「フィンは元々、ごく普通の少年でね。アリアと一緒によく遊んでいた幼馴染だったんだ。私はアリアが【勇者】だと知っていたから〈聖剣〉を見つけ出し彼女に辿り着いた。本来ならば彼女が大人になって、魔王軍が現れて、人類がもっと危機に陥ってからようやくアリアは〈聖剣〉に辿り着くはずだった。それだと被害が甚大すぎたし、何より私が死ぬ運命だった。だからそれを避けるために必死になってたよ。幼いアリアの人生を壊して、フィンの人生も壊してしまった」
「…………おい……。おい、おい、ちょっと待て。意味わからねえ。何がどうなってやがる」
ヴァシリの言葉にフレデリカは頭を抱えた。
フィン・デビュラの淫らな行為を知っている。
それを放置している理由は自分が壊してしまったから。
フィン・デビュラはマゾヒストになってしまった(?)。
フィン・デビュラがそうなったのは【勇者】アリアンロッド・モーナに〈聖剣〉を持たせて本来なるべきだった運命を変え、ヴァシリ・ヴァルバロッサ自身の死の運命も変えたかったから……。
(……何が何だか、まるでわからん。死ぬ運命だった? どういうことだ。知らねえぞそんな話は。私を騙す気か? いや、騙す理由がねえ。何がしたいんだ。つーか、フィン・デビュラがマゾだからってお○舐めをさせる理由はねえだろ。どっちかというとする側だろ)
フレデリカは冷静では無かった。
己の体験をもとに考えたが、普通マゾな人間は奉仕する側であってされる側ではない。そもそもマゾであることとフィン・デビュラの変態行為が成り立たないのではないかと余計な事を考え始める。
「簡単に言えば、私は【預言者】のような存在に導かれて生きてきた。本人は出会って数年で死んでしまったけれど、私にありとあらゆる知恵と、試行錯誤するための知識を齎した。彼が居なければ私は尖兵とやらに殺されていただろうね」
「……【預言者】? 星詠みとはどう違うんだ」
「占星術とは明確に違うよ。彼らは暦に関する専門家だ。予言でもなんでもない。エルフの大長老アストロガノフの名前は聞いたことがあるかい?」
「そりゃ、聞いたことくらいは…………与太話じゃねえのか?」
「真実だよ。ハイエルフの一族にしか伝えないし、伝えられた者達も特に口外しないからね。教王は知ってるんじゃないかな?」
(……はぁああぁぁあ?)
預言者、運命、ヴァシリ・ヴァルバロッサの正体。
なぜ彼女が偉大な存在として世界で暗躍し続けたのか。確かに不明だった。だがその理由がわからなくても信じられるほどの実績と強さがあった。だからフレデリカは気にすることはなかったが、それが、まさかそんなものを大真面目に語られて、どう処理していいかわからなくなる。
「…………あぁ……? つまりあんたは、遠い昔に予言者に会って、自分が死ぬ未来を予言されて、そうはなりたくねえと色々やってきた。その末に【勇者】を見つけてうまくいったが、フィン・デビュラを巻き込んじまったってことか?」
「その通りだ。理解が早くて助かるよ」
「いや、全然理解はしてねえけど……」
言われたことを整理しただけに過ぎず、フレデリカは全く信じていない。
「いや、あのな……。そんなん信じろって言われても、無理があんだろ。予言? 運命? じゃあなんだ、私がガキの頃クソみてーな目に遭ってたのも運命だってのか?」
「…………そうだよ。それがこの世界の運命だ」
──ゴトンっ。
フレデリカが握っていた武器が落ちる。
目を見開き、震える手をぎゅっと握りしめ、ヴァシリに言う。
「…………んなわけ、ねえだろ……!!」
あんな目に遭うのが私の運命だって言うのか?
定められてたって言うのか?
んなわけ、そんなわけねえだろ。
認められるわけねえだろうが。
「娼婦の股から生まれた私が、スラムでクソみてえなジジイに犯されて、毎週変わる父親に犯されて、ようやく逃げ出した先の貴族が変態のクソ野郎だったことも、初めて会った神官がエロオヤジだったことも、そんな奴らに復讐するために身体を売って醜く生き延びて、舐めたくもねえもん舐めて、媚びて、馬鹿にされて、やっと復讐出来るようになった今が、決まったことだとでも、言うのかよ!? あぁ!!?」
フレデリカの怒号。
怒りで顔を真っ赤に染めた彼女が、紅の髪を振り回し立ち上がる。
「ふざけんな!! こんなことが決められていただと!? 馬鹿にしやがって!! 私が、私がどんな思いで這い上がってきたか……!! 絶対に負けてやらねえ、屈服してやらねえ、ぶっ殺してやると思って、泥水も飲みたくねえもんも飲んできたんだ!! それが!? 運命だった!? 私がそんな目に遭っても立ち上がるのが運命だった!? ふざけんじゃねえ!!」
フレデリカ。
ブラッドフォージの名前は聖女になってから付けられたものだ。
彼女はただのフレデリカだった。
幼い頃から弱く虐げられる存在で、男たちに弄ばれてきた。
それでも彼女が折れなかったのは、強い憎悪と復讐心があったから。
この世界を恨み、男を恨み、己の手で復讐する。
その思いを胸に這い上がった。
ただひたすら思いのままに振る舞った。
自分こそが頂点になったと思った。
ついに理不尽を押し付けるだけの存在になれたと思った。
全ての男に復讐してやる──その思いは、ある日、消え去った。
圧倒的な、『女』を見たからだ。
銀色の髪に褐色の肌。
ダークエルフと呼ばれる女と、【勇者】と呼ばれた金色の少女、美麗で大人びたエルフ。たった三人の冒険者が、魔王軍を蹂躙していく。幹部級も魔王本人すらも追い詰めてしまった彼女らは、当然ながら人間の男に遅れは一切取らない。
公平で公正で清く正しく高潔で、フレデリカは、自分とはまるで違う神のような存在だとすら思った。
薄汚れた体で男を犯す自分。
女達だけで自信と希望に満ち溢れ、この世界を救ってみせた三人。
酷い格差だと思った。許せないとすら思った。
だけど、それでも、心のどこかで、憧れを抱いた。
自分のように汚れておらず捻くれてもいない彼女らが羨ましかった。
男に敬意を表され、下卑た目を向けてくる者を容赦なく裁く。そのジャッジすら王家や貴族が認める絶対的な存在。
──お前らがいれば、私は、こんな人生歩まなくて済んだのに。
──あんたがいれば、私は、こんな目に遭わなくて済んだのかもしれないのに。
沸いた思考を彼女は決していた。
それはないものねだりでたらればに過ぎない。
たとえ自分の体は汚れていても、彼女ら三人と違い、たった一人で這い上がる強さがある。同じ立場になっても平気なのかもしれない。だが現実は、フレデリカが這い上がり、彼女ら三人は輝かしい栄光に包まれていると言うことだ。
だから考えていなかった。
情けないから。恥ずかしいから。認めたくないから。
なのに──フレデリカの胸中に、再び湧き上がった。
「なぁ……頼むから、違うって言ってくれよ…………」
お前がいれば……私の人生は、違うものになってたのか?
フィン・デビュラの人生を壊したって言うなら、私の人生だって、ぶっ壊してくれればよかったのに。予言をしてくれればよかったのに。どうして助けてくれなかったんだ。なんで。考えたくもない弱音が次々と沸いてくる。
必死にそれらを飲み込んで、しかし流れる涙が、フレデリカの感情を表していた。
「私は……私の人生は……決められたもんだって、言うのかよ……」
そんな彼女を、ヴァシリは無言で見つめていた。