死にたいなぁ。
マリアンヌはそう思った。
大好きな男の人に抱いてもらえず、大切だと言われるものの他の女性たちのように継続的にエッチなことをしてもらえるわけでもなく、欲求不満が重なり体調不良になるような状態。
それを当の本人に知られた上に、そんなにエッチしたかったのかと驚かれた。
「あはっ、ウフッ、うふふっ……こんな痴態見られちゃったからには、もう……」
全ての元凶となる主神にして邪神を打ち払い共に死ぬしかない。
そもそも自分の姿で先に愛する男に抱かれていた罪がある。
私への援護? いや、そんなこと言われても。
どこが援護なんですか。そのせいで見せたこともない私の体を知り尽くされてたんですけど。おかげで初めてはとても気持ちよかったです。
「う、うううぅぅうぅッ!! ルルクス様のバカっ!」
「ま、まあまあマリアンヌ。闇マリもほら、悪気があってやったわけじゃないと思うぞ?」
「闇マリってなんですかぁ!」
邪神に身体を奪われ、好きな男の心に宿り常にその姿と声で過ごされ、なんなら愛称で呼ばれている。こっちはマリアンヌ呼びのままなのに。
「う、ううっ! フィンさんにいやらしい女だって思われたぁ……! もうやだぁ!!」
「あ、ああっ。泣くなマリアンヌ。俺はその、エッチな女も大歓迎だぞ?」
「そうじゃなくてぇ……!!」
泣きじゃくりながらマリアンヌがフィンの胸に抱かれる。
涙で服が濡れるが、フィンは気にする様子すらない。それよりマリアンヌの頭と背中を撫でて、どうすればいいのかわからないという顔をする。
「そ、そうじゃない? でもマリアンヌ、君は俺のことをエッチな目で見てたんじゃ……」
「……………………」
マリアンヌはピタリと止まった。
確かにそう言った。
それは、そうなんですけど。
そうじゃなくって……それはあくまで、昔のことで……今もそう見てますけど……。
マリアンヌは何も言い返せなかった。
過去は消えない。フィンにしたことは全て返ってくる。今まさに彼女が良かれと思って言ったフィンを性的な目で見ているという言葉が返ってきていた。
「……わ、私、やっぱりえっちな女なんだ。セラフィーヌさんやフレデリカさんに負けて、追い出されるんだ……」
「えっ、なんでそうなる……?」
「だって、だって、私、みんな我慢してるのに、私だけこんな発情して、我慢できなくて、えっちな夢まで見て……さっきも、えっちな夢見て、起きたら服が……」
マリアンヌは涙混じりに言う。
まるでおねしょをしてしまった子供のような雰囲気。
しかしもっと深刻な内容だ。大人の女性が性欲を我慢できずに男を想い、服まで汚してしまった。それ自体を隠さねばならない状況なのに、自分だけが。
それを聞いてフィンが「あっ……」と何かを察した顔をする。
「え、えっと……えっちな夢っていうのは、一体……」
「……フィンさんと、二人で暮らして、デートして、買い物して、家に帰ってきて、ご飯食べて、その後……こ、子供を、つくったり……」
マリアンヌが恥ずかしさで顔を真っ赤にする。
そのまま耐えきれず、その場に座り込む。
顔を両手で覆って、とてもではないがフィンの顔を見れない。
「あー……その、なんだ。マリアンヌ、それは」
「いっ、言わないで! 言わないでください! わかってるんです! 私が、どれだけ卑しいか……!」
フィンの言葉を遮り、マリアンヌは叫ぶ。
こんなのただの妄想だ。絶対にありえない未来を妄想しているだけに過ぎない。だってフィンは自分以外の女にも惚れられて、関係があって、幼馴染とあんなに想いあっている。その中に入れるわけがない。
こんな自分のことすら受け入れられない女が、あの勇者に勝てるわけがない。
フィンの全てを見て、その上で受け入れた幼馴染。
勝てない。
フィンがマゾだって知っただけであんなに拒否反応を起こしたのに、勝てるなんて、言えるわけもなかった。
「そっ、それでもっ、それでも私、フィンさんのことが、好きなんです……! 他の皆さんより、えっちしてもらえてないけど、それでも……!!」
ボロボロと涙が溢れる。
勝ち目なんてない。
自分が優先される理由がない。
美人は他にいる。
可愛い人も他にいる。
おっぱいが大きい人も、お尻が大きい人もいる。
もっと愉快な女もいる。
感情を読める女もいる。
自分じゃない。
わかってる。
なんなら自分と同じ身体をした邪神が、フィンとありえないプレイをしてることも知ってる。気絶するまで激しく交わっていた二人を目の前で見せられた。
「わたっ、わたしっ、フィンさんのこと、好きですからぁっ……! ずっとずっと、忘れませんからぁっ……! たまにでいいから、わたしのことも、思い出してよぉっ……!!」
「ま、マリアンヌ……」
フィンは泣き崩れたマリアンヌに何を言えばいいか分からず、その場で考え込むような顔をする。
「その、だな。マリアンヌ。とても言いにくいんだが……」
「や、やだっ! 捨てないでっ! なんでもするからっ!」
「な、ななっなんでも……!?」
「ルルクス様の代わりに、〇〇〇〇もするからぁ……!」
「うっ……そ、それは魅力的だが、マリアンヌ! 聞いてくれ!」
フィンの声がマリアンヌの意識を引き戻す。
パニック状態に陥っていた彼女が、ゆっくりとフィンのことを見た。
「…………マリアンヌが見ていたえっちな夢、あるだろ」
「うっ、ぐすっ、は、はいっ……」
「あれはな。闇マリが見せてたらしい」
「……………………ひょ?」
涙が止まる。
闇マリ?
ルルクス様?
えっちな夢を見せてた?
なんで?
どうしてそんなことを?
敵?
邪神だ。
やっぱり邪神だった。
「闇マリも悪気があったわけじゃないんだ。マリアンヌが発する闇がかなりのものになっていて、それを解消するのにもっとも効率がいいのがその、えっちな夢でなんとかすることだったらしい」
「……………………はへぇ……」
わたしの闇? フィンさんが出してるようなもの? それがかなりあった? エッチできないだけで? エッチできない欲求不満なだけで、フィンさんみたいな闇を出してた? それだけのことで? 邪神がなんとかしなきゃって手を下す必要があるくらい? わたしの性欲で?
「…………あはっ、あは、あははは……」
──どっちみち、わたしが卑しいのは変わらないじゃないですか……。
マリアンヌは絶望した。
それはもう深い闇だった。
心に何か、重苦しいものが生まれる。ぐっと心臓に蓋をされたような感覚。どのみちえっちじゃん、わたし。えっちすぎて邪神とフィンさんに迷惑かけてるってどういうこと?
「マリアンヌ。俺はそんなマリアンヌも……意外だけど、いいと思う」
「フィンさん……」
なぜだろうか。
フィンに褒められたのに、マリアンヌの心は嬉しくなかった。むしろ悲しかった。えっちなのを好きな男に認められて嬉しいはずなのに、虚無だった。
「安心してくれ。今すぐは厳しいが、今日の夜にでもマリアンヌとイチャイチャするタイミングを作る」
「イチャイチャ……イチャイチャ!?」
フィンから出たとは思えない言葉に驚愕する。
「いっ、イチャイチャ!? いいんですかフィンさん!? そんな、えっと、そんなの、よくないですよ……皆さんに……!」
「…………語るに落ちてるわね……」
シュボッとルルクスが出現する。
マリアンヌはそれにも気が付かず、フィンの言葉の続きを待った。
「ああ。マリアンヌはその、大切すぎて、俺みたいなやつが手を出したら汚れちまうと思って、誘えなかった。でも、それは俺の間違いだった。マリアンヌもえっちな思いがある。マリアンヌだってえっちした。マリアンヌもえっちな女の子だってことを、俺は忘れていた」
「あ、あの、我が使徒、手加減して……」
「手加減? 何がだ?」
マリアンヌは死にたくなった。
好きな男に散々えっちな女だの言われまくって、顔が真っ赤になった。自分への怒りと恥ずかしさ、そんな自分すら受け入れるフィンの度量の深さ。
「マリアンヌ。大丈夫。アリシアさんに頼んでなんとかしてもらう。だから今日、俺と一緒に寝てくれませんか」
「ひ、ひぇ、は、はい……」
マリアンヌにいいえの文字はない。
彼女はただ、真剣な表情で見つめてくる男の顔に、カクカクと頷くことしかできなかった。
◆
「……………………」
そんな二人のやり取りを、廊下で聞いている者がいた。
紅い髪が特徴の女は、そのやり取りを呆然と聞いていた。
(…………お、おいおい。どういうことだ? なんだ? 闇マリ? ルルクス様? わけがわかんねえ。名前か? そんな奴仲間にいたか? この拠点に潜んでるのか? 【聖撃】が、〇〇〇〇? ど、どんな変態だよっ! 私ですら、そんなの変態貴族くらいにしか求められねえぞ……!?)
思考がまとまらない状態で、女はそっとその場を離れる
今はとにかく時間が欲しかった。
何が起きているのか、危険なのか、ただの男女関係なのか。だが下手すれば、自分の考えているより何倍も混沌とした状況なのかもしれない。
(あ、アリシア。アリシア・ラ・アエラスだな。ああくそ、あいつも協力者か。どうなってやがるんだ、ここは……!!)