「……というわけで、今、フレデリカくんとセラフィーヌくんの両名がこの拠点に来ている」
ふぅ、と息を吐いてヴァシリが言う。
声量は極めて抑えられているが、窓から扉、壁に至るまで全て風で密封し音を遮断しているため漏れる心配はない。それでも油断しない辺りが、彼女の経験豊富な様を表している。
「えっ……そ、それってヤバくない? フレデリカって、あの人だよね? 魔王軍との戦いで、その、天幕からすごくやらしい音出してた人……」
「ふむ……事前に聞いてはいたが、直接乗り込んでくるとは豪胆だな」
「あー……あの聖女ね。なるほど、ただのフレーバーじゃなかったのか」
集められているのはそれぞれのパーティーから一人ずつ。
アリア、カルラ、アニカの三名を部屋に集め、出来るだけ怪しまれないように気を配り説明をしていた。フレデリカに露見すれば当然セラフィーヌにも露見する。彼女は庇ってくれるだろうが、心の優しいセラフィーヌにありのままの現状を伝えるのはヴァシリとしても心苦しいものがあった。
「と言っても、本当に私達を訝しんでの行動ではない。どちらかと言えばなんの連絡もなかったことでセラフィーヌくんが心配し、見かねた彼女が同道したというのが真実の様だ」
「あー…………確かに、それどころじゃなかったもんね」
アリアが仕方ないと言いたげな表情で呟けば、残りの二人も頷き同意を示す。
「聖女のことを忘れるくらいの出来事だったもん……」
「そうだな……おれも、まさかこんな感じになるとは……え、てかお前ら全員デビュラに抱かれてるんだよな?」
「おう、そうだが」
「……穴兄弟より竿姉妹の方がマシか……?」
「うっ!! や、やめてよそういうこと言うの! ていうかなに!? アニカもヤる気!?」
「う、うるせー! おれだって柄じゃねえってか、気持ち悪いって自分でもわかってんだよ! でも仕方ねえだろ惚れちまったんだから! あんなん見せつけられて一人で虚しく慰めるこっちの身にもなれよ! おれもちん○欲しかったよ!」
「え、えぇっ!? 森の聖女さんみたいに!?」
「そうじゃねーよ! ふたなりにはなりたくねーよ!?」
「ふた……? ふたなりってなに? ああいうのふたなりって言うの?」
「あ、が、ぐっ……!! そ、そうだよ……! 女なのにちん○が生えてるのをふたなりって言うんだよ……!」
「そうなんだ。物知りだなぁ」
感心した様子のアリアに、アニカはため息を吐きながら頭を横に振る。
「悪い、話を逸らしちまった。それで、対応としては一切知らせない方針で良いんだな?」
「うん。わざわざこれ以上巻き込む必要もないんだ。彼女らには健全に帰ってもらうつもりだよ」
「まるで、我らが健全ではないような言い方だな」
「そりゃ健全じゃねえだろ……」
(複数の女相手に乱交しても衰えねえ精力してるのは素直にすげぇとしか言いようがねえけど、それはそれとして一人の男を複数の女で共有してるのはどう考えても健全じゃねえよ……)
「まあ待て。優秀な男が子を多く残すために正室、側室、妾とそれぞれ抱き子種を撒くのは世の摂理。そして我々は世間一般的に考えて優秀で美しい女と言っても過言ではない。つまり、全く持って不健全ではない極めて正しい行動をとっていると言えるのではないか?」
「えぇ……デビュラを王にでもする気か?」
「フィンが王様かぁ……白馬の王子様、フィンが……むふふ……」
「ははは、鞭で叩かれて悦ぶ王子か」
「あっ、やめて思い出させないで。今私の心にいるフィンはキラキラしてるから」
(子種、子種かぁ……確かめないといけないな、やっぱり)
姦しい会話を聞きながら、ヴァシリは思案する。
(フィンの肉体について。人にしか見えず、人と同じ身体をしているけれど、あの子の肉体には邪神が宿ってる。フィンを通じて魔を吐き出させた。性行為によって女神を魔で染めた。それすなわち……)
──それ以上は考えたくない。
フィンの肉体が魔に染まり子を成せなくなっていたとすれば、吐き出される精はなんなのか。何度も何度も受け入れて浴びたあれはなんだったのか。気持ち悪いとは思わない。好きな男のものだから、なんだっていいとすら思える。
だが、フィンはどう思うだろうか。
自分達はまだいい。
フィンが子を成せないと分かった時どう感じる?
彼は自分がまともで在りたいと願っている。
社会的な地位も、男が女を守るべきだという価値観も、一般常識の上で尊敬される人物になりたいと常に口にしている。
そんな男が、子を作れないとわかれば……
(…………ショックで済むだろうか。またあの時みたいに、我を失うかもしれない……)
そうなって欲しくない。
ヴァシリはフィンに極力悲しんで欲しくない。
楽しく明るくこの世を生きて欲しいと思う。
だけどそれは叶わない。
フィンに課せられた運命は彼に決して微笑まない。
地獄の道を歩ませたのは誰か?
それは紛れもない自分だ。
運命を変えたのではなく、運命を押し付けている。
(……もし、ルルクス様に慈悲の心があるのなら…………)
願わずにはいられない。
どうか、フィン・デビュラが常道に戻れますようにと。
フィン・デビュラが幸せというものにありつけますようにと。
ヴァシリが祈りを捧げている間に会話は進み、本題へと戻ったところで、アニカが悩まし気な声を出す。
「んー……」
「アニカくん、何かあるかい?」
「いや、何も伝えないってのは賛成なんだけどよ。要するに、一つバレたらそのまま芋づる式に露見しそうなのがよくないんだろ?」
「そういうことだね」
「話す内容まで全部決めておかねーと、多分バレちまうぞこれ」
アニカは渋面で言う。
「なんつーか、全部関係してんだろ? デビュラが死にかけたところから今に至るまで全部」
「そう……だね。割と、全部……」
「絶対に隠さなきゃいけないのが神の話とデビュラの肉体関係。逆に言えば、これさえなんとかすれば聖女たちと敵対しないってワケだ」
「おー……そう聞くと何とかなる気がするかも」
「あ、それについて一つ、まだ私も正確に把握してる訳じゃないが言わなければいけないことがある」
ヴァシリの言葉に、アニカが何とも言えない顔をする。
逆にカルラはもう何が起きても動じないと言わんばかりの余裕を見せており、アリアは素直に疑問を浮かべていた。
「……なんだよ。もうこれ以上の厄介事は勘弁してくれよ」
「残念ながら、厄介事だ。フィンが新たな女神を堕とした」
「…………」
アニカは無言で顔を手で覆う。
「……それは、どういうことなんだよ……?」
「カトリーナの主神を、こう、うまいことやって降臨させて屈服させていた」
「わけわかんねぇよぉ……! そんなのおれのデータにねぇよ!!」
なんで神が何体も居るんだよ。
神々とか書いてる癖に邪神しか出てこなかった原作の悪口か?
(あの性悪マスコット神じゃねえよな? まさかな。いやでも、サークルエスペランサで、名前が出てくる神様って言えばそいつくらいだしなぁ……)
「うん。私もまったく〈知識〉にないけど、居たんだよねぇ……」
「はああぁぁ……そんで、どうして女神とまたセッ○スしてんだよぉ……!!」
アニカの最も過ぎる疑問に、一同は口を閉ざした。
「……うむ。流石はフィンだ。神仏をも畏れぬとは。しかし、やはりそうなったか……」
「……やはり? 何か聞いていたのかい?」
「あいや、実はフィンに『これから皆を養えるようになるまで新たな女を作らない』と宣言されていてな。しかし、フィンが望まずとも流れで強引に押し付けられることもあるだろうと考えていたのだ」
「ああ……確かにね……」
流れで押し切られた側のヴァシリは頷く。
「女神をフィンが一人でどうこう出来るとも思えぬ。ルルクス様が関わっているのではないか?」
「……恐らく、そうだ。話をしたけれど、実験だとかなんとか言っていた」
「じゃ、邪神の実験……聞きたくねぇ~……」
「──うん。聞かない方がいい」
ヴァシリはニコリと微笑んだ。
「女神が増えたことで、余計彼女らに情報を伝えるわけにはいかなくなった。それほど長い付き合いにはならないだろうけど、皆、頼むよ」
◆
ヴァシリ達が話を共有している裏で、偶然二人の男女が顔を会わせていた。
「…………」
「…………」
入浴を終え聖女としての衣服ではなく、持ってきた私服に着替えたフレデリカ。
そして、いつも通りサイズが限界のシャツでパツパツの肉体を見せつけるフィン。
二人は互いに、何とも言えない表情で見合っている。
「あー……その、なんだ。私は不審者とかじゃねえぞ? 挨拶はまだだが、怪物ババアには話通してるからさ」
「あ、ああ。いや、それは疑っていない。フレデリカ・ブラッドフォージ様?」
「様なんていらねえよ。好きに呼べや、フィン・デビュラ」
「わかった。それじゃあ……」
そう言いながら、フィンはなんとも言えない表情でフレデリカを見た。
「ええと……軽く飯食いながら、話でもするか? ここ、食堂だし」
「……おう。世話んなるぜ」