「私が相手してやろうか?」
フレデリカの言葉が食堂に響き、消える。
告げられた男はわずかに目を見開いた。
(お前が悪い男じゃねえってのは、なんとなくわかった。だけどな、それだけで信用できるほど男は理性的じゃねえ)
フレデリカにとって男とは暴力の象徴だった。
支配的で独善的で女を人間とも見ていないような野蛮な生命体。男だけで構成されたわけでもない社会の中で、女と見ればすぐに飛びつき甘い汁を啜ろうとする下卑た連中。少なくとも法国の男たちはそうだった。だからこそ彼女は力をつけ、聖女の立場と強さを利用してそういった男たちに復讐をしてきた。
理不尽には理不尽を。
強きを挫き、弱きを救う。
彼女の矛先は常に強い男性に向けられ、【破砕】の名の通り、いくにんもの男を粉砕してきた。侍女や商人の娘を強引に手籠にするような貴族もいれば、幼い少女に性暴力を振るう司祭もいる。
そのような男を無数に見てきた彼女は、悪人かそうではないかを見分ける嗅覚が備わっていた。
(フィン・デビュラ。嘘を吐いてるわけでもなけりゃ、私をそういう目で見てるわけでもねえ。自分で言うのもなんだが、体と顔はそこそこイイ方だ。エロい目で見られたらわかる。こいつはそうじゃねえ)
それでもフレデリカはフィンを信じられない。
否、容易に男を信じられるような人生を送ってこなかった。更にいえば、フィンの環境があまりにも怪しいというのもある。美しい容姿の女に囲まれた男。セラフィーヌもどこか思うところがあるようで特別視しているような気配があった。
そんな環境で、紳士的に振る舞える男だ。
普通は意識の一つでもするだろう。
フレデリカはフィンのことをよく知らない。彼のことを少しでも知っていれば、そのありえない自己評価の低さや精神を崩壊した末の今だとわかっていれば、その疑いは出なかったかもしれない。
だから、彼女はフィンへの疑いを捨てきれなかった。
(それは擬態じゃねえのか? 男はバカだが、バカじゃない奴もいる。悪い男じゃない。面白いやつだ。紳士的だ。そういう奴らに限って、裏でひでえことをする)
彼女は社会的に信用されている男を徹底的に訝しんでいる。
かつて幼いフレデリカに暴行を加えたのは、心優しく頼れると評判の神父だった。聖女になってからも、彼女はそうして表面上イイ噂ばかり流れている男の背景洗い出し、裏にある悪意を見過ごさなかった。
もしもフィンが悪意をひたすらに隠し、機会を伺い、セラフィーヌを対象にしていたら。フレデリカには、その懸念があった。セラフィーヌはあまりにも清廉潔白すぎるのだ。汚れて欲しくないと願ってしまうほどに。
「その誘いは魅力的だが、やめておくよ」
フィンはそう答えた。
「へぇ、私程度じゃ今更抱く価値もないってか?」
「いいや? フレデリカは俺から見て魅力的だ。顔立ちは美人で髪も綺麗、スタイルもいい。お近付きになれるなら是非にと言いたいくらいだ」
「そりゃどうも。いいんだぜ、ちょっとくらい味見してもよ」
そう言って、ちらりと胸の谷間を見せる。
フィンの視線がそちらを見た。
(…………釣れたか?)
乗ってきたか、と一瞬目を細めたフレデリカ。
しかしフィンは、そんな彼女の言葉に苦笑して首を振る。
「フレデリカを養ってく収入も資金もないからなぁ。悪いが、断らせてもらうよ」
「…………ん、お、おう。……なんだそりゃ……」
断る理由が想定外すぎてフレデリカは面食らう。
いや、私の誘いを断る理由が金?
いやいや、逆に金があったら手ぇ出すのか?
それの方が危ないやつじゃねえか。
てか、なんでそんなに金ねーんだよ。聞いてはいたけどよ。金等級冒険者ってそんなに儲からねーのか。
「情けない話だが、俺は仲間におんぶに抱っこでな。金等級冒険者として稼ぎはあるが、仲間達と違って鎧代とか、食費とか、ポーション費とかで収入がバンバン削られて……貯金も全然ないんだよ。そんな奴が女を養えるわけもないだろ? それはカッコ悪すぎる。だからフレデリカとは、その、なんだ。一夜のお付き合いとかはできない。申し訳ない」
「お、おう。そうか……なんか、悪いな」
なんで私が振られたみたいになってんだよ。
冒険者のくせに男としての感性が普通すぎだろ。
勝手に人の身体触ろうとするとか、下品なこと言うとか、そういうもんじゃねえのか?
そんでもって、女をたくさん侍らせたりとか、下品な服装させて連れ回したりとかするんじゃねえのか?
ていうか、一晩抱いたくらいで私も養って自分の女扱いするつもりだったのか? やっぱりこいつ、ヤバい奴なんじゃ……いや、だが、紳士っちゃあ紳士か……?
初めて会うタイプの男にフレデリカは困惑する。
「あー……まあその、なんだ。本気にすんなよ」
「ああ。冗談だとしても、軽く笑い飛ばすのはフレデリカに悪いと思ったんだ。なにせさっきも言った通り、魅力的な女性だからな」
「……お前、本気で言ってる?」
「……? 冗談に聞こえるか?」
口説かれ慣れているフレデリカはこのくらいの言葉で動揺したりはしない。
だが、これが平常運転となると、これはこれで厄介だと思った。
(絶対普段からこうなんだろうな。大丈夫か、この一団……)
フィン・デビュラは極めて珍しい、フレデリカも認められる男なのかもしれない。
しかしこれが出会ったばかりの女だけじゃなく、常日頃から関わっている女にも向けられていることを考えると、どういう関係性になっているのか……。
(……下手すると、女同士でこいつの奪い合いしててもおかしくねえぞ)
気がついてしまった。
ツウ、と汗が頬を流れる。
男ばかり標的にしてきたフレデリカだが、彼女は女であっても暴走することがあると知っている。そういった事件に遭遇したこともゼロではない。
(認める。こいつが悪い男じゃねえってのは間違いない。けど、問題は、こいつが私みたいな出会ったばかりの女すら自然に口説くような言葉が吐けることだ)
もしもこれが平常運転だった場合、周囲の女達は他の男との差をよく知っているはず。貴重だと思うだろう。これ以上の男がいるのかと思いかねない。冒険者という荒くれ者が揃っている集団の中で、社会的な正しさを求める強い男。
本人はおんぶに抱っこだといっているが、仮にも金等級冒険者──その中で最も白金等級に近いと言われているパーティーに所属する男が弱いわけがない。
強くて、紳士的で、一般的な常識も(今のところ)あるように見えて、顔立ちも悪くない男。
(…………くそっ。まだわからねえ。どうなってやがるんだ、こいつらは……)
「あー……あんま口説くなよ? 私はなんとも思わねえけど、他の女達がどう思うかわからねえからな」
「口説くというより、思ったことを口にしただけだが……」
「それを口説くって言うんだよ!」
ガリガリと髪を掻きむしりながらため息を吐く。
「あのなぁ、フィン・デビュラ。お前は良かれと思って言ってるのかもしれねえけど、言われた側の女も、まあ、別に嫌な気はしねえが……」
「む。ならいいんじゃないか?」
「お前なぁ。そうやって口説いた女がお前に惚れて、それが大量にいて女同士で争い始めたらどうすんだよ。逆の立場で考えてみろ。顔立ちの整った強ぇ男に囲まれた一人の女。愛想良くて愛嬌もあって、男どもを誘惑するようなことばっかり言ってる女がいるとしたら、どう思う?」
「…………ううむ。なかなか趣味の……業の深い状況だな」
「おう。お前らのことな」
呆れるフレデリカ。
「周りの男達を口説きまくるくせにそういう肉体関係はちょっと……なんて断り続ける女がいたら、どうなるか想像できるだろうが」
「むう……確かに……」
「それがお前だ。ったく、なんで私が説教してんだよ。柄じゃねえってのに……」
ブツブツ言いながら、フレデリカは料理を胃に放り込んだ。
なんとなく、先程までしていた味がしなかった。
「ごちそーさん。私が言うことじゃねえかもしれないが、程々にしろよ。ここにいる女はどいつもこいつも男顔負けの連中だからな。油断してたら食われちまうぞ?」
「ソンナコトナイサ」
フレデリカは変わらない様子のフィンにため息を吐く。
こいつはきっと痛い目を見るまで変わらねえな、と。
そこがこいつのいいところでもあるんだろうな、と。
(……セラに飛び火しねえように、情報集めて確かめねえとなぁ……)
男を警戒しにきたら、なぜか女を警戒する必要が出てきた。
どうしてこうなったんだと思いながら、フレデリカは食堂を後にした。