「諸々の連絡が滞って、申し訳ない。少し立て込んでいてね」
そう言いながら、ヴァシリは持ってきたティーカップをテーブルの上に置いていく。
目の前に座るのはセラフィーヌとフレデリカの二名。
テーブルを挟んだ対面側にヴァシリとアリシア、そしてマリアンヌの三名が座った。
「いえ、こちらが本命だということはわかっていましたので……」
「そう言ってもらえると助かる。協力を仰いだというのにそちらを無視するような形になってしまったのは私の不手際だ。どうか許してくれ」
「あ、頭を上げてください! 謝罪されるようなことではありません。本国から来訪する聖女様がどのような方かわからなかった以上、王国の安寧の為に協力するのは当然です!」
頭を下げたヴァシリに、慌てながらセラフィーヌが答える。
「それに、こうして出迎えて頂けたということは、問題は発生していないということですよね?」
「──ああ。その通りだ」
ヴァシリが頷く。
その表情には一片の揺らぎもない。
彼女の内心では問題がありすぎて何から言えばいいかわからないと半ば投げやりな感想が呟かれているのだが、数千年の経験が彼女の表情を鋼鉄の笑顔で固定させた。
その隣に座るアリシアも微笑を崩さない。
こういった場でのやり取りこそが彼女の本領である以上、よっぽど隙を突くような言葉を発さない限りやり込めることは難しいだろう。
そして、マリアンヌも動じていない──だが、その頬が一瞬引き攣ったのを、フレデリカは見逃さなかった。
(…………【星天】のババアエルフ共はなんとも思ってなさそうだが、こっちの聖女は違うみてえだな)
善悪はともかく、化かし合いに慣れているわけではない。
聖女とは名ばかりの存在ばかりの環境に身を置いて来たフレデリカにとって、そういった純粋さを持っているマリアンヌが少し気になった。
一方、心境の変化を悟られたマリアンヌと言えば──内心で、吐き気を堪え必死に我慢していた。
(問題……問題はたくさん起きてるのに……! 何一つ解決されてないような気がするのに……!)
何ならこの話し合いの直前になってヴァシリに呼び出されたアリシアとマリアンヌには、『なぜかフィンが新しい女神を抱いていた』という謎の情報が共有され余計混乱を招く原因となっている。
アリシアは『まあそんなこともあるかしら』と現実逃避を敢行し、マリアンヌは『どうしてそうなったの……?』と疑問を余儀なくされ、平常心ではなかった。
(フィンさん……うう、フィンさんと会いたい……あとえっちしたい……なんで私の二度目がなくて、知らない女神を加えてるんですか……)
寂しさと切なさと息苦しさ。
好きな男がハーレムを作っている上に自分が一番ではなく、新たな女に手を出したという事実に悲しみと、どうしようもない諦観と、そして、ほんのわずかな昂りがあった。見たくないのに見たい。してほしくないのに、してほしい。私のものだけであってほしい。私だけに愛を向けて欲しい。だけど叶わない。
(う、うぅ……。どうしてこんなに、苦しいのに、切ないのに……私、おかしくなっちゃったの……?)
そんなマリアンヌをギョッとした顔で見てしまったアリシアだが、ヴァシリは両隣の変化に気が付かずそのまま話を続けた。
「【天日の聖女】殿は確かにこちらの拠点にやってきていた。というのも、〈深淵の森〉から発せられる魔が他よりも強力だったそうでね。拠点に残されていた【払暁】の盾役が案内して探索していたそうだ。その際に全員連れて行って拠点がもぬけの殻になっていたのが、あの時の真相だよ」
「なるほど……彼女はどこへ?」
「わからない。私達が帰還してから何度か共に森に足を運んだ後、別件があると言いながら姿を消したよ」
困ったと言わんばかりの表情で語るヴァシリ。
その隣でとんでもない形相になっているアリシアはともかく、特に嘘ではないとフレデリカは思った。
(ま、そりゃそうだ。嘘を吐く理由もねえ。あの女が何を目的としてるのかは知らねえが、少なくとも普通の感性はしてねえだろ)
聖女序列第一位の座を、開設当初からずっと守り続けている女。
どんな精神性をしているのかすらもわからない。
王国までの道中共に居たが、口数は少なく己に向ける目線も厳しいものだった。聖女が故のプライドか、それとも他の何かか。フレデリカにエヴァンジェリンを推し量ることは出来なかった。
(と、なると連絡がなかったのは純粋に多忙だったか……それとも、セラにも言いたくねえ何かが起きたか。そんくらいだな)
なんだかんだ言いつつも、この拠点で生活しているのは冒険者だけで他勢力の者は足を踏み入れても生活することはない。セラフィーヌやフェンナは一時期ここに居たそうだが、それも数日おきに帰還していた上にエヴァンジェリン達が来てからは王都暮らしに戻っている。
悪い見方をすれば、冒険者達だけで何らかの情報を塞き止めている可能性がある。
(つっても、セラに伝えるべきではないと判断するようなことが起きるとも思えねえ。あるとすれば【天日の聖女】を殺っちまったとか? 喧嘩売って返り討ちにあって埋められて、なんてことはあり得るが…………)
そうだとすれば、自分達は虎穴に飛び込んだことになる。
だが【聖撃の聖女】がいる以上、教団関係者だからと言って手当たり次第に皆殺しにするような者達ではない筈。いや、もしや、脅しか? 先程の動揺はそういうことか?
ありえなくはない。
だが怯えているわけでもなければ悲痛な感情を出している訳でもなく、ただ、何かに頬を引き攣らせていただけだった。
(…………チッ。このまま考え込んでてもわからねえな)
「あの聖女サマのことはまあいい。本国のことは本国の奴らが考える。それより、怪物ババア」
「ちょ、ちょっと! そんな呼び方……!」
慌てるセラフィーヌ。
だがヴァシリはそんなフレデリカの態度も笑って流した。
「はは、構わないよ。私はもう三千年は生きてるからね。人間から見ればババアもいいところだ」
「で、ですが……いえ、そんな、そんなことないですよ?」
「ありがとうセラフィーヌくん。けれど、事実は事実。怪物ババアだろうがなんだろうが、呼び名はなんだっていいよ」
今更一つの呼び方に拘るわけもない。
ヴァシリには名前があるが、名を隠して活動していた時期もある。
散々無礼な呼び名を付けられたこともあるし、それに比べれば真正面から呼んだフレデリカはいっそのこと清々しいとすら思った。
「寛大な心に感謝する。私としちゃあ、ぶっちゃけそこまで疑うことはねぇよ。聖女サマの思惑は私も理解出来なかったし、何がしたいのかもわからなかった。ここにきて迷惑かけずに消えてったってんなら、それでいいだろ」
「ふむ……。君は聖法国側の人間だと思っていたけど」
「所属はそうだ。けど、こっちの人間も悪くない」
エクトルを筆頭に王太子達とも接触したが、いずれも彼女が見てきた悪辣な男とは違った。
権力はあるが、力がない。
肝心要の暴力を他人に頼っている彼らは非人道的な行為をしようとしても、最後に待っているのは破滅だ。
強く気高い女達に屈してきた歴史がある以上、聡い彼らは決して無理を通さない。
「ほう。彼らは、お気に召したかい?」
「……言っただろ。悪くはねえよ」
「そうかそうか。それはよかった」
(──なるほど。フレデリカくんは中々聖女らしい人物のようだ)
以前見た素行と噂の内容と、今の言い方からおおよその事情を察したヴァシリ。対象にされていた男達のことも調べてあったヴァシリは、男側にも悪いところがあるのだろうと考えていた。
(……ますますフィンと接触させない方がいいな……)
決して、そう、どちらが悪いとか、そんな話ではない。
ただ、ちょっと相性が良くないだけなのだ。
フィンは強引に女性を襲ったりしない──のだが、つい先程目に刻まれた女神の姿が思い浮かんだ──から大丈夫とは言い難い。フレデリカ独自の判定基準が何なのかがわからないため不用意に刺激することは避けなければならない。
フィンとの関係性が露見する。
フィンを皆が愛しているからだと説得する。
ではなぜ愛しているのかと言えば、各々事情はあるが、ただ男として愛しているだけならばわざわざハーレムという形でやる必要はなく、おそらく数年前の出来事やら過去の事について語らねばならず、この世界の根幹ともいえる『リョナエロゲー』やら『聖剣』やらなんやらに触れざるを得なくなる。
そして、フレデリカは恐らく、男女の関係に関しては納得しないといけないタイプ。
まあ、人には人の都合があるよねと流せるようなら傲慢な男を強姦するわけがない。
(いや、フィンと顔を会わせて多少話す位なら問題ない。だが我々が肉体関係にあることを知られれば、間違いなく厄介な出来事に発展するぞ……)
セラフィーヌはまだやんわりと怒るくらいで済ませてくれるかもしれないが、フレデリカは過去の行いがある。一人の男が複数の女と結ばれていることすら嫌悪しているかもしれない。デリケートな部分に突っ込めるほど気安い関係ではなく、また、刺激するのも避けたかった。
(──決まりだ。セラフィーヌくんはともかく、フレデリカくんがいる間はフィンに行為の禁止を伝える。そして他の者たちにも徹底させる。ルルクス様は…………受けてくれるといいが……)
(……わからねえが、何か起きてるなら確かめるのも役目だ。邪教調査の名目で足りるか? 王都での調査は終了したから、こっちでもやるといえば名目は立つ。敵対するわけじゃねえ。怪物ババアの尾は踏みたくねえが……)
(……もしかして、私も……フィンさんみたいに、マゾ気質なんてものが……? や、やだっ、そんなのやだっ! だって、そんな、フィンさんが他の女の人とえっちしてるのに喜ぶなんて、変態なのに……! どうして私、こんなにドキドキするの……?)
(──ま、まずいわ。マリアンヌちゃんまで急に性欲が……! フィンくん! 新しい女神様をヤるのはいいんだけど、釣った魚に餌をあげないのは酷くないかしら!? あとでコッソリ仕向けないと……)
(どうやら、何事もなく終わったようですね。みなさんはもちろん、フィンさんも良き人です。きっと、フレデリカさんの傷を癒してくれるに違いありません。私の知る限り、あの方ほど高潔な男性は居ませんから)
「──歓迎するよ、フレデリカ・ブラッドフォージくん。好きなだけ寛いでいくといい」
「ハッ。そんじゃまあ、好きな様に探らせてもらうぜ」
それぞれの思惑が唸る一室で、ダークエルフと聖女が手を握り合った。
内心を悟らせぬよう、美しい笑みの裏側に隠しながら。