「…………こりゃあ、驚いたな……」
燃え盛るような真っ赤な髪を靡かせ、フレデリカ・ブラッドフォージはポツリと呟く。
王都近郊で最も危険度が高い〈不浄領域〉。
冒険者は金等級、それも白金等級になれるような実力がなければ存在を知ることすら許されないほど厳正に管理されている〈深淵の森〉近くに足を運んだ聖女は、森の手前に築き上げられた拠点を見て呆然としていた。
「てっきり防御陣地程度のモンだと思っていたが……」
「【天聖】、ヴァシリ・ヴァルバロッサさまのお力によって作り上げられました。万が一〈深淵の森〉からモンスターが溢れてきた際、危険度は計り知れませんので十分な備えを用意すると」
「やりすぎだろ。加減ってもんを知らねーのか、あの怪物ババア」
フレデリカとて拠点の重要性はよく理解している。
聖法国の暴力装置として邪教徒を狩るだけではなく、軍と軍がぶつかり合う戦争経験も豊富だ。
城塞の中、砦、防御陣地、野営。
どれも経験してきたが、最も苦しいのが防御陣地で最も楽なのが城塞の中である。籠城戦になれば防御陣地は心許ない防衛力で粘らなければならず精神的にも肉体的にも厳しいが、城塞ともなれば包囲されてもそれなりに余裕はある。
少なくとも総攻めを連日連夜行われない限り、防衛側もローテーションを組んで休息を取る事ができるのだ。
拠点を構えたと言っても所詮防御陣地程度だろうと考えていたフレデリカは、立派な砦が出来ていることに驚きを隠せない。
「更に言えば、エルフが……えっと、エルフの王族、ハイエルフの皆さまもいらっしゃいます。我々人間の能力を優に超えた感知能力を持っていますので、奇襲の心配もありません」
「…………軍じゃ攻略できねえタイプだ……」
少数精鋭による強襲の脅威は彼女が直接目にしているため、その身で実感している。
魔王軍との戦線は広く、そして凄まじいものだった。
弾切れしない魔王軍のモンスターを相手に、負傷すれば戦闘力が低下し、死ねばそのまま戦力が低下する人類連合軍が必死に押さえ込んでいた。一部の実力者や精鋭達が奮闘するも、全体としてはやや押され気味と言える状況。
それをひっくり返したのが他ならぬ白金等級冒険者だった。
戦線の一部に戦力を集中させ、増援に現れる
その際負傷した【勇者】も戦いで成長したのか、次の決戦では魔王を一方的に撃ち倒し致命傷を与えた。
軍が太刀打ちできない少数精鋭。
その極みとも呼べる戦力が集まっていることは、国家を運営する者達からすれば恐ろしくてたまらないだろう。
「けど、頼もしくもある。そう思っていいんだな?」
「──はい。フレデリカさんが危惧するような方々ではありません」
フレデリカの問いに、セラフィーヌは力強く頷く。
同じ聖女であるマリアンヌを筆頭に、彼女の脳裏に色濃く刻まれている冒険者達。
ハイエルフの王女三姉妹。
世界を救った勇者にダークエルフ。
そして剣聖、盾役。
男が一人しかいない歪なパーティーながらも、決してそのバランスは揺らがない。
いや、よくよく考えれば、この一団はフィン・デビュラを中心に纏まっている。新たに参加した【超滅】とはまだ親しくしていないが、悪い人達ではない。
星天も払暁も、一人の男性が中心にいる。
セラフィーヌはそれが悪いことだとは思わない。
普通のパーティーなら不健全で好ましくないことだ。
けれど、彼女は知っている。
彼ら彼女らは肉体関係や男女の愛などという、時に軽くなり時に重くなる不安定なもので縛られていないことを。
共に戦い、共に旅をし、共に冒険をした。
生死すらも共にしていた彼ら彼女らの絆は計り知れない強固なものだ。たとえどんなことがあろうと破綻することのない無敵の絆。
セラフィーヌはそれを羨ましく思うのと同時に、とても尊いものだと思った。
「……そうかよ。なら、信じるさ」
フレデリカはセラフィーヌの言葉を肯定する。
短い付き合いではあるがお互い気の知れた仲だ。
セラフィーヌの心がどれだけ清く慈悲深いものか知っている。だがそれは全ての人々に向けられるわけではない。救われぬ者に救いの手を。貴族や大商人からは高いお布施を受け取り、治療を受けることすら出来ない者からは何も取らない。
無論、貴族だからと高くするわけではない。
王国と提携し税収によってエクトルが決めている。
バランスを取ることの大切さを彼女は知っている。
(──ま、セラが疑ってたとしても、あの怪物ババアがいるのに男に好き放題されるとは思わねーけどな)
弱くて男に擦り寄るしかない女を囲ってるならまだしも、強くて麗しく男に頼らずとも世界を渡って行ける女傑が集まっている。天星、勇者、魔弓の射手、聖女に剣聖、ハイエルフの王女。錚々たるメンバーだ。
(仮にこいつらをどうにかこうにか強引に押し倒せるような男がいたら、そいつはきっと世界の支配者に違いねぇ)
疑うだけバカバカしい。
どう考えたって無理があんだろ。
そこらの国王やら、果てはウチのクソジジイだろうが無理だ。魔王ですら勝てなかった連中だぞ? どこの誰がヤれるってんだ。
(……もしそんな奴だったら…………)
セラも騙されてるってことになる。
それは、許し難い。
これだけ清らかな女を騙すようなクズがいたら、ひっぱたいて目を覚まさせてやらねえと。お前らみたいな女達が、何を良いようにされてんだって。
きっとそんなことはない。
ありえない話だが、最悪を考えて損はない。
いつだってこの世界は想像もしたくない最悪ばかりが現実になる。直視しがたい現実が目の前に来ては、傷つけていく。
(ま、念には念をってヤツさ)
警戒しつつ、疑念を抱きつつ、それでも本音ではそうならずにすんで欲しいと願いながら、フレデリカはセラフィーヌの後ろをついていった。
◆
「ちょっとヤバいわよ! セラフィーヌちゃんとあの時の聖女がもうここに!!」
「なにっ!?」
一方、二人の来訪を想定すらしていなかった見回り組は慌てふためいていた。
当番だったアリシアは急いでヴァシリに連絡をして、連絡を受け取ったヴァシリは即座に行動を開始。
マリアンヌには隠せるわけがなかったので全て話を通したが、他の教団関係者となれば別だ。
なにより最もマズいのはエヴァンジェリンの存在と、彼女の齎した話と、邪神の存在と、フィンのことと、フィンがハーレム状態で好き放題出来るようになったことだ。
──問題が、問題が多すぎる……!
慌てふためきつつも爆速で拠点内を駆けるヴァシリ。
彼女の計画ではセラフィーヌには折を見て連絡し少しずつ伝える算段で、それによって教団関係者を巻き込むか決めるつもりだった。穏健派で義理人情に厚いセラフィーヌならば他言はしないだろうし、仮に受け入れなくてもそれほど損はない。
敵味方を定め、邪神ことルルクスを中心にゆっくり備えていく──つもりだったのだが……
(セラフィーヌくんはまだ説得できる
【破砕の聖女】フレデリカ・ブラッドフォージ。
かつて魔王軍との戦いで共闘したが、彼女の素行は控えめに言ってもあまりよろしくない。他国から出征してきた軍隊の貴族や横暴な指揮官などを強引に攫いエスペランサ教の名を使って強姦したり、女に無礼を働いた男を痛めつけた上で拷問と強姦をしたりと、因果応報とはいえ惨い所業をしていた。
(彼女なりの基準はあるようだが、フィンを標的にされては黙っていられない)
それはヴァシリだけではなく他の女性陣も同じだ。
自分達は大人の女で好きで抱かれている。
脅されているとか、そんな甘い話じゃない。
セラフィーヌならばそれを理解してくれるだろうが、フレデリカがどう受け取るか未知数だった。
(もし、そうなるなら……出来るだけ穏便に済ませないとね)
フィンは自分が害されても決して怒らな……怒らな……怒りはしないだろう。自己肯定感に関しては取り返そうとようやく動き出したばかりで、幸いとは言いたくないが、まだフィンは自尊心を取り戻してはいない。
だが周りの女たちは違う。
どんな反撃をするか想像もしたくない。
実際、自分だって平気でいられるかわからない。
(…………悦ぶんだろうなぁ……)
恐らく、罵倒されたフィンが無言で相対し、アリシアがため息を吐いて、それを見た自分達が何を考えているのか察してしまうのだ。ヴァシリは何も起きていないのに頭を抱えたくなった。
(い、いや! フィンだって傷付いてはいるんだ。それに甘えてばかりじゃいけない。そうなる前に、私達の手でなんとかするんだ……!)
駆け回りながら結論を導き出したヴァシリはフィンの部屋に辿り着く。
音は聞こえないので寝ているか、休んでいるのだろう。
コンコンコン、とノックをしてから、反応がない。
少し待ってからもう一度ノックをするが、これもまた反応がない。
訝しみつつも扉を開き、ヴァシリが口を開く。
「フィン? すまない、今少し────」
「お゛ぉ゛っ!! だ、だめなのじゃっ♡ そんな深い、お゛っ、ところ、あ゛ぁ゛っ!!? ひ、ひぎぃっ!! い、いやじゃっ!! こんなの、孕む♡ 孕んでしまう♡ 魔が、いやじゃぁっ!! う、産みとうないのじゃっ♡」
ヴァシリは無言でドアを閉めた。
それから数秒、ドアノブを握り締めたまま固まって、空いている手で頭をガリガリと掻いた。
そしてもう一度扉を開いた。
「むお゛おっ!!? み、見られるっ!!? い、いやじゃだめじゃっ! 妾は女神じゃぞ!? お゛っ!! こ、こんな姿っ、お゛っ!! や、やめよ! う、うううぅ~~~っ!! は、はあぁっ!!? さ、晒される♡ さらし者にされてしまうぃっ♡」
ヴァシリは無言でドアを閉めた。
ゆっくりとドアノブから手を放して、両手で顔を覆って、か細く呟いた。
「…………誰…………?」