのまま意識だけになって漂うらしいし……意外と弱点多いんだよ。こないだ目ん玉潰されてただろ? あの時、不死の活かし方も学ばないといけないと実感したんだ」
「あ、あは、……ごめんなさい、もう何を言っていいかわかりません」
「エッ……そ、そうか?」
「そうです……!!」
そう言って、カトリーナは眉間を揉んでため息を吐く。
「なんですか、なんなんですか、どうなってるんですか……? 邪神に奉仕させるとんでもない鬼畜かと思えば邪神に取り憑かれてた人だったし、哀れな人だと思ってたら信じられないくらい高潔だし、なのに変態だし、でも立派な人で、でもおかしくて……デビュラさんのことを知れば知るほど、理解出来なくなっていく……!!」
「ううむ……だがそれら全ては両立しているし……」
「両立してるから余計意味わかんないんですよ……!!」
カトリーナは手元にあった飲み物をぐいっと飲み干した。
「いいですか!? まず、デビュラさんの過去を聞いた上で今の話をされたら、頭がおかしくなります!!」
「そ、そんなことないだろ。みんな理解してくれたぞ?」
「それは皆さんがデビュラさんと仲が良いか、相応な感情を抱いているからです。私みたいになんとも言えない距離感の人間がそんな濃すぎる話を聞いたら、何をどうすれば良いかわからなくなるの! 変態だけど紳士!? 紳士で高潔だけど狂人!? イカれてるのにまとも!? もうわけわかんないわよ!!」
ぷんぷん憤りながら彼女は飯を口に放り込んでいく。
た、確かにこれまで、俺の身の丈を話した相手はみんな何かしらの関係に至っている。
あまり互いに理解しあってない状態で話をしたのはカトリーナが初めてかも知れない。
「ねぇ! 私はあなたにどう接すればいいの!? ルルクス様はちゃんと邪神なのに女神で怖いし、あなたも狂人なのにまともに見えて怖いし! テイア様は何も答えてくれないし!! どうすれば良いのよっ!!」
「か、カトリーナ……」
「う、ううっ、どうして何も言ってくれないんですかぁ……テイア様ぁっ……!! 使徒が助けを求めてるのにぃ…………!!」
泣き崩れた彼女に慌てて駆け寄り背中を撫でてあやす。
な、泣いちゃった。
なんか、申し訳ないことしたな。
そうか、いや、そういうもんか。
俺としては、おかしい部分はおかしいって言ってくれるだけで、普通に接してくれると良かったんだが……それも普通は難しいってことすらわかってなかった。
おかしいやつにおかしいって言える奴は限られてる。
当たり前のことを失念していた。
「め、女神様に声は届かないしっ、どうしようもないしっ、私にどうしろっていうんですかぁ……!!」
な、何も言えん。
闇マリ! ヘイ! 闇マリ!
『…………何よ』
アッ、まだ拗ねてる。
ごめんって。
悪かったって。
俺が調子乗ってた。ごめんな?
謝るからカトリーナを慰める手伝いしてくれよ。
『……はぁ、面倒ねぇ。抱いちゃえば良いじゃない』
それはしない。
カルラと誓ったんだ。
調子に乗って女に手を出さねえって。
そんなことばっかりしてたら甲斐性を稼ぐ前に俺が見放されちまうよ。
『んー……ああ、あの女が反応しないのが問題なのよね?』
あの女?
『テイアよ。使徒の面倒も見ないで何してるのか知らないけど、引きずり出せるわよ?』
エッ、そうなの。
『今の私は聖魔神というべき存在。かつての女神という存在から昇華されて、当時の全盛期を優に超える段階に至っている。…………筈よ』
そこは自信ないんだ。
まあ他に例があるわけでもないし、仕方ないか。
でも引っ張ってきてどうするんだ?
向こうは女神で、闇マリみたいな邪神じゃないんだろ?
『女神もロクでもない存在に決まってるじゃない』
闇マリほどの神がそう言うなら……。
そんなロクでもない存在呼び出してどうするんだ?
カトリーナが余計傷つくようなら、俺は反対だぞ。
彼女は今泣いているんだ。
俺はこの涙を枯らしてやりたいんだよ。
『簡単な話よ。──抱きなさい』
…………話聞いてた?
『これが最も楽で正しい方法。女の苦悩は男の愛で洗い流せるわ。人の子一人救えない、衰弱した女神となれば……我が使徒ならば、一突きね』
えぇ〜……。
女神様とヤレるのは確かにめちゃくちゃ興奮するんだけど、俺、本当にこれ以上増やすつもりないよ? ヒモじゃなくて頼れる男でありたいんだってば。
…………他に方法ないの?
『私にはそれくらいしか思いつかないわね。……あと、女神を堕とすって、素敵じゃない?』
……ノーコメント。
闇マリの過去に関係しそうなことは出来るだけ口にしないことにしている。まあ闇マリは俺のフィンフィンを平然と口にするけどね笑
「カッカトリーナアアァァアアァァ!!!」
「ひゃあああああっ!!!? なっ、ななっなによいきなり!?」
「す、すまん、闇マリに口撃されてしまって……」
「そ…………そうですか……。もう、涙も引っ込みますよ!」
ぬるりとしたぜ。
やはりあの独特の感触には抗い難い。
エヴァもお気に入りだったから、やはりフィンフィンを備え付けている生き物にとってあれは抗い難い快楽なのだ。
「それで、何ですか? あと、ちょっと、近いので……」
「む? あ、すまん。いや、相談っていうか、カトリーナ、神様があんまり絡んでくれないって言ってただろ?」
「……はい。お恥ずかしながら」
「闇マリが、引きずり出せるって言ってたぞ」
そう告げると、カトリーナは目を見開く。
「本神曰く、聖魔神とでもいうべき存在になったとかなんとか。その力を使えば引き摺り出すことくらいは容易いそうだ」
「……た、確かに、以前あの神域でテイア様の力が増幅しました。それを意図的に行えるなら……」
「もちろん、無理強いはしない。ただ、神と使徒、この歪な共通点を持つ同士として、俺に手助けできることなら協力する。話を聞いてもらえないってんなら、強引にでも連れ出しちまうのもありだろ。どうだ?」
闇マリには抱けと言われているが、断固として拒否する。
そもそもカトリーナが乗り気じゃないだろ。
彼女がノリノリで抱いて〜♡とくるなら覚悟を決めるがそうではない。
なのであくまで同じ使徒として、頭の中に声が聞こえる仲間として、彼女の苦悩を解決できるならしてやりたい。そう思っただけだ。
だからこれは──口説いてなんかいないし、えっちなコミュニケーションでもない。
そうだろう、闇のカルラ。
『…………クックック……』
正解だそうだ。
俺に問いかけられたカトリーナは、少し目を閉じて考え事をした。
およそ一分。
ため息を吐いたり、眉間を揉んだり、うんうん唸った後に、目をゆっくりと開いて答える。
「…………何か、取引条件などは?」
「ない……よな、闇マリ」
「ええ、ないわ」
「……テイア様に危害を加えるつもりでは、ありませんか?」
少なくとも俺にそのつもりはないが、闇マリは抱けと言ってくる。
でも相手は女神だぜ?
そんな簡単にホイホイ抱けるような存在じゃないだろ。
闇マリが強引にさせるのならば、俺は逆らう。
相手がエスペランサならばともかく、女神テイアは俺たちになんの危害も加えていないのだから。
「ないわよ? 向こうの態度次第だけれどね」
「俺は当たり前だが、そんなつもりはない」
「…………」
俺たちの回答を聞いて、カトリーナは頭を抱えた。
そして、その場でブンブン首を何度も振って、涙目で答える。
「う、うぅ〜〜……!! …………わかり、ました。テイア様を、ここへ招来出来るんですね?」
「ええ。あくまでこの部屋の中だけだけれど」
「…………ええ、ええ。わかりました! 今も答えてくれませんし、使徒のことほっぽり出して面倒ごとから目を逸らして楽しいことだけ見ていこうとする女神様なんて、引き摺り出しちゃえば良いんです!!」
ぐっとカトリーナは拳を握った。
「私のことだっておもちゃくらいにしか思ってないんだから。この際、使徒のありがたみを知れば良いのよ……」
光のない瞳でカトリーナは呟く。
「それじゃあ、手を握ってもらえるかしら」
「アッ、は、はい。わかりました」
闇マリに言われるがまま、おそるおそる手を差し出す。
その手が、闇マリの細い手に掴まれる。
「おっ……ふ、し、失礼します……」
「ふふ。良いのよ、気にしなくて」
そりゃもっと汚いもん握ってるししゃぶってるもんね。
闇マリが俺を睨んできたので何も言わないが、カトリーナはそんな闇マリの態度に戸惑い気味な様子だ。
邪神だけど、女神。
その一面を改めて自分で見て混乱してるんだろう。
「ん……見えた。これね」
そう言って闇マリが目を瞑ると、一瞬、煌めく漆黒が部屋中に広がる。
それはまるで夜空の向こう側に瞬く世界だった。
暗黒の中に輝く幾つもの光。
その中に、足場すら喪失した俺たちが浮いている。
闇マリが神らしいことをするところは初めて見たが、確かにこの幻想的な光景は、月の女神と言われるに相応しい力だった。
瞬きの合間に霧散したそれらの余韻に浸る暇もなく、カトリーナの瞳の色が変わる。
「ん……? んぉ? お? うん? なんじゃ? は? なんじゃお前。なぜルルクスがここに──……んおお!? 我が使徒になっておる!? うん? は? 招来? ルルクスが……?」
しばし不思議な口調で何かを呟いていた彼女は、最後に呟いた後、ギギギ、とぎこちない動きをしてから闇マリのことを見る。
「……おぬし……まさかとは思うが……妾を、堕としたな……?」
「堕としたなんて人聞きの悪い。貴女がいつまでも過去にしがみついてるから、歩けるようにしてあげたのよ?」
そう言って、ニコリと闇マリは微笑む。
笑みを向けられたカトリーナ──否。
女神テイアは、カトリーナの表情をぐにゃりと歪めた。