「紹介が遅れてすまない。どうにも生意気言うのが治らなかったから、とりあえず闇マリに逆らえないくらい躾けようって話になってつい夢中になってたんだ」
「そ、そうか……それで、どちら様かな?」
ベッドであられもない姿を晒しホヒッ、おっ、うっ、などと呻いている女を引き攣った顔で見ながらヴァシリは問いた。
「彼女は女神テイア。カトリーナの神様で、紆余曲折あってこうなった」
「その紆余曲折を聞きたいんだが……」
「えっと……俺がアニカを抱くと警戒したカトリーナが、俺に釘を刺しに来て、誤解が解けたからちょっとした食事をしていたら、カトリーナが神様の文句言い始めて、それなら引きずり出して話し合おうと決まった。そうしたら、こうなった」
「……どうして…………」
「……す、すまない、師匠。俺もこれ以上性欲に呑まれるつもりはなかったんだが、とんでもない誘い受けだったんだ」
「そ、そうか。わかったよ、うん」
話を聞いてもなぜそうなるのかが理解できなかったヴァシリだが、心底反省した様子のフィンに毒気を抜かれ、一旦話を打ち切った。
そして、ベッドの悲惨な有様を見る。
どう見ても凌辱を受けた後、凄惨の一言に尽きるが、相手は神だと言う。
神。
ヴァシリの中で神とはルルクス以外に存在しない。
そんなルルクスですら、かつて古の時代に他の神に敗北し凌辱され邪神になってしまったと言うのだから、それぞれの力関係は存在するのだろう。
(──しかし、だからといって、いくら使徒のフィンでもここまで出来るものか……?)
確かにフィンは強い。
見た目通りの力強さに神の使徒という立場を得て、不死性も合わせれば正面からの戦闘を避けたいと思う者が大半だ。
しかし、手段を選ばなければ幾らでも対応は出来る。
アストレアやアリシア、ヴァシリならば風を利用してすり潰すことは容易でアリアならば単純に負けないだろう。
カルラも四肢を斬り落とせば問題なく勝てるし、まだまだ彼は世界で最強、無敵と呼ぶには程遠い。
フィンの強さの根源は、何よりもその精神性にある。
例えどんな闇が彼の道を塞いでも、最後には道を切り拓き歩み出している姿が目に浮かぶ。
だからこそ疑問だった。
(一体なぜこの女神様はフィンに犯されていたんだ……)
「それに関しては私が説明するわ」
「っ!?」
思案するヴァシリの隣に、黒髪のマリアンヌが出現する。
「端的に言えば、実験してたのよ」
「じ、実験……」
「ええ。言葉の意味はわかるでしょう?」
ヴァシリは頷いて肯定する。
ただし、その表情は優れない。
フィンの性癖が理解できたことや、過去に彼女がいなければフィンが死んでいたことなどを加味してルルクスへの悪感情は限りなくゼロになったが、それはそれとして邪神が相手だ。
いくら半分女神のような状態だったとしても、半分は邪神である。
そんな神が、他の女神が凌辱されている様をみて『実験していた』と発言した。
冷や汗が流れ落ち、ヴァシリの鼓動が加速する。
何か、恐るべき陰謀が彼女と使徒の間で行われているのではないか。我々の知るフィン・デビュラの精神を乗っ取っているのではないか。そんなわけはない。フィンはフィンだ。変わっていない。だが、演じれないとは限らない。なぜならば、邪神も壊れた存在だ。フィンも壊れた存在だ。類似点は多い。
もしも主従揃って魔に染まり切り闇に堕ちてしまえば、止める手段はない。
そうなれば────ヴァシリは受け入れるつもりだ。
弟子の凶行の全てを、彼女自身が受け止め、浴びる覚悟でいる。
ゆえに、邪神が何を口にするのか、畏れを抱きつつ、待った。
「駄女が……じゃなくて、この子は女神テイア。地母神とも呼ばれてた存在で、大昔に尻尾撒いて逃げた女神の一柱ね。コッソリ生き残ってたみたいなんだけど、逃げ隠れるのを優先しすぎて使徒すら選べないほど弱体化してたのよ。声すら届かないってあの使徒が嘆いてたから、力を与えようと思って召喚したらケチ付けてきてね。それで我が使徒の肉棒で理解させたわけ」
「えっ、あ、そういう……い、いやしかし、なぜフィンの、ええ、肉棒を……?」
「私が直接注いでもいいのだけれど、それじゃあ味気ないじゃない。あの時逃げたくせに、今になって私に助けられようとしてるのよ? 少しくらい味わせないと、気が済まないもの」
ルルクスの妖艶な笑みに、ゾクリと背筋が凍り付く。
ふわふわと浮いたまま今もなお身悶えるテイアの上に移動し、冷たい視線で見下ろしながら言う。
「私がどんな目に遭ってきたか、こいつは知ってて逃げたのよ。自分だけは生き延びようって魂胆でずっと隠れ潜んで来た。そのくせ一発逆転は狙ってる。許せる? 許せないわよね」
ルルクスの持つ闇の発露。
間近でそれを浴びたヴァシリは、その濃密な魔の余波に顔を顰める。
森人、神の眷属が魔に染まったことで黒森人となった経緯があり、これでも他の人物達と比べて種族的に耐性がある彼女であっても、思わず身を捩るようなもの。
「だから、我が使徒を通じて直接胎内に注ぎ込んで、孕ませてやったの。ふふ、うふふ、あははっ! あれだけ忌み嫌ってた魔を注がれて、抵抗も出来ずに孕んで、魔に染まって……ねぇ、なんて滑稽なの!?」
(な……! フィンを通じて、いや! それよりも、は、孕む!? 神も孕むのか!? いや、魔って隠語じゃないだろうな!)
これが目の前で潰れたカエルのようになっているテイアがいなければもっと真面目な思考が出来たのかもしれないが、残念な事に無様な姿が曝け出されている。
(まさか、神を邪神に染めるには、そういった行為が必要なのか……?)
これまでに出会った神の内、どちらも同様の行為の果てに今の姿を迎えているためヴァシリはそう考えた。
だがそれは、生命にとって必要不可欠な行為だ。
繁殖は本能に刻まれた、否、細胞に刻まれた重大な行為。
例え知能がなかろうが本能に従い繁殖することが出来るのだから、どれだけ強烈に刻み込まれているのかは察するにあまりある。
(だが、だとすれば、人が、生命が繁殖する行為そのものが、魔を注ぐようなものだと言うのか……)
そこまで考えて、ヴァシリはふと気が付く。
比喩でもなく、たとえでもなく、フィンは邪神の使徒にして魔によって不死になった人間だ。
で、あるならば。
彼自身が魔を無意識に放出している可能性は……?
「────……」
「……師匠? どうした?」
「……ぅ、な、んでもない、よ」
「そうか? まあ、闇マリも過激なことを言ってるが、許してやってくれ。結構……うん。俺が言うのも何だが、テイア様はかなり神様として、うん……」
苦笑するフィンの言葉も聞こえないほどに、頭が殴られたような衝撃が来た。
もう、散々味わい尽くしてきたはずだ。
可愛がっていた弟子が人知れず苦しんでいたこと。
それを知ることもなく、弟子の命を代償に死の運命を回避していたこと。
弟子が、邪神に憑りつかれ、そうしなければ生きていられないような状態になっていたこと。常に邪神に苛まれていること。それらの苦痛で快楽を得てしまうことと、その苦痛はしっかりと心にのしかかり続けていること。
もう、これ以上はない。
これ以上はないんだ。
フィンは苦痛に苛まれて来た。
だが、アリアがひっくり返して前に進めるようにしてくれた。
だから、もう、これ以上、フィンに関係する、目を覆いたくなるような現実はないと。
だが、もし、もしもヴァシリの考えがあっているのならば。
──フィンは、女と交わり、その胎内に……。
(……だ、めだ。これ以上は、考えるな)
たとえどんなことになっていようが、もう取り返しのつかないことだ。
ヴァシリはそこで思考を打ち切り話を元に戻そうとした。
「……フィン。実は今、セラフィーヌくんともう一人の聖女がやってきている」
「えっ……せ、セラさんが?」
「ああ。色々と隠さねばならないことが多いから、相談しに来たんだ」
「そうだったのか……闇マリは隠さないといけないよな」
「そうだね。許可を頂きたいところだけど」
「構わないわよ? この子の調整もあるし」
「お゛っ」
そう言いながら、ルルクスはつま先でツンツン突いた。
ピュボッと噴き出した。
「こんなにたっぷり注がれちゃって…………。……あれ……?」
と、そこで何を思ったのか、ルルクスは不思議そうな顔をして首を捻る。
「……ねぇ、我が使徒」
「どうした?」
「あなた、一度しか達してないわよね」
「時間も無かったし、そうだな」
その言葉を聞いてもう一度視線を下に落とす。
ぽっこり膨れた腹部、まるで水たまりの様に広がったホワイト。
「…………まあいいでしょう。我が使徒の位階も上がってそうだし」
「……? エッ、なんか病気だったりするのか?」
「いいえ? 気にしなくていいわ」
「……では、ルルクス様。フィンをお借りしていきますよ」
「ええ。任せたわ」
フィンの手を取り、ヴァシリは部屋を出る。
外は中に籠っていた夥しい性臭はなく、さわやかな空気が肺を満たす。
しかし、ヴァシリの心には、重苦しい感情が沈殿していた。
「……あー……師匠、その、なんだ。俺としては、決して新しい女性に手を出したくてやったわけじゃ……」
「…………フィン」
「あっ、はい」
神を孕ませるという言葉。
そして魔を注入するという意味。
魔を持つ存在を倒せば人々は強力になる。それすなわち、肉体に魔が染まっていくことを意味する。そう言った情報を合わせれば、ヴァシリの聡明な頭脳は最悪の仮定を導き出す。
(────……それでも、今更だ)
もしそうだったとして、何を気にする必要がある。
邪神の傍で生きて行くと決めた以上、いずれ自分も魔に染まる日が来る。
いや、もしかしたら既に手遅れかもしれない。
それすらもわからないのだから、気にしなくていい。
なにより悲しいのは、フィンが、男としての尊厳すら奪われているかもしれないこと。
だがそれら全てを口にせず、飲み込み微笑んだ。
「……私は、フィンを肯定するよ。アリアと同じく、師匠なのだから」