ヴァシリは次の段取りを計画していた。
狙い通り、いや、まあちょっと狙いから外れたが、フィンがまだ誰とも関係を持ってないすっとぼけの朴念仁だという風にフレデリカが考えている。
それ自体は非常に好ましい展開だ。
露見してはいけないのは、フィンの肉体関係と邪神関連のみ。
フィンの内面はすぐにはわからない。
そこそこ付き合っていかなければ隠している部分を出すことはないのだ。
「うん、順調だね。あとはセラフィーヌくんには触れさせなければ問題なく終わるかな?」
セラフィーヌはシンプルに人が良い。
聖女の名を王国にて知らしめている人物である。
フィンや我々を心配することはあっても、疑いの目で見てくることは基本的にないはずだ、とヴァシリは考えた。
決して騙されやすいというわけではないのだが、フィンの人となりを知っていれば疑いの目が出てくるわけがない。中身の深淵に触れなければ本当に、至極真っ当でこの世界では珍しいくらいの男なのだ。
「フレデリカくんもフィン自体は疑ってないからね。色々問題はあるけれど、あの子自身はやはり誇らしい子だ」
ヴァシリは自分のせいで巻き込んでしまったと思っている。
死の運命を避けるために小細工をした因果の成れの果てがフィンだ。自分が手を加えてなければフィンはアリアに酷いことをするだけの男だったのかもしれないが、だからと言ってこんな人生を歩めと、罰を与えたつもりはない。
全ては自分が始めたことだ。
不始末は、いや、巻き込んだ以上、絶対にフィン達を世界の敵にはさせない。その強固な意思がヴァシリにはある。数千年もの間己の死の運命を覆そうと抗ってきた精神は並大抵のことではへこたれない。
「……ただ、純粋に風紀が乱れてるのは否定出来ないから、ちょっと改善しないといけないか」
カルラが当たり前のように一緒に風呂に入ってたり、なぜか新たな神がハーレムに加わってたり、コントロール出来ないことがあまりにも多い。
「セラフィーヌくんに怒られてしまうな」
堕ちた(笑)聖女のマリアンヌと、本当に堕ちてしまった聖女のエヴァンジェリンと違いセラフィーヌは純粋だ。あんな真っ白な娘が、文句の一つも言わずにフィンの治療を担当して、なんなら心の底から心配している。
(……うん。流石に少し心が痛い)
フィンフィンを見てその威容に敗北した自分達と、治療行為だからと真剣にフィンの命を必死に繋いでくれたセラフィーヌ。もしかしたらセラフィーヌも特別な枠に入ってるんじゃないか? ヴァシリはそう思った。
──その時、部屋にノック。
「誰だい?」
「私だ、フレデリカだ」
「ああ、わかった。少し片付けるから待っててくれ」
(──……フレデリカくん。なんの用だ? 今日はすでに昼過ぎ、予定はない……)
わざわざフレデリカが訪れた。
少し引っかかる。
実質的に窓口を勤めているから違和感はないのだが、何も用事はないはずだ。フレデリカ側に事情が発生した? 元々エヴァンジェリン頼りの無理な計画だった。そのエヴァンジェリンがこっち側になった以上、何もしてこない。そういう話だ。
(……まあ、それほど警戒することはないけれど……)
念の為、ヴァシリは風を操り確認する。
部屋の前を掌握し、立っているフレデリカの姿をチェック。見ることはできないがどんな姿形をしているかはわかる。
確認し──その手に物騒な武器が握られているのを理解する。
(……堂々と正面から? しかし、セラフィーヌくんはいない。単身で私に勝てると思ったのかい? まさか、彼女は愚かじゃない)
意図が掴めない。
単身での訪問。
武器の所持。
その割に服装は普通。
何を求めているのかが読めなかった。
(…………大丈夫だとは思うけれど、念の為連絡はしておこうか)
アリシアへ風を使った連絡を行う。
何か作業中だったのか、彼女はすぐに反応した。
『ヴァ、ヴァシリ? どうしたの?』
『いや、実は今、私の部屋にフレデリカくんが来ていてね。私服に武器を持っている』
『……えっ、襲撃?』
『そう思うかい?』
一度会話が止まり、数秒で返答がくる。
『考えにくいわね。私の確認できる限りだと何も起きてないけど……』
『ふむ……うん。とりあえず当たってみるよ。一応こちらを警戒しておいてくれるかな』
『わかったわ』
懐かしいやり取りだった。
【星天】の三人で活動しているときは、ヴァシリかアリシアが必ずカバーし合うことで死角を消すことができる。エルフならば誰しもが学ぶ技術だが、彼女ら二人の技量はそういった領域を超えていた。
「お待たせフレデリカくん。少し休んでいてね」
「おう、邪魔するぜ」
そう言いながらフレデリカが部屋に入る。
少し強張った表情。
武器を握る手には力が入っている。
やや緊張状態にあり、汗をかいた後もある。
「……どうやら落ち着かない様子だ。お茶でも出そう」
「あー……おう、わかった。貰うわ」
そのままドスンと椅子に座る。
部屋に備え付けの魔道具を使用してお茶を淹れて、ヴァシリはフレデリカと向き合った。
「それで、どうしたんだい? そんなもの持ってきて、世間話をするには少し物騒だね」
「……わかって言ってんのか? だとしたら、今すぐこれをてめえの顔面にブチ込まねえといけねえが」
「結論から言うが、心当たりがない。何があった?」
フレデリカはバカでもなければ愚かでもない。
確かに素行の面で問題はあるが、それは彼女なりの判断基準があるのだとヴァシリは見抜いている。手当たり次第とにかく手を出しているわけではないのだ。そんな彼女がこちらの敵になることも厭わずに、乗り込んできた。
しかしすぐに敵対はしない。
つまり知りたいこと、確かめたいことがある。
(これは……少しばかり、厄介かもしれない)
フレデリカはヴァシリに尋ねられてから少しの間無言でじっと見つめた。
何かを推し量るような、考えているような間だったが、やがて口を開く。
「…………うだうだするのは性に合わねえ。単刀直入に効くが、フィン・デビュラに何か取り憑いてねえか?」
────表情を動かさなかったことを、ヴァシリは内心で褒め称えた。
バレた?
露見した?
なぜ。
見せてない。
姿もだ。
気配もない。
探れるわけがない。
何が原因だ。
それよりなぜ。
いや、どうしてかじゃない。
どう誤魔化す。
「フィンに……? すまないが、どう言うことだ」
「あー…………そっちか。お前は把握してねえんだな」
(……ん? この言い方、もしや、すでに見られたのか……!?)
どこで?
一体いつ。
ルルクスは邪神にしてこの地の支配者。
たとえどれだけ気を抜いていたとしてもフレデリカが把握できるわけがない。姿を見せるも見せないも本人の自由なのだ。
(まさか……まさかとは思うが、フレデリカくんは、そういった存在を見分ける能力があるのか……?)
そうだとすれば、計画が破綻する。
その焦りを隠して、ヴァシリは言葉を続ける。
「……正直言って、見当もつかない。なんのことだ?」
「……すげえ言いにくいことなんだが……フィン・デビュラが、【聖撃】にお◯舐めさせるって話をしてた」
「……ん!? え!?」
(マリアンヌくんにお尻◯め!? ん!? どういうことだ!? 何してるんだフィン!! 今そういうのダメだって言ったじゃないか! いやそれよりどうしてそこでフィンに憑いていると!? なんで!? た、確かに邪教みたいな行為かもしれないが……!)
「あー…………まあ、気持ちはわかるぜ。信じたくないだろうよ。お前にとっちゃ愛情かけて育てた息子みたいなモンだろ。エルフの年齢差考えればそんくらいは私でも想像できる。そんでもってあんだけ立派な奴だしよ、そんなわけねえって思いたくなるだろ。私も、本当かどうかわからねえんだ」
(気遣われてる……! 気遣ってる言葉のほとんどが刺さってくる……!)
共に旅をした娘のような存在である勇者の幼馴染にして息子のような存在に対し、目の前でたっぷり楽しんだ師であるヴァシリにとって、フレデリカの気遣いの全てが己の卑しさを知らしめるようでぐっと喉に力を込めて、堪える。
「短い付き合いだが、フィン・デビュラがそんな奴じゃねえってのはわかるさ。ああいう欲望持ってるやつは裏でも表でももっと歪んでる。頭がおかしい奴が多いんだ。独善的で無礼な奴ばっかりだ。だがあいつはそうじゃねえ。私の誘いにだってキッパリ断ったしな」
「…………あ、ああ、そうなんだ……」
「……私は、あいつに変な何かが取り憑いてるんじゃねえかと思ってる。そうじゃなかったら、アイツら自身の意思で変態プレイしてるってことになるだろ。しかもアリシア・ラ・アエラスまで協力してるそうだ」
「ブッッッ」
ヴァシリはお茶を吹き出した。
『あ、え、ええっと、その、ヴァシリ、これはちょっと違うのよ。ね、お願い話を聞いてちょうだい。何もやましいことはしてないのよ? 本当なの。ちょっとタイミングが、ええ、本当に間が悪くて、決して私も、そんな、協力なんて…………ちょっと音消して今部屋の扉閉めてるくらいで……』
(…………)
頭を抑えて、ため息を吐く。
「流石に、ありえねえだろ? いくらフィン・デビュラがいい男だからって、あの女がそんな変態プレイに協力するとは思えねえ。だから疑ったんだ。何か、私たちの知らない力で洗脳でもされてるんじゃねえかって」
「あー……うー……」
「…………お、おい。大丈夫か?」
(……はぁ…………確かに、マリアンヌくんには、ここのところ損な役回りしてたけど……)
「あー……」
ヴァシリは無意識に呻き声を出している。
目を閉じて考えを整理しているため、そのことに気がつかない。
一方で、目の前でヴァシリがそんな有様になってしまったのを見たフレデリカは、衝撃を受けていた。
(な…………あの、怪物ババアが……ヴァシリ・ヴァルバロッサが……こんな……)
実はどうするか決めあぐねているだけなのだが、フレデリカからすれば、精神的に追い詰められているようにしか見えなかった。
強くて気高い女。
心のどこかで尊敬していた相手が、こんな心を乱している。
その事実が、どうしようもなくフレデリカの胸をざわつかせる。
お前みたいな強い女が、そんなんになってどうすんだよ。
なんでだよ。
魔王軍との戦いみたいに解決しろよ。
弟子一人のことでそんな、お前、人間みたいに……。
二人は静かに向き合った。
ただし、お互いに心あらずの状態で。